妖精姫フェリアの憂鬱
一年前のある日
王宮の一角、近衛騎士団専用の訓練場の一角に妖精姫ことフェリアの姿があった。
フェリアは弓を持ち、矢をつがえる。
弦を引き絞り、そして放つ。
矢は風を切り、はるか先にある的を射抜く。
フェリアはまた矢をつがえ、弦を引き絞り、そして放った。
それもまた同じ軌道を描いて、的に刺さった矢を引き裂いた。
それを何回か繰り返した後、最後に放った矢はど真ん中に刺さったが、前の矢を引き裂くことはなかった。
(雑念が混じった…)
フェリアは弓を側で待機していた侍従に渡し、訓練場を後にする。
訓練で汚れた服を侍従に着替えさせ、普段着(と言っても庶民から見たら目が飛び出るほどの高級品だが)に着替える。
そして自室に戻ると人払いを行なって、ベッドにそのまま倒れこんだ。
「はあ…」
ベッドの天蓋を仰ぎ見て溜息をつく。
「遺言に従って主人の子供達を庇護し続けて数百年…私が仕えるべき主人はいつ現れるのだ…」
ここ数年フェリアの心中をしめるのは、主人が現れないことに対する憂鬱であった。
「はあ…」
再び溜息をついて、ゴロンと横になる。
真の王たる主人に仕えるために里を飛び出して数十年はあっという間に過ぎた。
そして主人を看取り、遺言に従い子供達を庇護してきた。
子供達には常々、仕えるのは真の王たる主人が見つかるまでの間と伝えてある。
そうなればお役御免だからと伝えて数百年。
フェリアはエルフであり、エルフは長命種である。
人間の寿命の数十倍とも言われる長い年月を生きる彼らにとって数年というのはさほど長い期間ではない。
だがそれが数百年単位となると流石のエルフであっても長いと思える期間であった。
それだけの間、次の主人があわられないことにフェリアは憂鬱になっていたのだ。
「憂鬱なのはそれだけじゃない…」
他にフェリアを悩ませる要素。
それは最近の子供達が、自分たちの中から真の王が生まれるとふれまわっていることだ。
「そうですよね?」と聞かれ、その可能性はゼロではないから「その可能性はある」と答えたのは間違いだったとフェリアは思っている。
「限りなくゼロに近いと思うが」とも伝えたがそれは都合よく無視されたためだ。
つまり都合よく解釈されて子供達の権威の維持に利用されてしまった。
他にも不満なことがある。
毎回、王が死ぬたびに「誰が真の王に最も相応しいか?」と聞かれて、取り敢えず一番近そうなのを選んできていた。
だが中には納得いかないと駄々をこねる子供がいる。
それだけならまだいいが、時には刃物を振りかざすこともある。
フェリアはそうしたものは取り敢えず撃ち殺すことにしていた。
暴力だけで何かを成そうとするものに対してはフェリアは容赦というものを持ち合わせてはいなかったからだ。
それを何十回も繰り返して来れば、フェリアにも思うところはある。
「主人は偉大だったのに子供達はなぜあんなに愚鈍なのか…」
そうして色々あったために、そういうことすべてに嫌気がさして来ていた。
「やめたい」
それがここ最近のフェリアの心情だった。
だが単純にやめるというわけにはいかない。
なぜなら子供達の庇護は主人との約束でもあるからだ。
次の主人が現れるまでは、先代の子供を庇護するのが主人の願いであった。
命令ではなくお願いであり、拘束力はないに等しい。
だけどそうであるからこそ守る価値と意味がある。
そう思っていたからこそ我慢し続けていた。
「だがそれも限度はある」
もう妖精姫という役割を捨てたい。
いや、やはり先代の願いは大事にしたい。
そんなジレンマにここ最近(と言っても数年だが)、フェリアは悩まされている。
「決めた。次の主人に仕える時は何もかも捨てよう」
この役割は主人に仕える中でおまけでついたものだ。
フェリアは身分というものに主人に仕える者としての立場以外に意味を見出しておらず、執着がない。
だから捨てることに問題は何もなかった。
「懸念があるとすれば、魔王軍が活性化していることか…」
とはいえ、それは数百年を生きたフェリアにとってはよくあることだ。
魔王軍の活性化は数十年単位で定期的に発生している。
ある意味行事みたいなものであり、長命種であり強者たるフェリアにとっては割とどうでもいいことだったりする。
問題は短命で弱者たる人間にとっては一大事であり、魔王軍を早期に鎮圧するために、王国の上層部がフェリアを持ち上げようとすることだ。
いやそれだけならまだいい。
最も問題なのはあからさまに戦力として担ぎ上げようとしていることだ。
フェリアは子供達の庇護者である。
だが、全面的な庇護はしない。
それは過保護だと考えていたし、フェリアに依存するようになったら、子供達のためにならない。
これが人間だけでは対処できない事態ならばともかく、今回の活性化は人間が一丸となって協力すれば対処できる規模だと考えていた。
「それに今回のは君達が起こした不始末だ。君達自身がケリをつけるべきだろう」
本来はあともう少し先だったはずの魔王軍の活性化は人間達の軽率な行いが原因であることもあり、フェリアはそう言って子供達の懇願を一蹴した。
だがフェリアに対する懇願は日増しに強くなっており、それもまたフェリアが妖精姫を辞めたい理由の一つに入る。
「妖精姫様、執務のお時間でございます」
外に控えていたメイドの1人がノックと共にそう伝えてくる。
「今行く」
そう伝えてからフェリアは憂鬱そうに起き上がった。
妖精姫であるフェリアが行う執務は大半が儀礼的なものに限られる。
だがそれでもなお休みというものは殆どない。
ほぼ毎日のように式典や何某かの行事があることはフェリアをさらに憂鬱にさせる。
フェリアが妖精姫をやめたい理由は着々と積み上がっていた。
(ああ、早くご主人様は現れないものか。そうすればこんな役割はすぐに投げ捨てられるのに)
そんなことをつらつらと思いながら、書類仕事をしていたら、間食の用意をするために付き人のメイドが席を外した。
そしてそれは来た。
今までに感じたことのない強力な気配がフェリアを包み込んだ。
巨大な気配に包まれると同時に、音がなくなり、周囲の全てが制止する。
「これは!?」
席から飛び上がり、弓を構えたフェリアは警戒を露わにする。
何者かの襲撃かと警戒したフェリアは、しかしその次の瞬間には一気に破顔した。
「あは」
それは、もし普段冷静沈着なフェリアしか知らない付き人たちが見たら仰天したに違いない程の、無邪気な笑顔だった。
フェリアは破顔するのも無理はない。
フェリアはその気配を感じる理由に心当たりがあり、そしてそれを待ち望んでいたからだ。
「主人が、我が主人が現れた!」
尋常でない気配は主人のものである。
にもかかわらず、その者はこの場にいない。
だが、主人が遠方からフェリアを呼ぼうとする意志をフェリアは直に感じていた。
それはつまり主人が眷属を呼ぶ為の呼びかけだ。
その呼びかけに答えれば、自分は主人の元に馳せ参じることができる。
それはフェリアにとって福音に等しいものであった。
ただ問題があるとしたら…
「スナイパーエルフだと!?」
呼び出されているのはスナイパーエルフとしての資格を持つものであることだった。
フェリアはスナイパーエルフとしての能力を持つから、この呼び掛けに応じる権利がある。
だが、フェリアはスナイパーエルフではない。
正確にはスナイパーエルフであったが、研鑽によって妖精姫というそれより上位の存在になっている。
だからこれに応じることはできる、
だが、その代償として自身の能力が封印されてしまう。
それはフェリアを逡巡させてしまう。
フェリアはこの国での妖精姫としての役割にうんざりしていた。
なので、それを捨てることに対する躊躇はない。
だが役割を捨てれても、能力を捨てることはまた別の話だ。
能力はこの厳しい世界を生き抜くには必須のものであり、それを躊躇なく捨てれるものはまずいない。
だからフェリアは逡巡し、結果として、呼びかけはだんだん遠ざかって行こうとした。
おそらくは他のスナイパーエルフの資格を持つものを呼び出すために。
それを見たフェリアは叫んだ。
「いや!」
能力を失う可能性は確かに恐ろしい。
だがフェリアにはそれより恐ろしいものがあった。
それはこの機会を逃すことによってまた数年、下手したら数百年、この役割を続けるという悪夢である。
それと比べたら、能力を失うのは些細なことだ。
(能力はまた習得すればいい。私はこの瞬間を待ち望んでいた!)
そしてフェリアは呼びかけに答えた。
光が溢れ出し、フェリアは光の奔流に飲み込まれた。
フェリアは光の一部となり、光の奔流に流されるように世界を移動する。
そして気がつくとフェリアは森の中に立っていた。
服装はスナイパーエルフのそれ。
(やはりスナイパーエルフになってしまったか)
若干の後悔がフェリアを襲う。
だが後悔は背負った愛用の弓の感触で軽減された。
(神器がなぜここに!?本来ならもう少し劣った弓になるはずなのに…)
それがなぜこの場にあるのかはフェリアにもわからない。
もしかしたらたまたま執務室のそばに置いていた神器の弓をとっさに握ったせいかもしれなかった。
(でも、これならスナイパーエルフ以上に戦える)
それはフェリアによって若干だが安心できる要素であった。
「え?エルフ!?」
そう叫んだのは、ガタイのいい下品そうな男だった。
フェリアはそれをちらりと見て、取るに足らない三下だと即断する。
(こんな下賤で下品な人間が主人なわけない)
そして改めてもう一人の方を注視する。
そこにいたのは黒目黒髪の青年だ。
彼もまた驚いたようにフェリアを見ている。
彼を見た瞬間、フェリアは彼こそが自分の主人であると確信した。
(ああ…ついに出会えた。私の待ち焦がれたご主人様に)
見間違えるはずもない。
青年の体からは、気品溢れるオーラが溢れていた。
その姿が、その匂いが、その気配が、彼ことが真の王であり、フェリアが仕えるべき主人であることを全肯定していた。
ついに主人に出会えた喜びに、フェリアは表情を崩しそうになる。
(っ!?いけないこんなことでは。従者失格になる)
フェリアは気を引き締めた。
(ああ、でもなんて神々しい。これが私のマスターなの…)
だが内心の感動は止められない。
それを必死に押し隠しながら、フェリアはその場に跪いた。
「お呼びでしょうかご主人様」
胸に渦巻くのは忠義の炎。
(この人のためならば命すら惜しくない。いや、この人の命こそ自身の命!この尊きかたの命は何としても守らなければいけない!)
そんな使命感で埋め尽くされていた。
まるでそれこそがこの世界の常識であるかのように。
「エルフを従える…?そんな、まさか…」
相変わらず下品な男が何かをつぶやいているが、フェリアの胸は新しい主人に仕える喜びと、面倒な役割からの解放感でいっぱいだった。
(この人のために尽くす。それが私の存在意義)
そうしてフェリアは妖精姫としての名前と役割、能力を捨て、名もないスナイパーエルフとして再出発した。
後にご主人様である幸太郎にエルと名付けられることになる。
妖精姫フェリア
ビーイング
アタック700
ディフェンス700
マナコスト8
妖精姫フェリアが場に出された時、スナイパーエルフ600/200を場に出す。スナイパーエルフが場にある間、妖精姫フェリアは攻撃できない。




