乾杯は始まりの合図
エリザベスと護衛を引き連れて会場に戻る。
「あの、何故ついて来られるので?」
「あらご一緒は嫌?」
「いえ、光栄ですが、他の方と話もされた方が良いのでは」
「いえいえ、せっかくこうして幸太郎様とお話しできたんですし、他の方はもう何度もパーティで顔を合わせた仲ですもの。お構いなく」
幸太郎は遠回しに離れてほしいとお願いしたが、その返答は御免被るというものだった。
「これを機会に幸太郎様とはぜひ親睦を深めたいと思いますわ」
これをもし最初の時に言われたら幸太郎は舞い上がっていただろう。
だが、第一王子ダグラスとの確執を知った今となっては、幸太郎も第二王女エリザベスに親睦を深めたいなんて単純な理由があるとは思えなくなっていた。
「あ、ありがとうございます」
(これどう考えても第二王女派へのスカウトと第一王子派への牽制だよなあ)
会場ではマダムたちがその一角を囲んでいた。
「あーあー」
「あらあら、ロビン様どちらに行かれるのですかる」
「ロビン様、こちらにどうぞ」
「あたー!」
「あらロビン様お上手ですねえ」
パーティには王妃と第三王子ロビンも顔を出していたようだ。
ロビンは2歳の男の子だ。
護衛の衛兵に囲まれながら、貴族の熟練マダムたちに大変可愛がられていた。
「あー!」
こちらにテクテクと歩いてきたので幸太郎も挨拶しておく。
「こんにちはロビン様」
「こあー!」
こちらに体当たりしてきて、こけそうになったので慌てて支える。
「あらあらごめんなさいね」
「いえ」
マダムの1人が慌てて駆け寄って、ロビンを抱き上げる。
どうやらマダムの1人は乳母も兼ねているようだ。
王族の乳母ともなればそれ相応の地位にいる人なのだろう。
ロビンは相変わらずこちらに手を伸ばそうとする。
「どうやら、あなた様の眼鏡に興味がおありのようですね」
幸太郎は渡そうか渡すまいか迷ったが壊されたらことなので真実写しを懐に隠した。
「あー…」
するとロビンは目に見えてがっかりする。
「あら王妃様が来られたわ。では失礼」
そう言ってロビンを抱いたマダムは一礼をしてから、王妃と思われる人物のところにロビンを連れて言った。
ロビンは王妃に抱きついて、王妃もまたロビンを抱きかかえた。
(あんな可愛い子供も、大きくなったら政治の世界にどっぷり浸かるわけか…)
幸太郎が思い出すのは肉親で睨み合う兄妹の光景である。
そう思うとなんだかやるせなくなる。
「可愛いさかりですね」
「ええまあ」
エリザベスもそう言って微妙な顔をする。
多分同じことを考えているのだろう。
「ところで幸太郎様の付き人には弓の名手がいらっしゃるとか、それも妖精姫と見紛う程の」
「え!?」
その一言に幸太郎の心臓が跳ね上がった。
(ちょっとまて、エルがエルフだってのはマルゴッド伯爵に口止めしたはずなのに)
それも半分脅すような形でだ。
「幸太郎様の護衛の方のどなたかが妖精姫と見紛う程の弓の名手なのでしょうか?」
そういってエリザベスは周りで警戒している2人の護衛に目を向ける。
「え?あ!そうですね。その者は今回は体調を崩してまして…」
エリザベスの言葉で、妖精姫という表現がエルフではなく、弓の名手という意味で使われていることに気づく。
そうでなければむくつけき男たちを指して妖精姫のような、なんて言葉は使わない。
どうやら文字通り妖精姫に似ているのではなく、比喩的に弓の名手という意味で言ったようだ。
(あ、焦った…)
「あらそうなのですね。でも確かに報告書にはエルフのように美しく華奢な女性とのことでしたし、護衛の方はとてもそうは見えませんね」
そんなボケたセリフをエリザベスは呟く。
(報告書!?)
「あの、その報告書というのは?」
「幸太郎様を叙勲するにあたってマルゴッド伯爵より送られた報告書のことです」
その詳細を聞いてるうちに幸太郎は頭を抱えたくなる。
(付き人には妖精姫と見紛う弓の名手の華奢な女性がいる?ほとんどド直球じゃねーか!何余計なことを…)
幸太郎は割と本気でマルゴッド伯爵にホーンラビットの突進をけしかけたくなった。
それくらい余計なことをしていると憤慨していた。
同時に口止めをするのが少し遅かったとも。
幸いなのはエルフとは明言されておらず、妖精姫のようなと言うのを容姿ではなく、弓の技量と誤解してくれたことだろう。
「な、なるほど。まあ確かに彼女は弓の名手ですが、妖精姫のような人だと言われると彼女も照れるでしょうね」
完全に嘘だ。
実際にそう言えばエルは「幸太郎様の従者なのですからこれくらい当たり前のことです」とことも投げに返すだろう。
もしかしたら「妖精姫とやらも真の王たる幸太郎様に従属すべきでしょう」と言いだしかねない。
(そうなったら王族を敵に回す)
エルは王族だろうがその不遜な態度を変えることはないと思われた。
だからこそエルフを従えると言うことが人にとっては希少価値につながる。
(やっぱり連れて来なくて正解だった)
色んな意味で幸太郎はそう考える。
「まあなんと女性ですの!是非会ってお話ししたいですわ!」
「え!?」
エルを王族に合わせず済んで良かったと思っていた幸太郎はその一言に大いに慌てる。
「何か不都合が?」
「あ、いや、そういうわけでは…」
エリザベスが首をかしげるが、その言葉の裏には「合わせてくれるよね?」という意思が感じられた。
(まずいなーこれ。断ったらエリザベスの不興を買いそうだし。あわせたらエルフであることがバレる)
「幸太郎様はマルゴッド伯爵のお屋敷に逗留されてますよね?明日の予定は?」
「ええと、そうですねぇ」
幸太郎はどうするべきか迷っていると、儀典官が会場に現れる。
「ザイドルフ国王陛下より乾杯の儀とお言葉がございます!」
それに伴い数多くの共を引き連れて、国王が会場に入って来た。
そして用意された椅子に国王は腰掛ける。
国王は足腰を弱めており、長時間立つことが難しいためでもある。
そして参加者に盃が渡される。
「この場にも妖精姫様は参加されてないのか…」
「噂ではご病気とのことだが…」
ふとそんな話し声が聞こえてきた。
(妖精姫に会うことも目的の一つだったのだけど、病気で欠席だって?)
「妖精姫様は病気なのですか?」
ふと答えを知ってそうな存在が隣にいることを思い出す。
「ええとですね…」
だがエリザベスはそれについて歯切れ悪く回答を控えていた。
「それについては父上からお言葉があると思いますので」
「?」
そう言って小声で耳打ちしてきた。
(なんか重病だったりするのかな…だとしたら会うのは難しそうだな)
妖精姫はこの国を数百年守護してきた存在らしい。
エルフは長命種なので、そのこと自体は不思議はない。
しかしそれだけ長いこと権力構造のトップにいるために貴族からは神様扱いされているようだった。
そんな存在がもし重病だったら、それはかなり大きな事態だろう。
(もしそうだとしたら早めにこの国を離れた方がいいかな)
幸太郎は気楽にそう考えて、盃を受け取った。
みんなが盃を受け取ったところで、国王が盃をあげる。
「妖精姫の名の下に、皆の平穏と繁栄を願って、乾杯」
「乾杯!」
そう言って貴族たちが唱和して、国王は盃を飲み干した。
そしてその場に血を吐いて倒れた。
「陛下!?」
「陛下!気をしっかり!」
「きゃあああ!」
「誰か、治癒術師を呼び出せ!陛下をお運びするぞ!衛兵は周りを固めろ!」
「はっ!」
「父上!」
会場は騒然となった。




