王族は互いに笑い合う
幸太郎は慌てて立ち上がる。
目の前にいるのはこの世界で有数の権力を持つ存在である王族の1人だ。
無礼を行えば文字通り首が飛ぶ。
「先ほどはお見事でした。スタット子爵のご子息はあれでもレイピアの腕はかなりのものだそうですのに」
「きょ、恐縮です。しかし何故ここにいるとお分かりに?そして何故私なぞにお声がけを?」
「ふふふ。マルゴッド伯爵はわたしに懇意にしてくださる方でして、彼が幸太郎様のことを教えてくださったのです。謙虚な幸太郎殿のことですから、どこか離れで今頃は休んでおられるだろうと。なので手の者に探させたところ、幸太郎様の護衛の方を見つけましたので」
「うぐ…」
マルゴッド伯爵にはお見通しだったようで、幸太郎は唸り声をあげそうになる。
確かに護衛は隠していない。
下手に隠さず威圧させた方がいいのは最初に実証済みだからだ。
そのせいで余計な事をする羽目になったのは考慮しない。
だから王女に見つかったなら、ほどなく他の貴族もここにいるのを見つけるかもしれなかった。
その場合は王女のように護衛を恐れない連中は突撃してくるだろう。
(王女と話したら移動するか)
「それに幸太郎様は知識と実力を兼ね備えた召喚士と聞いてましたので、どんな方かと楽しみにしておりましたの。そこにあの見事な剣撃。感動いたしました」
そう言って第二王女は華やかに笑う。
どうやらマルゴッド伯爵が好意的に話をしてくれたおかげで王女様の気を引けたらしい。
(お、王女オーラが!)
それだけで周囲に花が咲いたかのような錯覚に幸太郎は襲われる。
「このご時世ですもの。幸太郎様のような冒険者がこの国に来られて本当に頼もしいですわ」
「あ、ありがたき幸せ…」
とりあえず幸太郎はなれない敬語で答える。
第二王女は王女らしく高貴な美人というべきにふさわしい美貌を持つ。
そんな人にこうして褒められて幸太郎も悪い気はしない。
(エルの静かな美しさともリズの活発な美しさとも違う美しさだなあ。元の世界ならこんな高貴な美人とお近づきになるなんて思いもしなかったけど。これを機会に仲良くなりたい)
だがそんな幸太郎の淡い思いはすぐに砕かれることになる。
「そこにいるのはエリザベスと幸太郎殿ではないか」
「お、王子様!?」
今度は第一王子がやって来た。
(え?なんで、なんで王子まで?)
王女にここがばれた以上程なく他の貴族も来ると思ったが、まさか立て続けに他の王族が来るとは幸太郎にも予想外だった。
「あらダグラス兄様、何の御用で」
すると第二王女ことエリザベスは先ほどとは態度を一変して嫌悪もあらわな、歓迎できない闖入者をみるような顔をする。
(お、王女オーラがどす黒くなった…)
それは豹変といってよかった。
「お、王女様?」
それは初対面の幸太郎から見ても明らかに分かる拒絶の態度だった。
「ふん、救国の英雄に労いを込めて話しかけるのは王族として当たり前だろうが」
それを第一王子ことダグラスは慣れたように軽く受け流す。
「あら幸太郎様は兄上と違ってとても理知的な方よ。お話について来れないのではなくて?」
そう言ってエリザベスはダグラスを幸太郎から引き離そうとする。
(理知的って、そんなのわかるくらい話しした覚えないんですけど…)
エリザベスは幸太郎とダグラスを会わせたくなかったのは明確だ。
「幸太郎様も災難でしたわね。よりによってワイリーなんてダグラス兄様の派閥の人に絡まれるなんて」
「え?そうなんですか?」
それは幸太郎にとって初耳だった。
本当かどうかもわからない。
だが、マルゴッド伯爵はエリザベスと親しく、伯爵の関係者である幸太郎をワイリーは貶めようとしていた。
そしてエリザベスとダグラスは見てはっきりわかるくらい明らかに敵対している。
ならばワイリーがダグラス派なのは自然なのかもしれなかった。
(というかこんなに露骨に仲悪いところ見せてもいいんだろうか?これって国民を不安にさせると思うのだけど…)
「おい、適当なことを言うな。あれは強い方に媚を売るしか能のないゴロツキだ」
だがダグラスはそれを否定する。
貴族をゴロツキ呼ばわり出来るのは世界広しと言えども王族ぐらいだろう。
(ゴロツキ、まあゴロツキだよなあ。不良というかいじめっ子そのものみたいな幼稚な行動だったし…)
「あら遠回しに兄様の方がお強いとおっしゃりたいのかしら?まあ確かに腕っ節だけは相当なものがおありのようですわね。頭の方まで筋肉で出来ていそうですけど」
エリザベスの口撃は止まらない。
さっきまでの温和な態度が嘘のようにその声は冷え切っている。
「そう言うお前は、企み事が多すぎて大変だと聞いているぞ。化粧の時間が妙に長いのは、腹の底まで真っ黒すぎて、肌にまで出そているという噂は本当だったか」
一方ダグラスも負けじと皮肉を口にする。
「あらあら、ご冗談を。うふふふ」
「面白いだろう?ははは」
2人は朗らかに笑い出した。
(何この2人怖い…)
幸太郎を差し置いて皮肉を言い合う兄妹に震えが止まらない。
可能ならば逃げ出したい気分だった。
そして一通り笑い合うと、ダグラスの視線は幸太郎に向く。
幸太郎はその口撃がこちらに来るのかと身構えてしまう。
「そう身構えなくていい。聞きたいことがあったんだ。決闘は見させてもらったよ。見事という他ない。だが決着の瞬間にとんでもなく素早く動いたように見えた。一体どんな魔法を使ったんだ?」
(やばい…)
王子のセリフは、茶化しているように聞こえたがその実は探りを入れてるに違いない。
決闘で魔法を使うことは、明確に禁止されているわけではないが、かと言って許可されているわけでもない。
使ったら卑怯者扱いされる可能性があったし、幸太郎も武器を細工されてなければ使うつもりはなかった。
「た、鍛錬という魔法でございます殿下」
咄嗟に幸太郎はそうごまかす。
当然、口が震えているし上手くごまかせている自身は全くない。
「…ふむ。まあそういうことにしておこうか。ワイリーも人のこと言えんだろうしな」
だがダグラスはそれをわかっていながらあえて見逃してくれるようだった。
どうやらワイリーがレイピアに細工してたことはお見通しらしい。
それを取り上げられたら、不利になると考えたのだろう。
(助かった…)
その幸太郎の考えは次のセリフで覆される。
「幸太郎殿よ。この国はこれからより大きな戦いが待ち受けるだろう。その類まれな力を我が元で活かしてみないか?そうすれば爵位と領地を与えることもできるが」
(今度はヘッドハント!?)
ダグラスは幸太郎が優秀な魔法使いと見抜いた上で、引き抜きを行う腹づもりだった。
魔法を無詠唱で使えるものは少ない。
魔法を使うためには魔力が必要でその持ち主がそもそも少ないので、魔法を使えるだけでも十分なのだ。
だから、戦闘中に魔法を無詠唱で瞬時に使える幸太郎は、王子から見れば物凄く使える手駒なのだろう。
爵位と領地を与えてもいいと思える程度には。
だが、それは派閥争いに巻き込まれることを意味する。
「そ、それは…」
(こんな険悪な王族の兄妹喧嘩に巻き込まれたら死ぬ…)
幸太郎はリザレのカードを使える以外は普通の人間である。
普通の人間の割には規格外なことばかり起こしているが、少なくとも本人はそう思っている。
だから遠くから狙撃されたり、毒を盛られたら死ぬと考えている。
そして王家のお家争いなんて、そういう暗殺や謀殺が普通に日常茶飯事という偏見が幸太郎にあった。
なので、幸太郎は先ほどのやりとりを見た結果、エリザベスにもダグラスにも付く気は完全に消え失せていた。
どちらについてもろくな未来しか予想できない。
よくて飼い殺しであり、悪くて政争に巻き込まれて謀殺または暗殺されるだろう。
「いえ、ありがたい申し出ですが、私は旅に生きる身の上でして、申し訳ありませんが」
「そうですよ兄上。兄上のような野蛮で下劣な方に幸太郎様はあいませんわ」
そこにエリザベスが挑発を加えてくる。
(王女様お願いですから巻き込まないでください!そしてあなたの元にもつく気はないのに何そんなふうに装うんですか!)
幸太郎はエリザベスの喧嘩を売ってるとしか思えない発言に顔をひきつらせる。
(ワイリーといい、マルゴッド伯爵といいエリザベス王女といい、みんな挑発して喧嘩するの好きすぎるだろう!もっと平和にいけないの?!)
王族の兄妹喧嘩なんて平民からすれば、凶悪な嵐と変わらない。
「言わせておけば!」
(ほらあ!)
当然のごとくダグラスは憤慨する。
腰に下げたサーベルを抜かないのが不思議なくらいだ。
「あらやだ。言葉で勝てないからと暴力ですか!?まさかご自分で野蛮なことを証明なさるとは」
だが、エリザベスは全く自重しなかった。
(やだこの兄妹怖い…何か使えるスペルは…)
これ以上は耐えられないとばかりに、幸太郎は本気で逃げ出す算段を始めた。
どちらかが折れない限り暴発は時間の問題かと思われた。
「それに幸太郎様はマルゴッド伯爵が後見人よ。話を通すならマルゴッド伯爵を通すのが筋ではなくて?」
そういってしばらく互いに睨み合い、やがてエリザベスがポツリと漏らす。
「…ふん。ではまた日を改めよう」
その一言で、意外にも折れたのはダグラス王子の方だった。
「今度はマルゴッド伯爵にも話を通した上で幸太郎殿にお会いすることにする。それまで是非さっきのことを考えておいてほしい」
ダグラスはそう言ってあっさりとパーティ会場の方に戻っていく。
(ダグラス王子がマルゴッド伯爵のことを聞いて引き下がった?)
この国の力関係を知らない幸太郎には全く理解できない。
ただマルゴッド伯爵はこの国ではかなり重要な位置にいるということが察せられた。
(た、助かった)
その時の幸太郎は、一発触発を回避できて、ただ安堵していた。
「はぁ…」
「ぇ?」
そしてそれは驚いたことにエリザベス王女も同じだったようだ。
ダグラス王子を睨みつけていたエリザベス王女は、ダグラス王子がいなくなるとため息をついた。
さっきまでの兄を殺すも辞さない的な勢いが嘘のように、エリザベスは消沈している。
(まさかさっきのは虚勢?)
「ああ、すいません。幸太郎様。こんなことに巻き込んでしまって」
幸太郎はそう思ってしまうほど、エリザベスは疲れ切った顔を浮かべていた。
「ですがああでもしないと兄上は、強引に派閥に加えようとしますので」
それが本当ならエリザベスは幸太郎を守るためにダグラスに対してあんな辛辣な態度をとったらしい。
あるいは政敵の勢力拡大を防ぐためかもしれないがとにかく派閥に入ることを拒みたかった幸太郎にとっては守ってくれたようなものだ。
(どっちが本当の顔なんだ?)
幸太郎の疑念は向いている。
温和な方が本当の顔なら、今はおそらく本音だろう。
過激な方が本当の顔なら、今は幸太郎の気をひくための演技だろう。
(決めつけるのは早計か。今は話に乗っておこう)
どちらにしても王族の(恐らくは後継者争いに起因する)派閥争いは深刻なようだった。
「そうでしたか。ありがとうございます。助けていただいて」
王女の一方的な意見なので鵜呑みにするわけではないが、とりあえず幸太郎はお礼を言う。
するとエリザベスは慌てたような態度をとる。
「いえいえ、そんな。幸太郎様はこの国と縁もゆかりもない方と伺ってます。そんな方が、多大な貢献をなさっているのですからこの程度はお礼を言われるほどのことではありません。むしろこんな身内の醜い争いに関わらせてしまい申し訳ありません」
そしてエリザベスは頭まで下げてしまった。
「そんな!どうかお顔をあげてください。私のようなものに頭を下げる必要は…」
幸太郎は慌てる。
この世界で王族に頭を下げさせるなんて、他の貴族が見たら黙ってはいないだろう。
今は幸い会場からはよく見通せない木陰で話をしているが、誰かが通り掛からないとも限らなかった。
それをくんでか、すぐにエリザベス王女は顔を上げる。
「ありがとうございます。幸太郎様はやはり私が見込んだ通りの方ですね。マルゴッド伯爵からも、国を滅ぼすほどの魔物を倒す実力がありながらそれに奢らず常に謙虚な方だと」
演技か本音かわからないので幸太郎はどう反応すべきか困っていた。
ただどちらにしてもその評価は不当だと幸太郎は考えている。
「ありがとうございます。ですが謙虚と言われても、実力は足りてませんし、まだ精進が必要と考えてます」
「やっぱり謙虚じゃないですか」
エリザベスは朗らかに笑う。
(いや本当に実力はサンベアを倒せる程度なんですよ。カードが壊れ性能なだけです)
でも事実を言えないもどかしさに幸太郎は苦笑するしかなかった。




