叙勲の栄誉は敵対貴族に貶される
叙勲式の前には凱旋のパレードがあるらしい。
「戦場から帰って来た英雄達を国民が歓喜で出迎えるのです」
屋敷のバルコニーから、軍が整列して王城に向かう様子を国民が歓喜の声で出迎えているの見ていると、マルゴッド伯爵が
そう説明して来た。
(優勝パレードみたいなものかな)
歴史を紐解けば、戦意高揚や戦勝祝いを兼ねてこういう凱旋式は頻繁に行われる。
戦争に勝ったことをアピールすることで、国民に軍の精強さと安心感をアピールする。
ついでに戦争によって景気の悪い現状への不満をそらす目的もあるのだろう。
各地はお祭り騒ぎになっており、食料も振る舞われている。
「もう少しされたら出迎えの馬車が来ますのでそれで王城へ向かいましょう。では私は準備がありますのでこれで」
「はい。本日は宜しくお願い致します」
マルゴッド伯爵が去っていくのを一礼して見送る。
部屋でこの屋敷の従者に手伝ってもらって着替えを終えた後、リズが部屋に入ってくる。
「ただいまーつかれたー」
そういってリズはベッドに倒れこむ。
その格好は、ツノを隠す三角帽子をかぶり、体をゆったりとしたローブで纏う魔術師の格好そのものだった。
リズは叙勲式には出席しない。
前のパーティでだいぶ懲りたらしい。
今回はエルと一緒にお留守番だった。
「おかえり。どうしたのそんなに疲れて」
「いやまあちょっと色々あってね…」
そういってリズはベッドに突っ伏す。
リズがそういうならそんなに深刻なことではないのだろうと幸太郎は考える。
同時に仲間の消息は未だに掴めてないのだろう。
「進捗はあった?」
「全然。それらしい人物の情報はあるんだけど、決定的な証拠がない感じ。これから情報を精査してみるところ」
「そうか。すまん。手伝えなくて」
「いいわよ。幸太郎は元々部外者だし、こうやってコネで宿を提供してくれるだけでだいぶ助かってるもの」
そういってリズはベッドに頰をすり寄せる。
「式典には幸太郎1人で行くの?エルはここで待機するみたいなこと言ってたけど大丈夫?」
リズは幸太郎の安全を心配してくる。
リズは式典に参加しないとはいえ、幸太郎1人というのは不安を覚えるらしい。
「大丈夫。護衛がいるからね」
「そう。廊下にいた人たちがそうなのね。すごい気配感じたし、彼らがいれば安心ね」
「うん。だから安心して休んでてほしい」
リズに心配無用同行無用と伝える。
幸太郎がそう言ったのは疲れているリズを気遣ってのこともそうだが、召喚士もまたエルフと同じくらい珍しい存在だからだ。
厄介なことに巻き込まれる可能性は極力下げたかった。
「ありがとう。あぁ村にはこんな高級ベッドなかったから、毎日安眠できていいわね。貴族って本当に羨ましい」
そういってしばらくゴロゴロしていたが、やがて静かに寝息を立て始めた。
昨日からリズは王都について間もないというのに消息不明の仲間探しのために奔走している。
よほど疲れているのだろう。
「エル。リズのこともよろしく頼む」
背後に控えていたエルに声をかける。
「承知しました。リズは幸太郎様の師匠でもありますし、今は共に旅する仲間です。屋敷の警護はお任せください」
「うむ」
幸太郎がエルの上位者としての態度を取り始めてから、エルは以前よりさらに従順になっている。
「では行くか」
「「はっ!」」
幸太郎は廊下で待機していた4人の軍隊系ビーイングのうち2人を引き連れて玄関に向かっていった。
連れて行くのはシールドソルジャーとナイトだ。
セントリーナイトとコマンダーは、エルとリズの護衛として残しておく。
エルを貴族の前に出す可能性を極力減らすためだ。
玄関ではマルゴッド伯爵が礼服を着て待っていた。
外には馬車が回してある。
「では参りましょうか」
(マルゴッド伯爵は、昨日のうちに念を押したからエルのことは秘密にしてくれるだろう)
あとは何事もないことを祈るのみだった。
城では、マルゴッド伯爵と共に入城した為か特に問題なく入城することが出来た。
引き連れているビーイングも護衛として入城を許可された。
その護衛が通るたびに、城の衛兵たちが僅かに身じろぎする。
それは強化されたビーイングが発するようになった覇気とかそういう気配のせいのようだ。
リズがそんなことを言っていたから心得ある者はそういうのを感じ取れるようだ。
ただマルゴッド伯爵はそれをみるたびに「ほほう」とか「うむ」とかまた何か誤解を強化しているようなので気が気でない。
(もうなんか完全に手遅れ感あるけど…)
叙勲はなんと王直々に賜るものらしい。
会場には多くの軍関係者や貴族が詰めかけていた。
「リューゲル・フォン・マルゴッド殿、そしてコータロー・サトー殿、御入来!」
儀典を管理する役人の声かけで、マルゴッド伯爵と幸太郎は入場する。
そこに数多の人々の目線が突き刺さる。
(緊張する…)
赤い絨毯の上を2人はゆっくり歩いて行く。
赤い絨毯の奥、壇上にはこの国の支配者である王が座っている。
豪奢な王冠を被っており、服装も王にふさわしい一品に身を包んでいる。
側にいる男性と女性はおそらく王子と王女だろう。
どちらも見事な礼服とドレスを着飾った貴公子と美姫であった。
そして教えられた通りに、決められた位置で頭を下げる。
本来なら跪くのが普通だが、礼服を汚すわけにもいかないので、礼で済ませるらしい。
「面をあげよ」
「ははっ!」
そう言われて顔を上げてはいけないらしい。
「面をあげよ」
「は!」
あげていいのは基本的に二回言われた場合のみ。
そこでようやく顔をあげていいそうだ。
なので幸太郎もマルゴッド伯爵もそこで顔をあげる。
「マルゴッド伯爵、そして幸太郎殿のこの度の戦争における功績について…」
そういって儀典官がずらずらと功績を並べ立てる。
要約すると、「多くの魔王軍襲撃を撃破して、更に援軍ありがとう。お礼に勲章あげるね」といったところだった。
そうやって役人の1人から勲章として戦争において寄与したものに与えられる「妖精星矢章」を授与され、礼服に付けられる。
王は座ったまま動かないが声はかけられた。
「伯爵よ、此度の戦はお主の軍の働きなければ勝利はなかった」
「もったいないお言葉でございます陛下」
「うむ。そして幸太郎よ。お主が発掘し目覚めさせたゴーレムによりマルゴッドの街を襲った数多の魔王軍部隊が壊滅状態になり、結果として此度の勝利に大きく貢献したと聞いている。冒険者といえどその働きは誠に素晴らしい。これからも我が国のために尽くしてくれ」
「ありがたきお言葉です」
幸太郎は全く無駄な動作、無駄な言葉を発しない。
それはこの世界の生まれでない幸太郎はこの世界の文化風俗を理解してないからだ。
(ロボットだ。ロボットになるんだ)
例えるなら、いきなり聞いたこともない西洋の国になんの準備もなしに放り込まれて、気づいたらその国の王族のパーティになぜか呼ばれている。と言えば理解できるだろうか?
大学では自堕落に過ごしなんとか職にありつけたような人間が、そんなパーティに出て問題なく振る舞えるわけがない。
もしできるというならそいつには外資系か国家公務員試験を受けることをお勧めするところだ。
国際営業でも外交でも活躍間違いなしだろう。
当然幸太郎はそんなスキルはないので、あらかじめマルゴッド伯爵に教えられた通りに礼儀作法を遵守して、可能な限り無口でやり過ごすことを決めていた。
「うむ。黒目黒髪も珍しい。どこの出身かね?」
「ありがたきお言葉です」
「う、うむ。どこの出身かね?」
「ありがたきお言葉です」
「ううむ…」
「申し訳ありません陛下。幸太郎殿は緊張されているようで…」
マルゴッド伯爵がフォローする。
「うむそうか。ならば致し方なし。幸太郎殿殿よ。どうかパーティを楽しまれよ」
「ありがたきお言葉です」
「……」
「陛下、次の方も控えてますので…」
そして幸太郎はマルゴッド伯爵と共に、貴族たちが並ぶ列に加わって、他の叙勲者の様子を無心で眺めていた。
(よし終わった)
こんな感じで幸太郎は式典を乗り切った。
次は晩餐会だ。
晩餐会は叙勲された軍人や貴族が多く参加していた。
参加者の中には王族も含まれており、これは野心ある軍人にとっては特権階級に顔を売るチャンスである。
また貴族にとっても、良い部下を得るチャンスであるために、各所で活発に交流が行われていた。
もちろん幸太郎もそんな者達の一人になるはずだった。
だが、晩餐会では幸太郎の周りに人がたかることはなかった。
「「……」」
幸太郎の周りをただならぬ雰囲気を放つ者達が護衛として取り囲んでいるからだ。
どれも礼服を着ているが、他の貴族や兵と比べても体格は妙にいいし、何より人を何人どころか何十人殺していてもおかしくない位視線が鋭い。
不用意に近づいたら組み伏せる気満々で幸太郎の周囲を警護していた。
その雰囲気に威圧されて、貴族達は容易に近づけない。
それは幸太郎が望んだことでもあった。
というかそのためにわざわざ人型の軍隊系ビーイングを呼び出して護衛させているからだ。
(人脈などいらん。必要なのは平和のみ)
幸太郎にとって第一なのは、このパーティを無難に乗り切ることなのだ。
そのためにはなるべく接触がない方がいい。
そんなわけで、幸太郎は他の貴族が近づかないのをいいことに、料理に舌鼓を打っていた。
「あ、これ美味しい」
幸太郎にとって幸いなことは城の料理はかなり美味しいことだろうか。
この世界に来てから食べているものは固いパンや、野菜や肉を煮て塩を入れただけのものだったりする。
日本の時とは違い、肉や野菜が豊富に安価に手に入るのは大変ありがたいが、味付けは薄めなので、現代日本人としては非常に物足りない食事だったりする。
ところが王宮の料理は、香辛料を豊富に使い、現代で言うところのソースもふんだんに使われている。
その贅を凝らした料理は、幸太郎をして唸らせるに十分だった。
だからついつい幸太郎はいろんな料理に手を出す。
ひたすら交流を拒んで食事に精を出す。
それは幸太郎にとっては何気ない行動なのだが、貴族の一部にとってはいい口実になったようだ。
「おやおや、妖精星矢章の授与者ともあろうものが犬のように食事を貪っているではないか」
そう難癖をつけるいい口実に。
そんなことを言って来たのは、若手貴族の1人だった。
その貴族は似たような取り巻きを連れて、こちらに近づいてくる。
(いきなりとんでもないこというなこの人)
日本じゃ考えられないことだ。
普通は、どんな人でも見ず知らずの人にいきなりケンカを売るような態度では近づかない。
少なくとも幸太郎はそんな人に出会ったことはなかった。
「対処しますか?」
「いや相手は貴族だから様子を見てくれ」
「了解」
小声で護衛が確認してくるので静止する。
護衛をけしかけて政治的に問題になったら幸太郎は王都から逃げ出す羽目になるだろう。
とはいえいざとなったらそういう手段も考慮する必要はある。
なので幸太郎は若手貴族を見ながら無言でリセットボタンを押す。
デッキ35/40
手札1
マナ1/1
(マナコスト1か)
ヘカテーによって制約を解釈で変えられた結果、相対した相手によって初期状態が変わるようになった。
それを利用して幸太郎は特定の人物を見つめながらリセットボタンを押す事で、その人物がどのくらいの強さを持つのか確認できるようになっている。
なのでリセットボタンを押したところ、目の前の貴族はマナコスト1程度の能力を持つ相手だと判断できた。
それを確認して、他の人を見ながら次々にリセットボタンを押していく。
(なんだみんな1か)
幸太郎は安堵した。
それで確認できるのは、相手がマナコスト1程度の強さを持っていると言うことだけだ。
もしかしたらマナコスト2になる直前の相手がいるかもしれないことは注意する必要がある。
(まあ、199/199みたいなやつもいる可能性があるから注意しないとな)
魔物はともかく、人間は能力値に個体差があるから注意しなければいけないのは、この世界に来て学んだことの一つだ。
(人型ビーイングも強いやつは普通に700/800とかお前人間かよ!?って言いたくなるやつもいるからな。見た目で判断は危険なんだよな。油断は禁物だわ)
幸太郎にはみただけで相手の強さがわかるような経験はない。
とはいえ、リザレの制約だいたいの強さは判定できるようになったし1や2ならば、スペルを使わなくても護衛で十分対処出来そうだった。
幸太郎が調べた限り、人間は訓練したらいきなり100/100から200/200にはならず、少しずつ訓練でそれらが上がっていく。
だから130/165みたいなリザレでは考えられない中途半端な存在もいるようだ。
幸太郎も修行中はそんな感じて、最近ようやくサンベアを倒せるようになったので推定200/200前後のはずである。
ただ貴族は一応戦闘訓練を積んでいるはずなので、さすがに村人より弱いことはないだろうと思えた。
幸太郎の予想としては、誰もがソルジャー100/100以上の強さを持っているだろうと思われる。
(それに戦闘力の強さと頭の良さは別物だしな)
「どちら様で?」
「ふん。名を聞きたいなら、そちらから名乗るのが礼儀ではないかね?」
若手貴族のリーダーらしき男がそう不敵に言い放つ。
「あ、じゃあいいです。ではこれで」
「おい!」
流石に面倒臭くなった幸太郎は取り敢えずここから離脱しようとする。
男はそれを止めるために手をつかもうとするが、それは幸太郎の従者であるビーイングに無言で阻まれる。
「従者風情が、私はワイリー・ロウ・スタット!スタット子爵の第一子だぞ」
男ことワイリーはそう言って恫喝する。
シールドソルジャーやナイトは「だから何?」と言った感じだが、権力というものを多少はしってる幸太郎は違った。
(よりにもよってマルゴッド伯爵の近くの町の貴族じゃないか)
スタット子爵といえば、近くの町の領主だ。
下手なことすればマルゴッド伯爵に迷惑がかかり、それは何よりも忌むべき貸しになる。
貴族に貸しを作りたくない幸太郎は無視することはできなかった。
(やだなあ嫌なのに絡まれちゃったよ)
幸太郎はこう言うのに絡まれたくなくて大人しくしていたつもりだったが、向こうから来るとは思わなかった。
とはいえ、それは実は間違いであったのは幸太郎があとで知ることだ。
むしろここは率先して他の貴族と交流して、仲良くできることをアピールしておくべきであり、それを怠ったからこそ、こうして悪徳貴族に目をつけられたのである。
「ぼっちだしいいカモ」と思われたのだ。
そう思われているとは知らず幸太郎は声をかける。
「で、そのワイリー様は何用でしょうか?」
「ふん、何。妖精星矢章は、戦争で多大な貢献をした者にのみ与えられる勲章。そんな奴がどんなやつかと思ったまで」
そう言ってワイリーは幸太郎をジロジロ眺める。
「だが授与式では緊張してガチガチ、パーティでは従者に周りを囲ませて食事を漁るこんな下賎な者だったとはな…恥を知れ!」
(つまり、マナーが悪いと言うことか)
ワイリーは幸太郎の態度が悪いと非難する。
実際はそう難癖つけて相手を萎縮させるのが狙いだが、幸太郎は相手の意図を測りかねていた。
(善意で注意しに来たにしては言い方が不遜だよなあ。でも貴族だから当たり前なのだろうか?)
それは確かにワイリーがそういう態度を取る理由の一つだろう。
貴族にとって、平民は下々の者で貴族に傅くべき存在と思っているものも少なくない。
「それは申し訳ございませんでした。ワイリー様には是非礼儀作法についてご教授いただければと思います」
「ふん、なぜ貴様のような下賎な者に礼儀作法を教えなければいけんのだ?」
そう言ってワイリーは幸太郎を侮蔑する。
(はあ?マナーが悪いと注意しに来ておいてそれはないだろう?)
あまりの言い分に流石の幸太郎もムカっとする。
「だがまあ、私の元でどうしても師事したいのであればやぶさかではないぞ。その場合は当然それなりの見返りをいただくがな」
(ああ、やっぱりそういうことか)
幸太郎は完全に理解する。
相手はこっちを貶めるのが目的だと。
「150万まではおごってもイジメじゃねーから」と言ってカツアゲしてくるタチの悪い不良のようだ。
(日本はこれほどじゃなかったような気がするけど、理不尽があったとしても軽かったのかなあ)
そう考えると幸太郎は日本で人権や身分が保証されていた現状に改めて感動を覚える。
軽いとはいえ理不尽は理不尽であることに変わりはないのだが。
とはいえ、幸太郎はこんなところでトラブルを起こすわけにはいかない。
(すごいムカつくけど、ここで無駄に反抗しても余計に立場悪くなるんだろうな)
それは日本でも軽いとはいえ経験済みのことだ。
理不尽は時には暴力、時は数で覆われて襲ってくるものなのだ。
力持った理不尽に無理に逆らえば待っているのは身の破滅だ。
(…に)
叩きのめされて従属することを要求される。
それに対する術は従うか受け流すかそして逃げるかのどちらかだ。
(…当に)
それに対抗できるのはそれだけの力を持った者にしかできないことだ。
そして幸太郎はそうではない。
(本当に?)
今は権力で覆われた理不尽が目の前にいる。
ニヤニヤ笑いながらこちらを見ているワイリーとその一味。
友好的に接する意思は皆無。
どうやらこちらを徹底的に馬鹿にして貶めるのを目的にしているようだ。
その目的が私的なものなのか、あるいは貴族がらみの何かまではわからないが。
(相手はマナコスト1)
幸太郎は手をあげる。
(ゴミだな)
その手にはカードが握られている。
(たった数人)
手札から自然と取り出したカードを。
(吹けば飛ぶような連中だ)
幸太郎は場に出そうとする。
ファイアーボール
スペル
マナコスト2
相手のビーイングに200ダメージ
(…っ!何を考えているんだ俺は!)
鋭い頭痛で我に返った幸太郎は、今自分がしようとしていたことに気づいて、咄嗟にカードを投げ捨てた。
幸いカードは発動することなく、不発に終わった。
だがカードは幸太郎にだけ見える概念的なもの。
たがら傍目には幸太郎が勢いよく手を降ったようにしか見えないだろう。
だから、そこで余計なことが起きるのは幸太郎が生まれ持った素質なのかもしれない。
何しろ幸太郎はこんな世界に訳もわからず飛ばされるような運命の持ち主だ。
カードを勢いよく投げ捨てるということは手を思いっきり振るということである。
この世界では貴族は礼服とともに手袋をつける習慣がある。
その手袋は装飾や、手の保護という意味があるが、使い方はそれだけではない。
手は握れば人を殴れる武器になる。
それを手袋で覆うという行為自体が剣の鞘と同じで、武器を納めている。
つまり戦う意思はないという意味があるのだ。
その手袋を外すという行為、そしてそれを相手に投げつけるという行為が貴族社会でどういう意味を持つか?
その答えはすぐに示されることになる。
何故なら幸太郎にとっては不幸にも、カードを投げ捨てる行為によって、手袋が自然と手から離れてしまい、そして本当に運の悪いことにそれはさっきまで言いがかりをつけられていたワイリーの方に飛んでいったのだから。
「あ…」
そして手袋は寸分たがわずワイリーに当たってしまう。
「なっ!」
ワイリーの反応は劇的だった。
それを見ていた他の貴族の顔も青くなる。
「貴様、決闘を申し出るつもりか!」
貴族社会で相手に手袋を投げつけるのは決闘、つまりケンカを売るに等しい行為であるがゆえに。
そんな意図のなかった幸太郎としては痛恨の出来事だった。
本来ならうろたえるべき事態のはずだった。
だが幸太郎はそんなこと聞いていなかった。
それはそもそもの手袋を結果的に投げつけてしまう事態になった原因に思いを馳せていたからだ。
(なんなんださっきのは?今のスペルなんか使ったら全員吹き飛んでたぞ?なんで自分はあんなことをしようとした?)
そもそも仮にその必要があるとしても、護衛をけしかけるだけで十分なはずだった。
宮中で攻撃魔法なんて使えば結果は火を見るより明らかだ。
幸太郎は相手の破滅を招く魔法を行使しようとしていた。
使えば自分も破滅していた可能性が高いにもかかわらず。
それも自然に、まるで当たり前のように。
そんな考えが当たり前のように浮かんだのだ。
幸太郎は事なかれ主義だ。
それはこれまでの人生の中で培ってきた経験則に基づく主義であり、その考えに基づいて生きてきたし、それによって穏便に人生を歩んできた。
これからもそう生きて行くつもりだった。
(何故自分は衝動的にそんなことを…?)
だからその正反対の破滅的な過激な行動をしょうとしたことに、幸太郎は信じられない思いで、ひたすら困惑することになった。




