悪夢は宿でなくなった屋敷とともに
パーティをなんとかやり過ごした幸太郎達は今日宿泊する屋敷に戻ることになった。
(屋敷ってなんだよ…宿屋じゃないの?)
早速嫌な予感がしている幸太郎であった。
「二度と貴族のパーティには出たくないわね」
貴族達の縁談攻勢にすっかり参ったリズはそんな口調でぐったりしていた。
「全くだ」
幸太郎もそれには深く同意する。
まさかあそこまで過激とは思わなかったのだ。
今2人はマルゴッド伯爵の手配した馬車の中にいる。
外では、元の服に着替えたエルが張り切って馬車の屋根の上で目を光らせている。
その近づくものは全て撃つと言わんばかりの殺気を迸らせてる様子を見て近づこうとする愚か者はいない。
「それだけ幸太郎様とリズ殿が魅力的だったと言うことでしょう」
同じく馬車に同乗していたシンパがそう説明する。
「肉食系ばっかなのかこの世界…もとい国」
「何それ?」
「自分のいた国では、積極的なやつは肉食系って呼ぶの。消極的なのは草食系ね」
「あら面白い表現ね。そうすると幸太郎は草食系男子といったところかしら?」
「…否定はしない」
幸太郎は年齢イコール彼女いない歴の非モテ男子だったので、恋愛には消極的だ。
「じゃ、じゃあ彼女もいないの?」
「否定はしない」
「そ、そう…」
そう言うとリズはモジモジとしだす。
「あれ、でもじゃあエルはどうなの?」
「何故エル?」
「いやだってエルってちょっと変わってるけど、幸太郎のこと凄く慕ってるでしょ?」
「あれは慕ってると言うより従っているような…」
「いいから!どうなの?」
「エルは、手のかかる妹かな」
基本的にはすごいしっかりしてるし、頼りにもなるが、妙に子供っぽいところというか甘えようとするところがある。
その辺が元の世界にいた手のかかる妹そっくりだった。
「へ、へえ。妹的扱いなんだ。じゃあ私は?」
「リズ?リズは妹よりもっと手のかかる女友達かな?」
リズは勝ち負けというか強さにこだわり、幸太郎の召喚獣欲しがるし、結構無茶振りしてくる良くも悪くも遠慮がない女友達といった感じだった。
「なんでよ!」
「ちょ!痛い痛い」
その答えにご不満だったようで、リズは幸太郎を叩いてくる。
「お二方、そろそろ到着しますよ」
そんな2人を黙ってニコニコ眺めてたシンパに言われて、リズは顔を真っ赤にしてさっと離れた。
馬車を降りると目の前には立派な門があった。
門の両端には衛兵が立っており、こちらに敬礼をしている。
幸太郎が横を見ると塀が遠くまで続いていた。
「なあ、ここって確か宿があったところだよね?」
「はいそうですが?」
「前の宿はどうなったの?」
「目の前がそうですよ」
「はい?」
幸太郎は目の前の宿を見る。
それは前の宿とは似ても似つかなかった。
「もしかして建て直したの?」
「はい。建て直しました」
「これだけ大きい屋敷を?」
「はい」
幸太郎は目眩がした。
確かに元の宿屋は馬や馬車を格納できるだけあって土地は充分あった。
だが、土地代や解体費は目を瞑るとしてもこれだけ大きな屋敷を建てようとしたら日本ですら億は必要だ。
ましてやここは異世界、人件費がどれほどかかるのか想像もつかない。
「え?これが幸太郎の土地。これ全部?」
「ふむ。幸太郎様の住まれるところとしては手狭ですが、まあまあですね」
リズが呆然とつぶやき、エルは若干不満そうに呟いた。
「お金はどうしたの?」
「マルゴッド伯爵が寄付いたしてくれました」
(それはきっと寄付じゃない、貸しだ)
幸太郎はマルゴッド伯爵に借りができたと思った。
「マルゴッド伯爵曰く、エンシェントデストロイヤーの功績は大きく、治安維持の面で大きく経費が浮いたそうでその一部を回してくださいました」
「レンタル報酬ということ?」
「とのことです」
(そういえば、その辺りの話をきっちりしてなかったような気がする)
「前の宿屋のままでは警備の観点から不安がありましたのでマルゴッド伯爵の提案は渡りに船でした。なので私の裁量の範囲で建て直しを実施しました」
そうシンパは告げる。
「ね、ねえ、こんな屋敷は幸太郎を持ってたの?やっぱり幸太郎はこの街の名士じゃない!」
リズにそう言われて幸太郎は揺さぶられる。
「あーうん。もうそれでいいです」
幸太郎は力なくうなずいた。
(この歳で屋敷持ちとか喜んでいいのやら何やら。同期が聞いたら死ぬほど羨まれるだろうな。それとも恨まれる。同期から恨まれるの嫌だなあ。元の世界に戻るどころか連絡の目処すらないけど。というか元の世界に戻ってもとっくにクビだろうし貯金ない自分は野垂死に確定。もはやこの世界に骨を埋めるしかないのか?)
現実逃避した結果、より過酷な現実を直視して逃げ場のなくなった幸太郎だった。
5人は屋敷に入る。
「おかえりなさいませご主人様」
それはもう見事なメイド達が出迎えてくれた。
「ふむ、よく教育が行き届いてますね」
「幸太郎ってこんなに従業員雇える人だったの?!」
エルはメイドたちの洗練された所作に感心し、リズはその数に驚いていた。
「これは?」
「屋敷を管理するもの達です」
「それはわかるんだけど、どういう経緯で雇ったの?」
「はい。屋敷に建て直した際に、元の宿屋の従業員達は隠居したり転職したので、新たに家政婦を募集したところ応募が殺到しました。厳正な審査の結果、外的にも内的にも要件を満たした者が今いる者達です」
よくよく見ると皆それなりに若くて美人であり、エルが褒めるほど皆見事な所作でお辞儀していた。
(あかんわ。これ間違いなく同期と妹に殴られるパターンだわ)
若くて美人なメイドを雇うのは男なら誰もが夢見るものだ。
独身でメイド侍らせてるとか何様だ!と同期に殴られる光景が容易に想像できた。
あと妹もそれに嬉々として加担しそうな気がする。
「素性についてはご心配なく。カシラのツテとマイニーをつかって調査済みです。また忠誠心も折り紙つきです。みんな幸太郎様を崇拝している信徒なので」
「おい」
「中には無償でもいいから御奉仕させて欲しいと」
「ちゃんと報酬払ってないの?!」
給料未払いは、日本でも大きな問題だ。
それは労働者としては許されざることだった。
何より幸太郎も会社の給料未払いで死にかけたことがあり、笑えなかった。
「ご安心を。そこはきっちり支払っております。もっともその後に寄付されるとどうしようもないのですが…」
「まあ、そこまでは面倒見切れないよね…うん…でも雇用の資金源は何処から?」
「僭越ながらマルゴッド伯爵と交渉しまして、エンシェントデストロイヤーのレンタル費用として頂いたお金から工面しております」
「それなら問題ないです。寄付とか言われたらどうしようかと思ったけど。というか交渉してくれてたのね」
とりあえずそこから資金が捻出出来るなら、幸太郎としては改めて交渉する必要がないので助かった。
「ええ、幸太郎様のために頑張って交渉しました。なので、エンシェントデストロイヤーは軍属扱いにして、軍事予算から資金を」
「軍事予算!?」
「ええ、戦争中なので、税収のほとんどは軍事費に消えて行くそうで。エンシェントデストロイヤーのお陰で浮いたぶんの半分を工面してもらいました」
「ごめん。聞いといてなんですが、これ以上はちょっと精神が持たなさそうなので、後で書面でください」
戦争中の軍事予算なんてそれこそ、コストパフォーマンス度外費で税金が注ぎ込まれる。
それの一部とはいえ金額は膨大になるのは想像に難くなく、幸太郎はめまいがしそうだった。
「申し訳ありません。確かにこんな場所で長々とお話しすることではありませんでした。ささ、どうぞ中へ」
「ご案内いたします」
「リズ様もどうぞこちらへ」
代表して2人のメイドが案内を申し出る。
「あ、ええ、よろしくお願いします」
屋敷の豪華な内装やメイドを幸太郎が雇っているという事実にフリーズしていたリズもそこでようやく再起動を行う。
そうして2人はそれぞれが寝室に案内された。
リズが案内された部屋は客室の一つであり、そこもまた2人はねれるくらい大きなベッドが置かれていた。
リズは喜び勇んでベットに飛び込んで、今はスヤスヤと深い眠りに入っている。
幸太郎が案内されたのは主人だけが持つ専用の寝室で、複数人が寝られるくらい広いベッドが置かれている。
今現在そこには、幸太郎とエルとシンパ、そしてメイドが1人いた。
「少し気になったんだけど、カシラはどうしてんの?後他の置いてきたビーイングも」
メイドはテキパキとお茶を入れており、相当熟練の様子を感じさせた。
「カシラは幸太郎様の奴隷なので使用人扱いですね。他のビーイングは、使用人が怯えますので、専用の小屋に住まわせてあります。問題があれば待遇を変えますが」
「いや、そこは予想通りでよかったよ。カシラはマイニーがついてるから、まずないと思うけど、元山賊だし、もしメイドにちょっかいかけたら遠慮なく罰を与えていいから」
「ご安心を。カシラは改心しました。罪を悔い改め、神たる幸太郎様に尽くすと、毎日神殿で祈りを捧げております」
「嘘だあ!」
幸太郎は叫んだ。
あんな下卑た笑みを浮かべていたカシラのそんな様子は全く想像できなかった。
「いえ、本当のことでございます。カシラ様は報酬の一部を寄付すらされていらっしゃいます」
そんな幸太郎に笑顔でメイドが説明を加える。
(そういえばメイドさんはみんな信者だった)
「そ、そうなんだ。でも実際にあって幻滅したんじゃない?」
「いえそんな。幸太郎様は大変謙虚な方だとシンパ様やカシラ様から伺っておりましたから。それは幸太郎様の召喚獣を見ててもわかります。町の外ではあんな凶暴な魔物が幸太郎様のものはとてもおとなしく愛らしいのですから」
「幸太郎様は慈悲深い方ですから」
エルがどことなく自慢げに言う。
「ええ、エル様のおっしゃる通りですわ。こうして幸太郎様に出会えたことに感謝を」
そう言ってメイドは祈りを捧げる。
「あ、うむ。あなたのその忠誠と信仰に感謝を」
以前なら「や、やめてください!」と言っていたところだが、そう言うとエルがまた不機嫌になることを学習した幸太郎は、意識してそう告げる。
ちらりと見るとエルは満足そうに頷いていた。
(…寝るか)
その後、幸太郎はふかふかすぎるベッドで快適に眠ることになった。
(ああ、ふかふかで気持ちいい〜)
幸太郎は深い眠りについた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そこは何もない不毛の大地だった。
いや、正確にはそうなったと言うべきか。
何があったかはわからない。
ただ、これは自分のせいだと言うことはわかった。
「はぁ…はぁ」
xxは不毛の大地となった山を登り続ける。
周囲を遮るものがなくなったせいで、迷うことはまずない。
そしてxxは山の頂上に到達する。
そして全てを理解した。
そこで見たのは、なぎ倒された木、血を流す獣、粉砕された石、首のない魔物、蒸発した川、崩れた壁、倒れた人、焼けた家、潰れた人、焼けた人、溶けた人、折れた人、捻じ曲がった人、人、人、人…
それが地平線まで続く無数のガラクタと屍に彩られた不毛の大地だった。
「ああ…ああ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
xxは項垂れ、心の底から叫ぶ。
この何もなくなってしまった景色は自分の罪の形そのものであるがゆえに。
そして声が枯れ果ててしまっても叫びは止まる気配がない。
ザッ
不意に何かが砂利を踏む音にxxはハッとして振り返る。
「ようxx」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、幸太郎はベッドから飛び起きた。
「はあ、はあ…はあ?」
何かとても良くない夢を見た様な気がしたが、飛び起きた時の衝撃で内容を忘れてしまう。
「何なんだ?最悪な夢を見たと言う気分なのに内容を思い出せない?」
動悸が収まらず、息も荒い。
悪い夢を見たとは明らかなのに内容は思い出せない。
ひどく不快で不可解な目覚めだった。
ただ、幸太郎は一つだけそれとは違う感情があることに気づいた。
「矛盾してる。けど、ああ、もう一度見てみたい。あの光景を。何かは思い出せないのに。それだけははっきりとわかる」
そうして起こしに来たメイドに指摘されるまで、幸太郎は顔を笑顔の形で歪めていたのだった、




