強者は宴に翻弄され、従者は命令に歓喜する
「お待たせして申し訳ない。幸太郎様ようこそお越しくださいました」
マルゴッド伯爵がそう言って部屋に入ってくる。
「申し訳ありません。外の難民対応に手間取っておりまして」
「いえ、それが伯爵様のすべき仕事であるならば、仕方ないことです」
「そう言っていただけると助かります」
遅れたことについてマルゴッド伯爵は詫びてくるが、理由を聞けばそれは仕方ないと納得できる。
あれほどの難民問題に対応するのは、さぞ大変なことだろう。
「しかし、戦況は好転したというのにあれほどの難民がいるのですね」
「ええ、ここだけの話、確かに魔王軍との戦争に勝つことはできたのですが、結果として街を一つ失ったのです」
「では、あの難民達はそこから?」
「はい。なのでしばらくは彼らと街の再建を支援せねばならないでしょう。もっとも幸太郎様のエンシェントデストロイヤーのおかげで治安は改善されてますのでかなり楽をさせていただいてますが」
「いえ、あれがお役に立っているようで何よりです」
「はい。そして隣の女性の方は、幸太郎様と同じ召喚士の方かとお見受けしますが」
マルゴッド伯爵の目は隣のリズに向かう。
リズは慌てて立ち上がり、
「伯爵閣下にお会いできて光栄です。私は召喚士のリズと申します」
そう言って帽子を取ったリズは頭を下げる。
その頭にツノが生えているのを見ても、マルゴッド伯爵は眉をピクリと動かしたのみだった。
「初めましてリズ殿。幸太郎様のパートナーの1人と伺っております。王都に行くまでの短い間ですがどうぞごゆるりとおくつろぎください」
「はい。ご高配感謝します」
そう言ってリズは頭を下げる。
そしてマルゴッド伯爵に促され、椅子に座る。
「さて、本日こちらにきていただいたのはシンパ様に言伝いただいた通り、叙勲のため王都にご足労頂きたいのです」
「あの、何故自分なのでしょうか?戦争に勝利したとお聞きしましたが、私は何も貢献してません」
「そんなことはありません。幸太郎様のエンシェントデストロイヤーのお陰で魔王軍の襲撃は何度も撃退できました。また防衛戦力から部隊を抽出出来て、増援を送ることができたのは誰もが知るところです。最初は私の方に叙勲の申し出が来ましたが、辞退して経緯を説明したところ、幸太郎様に叙勲したいと」
(よ、余計な事を…)
「ありがとうございます。ですが、やはり叙勲は伯爵様にこそお似合いかと思います。私はただ、エンシェントデストロイヤーを貸し出しただけに過ぎません」
「何を仰いますか!それこそがもっとも大きい功績。それを奪い取るほど落ちぶれてはおりません!叙勲は幸太郎様にこそ相応しい!」
「は、はい」
心外だと言わんばかりに力説されて幸太郎は思わず頷いてしまう。
「ですので、道中は私も推薦者として同行いたしますぞ」
「は、はあ」
「というわけで、今日は歓迎と叙勲とその出立を祝う宴を用意しております。どうぞご参加を」
「あ、ありがたい申し出ですが」
「宴!ぜひ参加させてください」
断ろうとした幸太郎を遮って、リズが了承した。
「リズ!?」
「いいじゃない宴!貴族の宴なんて滅多に出れないわよ!すごい楽しみ」
「ほほほ。これはこれは、リズさんの期待を裏切らないようにしなければ」
幸太郎の意見は無視されて、宴に参加することが決まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして2人は死ぬほど後悔することになる。
「かの巨人を操りし英傑がこんなお若い方だとは、どうでしょうか、うちの娘と縁談を」
「いえ、その申し出はありがたいのですが…」
「あなたも召喚士なのですか!?どうかうちの息子とあって頂けませんか?」
「いえ私もその大丈夫ですので」
「幸太郎様、どうか私とダンスを踊ってくださいませんか」
「まああなたの家格では釣り合いませんわよ。どうか私と」
「いや、その」
「美しきツノを持つお嬢さん、どうか私と一緒に踊っていただけないだろうか?」
「え?ええ!」
幸太郎とリズは貴族や豪商達の縁談攻勢及び若手貴族達のお誘いを一身に受けていた。
(何故こんなことに?)
この世界は強くないと生きるのも難しい。
故に、強い者の価値は元の世界よりはるかに高い。
つまり強い人はとてもモテやすい。
そして貴族は強くなければならないと言われている。
この世界の貴族は武人であり、戦えない貴族は貴族でない。
民がそれを認めないし貴族もまたそれを認めない。
それ故に武勇は重視される。
それはパートナーの武勇も同様である。
だから貴族や豪商のような身分の高い者にとっても強き者は己の権力を盤石にするために必要な人材であった。
但し、強いだけの人材は選ばれない。
やはり、貴族には貴族としての良識も重視されるからだ。
だが、幸太郎はその武勇に反して物腰が柔らかく礼服もしっかり着こなしている。
(まあ、スーツを着るようなものだし。着付けはマルゴッド伯爵の従者がしてくれたし)
幸太郎は特に普通だと考えている。
またリズも美しく着飾ったその姿は、召喚士伝統の礼服らしく、和服に近い構造をしている。
花びらの衣装があしらわれた礼服を着て、ツノにも装飾品で飾り付けを行いまるで頭に飾ったアクセサリーの一種の様に見せている。
(母から譲り受けた物なんだけどね。物珍しいとはも思われるかな?)
だがその姿は、リズが持つ天真爛漫な美しさをより引き立てて、どこぞの国の姫と言われても通じるものを持っていた。
(強さだけでなく、物腰も見た目も及第点!これは掘り出し物だ)
そんな2人を見た貴族達の反応は宝物を見つけたそれであった。
教養や常識は後からいくらでも植え付ければいい。
そう思った貴族達によって幸太郎とリズは囲まれることになった。
「「あはははは」」
((誰か助けて!))
そう心の中で2人が悲鳴をあげてると、そこに救いの天使が現れた。
「皆様方、どうかこの辺りで」
そう言って現れたのは礼服姿のシンパだった。
但し天使の輪と羽を隠そうとしていない。
見れば側にはドレス姿のエルも随伴していた。
「ああ、シンパ様」
「シンパ様だわ」
それを見た信心深い貴族はその場で祈り出す。
「エル様もいらっしゃるぞ」
「生きてるうちにこんな身近で、エルフをお目にかかれるとは」
「妖精姫様なのか?」
「王都の妖精姫様とは別人らしい」
「そもそもこんなところに妖精姫様がいるわけがないだろう」
「そうですな。妖精姫様はお伏せになっているそうですし」
「聖域をでて冒険者になるエルフもいると聞く。彼女もその類だろう」
「確かにエルフは美しすぎて見分けがつかないらしいし」
エルもまた貴族達に注目されているが、特に反応を返すことはない。
シンパは逆にそんな貴族達ににこりと微笑む。
青年貴族は感嘆し、貴族令嬢は顔を赤らめる。
「我が主人も長旅でお疲れのご様子。すこしご休憩を挟みたいと思うのですが如何でしょうか?代わりと言ってはなんですが、私が皆様のお相手をいたしますので」
「おお、そうでしたか。これは申し訳ない」
そう言われると貴族達も否応とは言えない。
それにシンパはこの街の守護者であり、それと縁を持つことはこの街の利益に直結する。
シンパが相手をしてくれるならそれもまたありであった。
(ナイス!シンパマジ天使!)
「ではお言葉に甘えて」
幸太郎はリズを連れて、休憩室に向かう。
それにエルが護衛として随伴する。
3人があてがわれた休憩室に入ると、幸太郎とリズはソファに座り込む。
「「ああ、疲れた(わ)」」
満身創痍といった面持ちだった。
これならサンベアと戦った方がまだマシと言いたくなるくらいの精神的疲労を感じていた。
そんな2人に対して、エルは部屋に入るなりテキパキと茶を淹れる準備を始めていた。
そして、2人の前にお茶を運んでくる。
「お茶です」
「ありがとうエル」
「ありがとね」
幸太郎とリズがそれを受け取る。
お茶を飲みながら幸太郎はエルの姿を改めて見つめる。
普段のフードを被った狙撃手然とした格好とは違い、エルはドレスで着飾っている。
マルゴッド伯爵にはエルがエルフであることはバレており、それをまた他の貴族も承知しているとのことで、エルも普段の姿ではなくドレスを着せていた。
エルがドレスで着飾る姿は美しい。
そのスレンダーな肢体を純白のドレスで覆っている。
「エルのそのドレス似合っているね」
「そうね似合っているわ」
「ありがとうございます」
だから幸太郎とリズはエルのその姿を褒める。
エルは淡々と礼を言うが、その耳はピクピク動いている。
どうやら喜んでいるようだった。
宴の前のあの悲痛な表情は今はなりを潜めている。
(とはいえ、それはエルの感情の奥底に沈んでいるだけだ。自分がエルの期待する態度を取るかエルが諦めるかしないと同じことを繰り返すだろうな)
幸太郎が真の王なのかどうかはこの際どうでもいい。
仮にそうだとしても幸太郎はそんなものは分不相応だし必要とも思っていない。
問題はエルが幸太郎にそう言う態度を期待していると言うことだ。
そしてそんな振る舞いを幸太郎はしたくないと言うことだ。
「幸太郎、幸太郎」
エルが飲み終えたカップを片付ける隙を見て、リズが小声で声をかけてくる。
「何?」
「ねえ、やっぱり考えたんだけどさ。フリだけでもエルの望む態度してあげたら?」
「いきなり何を言い出すのかと思えば。なんでそんなことを?」
「だってエル。すごい沈んでるよ?」
幸太郎はエルの様子を思い出す。
「そんな感じはしなかったけど…」
「普段以上に無口だし、いっつも幸太郎ばかり見てるエルがまともに見ようとしてないで俯いたりしてるんだよ?普通気付くでしょ」
「全く気づかなかった…」
「こ、これだから男は…」
幸太郎は驚いたような顔をしたので、リズはやるせないといった表情になる。
「いやでもそもそも真の王とかどう言う態度だよ?」
「それは、私にもわかんないけど…とりあえず尊大な態度取ったらいいんじゃない?」
「やだよ鳥肌が立つ」
それは幸太郎にはできなかった。
物語で力を手に入れた存在がそれを背景に尊大な態度をとる。
そんな話を見るたびに幸太郎はなんとも言えない拒絶反応を感じて鳥肌を立ててしまう。
まるで滑稽な道化を見ているような気分になる。
幸太郎の奥底でそう言う態度をすることに対する強い拒絶反応があった。
「物語でそう言うの聴くたびにこうはなるまいと思うの。自分の理想は古き良き力に奢らず謙虚で誠実な人物になることだから」
「わかるようでわかんないような…」
「例えば、家柄だけが自慢の息子が尊大な態度をとったらムカつかない?」
「それはわかるけど、あなたは実力も実績もあるしそれには当てはまらなくない?いや、真の王は言い過ぎというのは同意し…いや、でもヘルフレイムドラゴンみたいな国どころか世界滅ぼせそうな存在とか大天使とか従える人間って王というレベル超えてるような」
「ちょっと待ってよリズまでそんなこと言い出さないで!」
叫びかけて幸太郎はエルをちらりと見る。
エルは片付けに集中しており、どうやら聞かれてないようだった。
「とにかく、少なくともエルの言うことを拒絶するようなことはやめてあげなさいよ。そりゃエルの言うことが突飛すぎると言うか妄想じみてるのはわかるけど、それ抜きでも幸太郎は実力に比べて謙遜が過ぎるすぎるわよ」
「いや、まあそれには理由が…はい、考えておきます」
リズに鋭く睨まれて、幸太郎は直ぐに頷いた。
ここでエルだけでなくリズまで怒らせたら、王都までの旅が大変気まずいことになる。
「と言うわけでエルに何か命令しておきなさい。それっぽい態度で」
「えー」
「えー、じゃないわよ、演技でもいいから!」
(はあ、仕方ない)
とはいえ、幸太郎もエルとギクシャクしたままなのは本意ではない。
幸太郎自身は身近な人とずっと険悪なままで入られるほど、図太い神経は持ち合わせていなかった。
そんな状態だと申し訳なさで死にそうになるくらいだ。
だから幸太郎はエルを見つめる。
するとエルは視線に気づいたのか、こちらに近寄ってくる。
「何か御用でしょうか?」
幸太郎は唾を飲み込む
(覚悟を決めろ)
幸太郎は物語の中で王様が命令するシーンをイメージして命令してみた。
「ああ、王都の道中は何があるかわからない。全力で私の身を守れ」
するとエルは目を見開き口をわななかせる。
(あ、あれ?これ失敗した?)
と幸太郎が思い、前言を翻そうとした瞬間に、エルはドレス姿であるにも関わらずにその場に跪いた。
「はっ!この身に変えましても、御身をお守りいたします!」
そう、見事な口調で宣言したのだ。
そしてもの凄くいい笑顔になった。
目もキラキラしている。
「お、おう」
こうかはばつぐんだった。
そして張り切ったエルによって、完璧に幸太郎たちは貴族の縁談攻勢から守られることになった。




