妖精姫の消失
王都イリス。
イリス王国の首都であり、王国の北方にある首都である。
王都の中心にはこの国の象徴たる王城がそびえ立っており、当然その中には王や王族などのこの国の中枢を担う一族と、それを補佐する多数の貴族、官僚がイリス王国の政治機構を形成して、王国の治世を行なっていた。
その王城の中心にある謁見の間は、普段ならば多くの貴族や官僚が立ち並び、各種知識人や商人からの献策や献上品をやり取りする場である。
だが今は人払いがされており、限られた数人だけが、その場にいることを許されていた。
その限られた数人とは、王族、文官を掌握する宰相、軍の最高指揮官たる将軍、並びに王家直轄の近衛騎士団長といったこの国のトップたる面々であった。
「かの方はまだ見つからないのか?」
玉座に座った王は、片膝をついて臣下たる礼をしている騎士団長に問いかける。
「はい。部下に命じて探させてはいるのですが…」
騎士団長はそれに対して、なんとも歯切れの悪い回答をする。
進捗が思わしくないのは誰の目にも明らかだった。
「何としても探し出せ。ただし極秘裏にだ」
だから、将軍は騎士団長に対して、改めて命令を厳命する。
「ですが、限られた人員では限度があります。ここは大体的に公表すべきでは?」
そこで、騎士団長は進捗が思わしくない理由を提示する。
そうすれば事態を打開できるかもしれないと希望を込めて。
「ならん!今我が国は、魔王軍と戦争中だぞ?このことが公になれば国民に動揺が走る。敵の付け入る隙を与えるわけにはいかない」
それを将軍が否定する。
公表すれば確かに進展はあるだろうが、それは同時に広く今の現状を知らせることになる。
「も、申し訳ありません」
「貴様は現状の認識ができていないのではないか?」
騎士団長が慌てて謝罪する。
それを将軍が認識が足りないとばかりに攻め立てようとしたところで、王がそれを手で制止する。
「良い。お主が状況を打開するための方策として提案したのは理解している。だが確かに限られた人員では限度があるのも確か。騎士団長よ、ほかの人員で信頼の置けるものを選別せよ。精査の上で、限定的に情報を公開することを検討しよう」
「はっ!ありがとうございます」
「うむ。引き続き宜しく頼む」
「はっ!」
騎士団長は立ち上がり、引き続き捜索の任務をこなすため謁見の間を後にする。
扉が閉まり、後には、王族や宰相、将軍が残される。
「やはり公表せずの捜索は無理があるのではないですかな」
宰相は、心情的には騎士団長の側であり、王にそう進言する。
「いや、いかんぞ宰相どの。これを公表することの影響は計り知れない。下手をすれば内戦に突入するぞ」
「しかし、かといってこのままの現状が続けば、いずれは貴族たちにも知れ渡る。そうなればどちらにしろ避けられまい」
「これ以上の隠匿は限界だと?」
「少なくとも貴族の間では噂が広まってますからな」
「なんてことだ。こんな大事な時期に、妖精姫様が御隠れになられるなんて」
将軍は顔に手を当てて天を仰ぐ。
その行動はこの場の全ての人物の気持ちを代弁していた。
「御隠れになってもうすぐ一年。その間行事にすら姿を表さないとなると怪しまれるのも仕方ありますまい」
事件が起きたのは、約一年前のこと。
ある日妖精姫付きの女官が、執務時間の合間の間食を届けにいった際、忽然と妖精姫が消えたのが発端だ。
さっきまで確かに執務を行なっていたはずの妖精姫が、間食を厨房に取りに行った際にいなくなっていた。
彼女の象徴たる神器とともに。
女官の報告によって、それを知った王はすぐさま、王都の門を閉鎖して、騎士団に王都中の捜索に当たらせた。
同時に門の衛兵の事情聴取を行なったが、誰もそのような人物は見ていなかった。
「妖精姫様以外にエルフのいないこの国では、すぐに見つかるものかと思っていたのですが」
宰相はそう呟く。
この国でエルフは希少な存在だ。
懸命の捜索にもかかわらず、手がかりすら見つからず、しかし公表するわけにもいかず極秘裏に捜索が行われている。
「王権の象徴たる妖精姫様が不在とわかれば良からぬことを考える貴族も出てくるでしょうな」
イリス王家は妖精姫に王と認められることで誕生した王家である。
当時、エルフという存在に認められて、仕えられることは、その希少さからその人物が王たる資格を持つものと扱われていた。
だから、イリス王家はエルフを従えていることを背景に勢力を拡大してきた過去を持つ。
今現在、妖精姫は厳密には王家に仕えていはいない。
妖精姫が仕えたのはあくまで初代王であり、その王の遺言で王家と国を庇護しているという立ち位置であった。
その意味では、妖精姫は王家に仕えているとも言える。
だが実際は、妖精姫の権威は王よりも高い位置にあった。
「我々の治世が妖精姫様の信任によって認められている背景がある以上、そうなる可能性は十分高い」
王もそれに同意する。
今は疑念だけにとどまっているそれが確信に変わった時、貴族がどう動くかは誰も予測できない。
貴族たちはイリス王家をエルフを従える一族として従っているが、そうでなくなった時は反乱をおこしてもおかしくなかった。
「騎士団長とその部下は身分を隠して情報収集に当たっているそうですね。その中にはエルフの冒険者の噂もあったとか」
「エルフの冒険者か。だが、それは少ないが存在していると聞く。それに妖精姫様がそんなことをされているとは思えない」
「ええ、私もそう思います。妖精姫様はこの国に多大な貢献をされてきた方。冒険者に身をやつす意味がわからない」
宰相と将軍も妖精姫が冒険者をしているとは思えないから、別人だろうと考える。
エルフの冒険者は確かに存在するが、それは数えるほどで、しかも冒険者はその職業柄、国を転々としている。
その一部がたまたまこの国に来たと考えるのが自然だった。
「だが可能性があるなら確かめるべきでは?」
「はい。騎士団長もそう思って部下を送り込んだそうですが、行方はついぞつかめずでした。どの噂も、不明瞭なものが多く、眉唾だったそうで」
捜索は、貴族や権力者からは秘密裏に行われている。
そのため、彼らとは接触せずに捜索は行われており、騎士団の騎士は冒険者や商人に偽装する形で、冒険者や町の人の噂を聞いて捜索を行っていた。
だが、どの噂も不明瞭であった。
まずエルフを見たという人物が少ない。
わずかな手がかりからエルフを見たという村や町で聞き込みをさせても、芳しい結果は得られない。
というのも、聞き込みをさせたものは、そのほとんどが「有効な手がかりは得られなかった」と報告するのだ。
噂の発生源がその町や村にあるのは濃厚だったが、誰もが同じ報告をする。
騎士はその名誉にかけて虚偽の報告をすることはあり得ないので、騎士団長もその街や村には手がかりはないと判断せざるを得なかった。
「父上、もういいのではないか」
そこにこの国の第一王子が口を挟む。
「もういいとはどういうことだ息子よ」
「妖精姫様が御隠れになったのは我々に自立せよという思し召しじゃないかと」
「何をおっしゃるのですか兄上」
そこに異議を唱えたのはこの国の第二王女だった。
この国では数字は生まれた順に付けられており、第二王女は第一王子の妹に当たる。
「妖精姫様が何も言わずに御隠れになるなど。事件に巻き込まれた可能性の方が高いはずです」
「そんなわけなかろう。妖精姫様はその戦闘力も随一の方。不覚をとるなどありえん」
妖精姫は、弓の腕もさることながらその剣の腕もなかなかのものを持つ。
不意を喰らわせたとしても、すぐに受け流されて距離を取られてしまえば、あとは一方的に撃ち殺されるだけだった。
実際妖精姫はそうやって何度も暗殺者を退けている。
「ですが、多勢に襲われたら」
「城内でそんな真似をして隠匿が可能というのか?それは城内の警備がザルだというに等しいぞ」
「しかし」
「二人ともやめよ」
言い争うふたりを王が制止する。
「事件に巻き込まれた可能性はもちろんある。自発的に消えた可能性ももちろんある。どちらにせよこの国は妖精姫様のおかげで発展して来た。ならばお探しするのは当然のことだ」
問題は下手に公表すると即座に貴族の反乱を招きかねないということだ。
それゆえに王はこのことを公表することができずにいる。
「だからこそ父上。今が妖精姫様から自立する好機なのです。子供はいつか自立するものだ。妖精姫は王家が十分育ち、任せるに値するから御隠れになった。そういう話を流布すればいい」
「何?」
妖精姫がいたからこそこの国は今まで存続できた。
なのに第一王子はいなくなった機会に妖精姫に依存するこの体制を変えようと言っている。
それはつまり、この国の伝統を破壊するに等しい行為だ。
「兄上は何を言っているかわかっているの?それはつまりこの国の伝統と歴史を根本から否定することなのよ。それにそんなこと言って貴族の誰が信じると?」
「妖精姫自身が言えばいいだろう?」
それが出来たら苦労はしない。
その妖精姫自身が今ここにいないのが問題だった。
だから、妖精姫に隠居してもらうにしろ引き続き導いてもらうにしろ、まずはここに戻ってきてもらわなければいけないのだ。
「まさか、偽物を立てろと?それでそう言わせて隠居したことにするおつもりですか。そんなこと妖精姫様が許すわけが」
「だがその妖精姫様が御隠れになったのだ。ならば何の問題がある?」
「偽勅は許されないことです!」
第二王女は第一王子のいうことを到底認められなかった。
それはイリス王家のみならず妖精姫を侮辱する行為に等しい。
そしてそれが発覚した時は、それこそ王家はすべての貴族から糾弾され、間違いなく終わる。
「娘のいうとおりだ。それは許されることではない」
「しかし父上!」
「我々は妖精姫様によって統治を認められた一族の末裔に過ぎない。いわば、妖精姫様こそがこの国の真の象徴であり我々はその統治を委託されたものだ。そのようなものが妖精姫様の偽物を立てるようなことをすることは許されない」
「……」
王にはっきりと提案を否定されて第一王子は沈黙する。
「妖精姫様が御隠れになったのは何か理由があってのことだろう。だが妖精姫様がいなくなればこの国が崩壊するであろうこともまた事実。ならば私は王の責務として、この国を維持するために、妖精姫様を秘密裏に捜索し、戻っていただくようにお願いする立場にある」
「父上…」
第二王女は実の父たる王のそんな姿に尊敬を覚える。
「もしお前のいうとおり、妖精姫の庇護は不要と御隠れになったのだとするならば、妖精姫様が御隠れになったことを公表すべきかもしれないがな」
「いえ、しかし父上!それでは貴族連中の反乱を…」
第一王子は慌てる。
さすがにそれをすれば貴族連中の反乱を招きかねないとは理解していた。
「もちろん時期は厳選する。少なくとも情勢が安定してからだろう。その後で、妖精姫が御隠れになったことを公表する。そしてその上で王として後継を指定する。イリス王家が妖精姫の庇護から脱却した証として」
「妖精姫様が行ってきた後継選儀を父上が行うと?!」
この国は王位継承について妖精姫の推薦が絶対条件になっている。
基本的に、王家の血を引くものから後継は選ばれているが、逆に言えば、王家の血さえ引いていれば、妖精姫は容赦なく最も王にふさわしいものを選んでいた。
それが例えば妾の子供であろうと御構い無しに。
「それが筋であろう?お前のいうとおりであるならば」
「……確かにそうですが」
しかし情勢が安定したとしても、妖精姫がいないということはやはり貴族の反乱を招く原因になる。
妖精姫がいるからこそ王家に従っている貴族も多いのだ。
それを防ぐという意味では偽物を立てるのは理にかなっていた。
「最もそれは妖精姫様をお探ししてからも遅くはないこと。それまではこのことは今まで通り国家最高機密に指定する。それと同時に妖精姫様が御隠れになり続けた場合の貴族への対応を宰相と将軍で検討せよ」
「ははっ!」
宰相と将軍が臣下の礼をとり、この極秘の会議は終わりの運びとなった。
「さて、それでは次の議題の準備に取り掛かろう。関係者を呼び集めよ。私もすぐに会議室に向かおう」
将軍が一礼して、関係者を呼ぶために謁見の間を後にする。
そして、宰相が次の議題に関する資料を渡してくる。
「次はこの戦争における功労者の叙勲についてか。あのマルゴッド伯爵が、勇者たる資質を持つと言及していた冒険者についてか。この国では珍しい黒目黒髪だから連想するのもやむなし。付き人も妖精姫と見紛うほどの弓の名手とか。大絶賛だな」
この国において、勇者とは黒目黒髪の強者と例えられる。
イリス王家の祖が勇者と呼ばれ、黒目黒髪であったのが一番有名であり、彼はその強大な力で、妖精姫を従えて建国したとされている。
王家は時の流れの中で金髪碧眼が主流となっているが、時折先祖返りのように黒目黒髪のものが生まれた場合は大抵は強大な能力を持っている。
またその血はわずかだが市井の民や貴族にも流れている。
だから黒目黒髪というとほとんどの人は勇者を連想するし、そういう人物が活躍すれば、「勇者の再来か」と期待するのが自然の流れであった。
またこの国で妖精姫とは弓の名手の代名詞となっている。
だから、妖精姫を見紛うと言われると、それはつまり最上級の弓の名手であると同義であった。
「あら、黒目黒髪なんて、興味が湧きましたわ。是非お会いしたいですわね」
「武人として確かであれば手合わせ願いたいものだ」
第二王女が黒目黒髪興味を持ち、第一王子が強さに期待する。
だから王族達は、特に深く考えもせずにその冒険者を王都に呼び寄せることに決めた。
まさかマルゴッド伯爵の報告が比喩でもなんでもなく文字どおりだとは思いもせず。
本来お隠れって目上の人がお亡くなりになるって意味なんですが、ここでは行方不明で生死不明みたいな使い方です。




