楽園からの脱出
「もうこんな街に居られるか。俺は街を出る」
幸太郎が言い出したのは、エンシェントデストロイヤーを起動してから数日たった朝のことだった。
「幸太郎様、一体どうされたのですか?」
エルが心配そうに幸太郎に問いかける。
「どうしたもこうしたも、見ろよこれ…」
幸太郎は窓をそっと開ける。
宿の外には大量の信者が平伏していて、そこには大量のお供え物が置かれていた。
内容は、花、食料、貴金属と様々である。
それが毎日のように補充されている。
これだけあれば、物資には困らないだろう。
「今日も幸太郎様を讃えて信者の方が来られてますね」
「違うよ!シンパの信者だよ!じゃなくて、なんでこう連日連夜信者がお供えしたり拝みに来るの?!おかけでろくに外出れないんだけど!」
「およびですか幸太郎様?」
連日連夜信者が拝みに来る元凶たる天使シンパが天井を突き抜けて降りてくる。
天使は悪魔と同じく非実体の存在であり、魔法的措置が施されてない壁を突き抜けるのは容易らしい。
おかげで普通の物理攻撃が全く効かないとか。
でも必要なら実体化もできる。
「いや、呼んでないよ。でも部屋にいてください」
「いえ、それでは不測の事態に備えられません。誰かは外にいませんと…」
「外にはスケリトルドラゴンもホーンラビットもいるよ。お願いだから中にいて下さい…」
「幸太郎様がそうおっしゃるならば」
シンパが部屋の中に降り立つ。
外にいて存在をアピールしていた天使がいなくなり若干だが信者の数は減り始める。
「幸太郎様は絶対の存在。下等な人間が幸太郎様を讃えるのは当然のことです。どうか胸をおはりください。そして自信をお持ちください」
「それが嫌だから、目立ちたくなかったのに…」
幸太郎は頭を抱える。
「どうしてこうなった…」
幸太郎の当初の計画は、冒険者になってのんびりと活動して、拠点を手に入れることだった。
あとは適当に暮らしながら調べたいことを調べるつもりだった。
目立つつもりはなかった。
なのにゴブリン倒してあっという間にランクが上がり、エンシェントデストロイヤーという危険物を発見して対処に追われ、気づいたらミスリルになってた。
それだけならまだ百歩譲って納得できる。
いや、正確には現状に比べれば、たった数日でミスリルになるのはありえなくもない話だと思わされた。
「大将、外の信者の方がご尊顔を拝し賜りたいと。幸太郎様とシンパ様の活躍を讃えて、聖地に神殿を建設するので、偶像を作りたいと」
扉の外にいた宿の店員の伝言をカシラが伝える。
「これじゃあ新興宗教の教祖だよ…」
幸太郎は泣いた。
幸太郎は信仰の対象になっていた。
しかも信者に自主的に貢がれているというおまけ付きだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「と言うわけで、しばらく旅に出ます。探さないでください」
「そ、そんな、困ります!」
領主の屋敷でマルゴッド伯爵に幸太郎は旅に出ることを伝える。
お供にはエルをつれて来ていた。
「幸太郎様は今やこの街の支え、居なくなられたら信者の方がどれほど悲しむか…」
(領主、あんたまで俺を教祖扱いなの!?)
「いえ、私は一介の冒険者ですので」
「何をおっしゃる幸太郎様!エルフを従えて、召喚のみならず、攻撃に回復魔法まで使えるような術士様が一介の冒険者のはずがございませんでしょうが!」
「え?領主様今なんと?エルフをつれて、回復魔法が使える?」
それは領主は知らないはずの情報だった。
(まさかセシリーがバラした?)
「ははは、そんなわけないかと」
「幸太郎様、どうか貴族のわたくしめには本当のお名前を教えていただけないでしょうか?村人の為に癒しの奇跡を惜しげもなく使い、エルフを従えて山賊を倒したその逸話はわたくしめも聞き及んでおります」
(村長おおおおおおお!!)
幸太郎は情報源が判明して、脳内で散々に村長を罵倒した。
一方、マルゴッドの目はフードを被ったエルに向けられている。
エルはバレてるなら仕方ないとばかりに、普段は幸太郎のお願いでずっと被っているフードを脱ぐ。
「お、おおお、そのお顔は、やはりイリス王家の…」
その顔を見て、マルゴッドは感嘆の声をあげて、その場に平伏した。
「ははー」
「領主様お顔を上げてください!」
領主もまた完全に勘違いしていた。
「私は王家のものでも何でもないのです!お願いですから勘違いなさらないでください。顔をあげてください!」
「ははっ」
幸太郎は慌てて勘違いを訂正しようとするが、エルはそんなマルゴッドに対して当然の態度だと言った顔をしていた。
おどおどしている幸太郎とエルの尊大な態度を見て、マルゴッドは何らかの結論に至ったようで。
「は!幸太郎様がそうおっしゃるのであれば」
マルゴッドはそう言って立ち上がり、ウィンクする。
(あ、ダメだ。この人もわかってくれてない…)
マルゴッド伯爵は幸太郎が何か望めば喜んで行動するだろう。
幸太郎は、実質的にこの街の最高権力者になってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿屋に戻った幸太郎は死んだ魚のような目をしていた。
しばらく呆然としていたが、ずっとそうしてもいられなかった。
(頑張れ俺)
なんとか気を取り直す。
ベッドに座った幸太郎の前には、ビーイング達がいた。
幸太郎は深呼吸してから今後の方針と各々の役割を伝える。
「これから、街の外に探索に向かう。目的はこの世界の召喚士の捜索。ザック組合長の話だと、街の南の何処かに召喚士の村があるそうだからまずはそこを目指す」
召喚士は、話を聞いてから幸太郎が真っ先に探さないといけないと思った存在だ。
彼らは、この世界では貴重な召喚魔法を使い、契約した魔物を自由に呼び出したり戻したりできるらしい。
幸太郎は、ビーイングを呼び出す方法は召喚魔法と同じ仕組みを利用しているのではないかと考えていた。
(魔法なんてものが存在する世界でこんなこと考えるのもあれだけど、自分の能力は必ずこの世界の法則にそって動いている部分がある)
ビーイングは普通に野生の魔物として存在しているし、スペルもザックにそれとなく聞いてみれば、聞いたことあるスペルがちらほらあった。
未だにこの世界とリザレの関係は不明だが、ビーイングやスペルが同じようにあって、幸太郎の召喚だけこの世界のとは全く別の概念で動いているとは考えにくい。
(もし、カードを使ったビーイング召喚と召喚魔法の仕組みが同じなら、最低でもビーイングをカードに戻す方法のヒントくらいにはなるはず。その方法の獲得が最優先。でないとビーイング達の維持費がとんでもないことになる…)
幸いなのは、今までの臨時報酬でしばらくお金の心配はしないで済むことだが、当然一生は保たない。
そして、お供え物に手をつける気には当然ならなかった。
「しかし、全員では行かない。街には、エンシェントデストロイヤーは勿論、シンパを置いていく。魔王軍の襲来に備えないといけない」
「は、お任せください!」
シンパが浮かんだまま一礼する。
「あとカシラも置いていく。クエスト受けてこの街に貢献しておくこと」
「はっ!大将のために誠心誠意この街に貢献します」
カシラは跪いたまま礼をする。
(マイニー曰く、忠誠度と信仰心マックスだから、問題はないとのことだけど、少しでも世の中の役に立って罪を償ってもらわないとな。信仰心マックス…)
「ミニドラゴン、カシラのサポートよろしくね」
「ガウ」
冒険者組合で呼び出して以降、戦闘力に不安があった為に留守番が多かったミニドラゴンをカシラのサポートにつける。
ミニドラゴンはドラゴンの子供なのでかなり賢い。またカシラに取り憑いてるマイニーとは問題なく意思疎通ができるようなので不測の事態にも対応できるだろう。
「あとのメンバーはいつも通り同行ね。スケリトルドラゴンは馬車の曳行、エルはバックアップ要員として馬車で待機。他のビーイングのサポート。フレイムタイガーは外周警戒。ホーンラビット達は馬車の周辺の警護」
「はっ!」
「ガル」
「「「ピイ」」」
エルとフレイムタイガーとホーンラビット数匹がそれに答える。
スケリトルドラゴンは馬車と一緒に外で待機しており、他のホーンラビットは外でマルゴッド伯爵の兵士と共に警戒についていた。
街中で縄でつなぐ必要も檻に入れる必要も全くない。
「じゃあ、出掛けようか」
今や幸太郎のビーイングは市民権を得て拘束されることのない自由の身だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「チェックアウトをお願いしたいのですが」
「と、当店の接客に何かご不満な点がございましたでしょうか?」
「 いやそうじゃないけど旅に出ますので」
「っ!?そ、それでしたら宿代はご不要ですのでどうかチェックアウトなさらないでください」
「いえ、そんな訳には…お金は払います」
「お願いします!幸太郎様にチェックアウトされたらマルゴッド伯爵に吊るされるんです!」
宿を引き払おうとしたら店主に泣いて止められた。
どうやら、この宿は幸太郎専用拠点として買収されており、身の回りのお世話をするようにマルゴッド伯爵から仰せつかっているらしい。
よくよくみれば、宿の店主の身なりが相当良くなってる。
相当な金額を積まれたのかもしれない。
店員も増えてるし、内装も色々入れ替わっている。
流石貴族、宿丸ごと買い取って雇い直すとかなんでもありだ。
宿はずっとマルゴッド伯爵の貸切になってるし、店員達はものすごく接客態度が良くなって下にも置かない扱いされてる。
衛兵が巡回してるし、お供え物置かれてるのに何も文句言わない時点で察するべきだった。
「いやでも申し訳ないので宿代払います」
「やめてください。幸太郎様から宿代とったと知られたら吊るされるんです!」
「あ、はい…わかりました」
店主は我が身可愛さに泣いての懇願だったのだろう。
だが、幸太郎は店主の命を人質に脅されている気分だった。
カシラを安宿に移らせる予定だったが、カシラに引き続きこの宿を使ってもらうことになった。
幸太郎は半永久的に使える拠点を手に入れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車の物資を確認して、スケリトルドラゴンにつなげる。
旅に必要な物資はエルとカシラの2人で調達してもらった。
幸太郎が出ると、ビーイングは勿論、マルゴッド伯爵の私兵もぞろぞろ付いてきて買い物できないからだ。
エルと幸太郎が馬車に乗り込むと、スケリトルドラゴンが南門を目指して進み始める。
それを見た街の人は自然と道を開ける。
「スケリトルドラゴンの馬車」
「幸太郎様の馬車だ」
「幸太郎様がいらっしゃるのね?」
時々何人かがひざまずいていた。
そして何人かは馬車について来る。
心なしか若い女性が多かった。
(え?なんでついて来るの??)
幸太郎は街の女性たちから、街を救った召喚士と英雄視されており、女性たちの間で「どんなお方なのかしら?お顔を見てみたいわ」と話題になっているのを知らない。
この世界は弱者に厳しい。
魔物は普通の人間より強く、人々は魔物の恐怖にさらされている。
だからそんな魔物を退ける強者という存在は人々に非常な安心感を与える。
有り体に言うとモテやすかった。
そうして野次馬はあっという間に集まり、南門に到着する頃には馬車を取り囲む人の数は数百人に膨れ上がっていた。
その様子はまるで有名人の乗った車を取り囲むマスコミのそれである。
(多い!多いよ!!)
門の前には複数の兵士が武装して待ち構えていた。
門番からしたら、馬車が人をぞろぞろ連れてやってきたのだ。
暴動が何か起こったと思っても仕方ない。
(ほら絶対、厄介ごとだと思われた…街から出れるかな…)
「こ、これは幸太郎様の馬車!」
外に出る際は、衛兵のチェックを受ける必要がある。
兵士が幸太郎の馬車に近づく。
「申し訳ありませんが、お姿を見せていただけませんか?」
「はい」
幸太郎とエルは馬車から出て来る。
「幸太郎様〜!」
途端に、女性の黄色い声が上がる。
「エル様〜!」
エルも同じくらい声をかけられている。
エルはそれを自然に受け流していた。
ただ幸太郎に声をかけた女性には厳しい視線を向けている。
「幸太郎様、不快であれば撃って追い払いますが?」
「ダメダヨウッチャダメダヨ」
(ナニコレコンナノシラナイ)
事態はすでに幸太郎の許容範囲外だった。
幸太郎の精神はオーバーフローを起こし、セーフモードが起動する。
幸太郎は機械になった。
「幸太郎様ですね。身分証を拝見します」
「ハイ」
周囲の声を無視して、幸太郎はプレートを渡す。
「確認しました。どうぞよい旅を」
「ハイ、アリガトウゴザイマス」
そしてこれで確認が終わりだと言わんばかりに、門の方に誘導される。
「ほらほら幸太郎様の邪魔になるぞ」
さらに馬車に集っていた野次馬たちは兵士によって追い払ってもらえた。
幸太郎とエルと馬車は街の外に出る。
それによって、ようやく幸太郎は再起動を完了した。
「無事、門を通れた…面倒な手続きなくてよかった。本当に良かったよ」
もしあれ以上あそこにいたら幸太郎は慣れない状況にフリーズしていたに違いなかった。
「それは嬉しい、嬉しいのだけど、ノーチェック?」
ふと今更ながら、あまりに検査が簡素すぎた、いやノーチェックだったことに気づく。
「密輸とか企んでたらどうするつもりなんだろう?」
幸太郎は日本人的観点から、街の警備体制に不安になる。
「企んでらっしゃてたですか?」
「いや、するつもりはないんだけど!」
エルに聞かれて慌てて否定する。
幸太郎は、街の衛士達が、マルゴッド伯爵にしつこく「幸太郎様とシンパ様の機嫌を損ねることだけはするな」と釘を押されていることを知らない。
権力者は、宿屋を買収したり、つまらない理由で死刑にできたり、割となんでもありな世界である。
幸太郎は、街へ顔パスで出入りできるようになった。
(と、とにかくさっさと街を離れよう)
こうして幸太郎は、無事に街を脱出した。




