巨人の目覚め
エンシェントデストロイヤーを街の外に運び出す。
「んーんー」
途中で猿轡を咬まされたセシリーのうめき声が聞こえるが、誰も聞こえないふりをしていた。
「セシリーは連れていかないでください。危険な実験なので、余計なトラブルを起こしそうな人は連れて行きたくないのです」
幸太郎は言うことを聞かずに迂闊にエンシェントタートルの前に出て来たり、エンシェントデストロイヤーに躊躇なく触れにいくセシリーを連れていかないようにお願いした。
その願いは聞き届けられて、セシリーはメンバーから外されたが、エンシェントデストロイヤーの股間に隠れているのを冒険者の一人が発見して、こうして拘束されることになった。
猿轡をさせているのはうるさいためだ。
そんな些細なトラブルがあったが、護衛も兼ねた冒険者の一団が、エンシェントデストロイヤーに重量を軽くする魔法をかけ続けて、スケリトルドラゴンがその巨体を台車に乗せて運んでいく。
道中は適度に魔物を撃退しながら、昼頃には目的地に到着することができた。
到着したのは、近くの岩山付近の平原であった。
「しかし幸太郎様、起動の目処はついているとのことですが、こんな山奥まで引っ張る必要はあるのですか?街中で起動すればよかったのではと思うのですが」
マルゴッドが不安そうにそんなことを聞いてくる。
おそらくは魔王軍の襲撃を警戒しているのだろう。
「魔王軍も先ほどの襲撃で全滅してますから、すぐには強奪部隊をよこさないと考えています。それに起動できる可能性があるとはいえ、三千年前の骨董品。何かトラブルが起きた時は近くに人がいない方が良いと考えています」
「ううむ」
そう言うとマルゴッドは多少の不安はあれど納得するしかないと言った感じの表情になった。
おそらくだが、天使シンパを呼び出す前であれば悲観的すぎると一蹴されてた意見だ。
だが、天使シンパの召喚で街の人は誰もがシンパを崇拝し、マルゴッドもその影響力を無視できない。
結果的に幸太郎の発言力は街有数のレベルに上がったため、幸太郎の意見が無事採用されることになった。
万が一の時は天使シンパがいるというのもこの提案を後押しした。
今もシンパは上空を旋回して、魔王軍の襲撃を警戒している為に、冒険者達は心強さをシンパと幸太郎に感じていた。
(でも祈ったり跪くのはやめてほしい…)
やがて所定の位置に到着すると、位置を微調整して、エンシェントデストロイヤーは設置される。
ちょうど岩山を向くように設置されたエンシェントデストロイヤーに近づくと幸太郎は足元の液晶パネルの表示を確認する。
起動シーケンス
エネルギー充填中
充填率94%
充填率が90%を超えました。100%達成と同時に起動します。起動者は最終チェックを開始してください。
エンシェントデストロイヤーのエネルギーはいい感じに溜まっていた。
おそらくは解析魔法や重量軽減魔法の魔力を吸収した結果だろう。
(もしここに到着する前に溜まりきったらどうしようかと思ったけど、なんとかもってよかったよ)
その場合は少々まずいことになったかもしれないが、幸太郎はここまで上々に進んだことに安堵する。
「ではエンシェントデストロイヤーの起動実験を行います。関係者以外は下がってください」
そういうと冒険者達は一斉に後退していく。
「領主様、起動前にお聞きしたいのですが、あの岩山には厄介な魔物だけが住んでいるのでしたっけ?」
「うむ。あの山はロックゴーレムが大勢住んでいるな。あいつらは山から出ることは基本的にないのだが、たまに逸れた個体が森に降りてきて生態系を荒らす。そうなると冒険者や街のものがそれに巻き込まれて被害が毎年出ておる。そして討伐には必ず犠牲が出る厄介な魔物だ」
ロックゴーレム
ビーイング
アタック200
ディフェンス400
マナコスト3
ゴーレムというのは鉱物に魔力が宿ることで発生する存在で、魔法使いが前衛がわりに魔法で生成することがある他に、自然界で偶然魔法と同じ条件を満たして発生することがあるらしい。
あの岩山はそのゴーレムを生成する魔法と同じ条件が発生しやすい土壌があるようで、その強さと数の多さから冒険者も立ち入ることの難しい危険地帯として、代々の領主を悩ませてきた。
「念の為、あそこに人が住んでたりは?」
「そんなことあるわけない。あそこに住みたがる物好きはいないし、いたとしたらそれは冒険者や憲兵から逃れたがる山賊の類だ」
(なら問題ないかな)
幸太郎は、岩山に敵が潜んでいることをイメージする。
(岩山は敵、岩山は敵、それ以外は味方、それ以外は味方)
「のう、なぜそんなことを聞く?本当に大丈夫なのか?ここから離れなくてもいいのか?」
「いえ、念の為領主様は近くにいてください。おそらくここが一番安全です」
そう言って、エンシェントデストロイヤーの背後に立つ幸太郎は、エンシェントデストロイヤーを起動するための最後のスペルをプレイした。
ライトニング
スペル
マナコスト3
ビーイング一体に300のダメージ
エンシェントデストロイヤーに雷が直撃する。
「ヒィ!」
いきなりのことに腰を抜かすマルゴッド。
「か、雷じゃ!はよう森の中に避難を」
「ご安心を、今のは私の魔法の雷ですので」
「こ、幸太郎様の?」
マルゴッドの顔には「君召喚士じゃなかったの?魔術士だったの?」と書かれているが、それを幸太郎は無視する。
それより雷を受けたエンシェントデストロイヤーが不吉な音を上げ始めたからだ。
それは金属が軋むような不快な音。
それに何かの電子音のようなものも聞こえてくる。
「ザザ…ピー…ガー…デス…イヤー…起動します…ピー…起動者…リンク…ガー…目標…発見…神の雷…起動」
エンシェントデストロイヤーが立ち上がる。
座っていた時も身の丈10メートルはあろうかという巨体てあり、立ち上がるとそれは30メートルの巨人となる。
それが、目の前の岩山を見つめると口を大きく開いた。
次の瞬間、エンシェントデストロイヤーの口から吐き出された光が、遥か彼方にあったはずの岩山に吸い込まれたかと思うと、その岩山を一瞬で吹き飛ばした。
ズドヴウウンンン
それはまるで火山が噴火した様子に似ていた。
山が一瞬で吹き飛ばされたのだ。
その意味では火山の噴火と変わりない現象が発生する。
まずは、大量の粉塵が爆発によって上空へと巻き上げられる。
次に吹き飛ばされた土砂が、重力に従って落下して、エンシェントデストロイヤーから岩山だった場所を挟んで反対側の地域に降り注ぐ。
ズゴゴゴゴゴゴ
まさに天災というべき事象であった。
それがたった一機のエンシェントデストロイヤーによって引き起こされた。
ついでに言うと巻き上げれた粉塵によってこの一帯の温度が若干下がったことも影響としては上げられるだろうか。
このように気候にすら影響を与える大規模な災害が発生したが、幸いなのは、岩山には近隣を荒らす生物ですらないロックゴーレムしかいないことと、土砂がなだれ込んだ先もまた生物のいない不毛の大地が続いていたことだった。
「うひいぃ」
そんなこと知る由もないマルゴッドは腰を抜かしてへたり込む。
「な、なんじゃこりゃあ」
今起きた事象は、人生で経験したことのない大災害だから無理もない。
遠くで見守っていた冒険者もあまりの事象に腰を抜かしていた。
「……」
その様子を黙って見ていた幸太郎は。
(な、なんじゃ、あの威力は!?)
全く同じことを思っていた。
精々が山肌を削るものと思っていたのが、山自体を吹き飛ばしたのだ。
(あれ?ちょっと待て。自分は岩山のロックゴーレムをエンシェントデストロイヤーの無駄撃ちついでに倒そうとしてたのになんで岩山ごと吹き飛ばす事に?)
幸太郎の頰を一筋の汗が流れる。
(もしかして見えもしないロックゴーレムじゃなくて岩山自体を敵と考えていたからこんな結果になったのか?)
幸太郎は呆然としてしまう。
(あれを街中で放たれてたらどんな大惨事になっていたか)
あの岩山のように一瞬で吹き飛ぶ街、肉片になる人々。
幸太郎の顔が歪んでいく。
(最高だ。街で放たれなかったのが残念でしょうがない)
それをみたマルゴッドがおもわず後ずさる。
マルゴッドの顔は恐怖で強張っていた。
「あ、あれは一体?」
恐る恐るマルゴッドが幸太郎に問いかける。
刺すような頭痛に幸太郎は顔をしかめる。
(痛…そうだ。このことを知らなかったと誤魔化さないと)
「いやぁ驚きですねー。まさかあんな仕掛けが施されていたとはー。これは街中で起動したら大惨事になるとこでしたよ」
と予め決めていたセリフを若干棒読みで語る。
「しかし、予想外の事態とはいえ、人里に被害を与えることなく、領主を悩ます魔物を討伐できたのは不幸中の幸い、いや僥倖でしたね」
「ああ、ええ、まあ、そうですなあ。岩山があんな事になったらロックゴーレムもひとたまりもありませんなあ」
本来なら街の戦力を総動員しても退治不可能なロックゴーレムの大集団を一瞬で無力化したのであれば、岩山一つが吹き飛んで、景色や地形が変わったことは些細なことだと無理やり納得したようにマルゴッドが何度も頷く。
ただ冒険者もマルゴッドも視線はエンシェントデストロイヤーに向けられている。
あんな事象を起こした兵器に注意を払うなというのが土台無理な話だ。
そしてその矛先がこちらに向けられないようにと神に祈る。
だから、エンシェントデストロイヤーがその恐るべき口を開けたままこちらをゆっくり向いた時。
「「「ひっひいいいぃぃぃ!!!」」」
マルゴッドを含めた冒険者達は一目散に逃げ出した。
「え?」
後には幸太郎だけが残された。
(え?え?なんで逃げるの?もうエンシェントデストロイヤーはあのスキルを発動できないの…に…ってああ!知らないんだった!教えてなかったから)
今更ながらにその事実に気づく。
マルゴッドや冒険者達はあの攻撃が放たれるのを恐れたのだ。
そんな彼らを尻目に、エンシェントデストロイヤーはゆっくりと幸太郎の前に跪く。
「起動者…認識…制御権を移譲します…ガー…どうか…ピー…ご命令を…マスター」
そう電子的な音声で告げてきた。
予想はしてたがやはり幸太郎は起動者として認識されていた。
制御権とやらを移譲された幸太郎に命令待機状態になったエンシェントデストロイヤー。
「じゃ、じゃあ、とりあえず街まで送ってください」
幸太郎は最初のお願いを口にする事にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エンシェントデストロイヤーは手のひらに幸太郎を乗せるとゆっくりと歩き出した。
だが、それがゆっくりに見えるのは巨体であるが故であり、実際はかなりの速度で移動していた。
途中スケリトルドラゴンが台車と共に放置されていたのを発見して、街に向かうように指示を出す。
その近くに倒れているマルゴッドを発見したので救助する。
冒険者は依頼も忘れて一目散に逃げたらしい。相当な恐怖だったようだ。
「ひいぃ、お助けえ」
「だ、大丈夫ですよ領主様。これは私の制御下に有りますので」
マルゴッドもまたひどくおびえていたが、幸太郎の安全だとの説得により、落ち着きを取り戻した。
今はエンシェントデストロイヤーの手の上から見える景色にご満悦のようだった。
「ほっほっほ。人がゴマのようだ!」
こんな景色を見るのは初めてなのだろう。
結構危ういセリフを吐いていたが、機嫌がいいのでよしとする。
そのゴマは一生懸命エンシェントデストロイヤーから逃げてた冒険者達の一部だったりする。
数は少ない。
おそらく散開するように逃げ出したのだろう。
生存率を上げるためには正しい判断だった。
「逃げ切れない!覚悟を決めるぞ!」
そのうち逃げられないと悟った一部が、何をトチ狂ったのか反転して襲いかかろうとした。
「あれは幸太郎様の制御下にある!それを襲うとは何事だ!」
それはシンパの説得とお仕置きで鎮圧された。
「…逃げ出してしまい申し訳有りませんでした」
「いや、うん、まあ、あれをみた後ならば仕方ないですよ。ね?領主様」
「あ、うむ、まあ、そうだな」
領主は冒険者たちが依頼主をさし置いて逃げ出した事に対して何か言いたそうだったが、本人も逃げ出した負い目から幸太郎の言葉には強く出られないようで、言葉数少なく冒険者達の失態を許した。
もっとも依頼を放棄したのは事実なのでなんらかの処罰は下るだろうが、少なくとも領主から理不尽な罰を食らうことはないだろう。
その後、エンシェントデストロイヤーの後ろをついてきてもらうことになった。
とはいえ、エンシェントデストロイヤーは圧倒的に早いので、後からくるスケリトルドラゴンの台車に乗って追いつく形になる。
やがて街が見える頃には、街から非常事態を示す警報が鳴り響く。
幸太郎とマルゴッドは顔を見合わせて「すわ魔王軍の襲撃か!?」と思ったが、先行したシンパによって、エンシェントデストロイヤー自体が魔王軍と勘違いされて発令されたことが発覚した。
有志による守備隊を任されていたザックの独断である。
「シンパ様、あれは一体?」
「あれはエンシェントデストロイヤーだ。今は幸太郎様の制御下にあり、領主様も同行しておる。なので問題はないから警報を解除されたし」
シンパによって警報は解除された。
そうしてマルゴッドと幸太郎は街に迎撃されることなく無事帰還することになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エンシェントデストロイヤーから降りると多くの人が出迎えてくる。
その中には、街の防衛に加わっていたエルやフレイムタイガーの姿もある。
「うっきゃあああ!エンシェントデストロイヤーが動いているううう!」
セシリーは動くエンシェントデストロイヤーを見て大層ご機嫌だった。
セシリーが狂喜乱舞して近づこうとするのは、マルゴッドの命令によって、阻まれていた。
あの威力を見ていた冒険者達も必死に止める。
触らぬ神に祟りなしだった。
そんな触らぬ神の今後の扱い方については、文字通り神の使いと認識されているシンパを従える幸太郎の発言に注目が集まった。
「制御権はどうやら私にあるようです。制御には繊細な魔力コントロールが必要で、制御を失うとあのように暴走する可能性があるそうですが、制御権いります?」
「「「いりません」」」
誰も、マルゴッドすらも神妙にお断りした。
「あ、ならわたふがほげ」
セシリーが何か言いたそうにしてたら一瞬で周囲から羽交い締めにされてた。
幸太郎以外は何がきっかけであの能力が発動するかわかってないのだから、そんな危険物の制御権など欲しくはないだろう。セシリーを除いて。
あの岩山の爆発は街にまで聞こえて見えていた。
ザックも同行してた冒険者達から話を聞いて顔を青ざめさせている。
それを聞いてより目を輝かせたのはセシリーだけだった。
(うん、やはりセシリー連れて行かなくて正解だった)
もし連れて行っていたら、もっと余計なトラブルが増えていただろう。
「しかし、私は旅に生きる身…これを連れて行くにわけにはいきません。なので、自動制御モードにして、街に悪意を持って侵入するものがいたら排除する。門番にするのはどうでしょうか?」
「「「お任せします」」」
岩山を一瞬で吹き飛ばすようなこんなヤバイもの、一番熟知してそうな幸太郎に任せるのが一番だとみんな本能的に理解していた。
(ふふ、計画通り)
「ふごーふごー」
猿ぐつわをかまされたセシリーはザック達によって連行されていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日から、マルゴッドの街は鋼鉄の巨人によって守られることになった。
街の正門に鎮座する鋼鉄の巨人は、普段は微動だにせずそこに鎮座している。
普段はその周りを古代文明の研究者の女性がうろちょろしていたりする。
「ああ、過去の遺産が、文明が、実物が、ああ幸せ」
彼女にとってそれは古代文明の謎を紐解くための宝の山だった。
鋼鉄の巨人は、普段は何をされても、犬にションベンをかけられても、女性研究者に解体されそうになっても動かない。
だが、主人の命令に従い、街に悪意を持って侵入するものが存在した時だけは容赦しなかった。
「魔物達が攻めてきたぞ!」
街に警報が鳴り響く。
「街…害意…侵入者…排除します」
巨人が手を大きく振る。
魔物達は悲鳴をあげる間も無く巨大な手によって肉塊にされた。
巨人が撃退するのは魔物だけではなかった。
「ヒイイ、お、お助け!」
ある日は、街に侵入しようとしたコソ泥を捕まえて、衛兵が救助して逮捕するまでつまんで持ち上げていたこともあった。
旅人に扮した盗賊をふみつぶしたこともあった。
その時は「巨人の暴走」が疑われたが、素性が判明して、巨人はいかなる原理や基準かは不明ながら高精度で街を害する存在を検知できることが判明した。
外来者はもちろん、街にいた容疑者も巨人の股をくぐり抜けることが必須条件となり、犯罪者達を震え上がらせた。
巨人はそうやって主人の命に従ってずっと街を守り続けた。




