マルゴッド感謝祭
マルゴッド感謝祭が始まった。
由来はマルゴッドの街を覆う城壁が完成した日を記念して年に一回行われている祭りらしい。
本来なら魔王軍との戦争中に祭りを行うのはどうかと思う。
だが、ただでさえ先行きの見えない不安の中、先の戦いの敗走によって劣勢に立たされて住民達はより不安になっている。
その気を紛らわすために行うというのらしい。
そのためか、酒やパンが各所で盛大に振舞われたり、各地で曲芸が行われたりしている。
だからだろうか。通りには、こんなにいたのかというほど人が溢れている。
どうやら近隣の村からも人が来ているらしい。
「こんなに人がいるとはね…」
「幸太郎様、お待ちを」
幸太郎とフードを被ったエルは2人きりで通りを歩くが、あまりの人の多さに逸れそうになる。
普段は頼もしいエルもこういう状況は不慣れなのか、人ごみを避けるのにえらく苦労していた。
対して幸太郎は長年の都会生活で慣れたものでスイスイと移動するので、2人が離れ離れになりそうになる。
「しょうがないな、ほら」
だからそんなエルに幸太郎は手を差し伸べる。
エルは幸太郎の手をまじまじと眺めた後、意味を理解しておずおずと手を握る。
その様子はいじらしく幸太郎は微笑みそうになる。
「ど、どうかされました?」
「いや、エルはかわいいなあと思って」
そういうと恥ずかしかったのか、エルはその白皙の美貌を赤く染める。
(なんというかエルって美人なんだけど、それを感じさせないというか妹みたいに思う時があるんだよなあ。妹元気にしてるだろうか?)
実家にいる年の離れた妹のことを思い出していた幸太郎は、エルが出店で売られている飴をみつめていることに気づいた。
「あれはりんご飴…かな。色は青いけど。おっちゃん。いくら?」
「3銅貨だよ」
幸太郎は店主に銅貨三枚を渡して、飴を受け取る。
「はい、どうぞ」
「え?あ、ありがとうございます!幸太郎様から下賜いただけるとは。大事に保管します」
「いや、大事に保管しないで食べていいからね?」
嬉しそうに舐めるエルを連れて、幸太郎は大広間にたどり着く。
普段は街の人の憩いの場になっているそこには巨大なエンシェントデストロイヤーが見世物として展示されていた。
「これがエンシェントデストロイヤーか」
「大きいよなあ」
「でもこれ古代兵器なんだろ?」
「え?動くのこれ?」
「いや、動かないんだって。なにせ三千年前の代物だしな」
「だよなあ」
という声が聞こえて来る。
ちなみに、人が触れないようにエンシェントデストロイヤーのまわりには柵が敷かれ、中にはホーンラビットとフレイムタイガーが寝そべっていた。
セシリーに追加で依頼されてエンシェントデストロイヤーの警備員として貸出中のビーイングなのだが、それも物珍しいのか見世物のように扱われていた。
「あの燃える虎も見世物なのか?それにホーンラビットとか初めて見るぞ」
「ああ、あれは最近この街に来た召喚士が使役する魔物らしいぞ。エンシェントデストロイヤーに不審者が近づかないようにしているらしい。野生のは凶暴だから危険なんだが、こうして見ると可愛らしいよなあ」
幸太郎もそれには同意する。
あの可愛い見た目であれだけの凶暴さは反則だ。
「それ以上近づくのはご遠慮くだせえ」
「あ、す、すす、すいません」
という声がした方を見ると、カシラが柵に無闇に近づいた観客に注意を促していた。
カシラもまたセシリーの依頼によって警備員として貸し出していたのを思い出した。
しかし注意された方の観客はカシラの凶相を見て大慌てで逃げ出していく。
(見た目が警備員というよりヤクザだもんなあ)
ビーイング達がしっかり仕事をしているのを確認して、エルと再び屋台巡りをする。
「お客さん。その辺で勘弁してください…」
「す、すいません」
射的屋でエルが商品を片っ端から撃ち落として店主を涙目にして、
「あんたもう来ないでくれ!」
「ご、ごめんなさい」
今度は輪投げ屋の店主に景品を押し付けられて追い出され、
「あああ、くじ紐があああ!」
「すいません!すいません...ってこれ商品と紐がくっついてない!?」
なかなか当たらないくじに業を煮やして力ずくで引っ張ってくじを壊して、中の不正を暴いて、憲兵に引き渡したりし、
「おうおう、ちょっとツラ貸せや」
「ええ、いいですよ」
「おう!素直なのは…いた、痛いな離せ!え?何これ振りほどけないんですが、え、ちょっと待って。え?」
やって来た強面のお兄さん達がエルに路地裏に引き摺り込まれて、
「あああああ!!ごめんなさああああい」
「あああ!痛あああああああああ」
エルにアイアンクローを食らわせられて泡を吹いていたりしていた。
「ちょっと何やってんのおおおおおおお!!」
幸太郎はエルを連れて逃げ出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「幸太郎様見てください大漁です!」
ベンチに座ってぐったりしていた幸太郎に大量の景品を抱えたエルは褒めてくださいと言わんばかりに報告して来た。
「…あーうん、すごいなーエルは」
と褒めるが、微妙に不満な顔をして頭を向けて来たので、
「うん、すごい、ほんと、すごい」
頭を撫でてあげたらエルはご満悦だった。
(エルは意外と子供だった…)
何が楽しいのかはしゃぎ過ぎて、最後は逃げ回る羽目になった。
「つ、疲れた…」
「一旦宿に戻りますか?」
急に真顔になったエルがそう聞いて来る。
「どうかしたの?」
「いえ、なんだか急に雲行きが怪しくなって来たので」
それを見ると確かに先ほどまでは晴れていた天気は曇天に変わっていた。
「なんか急に降りそうな天気だね」
「はい。そうなると、せっかくの景品が…」
エルは景品が濡れることを懸念しているようで、しょんぼりした顔になる。
「なら一旦宿に荷物を置きに戻ろうか。まだ時間はあるしね」
「はい!」
幸太郎とエルは景品を置いて来るために宿屋に戻ろうとした。
ベンチに置いてた景品に落雷が直撃した。
「うわぁ!」
とっさに幸太郎はエルに抱きつかれて、その場に伏せさせられる。
先程まで幸太郎達が座っていたベンチは粉々になり、散乱した景品は炎を上げて燃えていた。
「きゃあああぁ!!」
「うわあああぁ!!」
「いやあああぁ!!あなたああぁ!!」
突然の落雷、それはこのベンチだけでなく。街の至る所に降り注いでいる。その度に各所から悲鳴があがる。
そしてそれに遅れて、サイレンが町中から鳴り響く。
「魔王軍の襲撃だああぁ!!」
それを聞いた街の人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
兵士や冒険者らしき人々が、大勢街の門の方に向かう。
門の方からは魔物や人の叫びと、時折魔法のであろう輝きが見えていた。
「本当にきた。エルの予想通りだ。エル!今すぐエンシェントデストロイヤーのところに向かうぞ!」
エルの予想通りなら、魔王軍の目的はエンシェントデストロイヤーである。
エンシェントデストロイヤーを守るために幸太郎はエンシェントデストロイヤーの元に行こうとする。
「あああ…」
だが、エルは先程から燃える景品を見て肩を震わせていた。
その腕は強く握りしめられ、歯ぎしりする音が聞こえて来る。
(あ、キレてる)
表情を見るまでもなく怒っているのが丸分かりだった。
怒りのオーラが見えるようだった。
「幸太郎様と一緒に祭りを回った思い出が…私の宝物が!」
そして今もなお兵士たちや冒険者、魔物の雄叫びが聞こえる門の方を強く見つめる。
「おのれ魔王軍!」
(あ、これ止められないやつだ)
と思ったら、エルは幸太郎を見てなんとか心を落ち着かせることに成功したようだ。
恐らくは幸太郎を1人にはできないと思ったのだろう。
「すいません。取り乱しました」
「いや、うん、大丈夫。なんだか今日はエルのいろんな面が見れて驚いたけど」
そう言うとエルは羞恥で顔を染める。
みっともないところを見せてしまったと思っているのだろう。
「大将!無事ですか!」
そこにエンシェントデストロイヤーの警備をしていたはずのカシラがやってくる。
「カシラ!どうしてここに」
「依頼主のセシリーさんとザック組合長から大将を探すように言われたんですよ!どうも魔王軍の狙いはエンシェントデストロイヤーにあるようだから、すぐ向かって奪還を阻止してほしいと」
「いや、それなら丁度向かおうと思っていたところなんだ…け…ど」
背中を震わせる寒気が急に襲って来た。
「ふふふ…これは丁度いいところに来てくれました」
その声に幸太郎とカシラ恐る恐る振り返る。
エルはまるでちょうどいい生贄を見つけたかのようにカシラを見つめていた。
「あなたは幸太郎様を連れてすぐにエンシェントデストロイヤーのところへ向かってください。しかし門の方は苦戦している様子。幸太郎様がエンシェントデストロイヤーの元に向かって体勢を整えるためにも時間稼ぎが必要。なら弓使いである私が向かうのが最適かと思います。先程までは、幸太郎様を1人にできないため進言をためらっておりましたが」
エルが述べた意見は確かに理にかなっている。
だんだん小さくなる兵士たちの声と近づく魔物の叫びがそれを物語っていた。
理にかなっているが、でも幸太郎はそんなの建前だと気づいていた。
(あかん、これ止めるの無理だわ)
「どうか許可をいただけますか?」
エルは間違いなく、憂さ晴らしをしたいに違いなかった。
「どうぞどうぞ」
でも、幸太郎は頷くしかなかった。




