4.シェラタンの裏街道2
俺とリオンが追うアルマの背中は迷うことなく裏通りを走り抜ける。
このシェラタンの街に俺達が来たことは無い。
白羊宮の主都と隣接するこの街は今まで訪れた街の中でも大きい。当然裏通りも曲がりくねり、あちこちに分岐が伸びている。初めて訪れたのであれば、あの方向音痴が進めば当然迷子にはなるだろう。しかし現在彼女の向かう足に迷いはない。それもその筈、その目的場所が分かり切っているからだ。進めば進むほど肌が感じ取るのは、白羊宮の加護がより強い街であるにも関わらず纏わりつくような瘴気。進むほどにその淀みが躰にのしかかり、足が重たくなる感覚を覚える。この先に良からぬ状況が待ち受けているということは分かり切っていた。
「うわぁあああっ!」
再び聞こえてくる悲鳴。一つや二つでは無い、先程の学生グループが襲われている事を目にしなくても把握できる。アルマがその現状を目にする前に腰から二刀を抜くと、その刀身は魔力を帯び淡い紅い発色を伴った魔剣へと変化する。
それはこの先で学生達を襲っている何かが人ならざるモノだということを俺に確信させた。
アルマは俺よりも魔力に共鳴しやすい。それは即ち俺より魔力探知にも優れている。俺の疑惑は常にアルマの判断によって確信へと移り変わる訳だが、その確信はあまり得たいものでもなかった。
何故街中に魔物が存在している。 それもこの白羊宮の加護が最も強い主都に直結しているこの街で。
「リオン、気を付けろ」
アルマの背中に追いついたリオンに走りながら声をかける。何に、とは口にしなかったがリオンも先に居る存在を感づいているだろう。山中で初めてリオンに出会った時も魔物に襲われていたし、神殿内でも純生の魔物に出くわした。向かっている先から感じるこの感覚は後者に近い。
「分かってる! アルマ、君も先に行っちゃ駄目だってっ!」
「あ、リオン、前」
「前?てぅおわぁあ?!」
保護者宜しくアルマの猪突ぶりを諌めるリオンに返ってきた声は前方注意の警告。
その先には宙に突如として浮かぶ見たことの無い魔方陣。そしてそこから伸びてくる植物の蔓のような物体。但し、その色は植物らしい色合いでは無く漆黒。意志を持っているかのように真直ぐにリオンに狙いを定めていた。
「うりゃっ」
リオンの驚きの声を遮るようにアルマが走り様にその蔓を魔方陣ごと叩き斬る。魔方陣は真っ二つにされると、ジュウ、と溶解するような音を立てて蔓と共に消えた。
「ちょっと今の何々?! 何であんなのが街中にいるのっ?!」
何故か俺達に対する非難めいた声を上げるリオンだが、そんなこと俺達が知る訳がない。俺達だって知りたい。街中歩いていたら突然魔物に遭遇する恐怖なんて今の所味わったことは無い。街を歩けば魔物に遭遇。そんな状況が常であったとしたら、この世の中は生きていくのになんとも過酷なものになったというのか。
「とりあえずリオン、その疑問はアレに聞いてみればいーんじゃないの?」
進む裏路地の先に開けた場所が見える。
そこにはアルマが「アレ」と称する物体。全高は周囲の建物より少しばかり低め位の高さを誇り、樹木の幹並の太さを誇示する茎からは枝分かれした何本もの蔓がうねうねと動いている漆黒の植物のようなもの。その細い蔓の先には魔術学院の学生数人が宙吊りにされている様子が見えた。その巨体の周囲には、同じ門下生を助けようと茎もどきを切り付けたりしている学生達が数人。そんな彼等を蔓でもって返り討ちをしている様子を見る限り、魔物に意思はあるかもしれないが、リオンが疑問を投げかけたところで応えてくれそうな雰囲気は勿論、無い。
「・・・・・・ッ聞けるかぁー!」
リオンの絶叫を合図に、一番手近にいる一人の学生の足を捕えていた蔓にアルマが跳躍し斬りかかる。
アルマの一太刀でその蔓は両断され、周囲にはその植物から発せられただろう奇妙な悲鳴が響く。そしてその蔓に絡め取られていた小柄な女学生が支えを失い落下するが、器用にもアルマは蔓を斬り落とし様に彼女を肩に担いで地面へと降り立った。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます、大丈夫です……て、ぁ、アルマラファル、先輩っ……!?」
「リラ!! 無事か?!」
アルマが女学生の顔を覗き込めば、驚いたように俺達の出現に目を丸くするリラと呼ばれた学生。しかし驚いている暇は無かった。蔓を切り落とされた植物型魔物が、獲物を取られたとばかりに怒り、追撃を加えるべく他の蔓を何本もアルマ達へと向けてくる。
「リラ! 下がって!」
「ロロ!」
駆け寄ってきた学生、ロロと呼ばれた少年は恐らくこのリラの守護者だろう。リラの前に立ち塞がり、蔓からの攻撃を止めるべく必死な様相だ。あちこちに擦り傷等が見えるあたり、必死に彼女を守ろうとしていたのだろうか。しかし、その蔓を止めようとロロが魔力を込めた剣を振り下ろそうとした瞬間、その蔓達は突然軌道を変え、ロロの防衛に見向きもせず回り込むようにリラ、そしてアルマへと再び向かって行くではないか。
「くそっ!リラ!!」
「 っ共鳴せよ! 全能なる泉 呼び出したるは紅き炎 導きたるは我が意志 射抜け 炎矢!」
リラは臆することなく呪文の発動を開始する。
彼女の握りしめている短杖が赤い灯の如く周囲の火の元素と共鳴し、魔力を帯びると彼女の前方に数本の炎の矢が出現する。そして標的を見定めると向かい来る蔓達に向かって一斉に発射された。流石に魔術学院の学生だけあって魔物との戦闘であっても冷静な判断ができていると認識できる。しかし、その炎の矢が直撃した蔓達は一瞬動きを止め、炎に巻かれもがくように見えたのも束の間。リラの魔術の効力が尽きたのか見る間に炎が小さくなり、蔓の先端を燃やしただろう灰色じみた煙が上るも、その煙が燻り消えた後に現れたのは一回り大きくなった蔓達の姿。一般的な植物に良く見られるような細い蔓だったものが、今では人間の太腿並の太さに成長している。
植物型魔物は変容した蔓の具合を自身で確かめるべくうねうねと蠢いた次の瞬間、狙い澄ましたように先程の動きよりも遥かに速い速度でリラへとその蔓を伸ばした。
「きゃああっ?!」
「リラぁっ!!」
悲鳴と悲痛な呼び声が響くが、振り下ろされた蔓の先には誰もいない。
「え?え?」と現状を把握できていないリラが狼狽するが、その位置は既に蔓が進んだ方向とは真逆、ロロの真隣。
しかもアルマの腕の中。
所謂お姫様抱っこという状況。無駄にアルマが凛々しく見える。
しかし、その立ち位置はそのロロ、って子がするべきことだと思うんだが。
「何なのコイツ」
「あ、あんたこそ何なんだよっ! リ、リラ!大丈夫かっ?!」
「だ、大丈夫、あ、わ、私、せ、先輩にお姫様抱っこ……!」
よいしょ、とリラを再び地面に下ろすとアルマが相対する植物型魔物に対して不快に零す。
代わって、女の子の憧れと聞いたことがあるお姫様抱っこをされたリラは恥ずかしそうに赤面しつつもどこか惚けている状況がなんとも現状と一致していない。男の見せ場ともいえる状況をぶん取られたロロがアルマに対して憤りを感じているようではあるが、アルマにとって女子を庇護するのを優先するのは彼女の性格だ。本人も一応、そう、どんなに馬鹿力であったり大食らいであっても、一応、女子ではあるのだが、昔からそこらの男子よりも男子だった。誰に似たんだかと思うが今はそんな久しぶりの妹の勇姿を悠長に眺めている場合でもないと現実を見据える。
そう、明らかにあの植物型魔物は炎を受けた後に成長した。
それはリラの放った魔術の魔力を吸収したという事を推測させる。
更に現状はリラ達だけではなく、未だに別の蔓によって魔術学院の学生が絡め捕られ振り回されている。心なしか先程まで騒いでいたその学生達の声が聞こえてこないばかりか、彼ら固有の魔力の波動が弱くなっている。それに比例して植物型魔物の本体と思しき茎が先程からその全高を伸ばしている気がしてならない。
これらを統合して考える事。
それはあの魔物がこちらの魔力を糧として成長している可能性が極めて高いということだ。即ち魔術で攻撃するのを控えるべきだと示している訳だが、学生達はそれに関しては無頓着なのだろうか。再び振り回されていた学生の一人が力を振り絞るかのように呪文を唱え、茎へと火柱をお見舞いしている。一瞬その茎の一部からその黒色の身体を覆うかのような黒い煙が発生し、攻撃として効いているかのように見えたが、結果は同じ。次第にその赤色は消え失せ、代わりにぐんぐんとその身の丈を伸ばす植物型魔物。
「あの魔物、どうしてさっきから炎が効かないの……?!」
リラの表情が悔しそうに、そして不安そうに歪む。蔓に絡まれたままの仲間を助けようと奮闘するも、周囲の守護者らしき学生達も一向によくならない戦況に疲弊の色が見えた。しかし、リラの言葉からするとあの魔物に対して誰もが火の元素に頼った火属性の魔術しか行使していない事にも気付かされる。
確かに植物が魔物化した場合であれば、火属性は弱点とも言える属性であることは定石だ。
しかしあの魔物には火属性攻撃が効かない事は分かるのだが、アルマの魔力を通した魔剣は効いていた。更に他の学生を助けようと向かったリオンの本来の姿形に戻った魔力の塊とも言える彼の右腕の剛爪は見事に蔓を斬り伏せている。
魔力を通したものが効かない訳ではない。
一つ、確認してみるか。
側に浮かび上がった魔方陣と蔓の存在に「危ないっ!」とロロの声が響く。
俺は試に唱えていた呪文を解き放つ。
「 火球 」
「っあれが火球? 大き過ぎる……!」
リラの困惑した声が耳に届く。
俺が放ったのは最下級の火の元素を元にした魔術。
恐らく通常サイズは拳程度の大きさだろうが、放ったものは人の頭部サイズの火の球体。
それは魔方陣と向かい来た蔓を飲み込んだ。
しかし予想通りにそれはまもなく吸収され、後に残るのは成長した蔓。
ならば。
「 共鳴せよ 全能なる泉 呼び出したるは青碧の旋風 導きたるは我が意志 切り裂け 疾風斬 」
辺りが優しい緑色に包まれる。
風の元素を呼び出しその優しい色合いとは似つかない鋭利な風が生まれる。
真正面からは悪意そのものを体現したかのような禍々しい蔓。
獲物を捕食しようと腕に巻きつこうとするが、俺の意思に導かれるように蔓の付け根にある魔方陣共々風の刃が細切れに切り裂いた。
耳障りな悲鳴が耳に届き、細分化された蔓は魔方陣が崩れ去ると同時にさらさらと消えていく。
再生する様子も見えない。
火属性でなければ有効、か。
「魔術が、効いた……」
「アルマ、火属性以外だ!」
驚くリラの横でそれを見ていたアルマが全体を見回す。
魔方陣は未だ至る所で出現し、本体そのものも成長が著しい。学生達の救助を一人一人行っているのでは、恐らく被害が甚大になる。
アルマは面倒くさそうな表情を浮かべたが、この事実に気付かない程呑気でも無い。
これ以上ちんたらこの魔物を相手取るのも時間の無駄だ。一気に片を付けるのが良作だろう。
更に言えば。
魔方陣が生まれるという事は何者かがこの場に魔物を呼び寄せている可能性が高いということ。呼び寄せる行為はそれなりに魔力を有し、明確な座標を提示し、意図を持っている者でなければ呼び出せない。中央に位置する植物型魔物が魔力を糧としようとしている時点で他者を呼び寄せる魔力があるとも思えず、魔方陣練成可能な知能があるとも到底思えない。さっさと中央のでかぶつを倒し、この現象を生じさせているだろう黒幕を潰さない限りこの被害は広がる。
「人使い荒いなぁ、もう」
アルマの準備が整った。
気付けば開けたこの一帯に風の元素が集中している。誰も呪文は唱えていない。
しかし目に見えて周囲は淡い緑色の光を伴い、魔術発動の前触れを予見させる。
中央に座す植物型魔物はその状況に違和感を覚えたのか蔓を振り回し、周囲の家屋の壁をえぐり出した。
そして裏に居るだろう何者かもこの状況を察知したのだろうか。
アルマの周囲に幾つもの魔方陣が出現し、彼女を攻撃対象にしている。
それに気付いたアルマが前方へと走りだし、的から外れるも次から次へと蔓が出現し追いかけていく。
邪魔はさせないと、俺もとりあえず目につくものを援護射撃で撃ち落としていた。
「やぁやぁ、そのまま気にせず発動させちゃってくれたまへよ」
と、この場にそぐわない程抜けた調子の声がかけられる。
突如降って湧いた声の主にその場で気づいた全員が振り向いた。
そこにはいつの間に居たのか一人の茶髪の男。
こちらの疑惑の目などお構いなしに、手に持っていた槍を大地に軽く打ちつけると、その装飾がシャン、と軽い金属音を立てる。
と同時に突如宙にある魔方陣全てが瓦解した。
リラもロロもいきなりの事に呆然とする。
全ての魔法陣に注がれる魔力の流れを遮断させた。他者の魔力を相殺させることは普通はできない。
「お前、」
見た覚えのある顔に俺自身も驚きを隠せなかったが、アルマがその男の言葉通り気にせず魔術を発動させた。
「 切り裂け 疾風斬 」
無詠唱による俺と同じ魔術。
成長し、極端に大きくなった植物型魔物をあらゆる方向から凶器となった風が切刻む。
一薙ぎされる毎にその身が抉られ、その巨体は避ける事も叶わず唯の的となっていた。
学生を絡め取っていた蔓も次々に切り裂かれ、解放された学生の身体は地面へと力無く落ちる。
誰も彼等を抱き留める事等は無かったが、男だから大丈夫だろう。いや、男なんだからしっかりしろ、というのがアルマの意見だろう。
―――――キィイイイイ……
甲高い悲鳴を残し、巨大な植物型魔物が崩れていく。
後に残ったのは魔力を糧としていたからだろう、魔力が形となって赤い光を放つ歪な結晶がそこに残った。
「赤。・・・・・・火属性、ね」
魔物は時折消滅させるとその魔力の保有量によって結晶を落とす。正常な形を保てなかったものが唯一この世に存在していたことを誇示するかのようなその結晶は属性によって色合いが違い、更に大きさも違った。その魔力を有効に利用することで価値が生まれる為、市場では高値で売られている。
アルマが残された結晶を手に取りこちらへと歩んできた。
「白羊宮の加護にあるこの街は火属性の結界で守られている筈。それなのに、どうして魔物が入り込んでるの?」
それも火属性を有する魔物が。いや、むしろ火属性だったからこそ紛れ込めたのかもしれないが。
疑問は突如降って湧いてきた男へ向けて発される。
「説明願おうか、ランサ=コルデロ殿?」
12宮の調律師の一人、白羊宮の調律師、ランサ=コルデロはアルマから赤い結晶を受け取ると楽しそうに笑った。
「うんうん、とりあえず彼等の手当てをしてからね」
辺りには疲労の色が隠せない、息も絶え絶えな学生達が呻いていた。
釈明させてもらおう。
忘れてた訳じゃあない。断じて。




