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遥かなる居場所 その値段  作者: 茶川屏
第二章 1998年 夜の向こうに
34/58

第三節

 1月10日。午前十時。

 大阪の空は低かった。

 雲は厚く、鉛色に垂れ込めている。

 淀屋橋を吹き抜ける風は、どこか湿り気を含んでいた。

 冬の底で、雨になるか雪になるか決めかねているような空だった。

 ブラックストーム・インベストメント・ジャパン大阪支店。

 その一角に、スタシア・ラマーノフの席はあった。

 自席、と立派に呼べるほどのものではない。

 灰色の事務机。

 角の擦り切れた電話機。

 古い卓上カレンダー。

 薄い引き出し。

 それから、座るたびに軋むオフィスチェア。

 窓際ではない。

 役職者の席でもない。

 壁に近い、書類棚とコピー機に挟まれた場所だった。

 蛍光灯の光が白く落ちている。

 空調の音が、天井から低く響いていた。

 年明けすぐの土曜日の支店は、人が少ない。

 平日のように電話が鳴り続けることもなく、端末を叩く音もまばらだった。

 スタシアは、机の上に置かれた書類を見下ろしていた。

 富裕層向け口座の約款改訂案。

 内部承認用の稟議書。

 取引説明資料の文言確認。

 どれも法務担当の仕事ではある。

 だが、胸の奥が少しも動かなかった。

 ブラックストームに入社して四年。

 この大阪支店へ来て、三年になる。

 初配属は東京本社だった。

 空気の悪い場所だった。

 広いだけの会議室。

 中身のない飾り。

 磨かれた机。

 濃いコーヒーの匂い。

 曖昧な言葉で包まれた、明らかにおかしな取引。

 違法だった。

 少なくとも、正しくなかった。

 だから指摘した。

 規程を示し、判例を挙げ、契約条項を一つずつ潰した。

 相手の顔色など、見なかった。

 見れば、言えなくなると思ったからだ。

 結果がこれだった。

 大阪支店。

 新規の客は少ない。

 大口客は東京に流れる。

 法務担当など、肩書きほどの意味を持たない。

 普段の仕事は、その辺の社員と大して変わらなかった。

 スタシアは、赤鉛筆を置いた。

 何のための資格なのだろう。

 ため息が出た。

 白い息にはならない。

 部屋は暖房が効いていた。

 それなのに、足元だけが冷える。

 転職は何度も考えた。

 そのたびに同じ結論へ戻ってくる。

 世渡りが下手。

 曲がったことが嫌い。

 思ったことがすぐ口に出る。

 素直にもなれない。

 謝る前に、先に悪態が出る。

 こんな女を、どこの誰が雇うというのか。

 スタシアは、口元だけで笑った。

 笑いにならない笑いだった。

 そう考えると、メリット・フィッチは奇特な男だった。

 本社社長のくせに、末端の人間にまで妙に目を配る。

 あの男は、面接の時から変だった。

 四角四面で、頭が固く、愛想もない女。

 そのうえ、若いくせに平気で噛みつく。

 普通なら、面倒な人材として書類の段階で落とされる。

 それを、あの男は面白がった。

 期待している、と言った。

 どこが良かったのか。

 今でも分からない。

 ただ、その期待もここで腐っている。

 期待。

 スタシアの指が止まった。

 その言葉は、嫌な場所へ沈んだ。

 両親も、期待してくれていた。

 自分が子供を身ごもるまでは。

 書類の文字が、遠くなる。

 在学中のことだった。

 記憶をなくすまで酒を飲んだらしい。

 覚えていない。

 覚えていないことの方が、よほど不愉快だった。

 気づけば、父親の分からない子を宿していた。

 自分が。

 あり得ない。

 そんなことがあっていいはずがない。

 正しくない。

 何もかも、正しくない。

 けれど、結果はそこにあった。

 子供に罪はない。

 正しくなかったのは、自分の方だ。

 両親に迷惑をかけた。

 怒鳴られもした。

 泣かれもした。

 見捨てられなかったことの方が、今でも不思議だった。

 産んだ。

 産むしかなかった。

 いや、違う。

 産みたかった。

 その選択だけは、誰にも曲げさせなかった。

 スタシアは、胸ポケットに手を入れた。

 小さなブローチを取り出す。

 銀色の縁は、くたびれている。

 何度も開け閉めしているせいで、留め具が緩くなっていた。

 蓋を開く。

 写真があった。

 銀髪の女の子。

 白い肌。

 丸い頬。

 青い瞳。

 こちらを見て、得意げに笑っている。

 五歳の愛娘。

 私の生き甲斐。

 私のすべて。

 スタシアは、写真を見つめた。

 机の上の書類も、蛍光灯の白さも、支店の冷えた空気も、ほんの一瞬だけ遠のく。

 それにしても。

 なんて可愛いのかしら、うちの子は。

 頬が緩んだ。

 緩んだどころではなかった。

 胸の奥で、何かが爆発した。

 スタシアは、ブローチを頬へ押し当てた。

 冷たい金属が肌に触れる。

 構わなかった。

「今日も可愛いでちゅねぇ…」

 声が出た。

 自分でも分かった。

 ひどい声だった。

 法務担当者としても、社会人としても、人としても、聞かれてはいけない種類の声だった。

 だが、幸い誰もいない。

 少なくとも、自分の周囲にはいない。

「ママ、今日も正しく生きまちゅからねぇ……」

 写真の中の愛娘は、何も答えない。

 当然だ。

 写真なのだから。

 それでも、スタシアは満足した。

 ガールスカウト。

 社内でそう呼ばれていることは知っている。

 規則を守れ。

 契約書を確認しろ。

 不適切な営業トークをするな。

 コンプライアンス上問題がある。

 まるで規律好きの少女団員だと、陰で笑われている。

 構うものか。

 この子がいる。

 この子に、恥ずかしくない母でいたい。

 それだけで十分だった。

 スタシアは、名残惜しそうにブローチを閉じた。

 胸ポケットへ戻す。

 五歳の愛娘。

 そこで、ふと思い出した。

 五歳。

 あのクソガキ。

 胸の奥で、別の火が点いた。

 11月に口座を作りに来た子供。

 アザラシみたいに丸い顔。

 妙に落ち着いた目。

 隣にいた父親の方が、よほど普通だった。

 未成年者が運用する口座。

 大金。

 父親の理解が追いついていない。

 あの時点で危なかった。

 だから止めた。

 痛い目に遭わないように。

 子供が酷い目に遭わないように。

 一人の親として止めてやった。

 それなのに。

 ロシア語で返してきた。

 あの年齢で。

 発音も悪くなかった。

 不気味だった。

 思い出すだけで腹が立つ。

 頭が良いのは認める。

 認めざるを得ない。

 だから何だというのだ。

 自分だって、小学生の頃には三か国語を話せた。

 六法全書だって読んでいた。

 大人に可愛げがないと言われた。

 子供らしくないとも言われた。

 それでも、正しいことを知りたかった。

 何が正しいのかを知りたかった。

 そう考えれば、大したことはない。

 ただの、ませたガキだ。

 スタシアは、もう一度ブローチを取り出した。

 写真を見る。

 心を落ち着かせる必要があった。

「ママ、もう帰りたいでちゅ……」

 休日出勤は嫌でちゅ。

 その時だった。

 机の上で、社給のPHSが鳴った。

 乾いた電子音が、静かな支店に響く。

 スタシアの眉間に皺が寄る。

 誰よ。

 今、忙しいのよ。

 不機嫌な顔で、PHSを取った。

「ラマーノフです」

『私だ。メリット・フィッチだ。久しぶりだね、ラマーノフ』

 椅子が小さく軋んだ。

「しゃ、社長?」

 声が裏返った。

『元気そうで何よりだ』

「……おかげさまで」

 スタシアは姿勢を正した。

 誰も見ていない。

 それでも、背筋が勝手に伸びる。

 電話の向こうは、やけに静かだった。

 ニューヨーク本社の喧騒は聞こえない。

 遠くで氷がグラスに当たるような音がした。

『急で悪いが、今日、重要なクライアントとの会合に出席してほしい』

「会合…私がですか」

『本当は私が行くはずだったんだが、体を壊してしまってね』

 声は元気だった。

 あまりにも元気だった。

 スタシアは、目を細める。

「ご病気とは思えない声ですが」

 少し間があった。

『病人にも気力というものがある』

 電話の向こうで、笑いを堪えたような気配がした。

 スタシアは、さらに目を細める。

『場所は心斎橋だ。ホテル日光の三階にある中華料理店を押さえている』

「中華料理店」

『重要なクライアントだ。失礼のないように頼む』

 電話を早く切りたがっているように聞こえる。

「法務確認が必要な案件という理解でよろしいですか」

『その通りだ』

「契約の名目は?」

『現地で聞いてくれ』

「相手方の氏名は?」

『現地で分かる』

「社長」

『ラマーノフ』

 声が、少しだけ穏やかになった。

 その穏やかさが、むしろ怪しい。

『面接した時から、君には期待していた』

 スタシアは黙った。

『なんなら、そのクライアントとのすべてを君に任せてもいいと思っている』

 スタシアは、指先を止めた。

 任せる。

 すべてを。

 本社社長が、直接。

 胸の奥で、沈んでいたものがわずかに浮いた。

 期待。

 腐りかけていたはずの言葉が、形を変えて戻ってくる。

『我が社の未来は君にかかっている』

 大げさだった。

 大げさすぎた。

 信用してはいけない。

 メリット・フィッチは、曲者だ。

「社長」

『現地には私の代理がいる。彼の指示に従うように』

「代理?」

『では、私は病院に行かなくてはならない。失礼する』

「待ってください、社長!」

 通話は切れた。

 PHSの小さな画面に、無機質な表示だけが残る。

 スタシアは、しばらくそれを見ていた。

 そんな元気な病人がいるか。

 狸オヤジ。

 何か隠している。

 間違いない。

 重要なクライアント。

 相手の名前を言わない。

 会合の名目も曖昧。

 代理がいる。

 指示に従え。

 怪しい。

 あまりにも怪しい。

 だが、断れなかった。

 本社案件。

 それも、社長直々の電話。

 今のまま、この支店で腐っているわけにはいかない。

 スタシアは、胸ポケットの上からブローチに触れた。

 …ママ、頑張るから。


 午後三時。

 指定されたホテルに着く頃には、空はさらに暗くなっていた。

 ビルの谷間を抜ける風が、路面の埃を低く運んでいる。

 ホテルの中は暖かかった。

 外套を脱いでも、まだ肩に冷えが残る。

 ロビーには花が飾られ、香水と磨かれた床の匂いが混ざっていた。

 高級ホテルの三階。

 中華料理店。

 それだけで、重要なクライアントという話がまったくの嘘ではないことは分かった。

 スタシアは、黒いスーツの襟元を正した。

 胸ポケットの奥に、ブローチの感触がある。

 大丈夫。

 正しくやればいい。

 それだけだ。


 店の奥へ案内される。

 高級店特有の、音を吸い込むような静けさ。

 指定された個室の前には、小柳が立っていた。

「小柳さん」

「あぁ、ミズ・ラマーノフ。よく来てくれました」

 支店長の小柳は疲れた笑顔を作った。

 いつもより、目の下の影が濃い。

「クライアントは?」

「猪原がリムジンで迎えに行っています」

「リムジン?」

 スタシアは思わず聞き返した。

 相当なVIP。

 少なくとも、支店長判断でそこまでやる案件ではない。

 本社が動いている。

 それは間違いない。

 胸の奥が、高鳴った。

「では、私も中で待機を」

「いやいや」

 小柳は、すぐに首を振った。

 やけに早かった。

「まずは先方とジョニー・フィッチ代行で会食を進めます。法務確認が必要になりましたら、すぐにお呼びします。隣の控室でお待ちください」

「ジョニー・フィッチ?」

 スタシアの声が、低くなった。

 ジョニー。

 フィッチ。

 あのバカボン。

 前に、クソガキと接触したいと言ってきた男。

 狸オヤジの甥。

 御曹司。

 見た目だけは綺麗で、取引の数字には強いが、肝心なところで危なっかしい。

 読めてきた。

 つまり、これはあのバカボンの後始末だ。

「……私は、お守り役ですか」

「本社案件です」

 小柳は、声だけを丁寧にした。

 目は笑っていなかった。

「失礼のないようお願いいたします」

 スタシアは、唇を引き結んだ。

 言いたいことはあった。

 だが飲み込んだ。

 ママ、頑張るから。


 案内された控室は、個室の隣だった。

 小さな部屋だ。

 テーブルと椅子。

 茶器。

 内線電話。

 壁は厚いが、完全な防音ではないらしい。

 隣の声が、くぐもって届く。

 小柳は言った。

「必要になれば、すぐにお呼びします。こちらにも、声は聞こえると思いますので」

「聞こえる?」

「確認のためです」

 小柳は個室へ戻っていった。

 扉が閉まる。

 控室に、静けさが落ちた。

 スタシアは椅子に座らなかった。

 立ったまま、隣室との壁を見る。

 絨毯が靴音を吸っている。

 空調の音が小さい。

 外の天気も、窓がないため分からなかった。


 しばらくして、廊下の方が慌ただしくなった。

 低い声。

 足音。

 扉の開く音。

 椅子を引く音。

 来た。

 隣から、小柳の声が聞こえる。

 丁寧すぎる声だった。

『弊社の不手際によりご不快な思いをおかけしましたこと、改めてお詫び申し上げます』

 不手際。

 お詫び。

 何のことだ。

 大阪支店が本当に何かをやらかしたのなら、法務担当である自分の耳に入らないはずがない。

 少なくとも、入るべきだ。

 それがない。

 つまり、隠されていた。

 スタシアは壁に近づいた。

 壁に耳を立てる。

 はしたないとは思わなかった。

 仕事だ。

 聞く必要がある。

 くぐもった声が続く。

 猪原の声。

 小柳の声。

 別の男の声。

 聞き覚えがあった。

 スタシアの眉が寄る。

 まさか。

 いや、そんなはずがない。

 重要なクライアント。

 リムジン。

 高級ホテル。

 社長案件。

 それが、あの父親だというのか。

 さらに別の、幼い声が聞こえた気がした。

 スタシアの内臓が、ゆっくり冷えた。

 あのクソガキ。

 じゃあ、不手際とは何だ。

 …私か。

 胸の奥が熱くなる。

 怒りだった。

 恥でもあった。

 悔しさでもあった。

 せっかく止めてやった。

 未成年が大金でマネーゲームなど、まともな大人なら止める。

 それを不手際として詫びているのか。

 本社まで巻き込んで。

 会食まで開いて。

 リムジンまで出して。

 ふざけるな。

 スタシアは、胸ポケットの上からブローチを握った。

 我慢。

 我慢よ。

 ママ、頑張るから。


 食事が始まったようだった。

 皿の置かれる音。

 杯の触れる音。

 穏やかな会話。

 時折、笑い声。

 スタシアは、控室の椅子に腰を下ろした。

 気持ちを落ち着かせることに集中する。

 冷静に、冷静に。

 座面が少し沈む。

 だが、背中は椅子に預けなかった。

 いつ呼ばれてもいいように、鞄の中からメモとペンを出す。

 時間が過ぎる。

 廊下の向こうから、どこかの客の笑い声が遠く聞こえた。

 食器の音が小さく重なる。

 高級店の静けさは、かえって神経に触った。

 やがて、隣室で椅子を引く音がした。

 扉が開く音。

 足音が廊下へ遠ざかっていく。

 誰かが席を外したのだろう。

 スタシアは、身体を起こした。

 その直後だった。

『やっと話せるね』

 ジョニーの声だった。

 英語。

 滑らかで、妙に嬉しそうな声。

 バカボン。

 まさか、アンタ。

 スタシアは、壁に近づいた。

 さっき出て行ったのは両親のようだった。

『君の出口戦略には恐れ入ったよ、だから僕のアドバイザーになってほしい』

 スタシアの頭の中で、何かが切れかかった。

 アドバイザー。

 誰を。

 五歳児を。

 狂ってる。

『試用期間は最長三か月。月1万ドル。成果が出れば、インセンティブとして利益の1%。どう?』

 沈黙。

 スタシアは、ペンを握り潰しそうになった。

 そんな契約、できるわけがないでしょうが。

 未成年。

 親権者不在。

 投資助言。

 報酬。

 成果報酬。

 試用期間。

 金融規制。

 責任能力。

 守秘義務。

 利益相反。

 説明義務。

 危ない言葉が、頭の中で次々に並ぶ。

 全部、赤字だった。

 全部、火薬だった。

 ジョニー・フィッチ。

 このバカボンは何をしている。

 正気か?

 隣から、今度は幼い声が聞こえた。

『試用期間中の分は先払いで寄越しな。3万ドルだ』

 スタシアは目を見開いた。

『あと、小遣いで5000ドル』

 五歳児。

 五歳児が。

 三万五千ドルを要求した。

 思わず体が震えた。

『PHSとか、色々買い揃える。アンタとのホットラインだ。あと、入学祝ってやつだ。欲しいゲームがあってね』

 このクソガキ。

 なんで当然のように吊り上げてるの。

 何故、交渉慣れしてるの。

 何故、五歳児が、前払いとホットラインを要求するの。

 ジョニーの笑い声。

 明るい笑い声だった。

 笑っている場合か。

 スタシアは扉へ向かった。

 止めないと。

 我慢の限界だった。

 ノブに手を掛ける。

 回らない。

 もう一度回す。

 動かない。

 鍵。

 あのクソ野郎ども。

 邪魔できないように閉じ込めやがった。

 ふざけんじゃねぇ。

 スタシアは奥歯を噛み締めた。

 扉に体当たりをする。

 開きそうで開かない。

 隣から、ジョニーの声がする。

『分かった。社内稟議は大変だけど、全部飲むよ』

 飲むな、バカボン。

 飲んだら私が処理することになるでしょうが。

 怒りを込めて扉にぶつかる。

 開いた。

 スタシアは控室を飛び出した。

 廊下の絨毯が足音を吸う。

 だが、彼女の歩幅は大きかった。

 店員が何か声を掛けようとしたが、視線だけで黙らせた。

 個室の前。

 厚い扉。

 中から、椅子が微かに軋む音がした。

 握手でもしているのかもしれない。

 やめろ。

 合意するな。

 スタシアは、扉に手を掛けた。

 その瞬間、ジョニーの声が中から響いた。

「聞こえたかい? スタシア。悪いけど、手続きを頼むよ」

 すべて分かっていた声だった。

 最初から。

 最初から、聞かせるつもりだった。

 スタシアの中で、最後の細い糸が切れた。

 扉を叩きつけるように押し開けた。

 厚い扉が戸当たりにぶつかり、鈍い音を立てる。

 個室の空気が、一瞬で止まった。

 円卓。

 白い卓布。

 皿に残った料理。

 茶器。

 小柳の固まった顔。

 猪原の引き攣った口元。

 金髪のバカボン。

 そして、握手を終えたばかりらしい、小さなクソガキ。

 声は、驚くほど静かに出た。

「……どういうことか、説明していただけますか」

 ジョニーは微笑んでいる。

 小柳は目を逸らしている。

 猪原は水差しを見つめている。

 五歳児は、握手したばかりの手を見ていた。

 スタシアは、一歩、部屋へ入った。

 ふざけるな。

 胸ポケットの奥で、ブローチが小さく揺れた。

 ママは今日も、正しく生きる。

 たとえ、この場の全員を敵に回しても。


基本的には「好きに書くので、好きに読んでいただければ」という気持ちでおります。

とはいえ、評価をいただくと普通に嬉しくなる俗物でもあります。

お手数でなければ、ページ下部のブックマークや評価で応援いただけますと、たいへん筆が乗ります。

よろしくお願いいたします。

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