↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓守の臨終~壊れた花に捧げる瑞々~  作者: 真知コまち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/4

3.散りゆく夢


2022年~

 淡黄色の勿忘草は、藍色に染まり始め、雲を運ぶ花風が、門前に聳《そび》え立つ松の木を揺らす。


 屋敷の家政婦に見送られ、重い足取りで車に乗り込む、イザナ。

「・・・頼む」

 

  切羽詰まった表情のイザナを気遣い、冗談交じりに声を掛ける、剛志。

 「家《うち》のケーキ、食べて行きます?」


「・・・帰りじゃ」


 「・・・はい」

  心なしか和らいだイザナの表情を鏡越しに確認してから、車を出した。


─────────────────────────────────────


 窓に流れる景色を、朧げな横目で見送る、イザナ。

「不思議な景色じゃ…」


 「最後の外出は…娘が生まれた日ですか?」


「20年前じゃな…時が経つのは恐ろしく早い…」


 イザナの深い呟《ためい》きに、ハンドルを持つ手が緩む。


 〈新佐藤病院〉と書かれた大きな看板を通過して、裏道から病院の敷地に入る。


   白衣を着た健が、停車した車の扉を開けた。

  「お待ちしておりました。イザナ様」


「…少し…瘦せたか?」


  「イザナ様…世間話は病院内で…」


 健に腕を支えられながら、車を降りる、イザナ。

「つまらん奴じゃな~童に泣きついておった可愛《おさな》い頃が懐かし・・・」


   イザナが降りた後の車の扉を、勢い良く閉める。

  「・・・お元気そうでなによりです。人目に触れますので、早(・)く(・)中(・)へ(・)」


 健と気まずい空気になりながら、イザナは病院に入って行った。


「き、綺麗になっておる!」


  「劣化が激しい部分を、修繕工事しただけです」


「なんじゃ?儲かっておるではないか~」

 エレベーターを待つ医者に、目を金に変えたいやらしい顔で詰め寄る。


  「ははは…赤字経営ですよ?誰かさんの教え(せい)で、病院の方針を変えられませんからね!」


「・・・」

 声色から本音《いかり》を感じ取ったイザナは、医者の圧から逃げる様に、降りて来たエレベーターに乗り込んだ。


─────────────────────────────────────


  「着きました。部屋は…いつもの部屋です」


 医者を置いてエレベーターを降りたイザナは、一人、病室の前に立っていた。


【こんこん】


 「はい…どうぞ」


「カラ…入るぞ」

 大きな音を立てない様に、恐る恐る扉を開けて病室に入る。


 「わざわざ見舞いに来てくださらなくても、よかったのに…(ゴホ)…(ゴホ)」

  背を起こしたベットに、もたれかかるカラは、話の途中で激しく咳き込んでしまう。


 「見慣れた来客《ひと》に、舞い上がってしまうなんて…」


「百合も、似たようなことを言っておったな…」


 「そう…あの母が…」


 「ところでイザナ様、本日は、どの様な御用で?」


「な‼お見舞いじゃ!カラを見舞いに来たのじゃ‼」


 「お見舞い(それ)は…外出許可を取り付ける口実?」


「な・・・違う!カラを見舞うために、童は外出許可を貰ったのじゃ!」


 「でしたら…”ケーキ”、食べなくても…よろしいと?」


「な、なぜ、知っておる⁈」


 「私が何年、イザナ様と…(ゴホ)…(ゴホ)」

 

 咳き込むカラの背中を、イザナが擦る。


 「死を待つ時間が、こんなにも辛いことだとは…」


「縁起でもないことを言うでない!まだ…まだ、齢六十じゃろ…」


 「イザナ様・・・私は”もう”六十です」


「たしかに…カラの人生は、辛いものであったかもしれん。じゃがカラは、それを乗り越えて歩んで来た!これから先、訪れるであろう幸せを、なぜ…なぜ、諦める・・・」


 「私は…私は充分幸せです…幸せでした」


「・・・」

 窓を眺めるカラに、死期を待つ百合の面影が重なる。


 「一つ、イザナ様にお伝えしないと逝けない事があります」

 「・・・私が家を出た時のこと、覚えていらっしゃいますか?」


「・・・もちろんじゃ」


 目を閉じたカラは、思い出を懐かしむように、語り始めた・・・


─────────────────────────────────────


 父親に結婚を反対された私達は、町から逃げる様に、都会へと移り住みました。  


【コンコンコンコン】


 『はーい』


「こんにちは。隣り越して来た者です。これ…つまらない物ですが…」

 実家から盗《も》ってきた町の郷土菓子《おみやげ》を手渡す。


 『あらあら、わざわざごめんなさいね。ちょっと、あんた!食い物貰ったから、お礼言いな!』


  猫背で座りながら絵を描く亭主が、家の奥から玄関に向かい腕を振り上げる。


 『ごめんなさいね。主人《うちの》は絵ばっかり描いてて、貧乏なのよ。だから…」


「あ…家《うち》の夫《ひと》も、画家志望なんです」


 『あらそう…お宅も・・・何かあったら仰って。お金以外の事だったら、力になれるから!」


 都会に出れば、きっと、夫(あの人)の絵の良さを分かってもらえる。

 それほど現実が甘くない事は、父親の世界を見て育った私が一番理解していた。

 夫(清)の絵は誰にも見向きされず、幸せな生活は、徐々に苦痛へと変わって行った…


【コンコン】


「…はい」


 『これ!』

  扉をこじ開け、煤汚れた紙をカラに押しつける、隣人。


「日雇い労働の求人募集?」


 『家《うち》も、金が底をついた時、無理矢理働《い》かせてるんだけど…余計なお世話だったかしら?』


 夫(清)は、日雇いの仕事をしながら、睡眠時間を削って絵を描く生活を始めた。

 私は、残飯を分けてもらう代わりに、近所の食事処で手伝いを始めた。

 食べ物も、休息も、二人の時間も、順風満帆とは言えなかったけれど…

 私の人生で、一番幸せなだった時間…

 そんな時でした…あの子を授かったのは…


 穏やかに話すカラから、顔を背ける、イザナ。


【えー状況から判断するに…おめでとうございます。ご懐妊です】


 「…やった!やったー‼男かな?女かな?」


「ふふふ、気が早いです。まだ、わかりませんよ」


 夫(あの人)の喜びはしゃいぐ横顔は、昨日のことのように覚えています。


 『ばか!明日食っていけるかどうかも分からない生活なのに、子なんて育てられるわけ無いでしょ!」


「酷い!何でそんな酷いこと言うの⁉一緒に喜んでくれると思ったのに…」


 『私は、忠告しましたよ。後から泣きついて来ても、手助けなさいませんからね…』


「こっちから、願い下げよ!」


 生活は辛いけど、腹《こ》の子《こ》のためならと…無理し過ぎたのがいけませんでした…


  慌てた様子で、病院内を走る、清。

 「どけ!どいてくれる!」

 「先生!妻は・・・」


【奥さんの命に別状はありません。ただ…残念ながら、赤子は・・・】


 私は…私はあの子を流してしまった…

 医者からは、不安定な生活が原因だと言われました。


 それからしばらくの間、夫《清》は絵を描く事を止め、昼夜問わず働く毎日を…

 生きる気力《のぞみ》を失った私は、お隣さんに介抱され、何とか暮らす毎日…

 体が窶《やつ》れ、衰弱していく私を見かねた夫(あの人)は、隣人の絵描きと、夫の絵を高く評価してくれていた友人に絵を買ってもらい、僅かな資金で私の実家に戻りました。


 私に抗う気力は無く、ただ、付き従うしかありませんでした…


 「あとは、イザナ様もご存知の通り、私はカラを授かり、家に帰住した」

 「カラにしてみれば、少し、過保護過ぎる母親だったのかもしれない…けれど、全てを失った私にとっては、カラを育てることが生きる気力となり、幸せな時間だった…」

 

 扉越しの廊下から、何か崩れ落ちる音が聞こえた。

 

 「おてんばな娘に、何度、寿命を縮めさせられたことか…」

 「それでも…無事に育ってくれたカラには、感謝しかありません」


 カラの辛い過去《おもい》を、仏の顔で優しく聞き入れる、イザナ。


 「ごめんなさい…イザナ様にまた、悲しい思い出を与えてしまって…」


「カラの人生《かこ》、主イザナが、確と此処に記憶したのじゃ…」


 「ふふ、ありがとうございます。これで、後悔を残さず、二人の元に逝けます…」

 「ただ…ただもう少しだけ…カラ達の未来《せいちょう》を見届けたかった…」


【ピーピー】

 突然、心電図モニターの波形を止まり、アラーム音が病室に鳴り響く。


「カラ…カラ!しっかりせえ、カラ‼」


  「お母さん‼」

   アラーム音を聞き、病室の前で待機していたカラが、扉を勢い良く開く。


     近くに待機していた医者も、駆けつける。

    「はーい、離れて…心肺停止、まずいな…」


 意識が戻らないカラを、思いつめた表情で見守《みつめ》る、二人・・・

  

 「ふふふ、ふふふふふ」

  笑いながら目を開けたカラは、鬼気迫った表情のイザナ様と娘に、ピースサインを贈る。


   【パシャ】

    その光景《ようす》をカメラに納める、健。

   「は~い、ドッキリでした…で、いいんですか?」


 腹を抱えて笑うカラを、強く抱きしめる、二人。

 

「こ、殺す気か!心臓が飛び出るかと思ったわ…」  


 「ふふふ、天国の夫に、良い土産話が出来ました」

  

「カラが天国に逝けるとは、限らんじゃろ?」


 「・・・はい?」

  抱きしめたイザナの背中を捻《ひね》り握る。


「な、何でもない・・・」

 カラは、優しさと厳しさを兼ね備えたカラであった・・・103代目──夏空(カラ)──享年61。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。