2.未来の夢
1996~
鈴虫が鳴く、秋の夜長。
お猪口に酒を注ぎ、月を肴に、縁側で晩酌を嗜む、イザナ。
「今日の月は、一段と綺麗じゃの~」
真夜中の静けさに、打音が響く。
パジャマ姿のカラが、勢いよく障子を引く。
「私、政治家になる!」
時間にそぐわない大声に驚き、口に含んだ酒を吹き出す。
「…こんな夜中に…どうしたのじゃ?」
「やっぱり…イザナ様も反対?」
「反対?はせんが・・・まぁ、座りなさい」
目を潤ませたカラを落ち着かせて、爽籟が流れる縁側に座らせる。
「問いたい事だらけじゃが、まずは…なぜ、政治家になりたいと思った?」
神妙な面持ちになり、夜空を見上げる。
「今月のお小遣い・・・減額だって・・・」
目を丸くして、お猪口に残った酒を飲み干す。
(思いの外、小さな志だったな…)
「あと、イザナ様のおやつも・・・」
「なん…じゃと⁉」
握力を無くした手からすり抜けたお猪口が、正座する太股に零れ落ちる。
「丘山堂の和菓子から、スーパーのお菓子に変更するって…」
ぬるま湯の入った桶から取り出した徳利を、床に叩きつける。
「これは、忌々しき問題じゃ!明日、カラに直談判せねば!」
「お母さんだって…丘山堂との付き合いは大事にしたいはず…だよ」
イザナから悲しい表情を隠す様に、顔を背けて俯く、カラ。
拾ったお猪口に注いだ徳利の中身を、一気に飲み干す。
「はぁ…家族が反対する理由を、カラは理解しておるのじゃろ?」
「・・・」
顔を背けたまま、無言で頷く。
「家族は、カラが幸せに生きる日常を、何よりも望んでおる」
「故に、自身が体験した辛い過去を、カラには味会わせたくないのじゃろう」
「じゃが…カラには、イザナが居る!」
「童は、千年以上の時を、カラに支えられて住ごしてきた…童にも、一度ぐらいは…いや、童はこれから”生涯を捧げてカラを支える”と誓う」
「・・・」
優しく微笑むイザナに、憂いが晴れた表情を見せる、カラ。
「とは言え、家族を心配させた状況では、快く歩むことは出来ぬであろう」
「まずは、家族との蟠りを解くことから、始めてみてはどうじゃ?」
「イザナ様って・・・たまに、大人っぽいこと言うよね」
褒め言葉だと自身の心に言い聞かせて、沸き立つ怒りを堪える。
「童は立派な大人じゃ・・・」
「まぁ良い。家族を説得する文言を、童と朝まで考えるぞ!」
「あ、ごめん。眠いから寝る~」
素早く立ち上がったイザナは、打音と共に、夜の廊下へと消えて行った。
空になった徳利を、桶の中にそっと戻す。
「今の時代、歩みたい道へ進ませることが、正しい選択なのじゃろう」
「自らが望む道を歩むが良い・・・もう、良いのじゃよ・・・」
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~翌日~
畳の上で暇を持て余すイザナの耳に、聞き覚えのある打音が、鈴音と共に響く。
学生服を着たカラが、勢いよく障子を引く。
「私、パティシエになる!」
「な・・・・・・」
半日で起きたカラの心変わりに、驚きのあまり絶句する、イザナ。
「カラよ?昨夜の…夢は?」
「はっはっはっ…”あの二人”を説得するなんて、夢のまた夢でしょ・・・」
短い睡眠時間で思考を巡らせ、説得が不可能であると判断した、カラ。
「お使いを頼まれて、ケーキ屋さんに寄ってから帰って来たんだけど…」
「なに⁉」
イザナの鋭い眼光が、鞄を持つカラの手元に向けられる。
「ふふふ…ちゃんと買ってきましたよ、ケーキ」
背中に隠し持っていた箱の中から、苺のショートケーキが姿を現す。
「よくやった、カラ!褒めて遣わす」
目を血走らせたイザナが、ゆっくりと箱に手を伸ばす。
「待・っ・て」
箱に飛びついて来たイザナの顔を、手の平で押さえる、カラ。
その場に蹲り、赤い手形が付いた顔を抑える。
「なぜ、止めるのじゃ?童のケーキであろう?」
「お代?」
「まさか…『金を払え』と言っておるのか⁈」
「私の自費で買って来たんだから、当然でしょ?」
「ぐぬぬ…」
渋々、懐のがま口財布から、銭を支払う。
「今月、足りなくて困ってたんだ~ありがとう!」
(本当は、イザナ様の分も頼まれていたから、イザナ様にあげたケーキのお代は、ちゃんと貰っているんだけどね・・・)
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~翌日~
響く打音に、がま口財布を開いて待つ、イザナ。
神妙な面持ちで、障子を引く、カラ。
「私…駄菓子屋を継ぐ!」
「おぉ!今日のおやつは、駄菓子か?」
「そう思って、きんか屋に行ったんだけど・・・」
【店主が怪我をしたため、店の経営が困難となりましたので、閉店いたします】
「…って、シャッターに張り紙がされてた・・・」
慣れ親しんだ駄菓子屋に思いを馳せ、目に涙を浮かべる。
「何!死んだのか、あの小娘⁈」
「・・・亡くなってないよ」
高笑いするイザナに、冷たい視線を向ける、カラ。
「ははははぁ・・・はぁ~何時までも、童を驚かしおって・・・馬鹿者め!」
イザナの照れ隠しに、胸を撫でおろしてほっこりする、カラ。
「駄菓子屋のおばあちゃんって、イザナ様にとって、どんな人?」
「あやつは幼い頃…童のことを『ババァ~』と罵りおったのじゃ!」
「・・・え?」
「理由を問うたら『チビなのに偉そうだから』じゃと…チビは、お前じゃ!」
過去の怒りが再熱して、一人芝居を演じ始める。
「おばあちゃんとの思い出は…それだけ?」
「あとは…あやつの顔に皺が出来た時、童は『ババァ~』と言い返してやった!」
「あの時の悔しそうな顔!滑稽じゃったわ~」
「イザナ様って・・・子供っぽいよね~」
「ああ、そうじゃ!童の体は、何時までも若々しいのじゃ!」
「あははは・・・」
(子供の悪口を、何時までも根に持ってところが…なんだけどね~)




