1.呆れた夏
2020年~夏の記録~
烈日に照らされた、透き通った風炎の流れる青空。
小さな山の中腹に建つ、大きな日本屋敷の一室には、
縁側に吹いた青嵐に、和装姿の少女が、整えた髪先を靡かせる。
「暑くなったのう・・・」
「ただいま~」
少し離れた玄関から、心待ちにしていた言葉が聴こえて来た。
目の色を変えたイザナが、ドタバタと、廊下を走る。
「…カラ!遅いのじゃ」
目の前に現れたイザナに驚き、慌てて左手に持った何かを、背中に隠す。
「あ、暑いんだから、仕方ないでしょ?」
「何を持っておるのじゃ?」
「え…お、お使いを頼んだのは、イザナ様でしょ!」
隠した物からイザナの注意を逸らすように、
右手に持った袋を左右に振り、視線を誘導する。
「早う渡すのじゃ!」
袋に向かい、飛びつく、イザナ。
しかし、身長差のあるカラに弄ばれ、全く手が届かない。
「こ、これは…私が責任を持って、折敷に乗せて運びますから、イザナ様は、部屋を綺麗にしていて下さい」
力の込められたカラの真剣な眼差しに、思わず、一歩引いてしまう。
「わ、分かったのじゃ?」
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大人しく自室に戻ったイザナは、
たぬきの置物を左右に動かし、微調整を繰り返していた。
「よし。完璧な角度じゃ!」
「イザナ様、お持ちしましたよ」
黒い漆に、朱色の蝶が描かれた折敷を持ち現れる、カラ。
折敷には、
赤い容器に、黄色いМのイニシャルが入れられたポテトと、
大きな箱に入れられたハンバーガーが置かれていた。
「・・・カラ、飲み物はどこじゃ?」
「あ、本当だ!袋に入れ忘れたんですよ、きっと。残念ですね・・・」
どこか、白々しい話し方で、折敷を畳に置く。
「・・・カラ!外出許可じゃ!文句を言いに行くのじゃ!」
ご立腹なイザナは、衣装箪笥を開けて、現代の衣服を探し始める。
「待って!やめて!そんなことしたら、今の時代カスハラになるから!」
帯を解こうとするイザナに、後ろから抱きつき、落ち着きを促す、カラ。
「これは、カスハラでは無い…」
握った拳を胸に当てて、演説者の様に遠くを見る。
「童のシェイクが、入っていなかったのだぞ…これは、正当な文句なのじゃ!」
小さな胸を張り、堂々と宣戦した、イザナ。
「イザナ様…初めはみんなそう言うんですよ…」
後ろで手を組み、イザナから視線を逸らす、カラ。
「あの~・・・今更、言いにくいんですけど・・・実は、私なんです」
「なん・・・じゃと・・・」
「この暑さだと、家に辿り着くまでに溶けちゃうと思って、帰りに飲んじゃいました。ごめんなさい」
「な、なんじゃ!そうじゃったのか」
丁寧に服装を正し、折敷の前に正座する、イザナ。
「ま、まぁ、この暑さの中、買って来たのじゃから、送料を支払うのは当然なのじゃ…うむ!」
明らかに、怒りを押し隠しているイザナを見て、
次回は、保冷剤を持って行こうと、心に刻んだ。
廊下に忍ばせていた物を、イザナに気づかれないように取りに行く、カラ。
「お詫びに、冷たいカルピスを持って来たけど…」
「なんじゃと!!」
怒りを忘れ、氷が浮かぶグラスを両手で受け取る、イザナ。
「うむ、役者が揃ったのだ。早う座れ、カラ!」
物凄い速さで正座に戻り、畳を叩きカラを急かす。
「はい、はい」
イザナを見守る様に、畳の上に正座する、カラ。
手を合わせ…
「いただきます」
「どうぞめしあがれ」
まずは、箱を開き、中の具が零れない様、慎重にハンバーガーを持ち上げる。
そして一口、口いっぱいにかぶりつく。
「もぐもぐ…これじゃ…口いっぱいに広がる…肉汁を…パンと野菜が…吸い込み…最強の…オーロラソースが…味を調える…」
「イザナ様、お喋りしながら食べていると、喉に詰まらせますよ」
カルピスの入ったグラスを待ち上げ、イザナに飲むよう勧める。
「昔…カラの連れて来た…友人が…言っておったぞ…」
「食事は…お喋りしながら…食べるもの…だと…」
「へーお喋りしながら…器用なご友人ですね」
イザナ様…多分、捉え方を間違われたのだろうな~
「それにしても、イザナ様は、沢山たべられますよね~」
食事を取るイザナを見つめて、自らのお腹を擦る、カラ。
「…なんじゃ?カラは、ダイエットでもしておるのか」
「はい。このままだと、去年の水着が入ら…新しい水着を買うお金が無くて」
「何?カラは今…成長期なのじゃから…しっかり食べねば…大きくなれんぞ…」
食事と説教を、器用にこなす、イザナ。
髪飾りを盛ったイザナの頭頂部を見つめる、カラ。
「いいですよね~イザナ様は。大きくならなくて!」
最後の一口を食べようとしていたイザナの手が止まる。
「・・・今、何と申した?」
ゆっくりと立ち、イザナから離れる、カラ。
「イザナ様は…”もう”成長しませんもんね」
馬鹿にした態度のカラに腹を立て、立ち上がり腕を振り回す、イザナ。
「この小童が・・・」
イザナの扱いに慣れているカラは、
イザナの頭を手で押さえ、振り回す腕の間合いに入らせない様にする。
「・・・イザナ様!あまり暴れると、折敷をひっくり返してしまいますよ」
無駄な抵抗を止めたイザナは、正座の位置に戻り、ポテトを食べ始めた。
「まったく…贅沢な悩みじゃ!昔は、食うに困った世の中じゃったというのに…」
イザナが、ポテトを黙々と食べる姿を見て、少し反省する、カラ。
「もう冷めちゃったんじゃない?少し温めて来ようか」
「ふふふ…知らんのか、カラ?ポテトは、冷えたほうが美味いのじゃ!」
「これだから、小童はの…成長しているのじゃ…童も…知識量が…」
「・・・」
イザナの、あまりにも自信に満ちた顔に、
何もつっこむ事が出来なくなる、カラ。
「…うん?」
突然、ポテトを食べるイザナの手が止まる。
「どうしたの?」
「カラは、ダイエットをしておるのに、童のシェイクを飲んだのか?」
「・・・あ」
見つめ合い、沈黙する二人・・・
「わ、私!勉強しないと」
沈黙に耐え切れず、颯爽と逃げ出す、カラ。
「あ、待て!逃げるでない、カラ!食べ物の恨みは、怖いんじゃぞ!」
立ち上がり、逃げたカラを、追いかけようとした、イザナ。
「う…」
和装の裾を踏みつけ、足を取られ、バランスを崩す。
折敷を蹴り倒しながらも、片足で飛び跳ね、何とか持ちこたえる。
「よぉっよぉっよぉっあ・・・」
大きな地響きと、ガラスの割れる音が、屋敷に伝わる。
音を聞きつけ、部屋に戻って来た、カラ。
「イザナ様…大丈夫?」
頭から流れた血が、立ち上がったイザナの全身を染め上げていた。
「・・・いつものことじゃ、他愛無い」
イザナの和装に付いた血が、蒸発し始める。
それと同時に、畳に出来た血溜まりも、蒸発してゆく。
イザナが流した血の痕跡は、跡形も無く消えさった。
「あ~グラスが割れて…箒を持ってきますね~」
ガラスを払い、乱れた服装を整える、イザナ。
「派手にやってしまった…後で、カラに怒られてしまうな」
イザナが叩いた頭から、ガラスの破片が飛び出し、物が散乱した畳に落ちる。
戻って来たカラから箒を受け取り、惨劇を物語る現場に視線を向ける、イザナ。
「あぁ…童のポテトが…」
箒で集めたポテトを、ゴミ袋に流し入れる、カラ。
「食べれませんよ!割れたガラスが付いてますから」
「そんな…」
ショックのあまり、膝から崩れ落ちる、イザナ。
見かねたイザナが、声を掛ける。
「はぁ~明日、学校の帰りにかってきましょうか?」
「・・・シェイクもか?」
「・・・はい」
「やった~!」
飛び跳ね喜ぶイザナは、純粋無垢な少女の様であった。
こんなに長くなるとは・・・・




