90 【最終話】夢から覚めても醒めない想い
最終話です。
「......お母さん!?お母さん!!お父さん!!お母さんが目を開けたよ!!」
......声が、、聞こえる。
とても聞き慣れた声だ。
目を開けると、白い天井が見えた。
まぶしくて、また目を閉じる。
もう一度、ゆっくりと開けた。
「お母さん!!よかった......!!よかった......!!」
ベッドの横に、泣きそうな顔の茜がいた。
その後ろから、遥希が「お母さん......!」と声を上げた。
夫が、扉の向こうに向かって「先生!!目が覚めました!!」と叫んでいる。
「......茜」
声がかすれた。
「なに?お母さん!どこか痛い!?」
「ううん......」
違う。そうじゃない。
ただ、名前を呼びたくなった。
「......遥希もいる?」
「うん!!ここにいるよ!!」
遥希が、ベッドの柵を掴んで身を乗り出してくる。
ああ。
この顔だ。
この声だ。
ずっと、ずっと会いたかった。
気がついたら、涙が流れていた。
「お母さん!?やっぱりどこか痛いの!?」
「ちがう......ちがうよ」
首を振った。
「なんだろうね、ふたりの顔を見たらなんかほっとしちゃっただけ」
茜が、ぽろぽろと泣き始めた。
遥希が、ギューっと私の手を握った。
しばらくして、落ち着いた頃に看護師さんが来て、色々と確認をしてくれた。
家族によると、私はお風呂で倒れていたらしい。
発見が少し遅れて、病院に運ばれた時にはかなり危険な状態だったとのことだった。
それからもう3週間ほど入院していて、やっと目が覚めたという事だった。
「原因は過労とストレスですね。更年期の時期は、体へのダメージが思いのほか大きいんですよ。しばらくは安静にしていてくださいね」
先生にそう言われた。
そうか。倒れたのか~。生きててよかった~。
これからはもっと自分を甘やかさなきゃだね。
「なんかさ、すごい長い夢を見てた気がするなあ」
「夢?」
「うん。なんか、物語みたいな壮大な夢」
夫が、「そうなんだ、思い出したら教えてよ」と言って、そっと私の手を握った。
その後しばらくして今日から流動食が始まると看護師さんが知らせに来てくれた。
点滴だけの生活だったため、直ぐには普通食は食べられない。
やがて運ばれてきたのは、”いかにも病院食”って感じのベージュ色の食器がいくつも並んでいるトレイ。
「うへ~、流動食祭りだって!」
「文句言わないの!食べれるだけありがたいと思わないと!」
娘にごもっともなことを言われた。
「そうは言うけどさ、この器が、なんとも味気なく感じるんだよねぇ」
......"器"?
なにかが頭に引っかかった。
なんだろう?
ちょっと考えたけど何も浮かばない。
まあいいかとひとつ目の器の蓋を開けるとコンソメスープだった。
「おっと、危ない」ゆるゆるの病院着の袖が食器に引っかかった。
気をつけながら次の器を開けると中は重湯だ。
はい、出た、重湯〜。
その次はなんかオレンジ色の野菜のポタージュ。
”どうせなら飴色玉ねぎのスープが良かったな~”
あれ?なんで今そう思ったんだろ?
私って飴色玉ねぎのスープ好きだったっけ?
さっきから、チラチラと何かが頭の中で主張する。
弾けそうで弾けない、そんな感じで。
なんなんだろう。
「贅沢言いませんよ!たださ、せっかく歯があるんだからさ使いたいじゃん?」
ま、むりだわね、流動食だもんね。
張り切っていただきますよー!
よーしと気合いを入れて病院着の袖を腕まくりした。
その時、腕に赤く伸びた痣を見つけた。
あれ?こんな痣あったっけ、、、?
そう思った瞬間。
パン!!と何かが弾けた。
そして一気に全ての情景が頭に流れ込んできた。
犬モンたちとケンちゃんとのかけがえの無い日々。
毎朝、ベロンベロンに舐められて起こされること。
ごはんを催促されて、犬キックされること。
魔法の訓練でへとへとになったこと。
意味不明な文字を教えられたこと。
掃除、洗濯、炊事に魔法訓練で毎日へとへとになったこと。
.......なんか、元の生活と変わってなくない?
そう何度も何度も数えきれないくらい思ったこと。
この傷は、ケンちゃんとの魔法の練習の時についたやつだ。
ケンちゃんたちとの生活が夢ではなかったんだと確実に言っている。
そっか、私......帰ってこられたんだ。
私の役目が終わったから帰って来たんだ。
......そっか。
もうみんなに会えないんだ。
「お母さん!?どうしたの?どこか痛いんじゃないの?」
ポタポタと涙が食器に落ちるのを見て、子供たちが心配そうに見てくる。
「ううん、ごめんごめん、久しぶりのごはんが嬉しくて沁みたみたい~」
その夜はなかなか寝付けなかった。
これはどういうことなんだろう。
自分の身に起きたことを考えてみた。
身体は病院にいたのに、心はここじゃないところにいた?
やっぱりあれは夢だった?
でも、傷はこうやって残ってる。
ん~~~~~~~~~~......
わからない。
わかるわけなくない?
そもそも魔法使う自分とか理解できない。
夢だけど夢じゃない不思議体験をした。
自分の中だけの大切な思い出として残しておこう。
そう思うことにした。
たくさんの人たちの顔を思い出した。
町長さん、ガイアスさん、本屋さんやお菓子屋さんも。
みんな優しくて温かい人たちだった。
思い出すと鼻の奥がツンとして、涙が溢れてきた。
「犬モンたちやケンちゃん、元気してるかなぁ。
一緒に旅に行ってみたかったな~。
ケンちゃん...... フルネームなんだっけ......
全然思い出せないや」
***
「だはー、今日も疲れた。この私がもう明日で還暦とか早くない?」
そんな事を言いながらザブンと湯船に豪快に浸かる。
子どもたちに手はかからなくなったとはいえ、やる事はさほど変わらない。
疲れるもんは疲れるんだよね。
最近のマイブームはお風呂でお気に入りの音楽を聴くことだ。
今夜も20代のころからずっとファンクラブに入り続けているミスチルの曲と共に入浴タイム。
ついつい長湯してしまうけど、この曲が終わるまでは出られないよね~。
と、その時、視界がぐらっと揺れた。
間をおかずして、胸の奥でドクン、とひとつ、妙に主張の強い鼓動がした。
え?やば、長湯しすぎた?
続けて、耳の奥で「ピーーー」という機械音みたいな音が鳴る。
ヒートショック??
ううん、違う。
この感覚どこかで......
......これを私は知っている!
うそうそまさかまた!!??
待ってこのままだとまた全裸じゃん!?
慌ててバスタオルを掴もうとした手が辛うじて布を触った瞬間――
意識が途切れた。
周りの空気が変わった。
はっと気がついて直ぐに自分を見る。
また全裸だ......
握ったと思ったものは手のひらサイズの垢すりタオルだった。
......最悪だ。
タイミング、タイミングをさ~、
マジで考えて欲しいんだよね。
――その時だった。
「" ゴルケムリ・エルビセ・パルラ(華麗なるドレスを)"」
低くも高くもない透き通るような艶のある声で、
呪文らしきものが聞こえた瞬間、私の全身をキラキラとした光が包み込んだ。
温かくて、柔らかくて、どこか懐かしい光だった。
ああ、この光を私は知っている。
やがてゆっくりと光が消えていった。
改めて自分の身体を見ると全身ふりっふりのドレスをまとっていた。
ピンク色のレースとリボンがふんだんにあしらわれたフランス人形のようなドレス。
裾がふわりと広がって、風もないのにやわらかく揺れていた。
細部まで丁寧に施されたレースの刺繍が、光を受けてきらきらと輝いている。
い...や......
「いや、ちょっと、これ10年前に望んだ展開だから!!!
こんな.....還暦を迎えた、絶対、今じゃないーー!!!」
思わず、思いっ切り叫んでしまった。
フフっと笑ったような声が聞こえて、顔を向けると。
そこにいたのは、先ほどの声の持ち主だろう。
私に魔法でこのフリフリドレスを着せた張本人。
輝くような最高の笑顔を見せている、懐かしい面影のある青年だ。
その青年が私を見てひとこと、こう言った。
「師匠、あまり似合いませんね?」
いや、めっちゃストレート!!!
~おしまい~
麻美とケンちゃんの物語はこの先も続いていくのか、な?
今までお付き合いくださりありがとうございました。
今後は番外編で違った角度からお届けしたいと思います!




