82 僕が歩むべき道は僕が決める
麻美の涙の理由を、局長たちは知らない。
ただ。
子どもへの、深くて真っ直ぐな想い。
そして、その奥に静かに沈んでいる、誰にも見せてこなかった哀しみ。
それだけが、確かにこの部屋に満ちていた。
局長たちはもちろん、誰も何も言えなかった――
ケンちゃんが、静かに私の隣に来て、そっとハンカチを差し出した。
「師匠、どうぞ」
「......ありがとう」
受け取って、目元を拭う。
「すみません、少し失礼します」
私は静かに席を立った。
おかめだけが、音もなく後をついてきた。
しばらくの沈黙の後、ケンちゃんが局長の方に向き直った。
その背筋はまっすぐに伸び、逸らすことない視線を局長に向けた。
「局長殿、私からも申し上げたいことがあります。よろしいでしょうか」
「はい、シュラディオル様」
「まず、ひとつ確認させてください」
「はい」
「第一王子であったアルセリオス殿下が、魔物討伐の際に命を落とされたと伺いました。そして今、第二王子のダグフェリス殿下が王太子として後を継がれることが決まっていると。これは、事実でしょうか」
局長が、一瞬驚いた表情をした。
「......よくご存知で。はい、その通りでございます」
「そうですか......」
ケンちゃんは一瞬だけ目を伏せた。
「アルセリオス兄上が国のために命を捧げられたこと、謹んで哀悼の意を表します」
「ありがとうございます」
ケンちゃんは静かに顔を上げた。
「そして、それが私が城に戻らない理由のひとつでもあります」
局長が、何か言おうとしたが遮るように続けた。
「ダグフェリス兄上が王太子として歩み始めたところに、私が戻ることは、余計な諍いの原因になるだけです。それは、兄上のためにも、この国のためにもなりません」
「しかし——」
「それに」
ケンちゃんは更に畳みかけて、続けた。
「私は、この国のことをほとんど知らないのです」
局長が、少し目を見開いた。
「ご承知のことかと思いますが、私は城の離れに隔離されていましたので、そこの部屋の中で、本だけを読んで育ちました。そのため、この国の人々がどんな暮らしをしているのか、どんな苦労を抱えているのか、どんな喜びの中にいるのか。私には、それが何もわかっていません。文献から得られた知識しか持ち合わせていないのです」
ケンちゃんは窓の外に目を向けた。
「ですから城に戻っても、それが本当にこの国のためになるのか。私にはまだ、判断できません。
だから、まずこの国を自分の目で見て回りたいと思っています。
各地を歩いて、人々の声を聞いて、そうしながら自分に出来ることを考えたいと思います」
「そんな......では、城への帰還は」
「今は、できません。ご足労をおかけしたことは申し訳なく思っています。ですが」
ケンちゃんは静かに、でも揺るぎなく言った。
「ただ、城の外から、この国を護る方法が、必ずあると思っています。
それを見つけることが、今の私に課せられたことだと思っています」
部屋に、静寂が落ちた。
局長はしばらくケンちゃんをじっと見つめていた。
そしてゆっくりと、深く頭を下げた。
「......承知いたしました。城へ持ち帰り、報告いたします」
「はい。よろしくお願いします」
ケンちゃんが、静かに頭を下げた。
麻美、ほとんど出番なし!




