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76 そんなん聞いてない!

調査に訪れた使者は二人だった。

使者たちは、町長の用意した屋敷の一画をあてがわれてひと月待っていた。

ある噂が発端となり「未曾有の魔物の襲撃を一掃した聖獣を従えた魔法使いの存在確認」という、ある意味眉唾物の、しかしそれが事実ならば、なんとも誇らしい任務だった。

本当に存在するのであれば、その報告を持って城に戻れば大層な手柄になる。

今回の任務は使者たちにとって失うもののない、なんとも気楽なものだとそう思っていた。

町の人に聞いて回ったものの信憑性を欠くものばかりで。

そのため、使者たちの本心はこうだった。

"所詮、噂話に尾鰭が付いたんだろう"

"聖獣なんてものがこの世に存在する筈はない"

「町長め、こんなに我々を待たせておいてどう言い訳してくるつもりか。場合によってはしっかり責任を取ってもらおうぞ」

今朝も二人でそう話していたのだった――




「ひと月もお待たせして、申し訳ございませんでした」

町長が慇懃に頭を下げる。

一人の使者が、わざとらしく軽く咳払いをした。

「......ようやく、ですか。ひと月ですよ。城としても、これ以上は待てぬところでした」

苛立ちをまるで隠さない様子だった。

「正直、調査にこれほど時間がかかるとは思いませんでしたよ。魔物の襲撃の調査結果も含め、聖獣や規格外の魔法を操る人物とやらについてもしっかりとご報告いただけるのでしょうな」

「もちろんでございます。こちらへどうぞ」

町長に案内されながら、使者たちは不満げな足音を響かせて歩いていく。

「......まあ、我々も聖獣云々という話も、正直半信半疑ではありますが」

使者たちはそんなことを呟きながら、町長に促されるままに、開いた扉の中へと進む。

「これだけ待たされたんだ、さぞかし我々が納得できるだけのご説明がある——」

部屋に入った瞬間、使者たちの目が私と五体の聖獣を捉え、完全にフリーズした。

「——......」

言葉が、止まった。

それまでの苛立った様子が、すうっと消えて呆然と立ち尽くす。

「こ......こんなことが......」

声が、急に小さくなった。

「本物の......聖獣様が、しかも、五体も......?」

背筋が、みるみるうちに伸びていく。

町長が後ろに控えて微笑んでいるのが見えた。

私は、にっこりと笑ってみせた。

「お待たせしてすみません。はじめまして。私は山根麻美と申します」

聖獣に気を取られていた使者たちが、私に視線を向けると慌てて深々と頭を下げた。

「こ、これは大変、失礼いたしました!貴方様がかの噂のお方......聖獣を従えておられる方でいらっしゃいますね」

さっきまでの憮然とした態度はどこへ行ったのか。


あおさがぼそっと、私にだけ聞こえるように言った。

「......わかりやすい奴だな」

「ね」


使者たちは恭しく自己紹介をしてから、隣にいるケンちゃんへ視線を移した。

「そちらは、ご子息様であられますか?」


その言葉を受けて、ケンちゃんが静かに一歩前に出た。


「初めてお目にかかります。僕は、シュラディオル=エンヴァル=オルステイン=ラグナリア=アルマディオルフェンケンと申します」


使者たちの顔から、すうっと表情が抜け落ちていった。

「......はあ......えっと?」

「初めてお目にかかると思います」

「......いえ、その、もう一度、お名前を」

ケンちゃんが律儀に、もう一度フルネームで名乗った。

使者の顔色が、見る間に変わっていく。

「......シュラディオル様は、確かご病気で、既にお亡くなりに......」

「そういうことになっていたことは存じています」

ケンちゃんが静かに、でもはっきりと続けた。

「信じていただけないかもしれません。ですが、このとおり生きています。

詳しい事情については、しかるべき方に直接お話しさせていただきたく思います。

ひとまずは、シュラディオル=エンヴァル=オルステイン=ラグナリア=アルマディオルフェンケンが、こうして生存していることだけを、城にお伝えいただけますか」


使者の口が、ぱくぱくと動いた。

何か言おうとしているが、うまく声が出ていない。

「......あ、あの」

「はい」

「いえ、あの、その」

完全に処理が追いついていないのが明らかだった。

「......今、何を、おっしゃいましたか」

「もう一度言いますか?僕の名はーー」

「いえ!いえ、もう結構です!!」


使者が思わず叫んだ。

そして自分の声の大きさに動揺して、両手で口を押さえた。

「失礼いたしました......ただ、まさか、その......」

使者たちが助けを求めるような目でこちらを見てくる。


ごめんね、そんな目で見られても何もできないよ。

私はニコッと笑顔だけで返す。


「......そう、ですか」

一人の使者は、うっかり座り込みそうになって、なんとか踏みとどまった。

声が震えていた。立っているのもおぼつかない感じだ。

できれば聞きたくなかった、余計な事を聞いてしまったという気持ちがダダ漏れの表情をしていた。


「持ち帰りまして......聖獣様とヤマネアサミ様、シュラディオル様......いえ、第三王子のことは、必ず正確に報告させていただきます。それでは我々はこれで失礼させていただきます」


そう言って、一礼すると、その場から逃げるように、ほとんど駆け足で部屋を出ていった。


あおさがぼそっと言った。

「アイツら、オレたちの事、何をどう報告するんだろうな?」


「確かに!まだほぼ自己紹介しかしてないんだけど!?あんなんで大丈夫なの?報告10秒で終わるよね!?」



とんでもないお土産話になりました。


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