75 一昨日焼いたクッキー
それからしばらくのんびりと家で過ごしていた。
そんな日が続くとそろそろ町の様子が気になってくる。
壊された建物や設備は復旧されただろうか。
町の人たちは日常生活に戻れただろうか。
今日あたり一度様子を見に行ってみようかと、みんなで話していた矢先に、ログハウスの門扉を護る"番犬くん"がガン吠えしているのが聞こえてきた。
あ、"番犬くん"とは、私の魔法で生み出した、門扉に掛けた看板のことだ。
これがまた優秀で、門扉に何かが近づくと、描かれたブルドッグが立体に浮き出てギャンギャン吠え立てる。
"猛犬注意"の貼り紙の3D版ってところ。
わが家には犬モンたちの結界があるけど、まぁ、雰囲気でつけてみた。
その番犬くんが、初めて仕事をしている。
「誰か来たみたいですね?」
ケンちゃんが窓からそっと外を覗くと、ガイアスさんが困った顔をして立っていた。
「ガイアスさん!どうしたんですか?」
慌てて門扉を開けると、ガイアスさんが、
「突然お伺いして申し訳ございません。急ぎ、お話ししたいことがありまして。少しお時間よろしいですか」
と頭を下げた。
「もちろんです!どうぞどうぞ!」
家の中に案内し、ソファを勧める。
急いでキッチンに行き、自分で焼いたクッキーとお茶を淹れて戻ってきた。
一昨日の......だけど大丈夫だ。
香りはいい。うん、まだいける。
お茶とクッキーを「どうぞ」と勧め、自分もソファに腰かけた。
ガイアスさんはクッキーを一口食べて、少しだけ目を細めた。
「美味しいですね」
「でしょ!一昨日焼いたんですけどまだいけます!」
「一昨日......」
「ええ。でも大丈夫でしょ!」
「ところで」
ポンと手で膝を叩いて、話を振った。
「その後、町の様子はいかがですが?私たちも気になって今日明日辺りで行ってみようかと話していたところだったんです」
「はい、おかげさまで被害がそこまで大きくならずにすみましたので、町の方は大方片付いてきました。本当に皆さまには感謝しかなく、町長からもくれぐれも感謝をお伝えするようにと申しつかって参りました」
「いえいえ、頑張ったのはケンちゃんですし。
でも、それを伝えるためだけにいらしたわけではないですよね?」
ガイアスさんはお茶を一口飲んでから、静かに口を開いた。
「実は、昨日から町に城からの使者が来ておりまして」
「使者?」
「はい。名目は、魔物の大規模襲撃に関する調査とのことなのですが......」
ガイアスさんが少し間を置いた。
「どうやら、それだけではないようで」
「というと?」
「聖獣が五体現れたということと、規格外の魔法で魔物の大群を一掃した人物がいるということが噂となって、都市部まで伝わったようでして。城では、この国に何か異変が起きているとして調査の使者を出したようです」
「......つまり、私たちのことを調べに来たということですね」
部屋の空気が、一気に変わった。
ケンちゃんがわずかに背筋を伸ばした。
「それで......町長さんはなんと......?」
「町長は、魔物の襲撃が凄まじく、それどころじゃ無かった。色々な情報が錯綜しているので、詳しく調査し、ひと月後に回答すると、明言を避けたそうです。ですが、使者はまだ町に残っていて町人に聞いて回っているようで」
そこでひと呼吸置いて、
「私だけはこちらの場所を存じ上げておりましたので、お知らせする必要があると思いまして、急ぎ参った次第です」
ガイアスさんが真っ直ぐに私を見た。
「サンコン様、ケン様。どうされますか?」
しばらく沈黙が続いたが、ケンちゃんが私を見た。
その表情は、もう、森で震えていたあの子とは違って見えた。
「......ガイアスさん」
ケンちゃんが口を開いた。
「僕は使者に、会おうと思います。でも、少しだけ......時間をください。自分で、決めたいことがあるので」
ガイアスさんが静かに立ち上がった。
「わかりました。その旨町長に伝えまして、諸々整えておきます」
そして扉に向かいながら、ふと立ち止まった。
「サンコン様」
「はい?」
「クッキー、本当に美味しかったです。ごちそうさまでした」
「いいえ!お粗末さまでした!」
そして、ガイアスさんを門扉まで見送り、部屋へと戻った後ーー
「師匠」
「うん、どした?」
ケンちゃんはしばらく黙ってから、静かに言った。
「お客さまに、"一昨日のクッキー"はいかがなものかと」
えっ!?ダメだった!?
言わなければ全然セーフだったけどね




