60 忍び寄る気配
ある夜、食後にソファでお茶を飲んでいると、みとが静かに口を開いた。
「麻美、少し話がある」
それは珍しく真剣な声色だった。
他の犬モンたちも、いつもとは違う空気をまとって私たちの周りに集まってくる。
「少し前から、この辺りの魔物の気配が増えている」
「え?増えてるって、ほんと??」
「ああ。いつも訓練で行っている森だけじゃない。
町の方角からも、じわじわと気配が広がってきている」
あおさが続ける。
「オレたちの結界で今のところここは守られてるけどね。でも町は別の話だからな~」
”町”と聞いて胸の奥がざわっとした。
町には、いつもお世話になっている町長さんや、本屋のおじさん、お菓子屋さんのおばさんも、ガイアスさんだって、いる。
”どうか魔物には気をつけてください”
そういえば、ガイアスさんがこないだそんなようなことを言っていたのを思い出した。
あの時もう少しちゃんと聞いていればよかったと悔やまれる。
「それって、どのくらいやばいの?」
みとは少し間を置いてから答えた。
「今すぐどうこうという話ではない。ただ、嫌な予感がする。
何かしら備えておいた方がいいだろうな」
「何かしらの備えって言われても......」
動揺を隠せない私にケンちゃんが静かに口を開く。
「師匠、以前にもお伝えしましたがこの国は魔物による被害が少なくはありません。
ある程度の魔物の襲撃は想定して準備していますし、そんなに怯える必要はないと思います。
僕は......そうですねもっと攻撃魔法の精度を上げておきたいと思います。
いざという時に、師匠や町の人を守れるように」
ケンちゃんが、町の人も守りたいって言った。
ケンちゃんの世界が少しずつ広がってきた表れだと思うと嬉しい。
「うん。そうだね。私も、もっとしっかり練習しなきゃ」
「お!麻美がやっと本気になったね!」
とろ豆がそう言えば、
「麻美はのんびりさんだからね~」
末っ子キャラで一番のんびりしているこつぶにまでそう言われた。
「もっと危機感をもてー!とかさ、最初からそういえばよかったじゃん!!
そしたら私だってそれなりに緊張感をもって臨みましたよ!」
みとが、フッと笑った。
「よく言う。お前のペースに合わせてやってたんだ。感謝しろ」
ぐぬぬ。
言い返せない。
悔しい。
それから数日後のことだった。
夜中に、ふと目が覚めた。
何かが、おかしいような。
......音だ。
耳を澄ませると、外の方から低くくぐもった音が断続的に聞こえてくる。
ドンッ!
バチッ!
低い衝撃音の後に、何かが跳ね返されているような......。
そうか、結界に何かが当たって、弾かれている音だ。
起き上がると、みとと目が合った。
「あれって、魔物?」
「ああ。心配しなくても結界が弾いてる。ここには入れない」
「何匹くらいいるんだろう、けっこう音がするけど......」
「6,7匹ってところだろうな。でも昨夜より増えている」
昨夜より。
つまり、昨夜もいたということだ。
「教えてくれたらよかったのに......」
「言ったらお前が怖がるからな」
「......それはそうだけど」
翌朝、家の周りをぐるっと囲む柵の外を見て回ると、
ところどころの草が不自然になぎ倒されていた。
柵に引っ搔き傷のような跡も残されていた。
「これ、全部魔物がやったんだよね?」
「そうね。でもわたし達の結界がある以上中には入れないわ」
おかめが安心させるように言った。
私は残された幾つもの爪痕をじっと見つめた。
深くて、とても鋭くて。
こんな鋭い爪の魔物が昨夜すぐそこにいた、そう思うと身震いがした。
「師匠、近いうちに一度、様子を見に町に行ってみましょう」
私は、静かに頷くことしかできなかった。
そりゃ冗談を言えるほどの余裕はないよね




