59 ”はじめてのおつかい”尾行失敗
ある日の朝、ご飯を食べた後にケンちゃんがいつもより少し改まった様子で切り出した。
「師匠、今日のガイアスさんとの受け渡しなのですが」
ああ、そうだった。
今日は定期便の日だった。
町に変身してお買い物に行くのにも限度があるから、
町長さんには相変わらず甘えさせてもらっている。
いつか恩返しできるといいけど。
「その......師匠はいつも、みんなのためにあれこれと動いてくださっていて、ゆっくりされる時間が、あまりないのではないかと。前々から思っていたというわけではないのですが、ちょっと思っていたといいますか……」
「うん?」
「ですので、今日は僕ひとりに任せてもらえないでしょうか。
師匠には、その間、ゆっくりしていただきたいと思いまして」
なんとー!!
なんていい子なんだ。
なんていい子なんだ私の弟子は。
「ほんとに?!ありがとうケンちゃん!
じゃあお言葉に甘えてお願いしようかな!
でも大丈夫?みとたちに一緒について行ってもらわなくて平気?」
ひとりで大丈夫というケンちゃんを、「くれぐれも気をつけてね!!」と笑顔で送り出した私は、ケンちゃんの姿が見えなくなった瞬間。
「スーパーフライト!!」
スーッ……
低空飛行する偵察機のように、こっそりとケンちゃんのあとをつけた。
ペチペチと草が顔に当たる。なんか不快だ。
虫が飛んできて顔に当たる。これは地味に痛い。
なんのこれしき、ひとりで行かせるなんて心配すぎる。
過保護と言われようがなんだろうが気にしない。
もちろん犬モンたちは呆れ顔しながらもついてきた。
待ち合わせ場所の近くの大きな木の下に、ガイアスさんの馬車がとまっているのが見えた。
ケンちゃんはちょっと立ち止まり、直ぐに小走りで駆け寄った。
私も見つからないように茂みに隠れるように着地する。
そのまま腹這いで息を潜める。
残念ながらふたりの声は聞こえなかった。
お互いにお辞儀した後に、何かを話しているのはわかるが内容は聞こえない。
時折、ふたりが笑い合っているのを見てますます気になってくる。
気がつかないうちにジリジリと匍匐前進していた。
やがて、ケンちゃんは荷物を受け取ると深く礼をして、荷車を引きながらこちらに向かって歩き出した。
まずい!見つかる!
ワタワタと茂みに戻り、高速低空飛行で、途中にある魚釣りをした淵まで行く。
そして川辺に腰を掛けてケンちゃんを待った。
「師匠!そんなところでどうしたのですか?」
「もちろん日向ぼっこ。天気よくて気持ちいいなぁって。ケンちゃんのおかげでゆっくりされてもらってるよ〜」
ケンちゃんは笑いを堪えているようにも見える表情で、「それなら良かったです」と言った。
「ガイアスさんとの受け渡し、うまくいった?」
「はい。無事に終わりました」
「何か話したの?楽しそうに笑い合ってたみたいだったけど」
あ、しまった。
これだと笑い合ってたのを見ていたのがバレてしまう。
「……ここで日向ぼっこしながら、よく見えましたね」
「まあね。今日は天気がいいからね?」
ケンちゃんはふっと笑って、少し間を置いてから静かに話し始めた。
「ガイアスさんに、いくつかお伺いしたいことがあったんです。
ガイアスさんから見て師匠はどの様に見えるのか。
その、楽しそうにしているように見えるかどうか。
それから、師匠の生活に、僕が加わったことで、以前よりも不便になったことや、余計な手間が増えてしまったことがあるのではないかと。あるとしたらどういったことなのかとか。
師匠はそういったことを表に出さない方ですので、僕には判断が難しくて......
ガイアスさんは少し距離のある立場から見ておられるので、もしかしたら何かお気づきのことがあるのではないかと思い、その、お伺いしてみた次第でして」
私はすぐに言葉が出なかった。
「それでガイアスさんは、なんて?」
ケンちゃんは少しだけ照れたように視線を落とした。
「毎回お会いするたびに、生き生きとされているとおっしゃっていました。
それから、僕のことをとても嬉しそうにお話されていると」
「......そっか。そのとおりだね!」
胸の奥がちょっとくすぐったくなった。
「ところで、じゃあ何がそんなに可笑しくて笑ってたの?」
なんか、そんな話だけをしてるような感じじゃなかったような気がする。
ケンちゃんはまた笑いを堪えるような顔をして言った。
「いえ、実はお伝えするか迷っていたのですが、その、師匠が茂みの中で匍匐前進しておられるのが、ガイアスさんの位置からはよく見えていたそうで」
え??
「僕の位置からも、実は最初から丸見えでした」
......。
「スーパーフライトで追いかけていらしたのも、茂みに着地されて、匍匐前進されていたのも。
......言ってしまいますと全部」
.......。
「ガイアスさんが、『陰ながら見守ってくださっている方に、くれぐれもよろしくとお伝えください』とおっしゃっていました」
しばらくの沈黙の後、私はゆっくりと川に視線を落とした。
「……魚、いるね」
「師匠」
「……釣りでもしようかな」
「師匠」
「いい天気だもんね」
「師匠、ご心配ありがとうございます」
犬モンたちが一斉に爆笑した。
ムカつく!!
知らぬは麻美ただひとり。




