56 本は本屋で買いましょう
ケンちゃんは自然な仕草でお金を支払ってくれて、お店を出た。
久しぶりのショッピングにテンション上がってしまい”次はあっちのお店”、”次はこっち”とケンちゃんの手を引っ張りながら次々とお店を渡り歩く。
何軒目かで、ふと視線を感じた気がした。
そういえば、さっきのお店でも。
若い女性たちがこっちを見てヒソヒソ何か話している。
んんんんっ??
ああ!!
ほほーん!!
これは、女性たちはどうやらケンちゃんを見ているようだった。
わかる!わかるよ〜こんなにイケメンだもん。
そりゃ見ちゃうよね!
だけどごめんねぇ、この人わたしのお兄ちゃんなの。
微妙なマウンティングをしてほくそ笑む6歳児(中身49歳)ってどうなの。
ケンちゃんはこの視線に気が付いてるのか聞いてみようと、繋いでいる手にギュッと力を入れて引っ張り顔を見上げると、
「なに?あーちゃん、疲れたの?休憩する?」
と優しく声を掛けてくれた。
まあ別にいいかと思い直し、ううん、と首を横に振った。
やっぱりそういわれてみたらちょっと疲れたかも。
このちっこい身体だと体力も少ないのかもしれない。
ちょうどいい感じに木で日陰になっているところにベンチがあり、そこでひと休みすることにした。
「ガイアスさんいなそうだね~」
ゴクゴク喉を鳴らしながら持ってきたお茶を飲み、ポツリと言う。
「さすがに変身したこの姿ではガイアスさんも気が付かないと思いますよ。
いつもの“師匠らしさ”は、今日はちょっとお休み中で、どこから見ても”可愛らしい女の子”ですし。
ただ......ふふ......ふふふ、すみません。先ほどお店回ってる時に師匠が”あら、意外と良心的なお値段ね”っておっしゃっていて、見た目との違和感が面白くて、僕は笑いをこらえるのが少々大変でした」
また思い出したのか、必死に笑いを堪えているケンちゃんはなんだか楽しそうだ。
そっか。そういえば変装して町に行くつもりと濁したんだった。
どういう反応されるのか読めなくて、変身できるなんて言えなかった。
まだ、笑いを堪えているケンちゃんを横目に見ながら、そんなこと口走っていたかなと思う。
完全に無意識だ。時々漏れるおばちゃん感は隠しきれなかった。
でもなんだかんだ、ケンちゃんが楽しそうだからいっか。
「じゃあ、最後はケンちゃんのお目当ての本屋さんに行って帰ろっか!」
そして、お目当ての本屋さんを見つけ中に入った瞬間、ケンちゃんの目がキラキラし始めた。
本当に本が好きなんだねぇ。
完全にスイッチが入っている。
まあ、好きにしてていいけどね!
私ものんびり歩き、ぐるりと店内を見渡していると、恰幅の良いおじさんが声をかけてくれた。
「おや、可愛いお嬢ちゃん。誰と来たのかな?
何かお探しかい?」
「えっと......お兄ちゃんと一緒に来たんだけど、わたし、文字がまだ読めなくて。いまお勉強中なの」
......最近サボり気味だけどね。
そう言うと、おじさんはにっこり笑って「ちょっと待っててね」と奥へ引っ込んだ。
そして持ってきてくれたのは——
大きな文字。
わかりやすくカラフルな挿絵。
どこからどう見ても、子ども向けの入門書だった。
ていうか、これ本当に子ども向けだわ。
でも今の私は超初心者だから、ある意味完璧なチョイスかもしれない。
「これがね、一番わかりやすいって評判なんだよ!文字を覚え始める子にはぴったりだよ」
「......ありがとうございます!」
満面の笑みのおじさんに、満面の笑みで受け取る。
そして。
ゆっくりと。
ギギギギギ......と首を横に回した。
ケンちゃんはちょうど棚から本を取り出したところで、視線に気がついてこちらを向いた。
私は目だけで、全力で語りかけた。
ねえケンちゃん。
聞こえる?聞こえてる?
「風の気配」。
「水の影」。
「音のない音」。
あれ、初心者向けって言ってたの誰だっけ?
これだよケンちゃん。
これが本物の初心者向けだよ。
見て、この大きな文字。
見て、このわかりやすいカラフルな挿絵。
なんで最初からこれを出してくれなかったのかな?
なんでかな?ケンちゃん?
ただならぬ私の気迫は伝わったらしいケンちゃんが慌てて寄ってくる。
そして私の手にある本を見て全てを察したようだった。
ケンちゃんはしばらく私の目を真剣に見ていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「......あーちゃん、その本は赤ちゃんが読む本だよ?」
赤ちゃんがって、そんなわけあるかい!
が、ケンちゃんのまさかの返しに笑いが込み上げてくる。
おかしいとずっと思ってたんだよね、難しすぎたもんね!
とにかく!帰ったら覚えとけよ〜、ケンちゃん!
仁王立ちした私は、ケンちゃんに向かって本を突き出した。
「お兄ちゃん。これ買って!」
「......はい」
ケンちゃんは静かにその本を私の手から取り、お会計へと向かった。
やっぱりあったね、入門書♩




