50 スパルタ過教育
それから、幾度となくあの森に訓練に行った。
初日こそビビり倒していたけど、慣れてくると、みとたちが"下級だ"と言っていたのも頷けるなって思う。
攻撃がワンパターンしかないからだ。
それでも毎度毎度、疲労感がすごいのは単に、森への往復に体力の半分を持っていかれるから。
近くに見えて、結構遠いんだよね、あの森!
ケンちゃんは、それはそれは素晴らしいですよ。
言わずもがなですよ。
でもあえて言ってしまうと、頭の回転が速いでしょ、
それから耳が良いのか、音で何が現れるのか判断してるよね。
魔物が現れてから、魔法を起動させるまでの瞬発力がめちゃくちゃ速い。
そして、なんと言っても師匠に優しい!師匠ファーストがすごい!
この歳になって、男の子に庇われる経験ができるなんて!ケンちゃんが王子様に見えてくるね。
ありがとう、私の王子様。
――そんな事を考えながらニマニマしていたら。
「......師匠......師匠!聞こえてますか?」
「は、はい!今聞こえはじめました!」
「師匠、さっきから呼んでいたんですが、どうも反応がなくて。あ、今ようやく聞こえはじめたんですね、よかった!
えっと、それでですね、今、聖獣たちと少し相談といいますか、意見交換といいますか。まあ話し合いをしていたのですが。その結果として、まだ雷と火属性の魔法を試していないという、ある意味重大な......いえ、重大というほどではないかもしれませんが、でも無視できない問題がありまして。それで、次は炎での攻撃を試してみてはどうかと」
ケンちゃんの説明が長いのはそういう仕様だからいいとして。
そういえば、と思う。
確かに、水、風、土はだいぶ経験してきた。
雷って最上級者っぽい雰囲気あるし、炎のがいいかも。
炎かぁ、燃えないかな?山火事が心配だなぁ。
燃えたらケンちゃんに消して貰えばいっかぁ。
勝手に、うん、そうしよう、と納得して。
「じゃあ次は炎の魔法やっちゃいますか!」
なんとも軽いノリで返事をしたのだった。
――そしてまた森へ。
犬モンたちに連れて来られたのは、いつもの森の入り口とは違うところ。
入り口から少し歩いたところで止まった。
森というか、木々に囲まれてはいるが、ここは草原といっても良い感じの場所だった。
膝下くらいの草が生えているものの、そこそこ見晴らしが良い。
木の陰に隠れるように、草原を見つめる。
ここには何が出るんだろう......
正直、ビビっている。そりゃそうだ、もうすぐ50歳のおばさんなんだから。
50歳にしてはよくやっているよね、私?
「さぁて、何が出るのかな?かかって来なさい!」
ちょっと声がうわずったけど、気合いを入れて頬を叩く。
昨夜からずっと、ケンちゃんと魔法のシュミレーションを繰り返したから、イメージトレーニングは完璧なはず。
みとたちは案外スパルタで、どんな魔物が出るのか事前に教えてくれない。
教えてくれたら心の準備ができるのに、ケチめ。
ケチケチドケチ〜と心の中で悪態をついていると、
みとがこっちを見てフンと鼻を鳴らした。
ん?バレてる?
その時、草原に、ふっと影が落ちた。
最初は雲かと思った。
でも、影はゆっくりと形を変えながら――
私たちの真上を覆い隠すように広がっていく。
「......来るぞ」
みとの低い声が、空気を引き締めた。
その瞬間。
グワァァァァァッン!!
大気が圧し潰されるような衝撃音が響き、巨大な影が太陽を遮った。
見上げた私の目に飛び込んできたのは、炎をまとった翼。
翼の先端から発火し、羽ばたくたびに熱の閃きが散る。
空気が焼けるほどの炎の軌跡を引きながら飛んでいた。
「な、なにあれ......!?え、燃えてる!?鳥が燃えてるよ!!?」
私の叫びなんて無視するように、その魔物はゆっくりと旋回しながら高度を下げてくる。
炎の尾を引きながら、空気を震わせるほどの熱風を巻き起こし――
焔鷹が姿を現した。
鋭い灼熱の眼。
黒曜石みたいなクチバシ。
そして、翼の縁が赤く光り、
羽ばたくたびに熱が押し寄せてくる。
「ギャアアアアアッ!!」
咆哮とともに、辺り一面に乾いた草が焦げたような匂いが、風に乗って流れてきた。
あおさがまるで口笛を吹くように言った。
「へえ......こいつは中々の大物だな!」
みとは目を細める。
「こいつは火属性だ。炎を使った攻撃が来るぞ。風属性でもあるからな。麻美、油断するなよ」
「油断するなって言われても......
あれ絶対、油断とか関係なく危ないやつじゃん!!
もうね、こんなの山火事レベルだから」
その時、ケンちゃんが一歩前に出た。
その横顔は、いつもより少しだけ強気でやる気に満ちていて――
「......師匠。まずは僕がやってみます」
止める間もなく、ケンちゃんは両手を構えた。
上空のフレアホークが、炎の尾を引きながら急降下してくる。
風が熱を帯び、背の高い草の先が燃えて揺れ落ちる。
そして、ケンちゃんの声が響いた。
「”アレビ・ナール(炎弾)”!!」
炎の弾がいくつも生まれ、フレアホークへ向かっていったかと思った瞬間――
フレアホークが上空で大きく羽ばたいた。
その風が、ケンちゃんの炎の弾を横へ流してしまう。
「......っ!!!」
ケンちゃんが風魔法で制御しようとしたが、
炎の弾は羽ばたきによる暴風に煽られ、木々の方へ飛んでいった。
バシュッ!!バシュッ!!
いくつかの弾が乾いた枝に当たった瞬間、火が一気に燃え上がる。
「危ないっ!」
木が爆ぜるように破裂し、火の粉が四方に散った。
ケンちゃんの背中に向かって、燃え落ちた枝の破片が飛んでくる。
私は反射的にケンちゃんに向かって飛び込んでいた。
ドンッ!
ケンちゃんを抱き寄せて押し倒した、その直後。
腕に鋭い衝撃と熱が走った。
「っ......!」
じりじりとした痛みが腕から肩へと広がり、思わず息が漏れた。
ケンちゃんが蒼白になって起き上がった。
「し、師匠!?すみません......僕......僕......!」
「だ、大丈夫......!ちょっと欠片がぶつかって熱かっただけ......!」
「ちょっとじゃありません!腕が......腕が...... ああそうだ、すぐに回復薬を!!」
ケンちゃんは、先日採取した薬草で作った回復薬を慌てて取り出し、
震える手で私の腕に振りかけた。
ひんやりとした液体が触れた瞬間、
焼けつくような痛みがすうっと引いていく。
皮膚がゆっくりと再生していくのがわかる。
赤黒かった部分が薄くなり、やがて普通の肌色に近づいていく――
......でも、完全には戻らなかった。
赤く抉れたような痕が、腕に残っていた。
ケンちゃんが息を呑む。
「......治りきってない......僕のせいで......」
「ち、違うってば。これくらい、すぐ薄くなって消えるよ」
「でも......でも......!」
ケンちゃんの声が震えている。
私はそっと笑って、
その小さな頭をぽんと撫でた。
「ほら、落ち着いて。こんなのは大したことないよ!
それよりまずはアイツをどうにかしないと!羽ばたきで攻撃が返されちゃうから作戦を変えないとだね」
ケンちゃんは唇を噛みしめたまま、
悔しそうに私の腕から目を離せないでいた。
なかなかの敵が出たね




