44 ナチュラル忖度
「人ってさ~、魚の首はこうやって簡単に落とせるのに、
どうして動物になると急にできなくなるんだろうね~?」
そう言いながらザシュ、と迷いなくエラの脇に刃を入れ頭を落とした。
少し前に家に戻り、キッチンで釣ってきた魚を捌いている。
何気なくこぼした私のひとことに、ケンちゃんが少し考えてから口を開いた。
「それは......、いくつか理由が考えられます」
......いくつか。
これは来ますよ。
ケンちゃんの十八番が。
「まず一つ目は、“見た目の類似性”かと。
魚は人と形態が大きく異なりますが、動物は四肢や顔の構造、目の位置など、人に近い特徴を持つものが多いですよね。そのため、無意識に“自分に近い存在”として認識しやすく、感情移入が起こりやすいのだと思います」
「なるほど、似ているか......」
「二つ目は、“表情の読み取りやすさ”です。
動物は、目の動きや耳、しっぽ、体の動きなどで感情がある程度推測できます。
一方、魚は表情の変化がほとんど分かりません。
つまり、相手の感情が読み取れるほど、ためらいが生じやすくなるのではないでしょうか」
「たしかに、犬モンたちの表情はめちゃくちゃ分かりやすいかも......」
「三つ目は、“接する時間の長さ”です。
動物は、飼育したり、一緒に暮らしたりすることで関係性が生まれます。
魚は基本、水の中にいます。距離があるほど、割り切りやすいのです。
同じ命でも、出会い方と関わり方で、心理的な距離が変わるのだと思います」
......なんか、私の何気ないひとことから、論文みたいな答えが返ってきたんだけど。
「まとめると、“見た目の近さ”“感情の読み取りやすさ”“関係性の有無”の三点が、師匠の感覚に影響しているのではないかと、僕は推測します」
「ハイ!先生、ヨクワカリマシタ!」
思わず敬礼しながら言うと、ケンちゃんはちょっと満足そうだった。
ケンちゃんて、しっかりしてるよね。ホントに10歳?
中身25歳くらいの社会人入ってない?
そんなことを考えながらも、私は手を止めずに魚を処理していく。
今日の大漁っぷりを思えば、今夜どころか数日は魚料理が続くのは確定だ。
父の趣味が釣りだったおかげで、子どもの頃から三枚おろしは慣れたものだった。
この世界に来てからも、こういう“生活スキル”だけはちゃんと役に立つ。
ありがとう、私に色々仕込んでくれた父に感謝です。
ちなみにこの家、冷蔵庫みたいな扉付きの箱がある。
どういう原理で冷えてるのか、いまだに謎。
誰かに聞きたいけど......そもそも聞く相手がいないのが問題だ。
どこかにサポートセンターなんて......ないよね?
釣り勝負は、最終的に私の勝利で幕を閉じた。
いや、勝った......ことにはなっているけど、あれは絶対に忖度入ってたよね。
だって、ケンちゃんに魚が掛かるたびに私が、
「やっぱり魚も釣られるなら若い子がいいのかなぁ、ね?ケンちゃん、ね!」
とか無駄に絡むもんだから、明らかに変なタイミングで竿を上げてたし。
......え、もしかして魚がエサに食いつくのを避けてた?
そんな芸当できる?
もしそうならうちの弟子、こわすぎる......。
「やっぱり師匠には勝てませんね!」
って満面の笑みで言われた時の、あの妙な敗北感。
勝ったのに負けた気がするってどういうことなの。
そんなわちゃわちゃした思考を手のひらで払い落とし、料理を並べていく。
今夜は、魚に小麦粉をまぶして揚げたフリット。
ついでに野菜も素揚げした。
シンプルに塩とスパイスでいただく。
スープは干し肉と飴色玉ねぎ。
定番になりつつある組み合わせ。
そしてパンを添えて......、完成だ。
ちなみに犬モンたちには茹で魚をほぐしてあげた。
......カリカリのドッグフードって、便利だったんだなぁとしみじみ思う。
ケンちゃんはお気に入りのスープを見て、ふわっと顔を綻ばせた。
こういう表情が自然に出るようになったのが、本当に嬉しい。
食レポは相変わらずでお腹いっぱいになるけどね!
食後、ソファでお茶を飲みながらケンちゃんに話しかける。
「次はどんな魔法の訓練がいいと思う?やりたいのある?」
「そうですね......。この家の周りには魔物は出ませんが、書物によれば、この国では魔物による被害は決して少なくなさそうです。ですから、いざという時のために、攻撃や防御の魔法をもっと鍛えておくべきかと。いつ魔物が来るかも分かりませんし......僕は“書物に記されていた範囲”だけしか知らないのですが。その、僕は......そういった情報を、人づてに聞く機会がほとんどありませんでしたし......ですので、万が一に備えるという意味でも......」
ケンちゃんがもにょもにょ言っている。ケンちゃんにとってナイーブなところなのがわかる。
ん?ちょっと待って、今なんて言った!?
「えっ、魔物が来る可能性あるの!?それってヤバくない?
えーーーっ、どうしよう!よく今まで無事だったね!?」
頭の中で勝手にドラゴンが家に火を吹き、ゴブリンが窓を叩く映像が再生されて身震いする。
ちょっと、待って、マジで怖すぎる。絶体絶命のイメージしかわかない。
――その時だった。
「大丈夫だろ。ここには結界張ったからな!」
......。
......え?
今の声、誰?
ケンちゃんを見ると、そっと首を横に振る。
「あーあ、あおさってば、ついにしゃべっちゃったよ」
「いや、もう別にいいんじゃないの?
わふっとか言うの、若干めんどくさくなってきてたしぃ」
......。
「えっ?えぇっ!?えええええええええええぇ!!」
驚きすぎて、想定外に大声が出たよね。
魚だってどうせ釣られるならやっぱり若い子がいいよね!




