41 着火マン
朝からケンちゃんが小枝を飛ばしているのを横目で見ながら、私はふと思った。
――そろそろ、次のステップに進まないとだよなぁ。
魔法の手引書なんてのがあればいいのに。
完全に私のオリジナル過ぎて、あってるのか間違ってるのかすらわかんないわ。
それでなくても、ケンちゃんは隙あらば訓練しているし、それ以外の時間は薬学書を読み込んでいるし、
努力家すぎて、師匠としては嬉しい反面、
「私も何かやらなきゃ......」という謎の焦りが生まれてくるよね。
語学テキスト......そういやどこに置いたっけ?あれから全然開いてないや......。
そんな自分をごまかすように、
私はケンちゃんに話しかける。
「ねえケンちゃん。そろそろ違う魔法の訓練をやってみない?」
訓練から戻っていたケンちゃんは、読んでいた薬学書から顔を上げる。
その瞳が“次は何を学べるんですか”と期待でいっぱいになっている。
「次は、もう一歩進んだ攻撃系の魔法なんてどうかなって。いざという時に身を守れるようなの。
私もケンちゃんや自分の身を守れるようになりたいんだよね」
初めてケンちゃんと会った森のことを思い出す。
あの時は運良く大型の虫の魔物を倒せたけど、
あれが虫じゃなかったら、ぶっちゃけヤバかった。
だから、これは本気で必要だと思う。
「攻撃系って言ったら、やっぱり炎かなぁ......」
娘が読んでた漫画の主人公、めちゃくちゃカッコよかったし......
でも、炎と聞くと、
なんかこう......家や森が燃える未来がよぎる。
「うん、やっぱり炎はやめよう。欲張っちゃいけない。
まずは軽く“火を出す訓練”からにしようか。
小さく、そっと、ね」
小さな火でどうやって魔物を倒すかは置いといて、初心者らしく先ずは"火を出すこと"。そう決めて、私たちは恒例の青空教室を開くことにした。
「よーし、今度はこのロウソクに火をつけてみよう!
指先にそっと灯るような小さな火をイメージしてやってみてね」
私はそう言って、まずはお手本を見せる。
指先をロウソクに近づけ、イメージを集中させる。
ぱっと、小さな灯がともった。
ロウソクに火をつけるのは数えきれないくらいやってきてるから、イメージは完璧だ。
......まあ、ライターを使ってだけどね。
ケンちゃんが不思議そうに首をかしげる。
「師匠、今日は呪文を言わないのですか?」
「あっ......あれ? 言ってない?そういえばそうだね......なんか火がつくイメージが強くて、
“これは絶対つくわ”って思ったからかな?
言われてみれば、勝手についたね......」
私は自分の指先を見つめる。
「......あれ、私、呪文いらないのか?」
ケンちゃんが、真剣に観察するような目で私を見る。
「師匠は、もしかして“無詠唱型”なのでは......?」
「まさか~、そんなカッコいいキャラじゃないと思うよ私。
たまたまイメージが強かったのかも」
私の呪文うんぬんは置いといて、
続いてケンちゃんが挑戦する。
「“アテシュ・チュプラ(弾ける火)”」
ぱちっ。
小さな光が弾けただけで、火はつかなかった。
何度かやるけどうまくいかない。
「ケンちゃん、火だよ、火!パッと燃える火。熱い火!
イメージ、イメージを大切に! イメージだよ!」
私は身振り手振りで“熱い火”を表現してみる。
ケンちゃんは、しばらく黙って考え込んだ。
そして――
頭の中で何かを真剣に考えている、とにかくめっちゃ回転してるのがわかる。
「......なるほど。酸素と熱源と......可燃物の......」
ん、なにか難しいこと考えてる......?
ケンちゃんは深呼吸し、再び呪文を唱えた。
「“アテシュ・ドウウシュ(火の誕生)”」
ぽっ。
ロウソクに、きれいな火が灯った。
「おおおおお!? すごいねケンちゃん!!
今のめっちゃ自然だったよ!!」
ケンちゃんは少し照れながら言った。
「師匠のご指導のおかげです。
“火が燃えるとは何か”を、師匠の説明どおりに――」
ケンちゃんはロウソクの火を見つめたまま、
完全にスイッチの入った顔になった。
くる。
きっとくる。
「火がつく仕組みを、もう一度整理しました。
まず、燃焼とは“急激な酸化反応”です。
可燃物の分子が酸素と結びつき、その際に既存の化学結合が切れ、新しい結合が形成されることで、エネルギーが放出されます」
ほらきた!!
「そしてロウソクの芯は炭素と水素を多く含む有機物です。
これが酸素と反応すると、炭素は二酸化炭素に、水素は水蒸気になります。
その時に生じる結合エネルギーの差が、“光”と“熱”として外に出るのが火です」
「つまり、火をつけるには、
“反応を開始させるための初期エネルギー”が必要です。
魔力でそのエネルギーを与えれば――」
ケンちゃんは指先を見つめ、
まるでそこに“化学分子モデル”でも見えているかのように集中した。
「酸素分子の二重結合を揺らし、
可燃物の炭素鎖に局所的なエネルギーを与えて......
と簡単に言うとこんな感じで、とにかく師匠のご指導のとおりでした」
全然簡単じゃ無かったし、”とにかく”ってまとめた辺りがちょっと微妙に気になるぞ。
ふふん、こちとら大人なんで細かいことは気にしませんよ。
「なんていうか......すごいことやってたんだね〜。
でもね......それ、私が全然アドバイスしてないやつだった」
犬モンたちが、
「うんうん、ケンちゃん自力だったね~」
という顔していた――
くっ、弟子が優秀すぎると師匠がかすむぜ。
くるーきっとくるー




