表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/54

34 ザ、実食

小一時間もしないうちに、カウンターテーブルの上には、


・鶏むね肉の気まぐれオーブン焼き

・ゴロゴロ野菜の気まぐれシチュー

・麻美の気まぐれガーリックスパイストーストとはちみつトースト


が、いい感じに湯気を立てて並んでいた。

私は“パンッ”と手を叩いた。


「はいっ、ではケンちゃん。お手伝いありがとうございました。いざ、実食タイムでーす!」


ケンちゃんは姿勢を正し、まるでなにか儀式でも始めるかのように深呼吸した。


「......はい、ではまずは、鶏むね気まぐれ肉のオーブン焼きからいただきます」


なんか、気まぐれの位置おかしくなかった?

そう思いつつ、私もフォークを口に運ぶ。

ケンちゃんはフォークでひと切れ持ち上げ、口に入れた......瞬間、


「師匠、師匠。

この鶏むね肉......ただの鶏肉ではありませんでした。

まず、表面の焼き色が“沈みゆく陽が最後に残した温度の記憶”のようです。

橙と金が静かに混ざり合い、世界が夜へ移る直前の“境界の揺らぎ”がここにあるように感じます。

そして香りは、まるで“森の奥で風が一度だけ揺らした草の気配”のような......

そして噛んだ瞬間、繊維が“静かにほどけていく”んです。

これは、肉が持つ“内側の構造”が、抵抗をやめて素直に開いていく時の挙動ではないでしょうか。

まるで“存在そのものが輪郭を見せ始める”ような」


「輪郭!? 鶏の輪郭ってなに!?鶏のお頭のこと!?」


頭には、”コケコッコー!!”と鳴くニワトリが浮かんだ。

ケンちゃんは、いつになく、間違いないという顔で。


「はい、師匠。

生き物にはそれぞれ“存在の輪郭”があります。

本来は調理で失われがちなその輪郭が......

師匠の火加減によって、むしろ際立っています。

これは、意図してできるものではありません。

“無意識の調整”が働いた結果なのではないでしょうか」


「無意識でそんな輪郭出せるかい!」


......おかしい。なんだか、壮大な話になってきた。

私は、遠い目をし天井を仰ぎ、犬モンたちは、


(また始まった......)


という顔でそっと視線をそらした。


しかし、ケンちゃんの食レポはまだ続く。

そしていつになく饒舌だ。


次にシチューをひと口。

ケンちゃんはそっと目を閉じた。


「......これは“時間”でしょうか」


「時間!?」


時間とな!?なに、なにが出てくるの!


「はい。師匠。

まず、お芋のほっくり感が“午前中の柔らかい光”で、

人参は“午後の少し疲れた空気”をまとっていて、

玉ねぎは......そうですね、“夕暮れの余韻”のような甘さです。

そして全体を包むミルクの優しさが、まるで“今日という一日をそっと抱きしめる手”のようで」


「ちょっと待って、今日一日を抱きしめられたの!?

そんな包容力満載のシチュー作った覚えないんだけど!?」


”包容力満載のシチュー”。すごい破壊力。

私まで何いっちゃってんだ。


「いえいえ、師匠の料理には......“時間の層”が感じられます!」


「そんな大層なもの、私の鍋に入ってないよお!

ほんっと、ケンちゃんって面白いね!!」


ケンちゃんワールドが独特過ぎて可笑しくて涙が出てきた。

そして、最後にトーストをかじった瞬間、

ケンちゃんの目がぱあっと開いた。


「......これは“目覚め”ですね」


「目覚め!?」


回を追うごとにケンちゃんの食レポが強火になってきている。まださほど食べてないのにお腹も胸もいっぱいだ。でも、何が出てくるのか興味もある。


「はい。師匠。

ガーリックの香りが“朝の最初の一歩”のように鋭く、

スパイスが“まだ眠っていた感覚を呼び起こす鐘”のように響きます。

そして、こちらの方は、はちみつの甘さが“夜明け前に残る最後の柔らかい光”みたいに、

全体をそっと丸く包んでくれるんです。

香ばしさの奥に、甘さの“余韻の層”が重なって......

まるで、味がゆっくり目を覚ましていくような......そんな感覚で。

ひと口齧った時のパンのサクッとした音が、“世界が今日も動き始めた”という合図のようですね」


「ちょいちょい、ただのトーストだよ。世界なんて1ミリも動かしてないよ!?」


っていうか、ケンちゃん詩人になれる。

絶対なれると思うんだけど。ポエマーケンちゃん。


「いえ......動いています。

少なくとも、僕の中の世界は......」


「うわ、なんかそれっぽい名言っぽく締めたね!」


ケンちゃん、前から薄々感じていたけど、実はかなり面白い子なんじゃないだろうか。

でも、このままだと、食事が冷めるっちゅうーねん。


「......ケンちゃん、あのさ」


「はい、師匠」


「食事の感想っていうのはね、ケンちゃんみたいなのも、実はかなりクセになってきてるからいいと思うけど......もっとこう“おいしい!”とか“これ好き!”とか、直感で思わず口から出る言葉、

そういうのでも、いいんだと思うなあ!」


ケンちゃんは少し考えたあと、

少し恥ずかしそうな顔で言った。


「はい、師匠。

とてもおいしくて、また食べたいです」


「そうだね!!また一緒に作ろうね!!」


私は笑いながら、

ケンちゃんのお皿にシチューをおかわりしてあげた。


犬モンたちは、

(はいはい、うまくまとまったね......)

という顔で尻尾を振った。




はい、師匠。単なるシチューだっちゅうの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ