33 いい加減?クッキング
変顔第二形態を披露した私に、
ケンちゃんは顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。
「......も、もう......師匠......さすがにそれは反則です......」
その時だった。
ぐぅ~~~~~~~~~~。
静かな部屋に、やけに立派な音が響いた。
私はすかさずケンちゃんを見た。
「......あらあら、ケンちゃん、お腹すいた?」
ケンちゃんは一瞬きょとんとしたあと、
なぜか真剣な表情で首を横に振った。
「いえ、今のは......確実に師匠のお腹の音かと。
理由は三つあります」
「ちょ、ちょっと待って、三つもあるの!?」
ケンちゃんは指を折りながら、淡々と続けた。
「まず一つ目。僕の位置からすると、あの音は師匠のほうから聞こえました。
距離と反響の具合からして、僕のお腹から鳴った音ではありません」
更に指を折りながら、真剣そのものの表情で続ける。
「二つ目。僕はさっきまで緊張していて、胃がきゅっとしていたので......
正直、鳴るほど余裕がありませんでした。むしろ、鳴るなら師匠のほうが自然かなと」
「ちょ、ちょっとケンちゃん、もうおやめになって......?」
「三つ目。師匠はさっき“笑いすぎてお腹痛い”と言っていましたよね。
腹筋が刺激された直後は、消化管の動きが一時的に活発になることがあって......
つまり、タイミング的にも師匠のお腹が鳴る条件が揃っていたと考えられます」
「......。」
さらに追い打ちをかけるように、ケンちゃんはピシッと結論を述べた。
「以上の三点から、今の音は......ほぼ確実に師匠のお腹の音だと判断しました」
「わ、わかった! はい! 今のは確実に私のお腹の音でした!すみませんでした!!」
”人のせいにするからだよ”というかのような犬モンたちの視線が痛い。
私は顔を覆いながら、なんとか話題を変えた。
「......もう!はいはい。じゃあ、今日は一緒にご飯作ってみようか。
ケンちゃん、お手伝いしてくれる?」
ケンちゃんは、さっきまでの分析モードが嘘のように、
ふっと柔らかく笑った。
「はい、師匠。よろしくお願いします」
「『麻美とケンちゃんの気まぐれクッキング』タラッタタッタッタ♩タラッタタッタッタ〜♩
さあて、今日のメニューは、ゴロゴロ野菜の気まぐれシチューと、鶏むね肉の気まぐれオーブン焼き、それから気まぐれトーストでーす」
ご機嫌に歌い出した私を、ケンちゃんはそっと静かに見守っている。
"全部気まぐれじゃんか"
犬モンたちは呆れ顔をしてたりしてなかったり。
「ではケンちゃん、このお野菜を綺麗にしてあげてくださ〜い。
そうそうそう、そのへん適当にシャッシャッと洗って、そしたら皮をチャチャッとむいて、
で、こう、ザクッ!って感じで切っちゃって。
ほら見て、こんくらい。こんくらいでいいの。
包丁はね、こう、ガッと掴んで、スッと上からいって、バンッ!て。そうそうそうそう!できるじゃん!うまいじゃん!さすがケンちゃん、天才じゃん!」
ケンちゃんは包丁を持ったまま、ふと真剣な顔になる。
「師匠……ひとつ確認したいのですか、お芋はいくつ必要でしょうか?
この“お芋の必要数”というのは、単に量の問題ではなく、料理全体の“重心”をどこに置くかという、
いわば料理の世界観そのものに関わる重大な要素だと思いまして。
お芋が多ければ大地の力強さが前面に出ますし、少なければ他の野菜がより繊細に響くといいますか……」
「えーと、2、3個......4個?いい感じの量になるまでかな」
「……承知しました。では次に、この人参と玉ねぎの切り方ですが。
形状が統一されていないということは、それぞれの野菜が“異なる時間軸”で調理されていくということでして、加熱によって柔らかくなる速度が違うのはもちろん、食べた瞬間に感じる“物体の密度”が変わってしまうのです。つまり、これは単なる調理工程ではなく、“食感という名の時間経過速度”をどう構築するかという問題で……」
ケンちゃんが、なんかまた難しいこといい始めた。
だって、さっきスイッチ入った音がしたもん。
「んーと、時間差で順番に入れていくから、ザクっとでだいじょうぶ」
「……なるほど、ザクッと……。では火加減について、少しだけ。
この強火状態は、食材の内部に潜む水分が一気に解放され、その蒸気が鍋の中で“対流の渦”を生み出すことで、味の層が複雑に絡み合う可能性があると思います。
ただ同時に、焦げ付きという“破滅の兆し”も孕んでおり、この両極のバランスをどう取るかが……」
出た!!”渦”。ケンちゃん絶対"渦"好きだよね?
私は若干"渦"がトラウマですよ!
「音だよ、音!音を聞いてたら、いい感じかどうかわかるから、音で判断するの。
あと、見た目。あーいい感じ、ってのは見ればわかるから。
味付けはね、こうしてこのオイルをグルグルっと、のの字を書くように入れたら、
一握りの塩をパッといれて、はちみつで甘みを足して、最後にミルクを加えてっと......
あとは、このスパイスを足して。
お、うん、いい感じ!」
「……音ですか。そしていい感じの見た目......。えっと、では味付けについてですが……
師匠が今ほんの一瞬舌に触れただけで判断されたその行為は、単なる味覚ではなく、
“料理の未来を予見する直感的洞察”に近いものでしょうか。
塩分濃度、旨味、香りの立ち方、それらがまだ完全に融合していない段階で、完成形を見通すというのは、熟練された技術の集大成であって、僕にはまだ......」
「うん、あとは軽く煮込んでできあがり!」
思わず、食い気味に言ってしまった。おとな気ない。
ーーじゃあ、次は鶏むね肉のオーブン焼きだけど、ーー
****
この気まぐれクッキング、どう頑張っても放送事故にしかならないので、詳細はそっと割愛します。
麻美、いい感じ!しか言ってないじゃん。




