31 そもそも感性が違います
「――さてと。」
リビングのソファに並んで腰を落ち着けると、私はケンちゃんに向き直った。
「ところで、ケンちゃんはどうやって、みー君を手懐けたの?」
しばらく時間はかかっていたようだけど、怯える事なく、自分の魔力と向き合えていたように見えた。
「僕は......師匠のご指導を参考にさせていただき、まず身体中を巡るものを、
得体の知れないものとしてではなく、“自分の中にずっとあった命の流れ”だと受け入れるようにしました。
最初は、その流れがどこから生まれて、どう動いているのか、まったく掴めなくて......ただ、身体中を覆うようなドロっとした黒い膜みたいなものに感じてて、怖くて。
でも、呼吸をゆっくり整えていくと――その膜の奥に、かすかに震える“灰色の熱の揺らぎ”みたいなものに、ふっと感じる瞬間があって。
それで、やはり.....これは“外から押し寄せてくる何か”じゃなくて、
“僕と一緒に生きてくれている存在”なんだと意識するようにしたんです。
血の流れとか、心臓の鼓動とか、そういうものと同じで......僕の中でずっとそこにいたのに、ただ僕が気づいていなかっただけなんだって。
そう思うと、ほんの少しだけ怖さが薄れて......でも、その......存在を認めるという事はできたのですが、強く感じようとすると急に熱くなったり、勢いが激しくなったりして......まだ全然、うまく扱えているわけではありません。」
......長い。
うん、とりあえず私のアドバイスは全然採用されてないかな。
完全に、ケンちゃんのオリジナル。1ミリもみー君要素が入ってない。
「......なるほどね!やっぱりそうだったんだね。」
なにが、”やっぱり”だ。
「じゃあ次のステップだけど、ケンちゃんは普段から落ち着いていて、とても一定なんだよね。
それはきっと、本能的な身を守る術だったのかもしれないけど。
なのでこれから、私はケンちゃんをちょっとずつ揺さぶることを――まあ、いろいろやっていきます!
ケンちゃんは、感情の揺れでみー君が不機嫌にならないように、深呼吸とか、精神統一とか?自分なりの工夫でやり過ごしてください。わかった?」
あくまでこちらはみー君推しだ、コンニャロめ。
「はい......やってみます」
「――ではいきます。」
私はソファの上で姿勢を正し、ケンちゃんの正面に向き直った。
ケンちゃんは緊張したように背筋を伸ばす。
犬モンたちは、さり気なく私たちを囲むように、ソファに寝そべっている。
「ケンちゃん、準備はいい?」
「は、はい......!」
「よし。じゃあまずは――」
私は、にっこりと笑った。
「ケンちゃんってさ、褒められるとすぐ耳が赤くなるよね?かわいいね!」
「っ......!?」
ケンちゃんの肩がビクッと跳ねた。
その周りの空気が“ぴしっ”と一瞬震えるように揺れた。
お、揺れた揺れた。いいぞいいぞ。
「か、かわいい......?そうですか?赤く?そんな......ことは......」
ケンちゃんは耳を押さえながら、視線を泳がせている。
犬モンたちは、ピクッと耳を動かして“あ、これは来るぞ”という顔。
「ほらほら、また赤くなってる。かわいいなあ〜ケンちゃん」
「っっっ!!?」
バチッ......!灰色の揺らぎがぱちっと弾け、熱を持った空気がかすかに広がる。
でも、さっきみたいに大きく広がるほどじゃない。
ケンちゃんが必死に押さえ込んでいるのがわかる。
「......っ......だ、大丈夫です......!
深呼吸......深呼吸......」
ケンちゃんは胸に手を当て、震える息を整え始めた。
おお......ちゃんと抑えてる......!
「すごいじゃん。いいね、その調子。そのまま、呼吸をゆっくり......」
私は優しく声をかける。
ケンちゃんの魔力の揺れが、少しずつ静まっていく。
灰色の気配がふわりと静まり、空気のざわめきがすっと消えていった。
「......ふぅ......できました......師匠......!」
「できたね!すごいよケンちゃん!さすがだね!」
「っ......!」
また耳が赤くなる。
でも、今度は魔力が揺らがない。
よし、これは大きな一歩だ......!
私は満足げに頷いた。
「じゃあ次は――もうちょっと強めに揺さぶるよ?」
ケンちゃんは一瞬だけ固まった。
「つ、強め......?」
「うん。だってケンちゃん、これはまだまだ序の口です!世の中は刺激が強いからね。
たくさん練習しておかないと。だから、私が“安全な揺さぶり”をたっぷり提供します!」
脅かしたいわけじゃないけど、まあ、世間のほうがよっぽど容赦ないからね。
ずっとこのまま二人で穏やかに暮らす、なんてわけにもいかないだろうし......。
ケンちゃんは、緊張と覚悟が混ざった顔で、こくりと頷いた。
「......お願いします。僕、もっと強くなりたいので」
その目は真剣だった。
前に進もうとする光が宿っている。
よし......じゃあ次は、ちょっと“意表を突いた”揺さぶりを入れようかな。
私は、ケンちゃんの目をまっすぐ見つめた。
「じゃあケンちゃん――」
口を開きかけたところで、ケンちゃんの喉がごくりと鳴った。
「次の揺さぶり、いくよ」
もったいぶった言い方をして、私は息を吸い込み、次の瞬間。
ぷくーっ。
頬と鼻を思いきり膨らませ、寄り目にし、両手で自分の耳をぐいっと引っ張った。
「えっ......!?!?!?」
ケンちゃんの思考が一瞬で止まったように固まる。
周りの空気がびくんと震え、灰色をした熱の波が強く跳ねた。
犬モンたちが「はっ......?」と一斉に顔を上げる。
「なっ!?......む、無理です......! いけませんっ......!師匠......そのお顔は、理が乱れます......!」
ちょ、ちょっと!? 変顔で理が乱れるって何!?
そのコメントにこっちが動揺しかける。
ケンちゃんの耳が一瞬で真っ赤になり、灰色で熱をもった空気の揺らぎが強くなる。
「ケンちゃん、ほら!深呼吸でしょ!整えて、みー君を抑えて!」
そう言いながらも、追い討ちをかけるように耳を引っ張ってピコピコさせてみる。
「む、無理......いえ......は、はい......っ......!」
揺らぎがまだ震えているけれど、ケンちゃんは必死に呼吸を整えようとする。
何度も深呼吸を繰り返して。
やがて灰色の気配がしゅんと沈み、空気の揺れが静かに消えていった。
「......おさまりました......師匠......
ですが......あれは、精神の均衡を試すには強度が高すぎました......」
ケンちゃんは、フゥっと短く息を吐き出した。
どうやら無事に抑え込みに成功したらしい。
よく頑張りました。
しかし、そんな肩で呼吸するほどかね?
それはそれで、複雑。
精神の均衡を乱すレベルの変顔




