29 概念を超えていけ
私は顔を上げ、ちょっと悪い顔でケンちゃんを見た。
こうなったら同じ辛さを教えてあげよう。
ムヒヒヒヒ。いたずら心に火が着く。
「一旦ストップ。今度は......私が私の使ってきた文字を教える側に回るね。
ケンちゃん、私の使ってきた日本語の“あ”はね、こう書くの!」
紙を引き寄せ、勢いよくペンを走らせる。
ぐるっ......ぴょっ。
「はい、これが“あ”!!」
ケンちゃんは紙をじっと見つめた。
その目は、まるで魔法書の古代文字を解析するときのような、そんな真剣な目だ。
「......これは"渦"でしょうか?」
「渦じゃないよ!? ひらがなっていうんだよ!!」
「ひら......がな......?」
ケンちゃんはさらに紙を凝視し、眉を寄せた。
「師匠、この“あ”は、とても力強いですね。
中心に向かって吸い込まれるような、確かな意思を感じます」
「意思!? 文字に意思!? いや、ないよ!!」
「ですが......この“ぐるっとして伸びる”というのは......風の流れ......?まるで“風の気配”がそこにあるような」
「出たよ風の気配!! なんでも気配にするのやめて!!」
犬モンたちは、そっと距離を取りながらこちらを見ている。
“また始まった”どころか、“これは長引くな”の顔だ。
ケンちゃんは真剣そのものの表情で、私の書いた“あ”を指差した。
「師匠、この文字は.“あ”と読むのですか?」
「そうだよ! “あ”だよ!!」
「なるほど。“あ”とは、どういう概念なのでしょうか?」
「概念じゃないよ!? 音だよ!!」
「音......の、概念......?」
「概念じゃないって言ってるでしょ~に!」
私は再びカウンターに突っ伏した。
ケンちゃんは、そんな私の肩にそっと手を置き、
”その気持ちわかります”というかのように気遣いながらそっと優しく言った。
「師匠、大丈夫です。僕も“あ”の概念、きっと理解できるようにしてみせます」
「だから概念じゃないんだってばぁぁぁ!!」
犬モンたちは、完全に寝たふりを始めた。
麻美、返り討ちに合うの巻




