28 文字とは心の在り方
修行を開始してから数日が経った。
ミミズのみー君はその後どうなったかと言うと――
ケンちゃんは見事にお友達になった。
......ただし、“ミミズのみー君”とは言わなかったけど。
ケンちゃん曰く、
「師匠の喩えを聞いたら、得体の知れない怖いものという恐怖心が薄れました......」
とのことだ。
やっぱり私、グッジョブじゃない?
とはいえ、まだ魔力コントロールができるようになったわけではない。
ようやく“自分の魔力と向き合う”という入口に立てたレベルだ。
呼吸を整え、自分の魔力を感じることに怯えなくなった。
そもそも、私がかけたラップ効果で、だいぶ魔力は抑えられていると思われる。
そして、一緒に練習しているうちに、私自身も以前より“体内を巡る力”を強く感じられるようになってきた。なんというか......血流の奥に、もう一つ別の流れがあるような、不思議な感覚。
そんな真面目モードの私だけど、今何をしているかというと――
語学勉強中だ。
......つまり、全然集中していない。
「あ〜〜、わかんない!
わかんなすぎて、わかんないこともわかんない!っていうこの状況わかる?」
逆ギレ。アラフィフのみっともない逆ギレ。
それは、わかる。
そもそも、文字っていうなら、漢字とかアルファベットとかさ、形を成そうよ。
いや、形はあるのかもしれないけど......なんなのこの統一感のなさ。
丸なのか四角なのかわからないものに毛が生えてたり、齧られてたり。
“文字”っていうより、“虫の足跡”とか“誰かの落書き”とか、そういう方向性じゃない?
「これを読めるケンちゃん、すごくない?
いや、すごいよね?
ねえ、”僕すごいんです”って言ってみて?」
ケンちゃんは、私の逆ギレを見て少し困ったように微笑んだ。
「師匠......これはですね......まず“形”ではなく“概念”として捉えるのが大切なのです」
概念。
出たよ、概念。
「この文字は“丸い”とか“角ばっている”とか、そういう形の話ではなくて......“意味の方向性”が示されているといいますか......。たとえばこの文字は、“風が吹き抜ける時の気配”を表していて......」
「気配!?」
「はい。気配です。風そのものではなく、風が“通ったあとの余韻”のような......」
余韻て何。
文字に余韻て何。
「そしてこちらの文字は、“水が静かに揺れる時の影”を表していて......」
「影!? 水の影!? それ文字で表す必要ある!?」
「あります。とても大切です。影が揺れるということは、そこに“存在がある”という証明になりますので......」
「証明!? 文字で証明!? いやいやいやいや!」
ケンちゃんは真剣そのものだ。
読書家の目がキラキラしている。
完全にスイッチが入っている。
「さらに、この文字は“音のない音”を表していまして......」
「音のない音って何!? もう哲学じゃん!!」
「......哲学?これは世界の“理”に触れるような話でして、つまり世界の“根源的な振動”といいますか......」
「振動!? 文字で振動!? ちょっと待って、私まだ“あいうえお”レベルもわかってないんだけど!?」
犬モンたちは、私の背後でそっと視線をそらしている。
“また始まった......”の空気が漂う。
ケンちゃんは、私の混乱に気づいているのかいないのか、さらに丁寧に説明を続ける。
「大丈夫です。焦らなくていいんです。まずは“風の気配”と“水の影”と“音のない音”の違いを感じ取るところから始めましょう」
「いや無理だよ!? その三択、初心者に出す問題じゃないよ!? もっとこう......口を大きく開けたら”あ”横にひらいたら”い”みたいなやつないの!?」
「口......ですか? ええと......この世界の文字は“口の形”ではなく、“心の向き”で変化しますので......」
「心の向き!? なんで文字に心が関係してくるの!? 口でいいじゃん口で!!」
「いえ......“口の形で意味が変わる”という発想が、そもそも存在しないのです......」
「存在しない!! だからその“存在しない”がわかんないんだってば!!」
私はついにカウンターに突っ伏した。
ケンちゃんは、そんな私の背中をそっと撫でながら、優しく言った。
「大丈夫です。ゆっくりでいいんです。僕も最初は“風の気配”が“水の影”に見えて混乱しましたから」
「いやケンちゃん、それ混乱の次元が違うんだよ......」
英検より難易度高かったね!




