閑話~言葉の壁~
「ねえ、ケンちゃんはこのレシピ......読める?」
私は木製カードを腕いっぱいに伸ばし、目を細めた。
文字がぼやけるので、遠ざけたり近づけたり、まるで焦点を探す望遠鏡のようだ。
老眼って不便だとつくづく思う。
そういえば、いつだったかな?
「ちょっとこの文章みてくれる?」
そう言って同僚にスマホの画面を眼前に突き出された事があった。
「あ、ちょっと近いかな」
私は彼女の手をぐい〜っと遠ざけた。
なぜならぼやけて見えなかったから。
「そんなに?笑 腕足りる?」
そんな他愛もないやり取りが、ふっと頭に浮かんできて思わず顔が緩む。
ケンちゃんは横から木製のカードを覗き込み、
少し驚いたように目を瞬かせた。
「......師匠、読めないのですか?」
「読めるわけないでしょ!
だってこれ、完全にこの国の言語じゃん!」
ケンちゃんは私の首元へ静かに顔を寄せ、
確認するように一度だけ鼻先をそっと動かした。
「......でも、師匠に与えられた”祝福”は......
言葉をも理解させる“祝福”の香りのはずです」
「言葉をも理解させる“祝福”ねえ......
自分じゃ全然わからないや。
それにしてもケンちゃんは本当に物知りだよね」
感心しながらそんな何気ないひと言をこぼす。
すると、ケンちゃんは少しだけ視線を落とした。
「......隔離されていた部屋に、
聖獣や祝福に関する本がいくつも置かれていましたので。
外に出られない代わりに、本だけは、いくらでも読めるようになっていて......。
ですから、その、知識だけは、自然と増えていったのです」
「そっか。そっか。
知識は財産っていうから、ケンちゃんは資産家だね!」
「そう言っていただけると、あの時間も無駄ではなかったと、そう思える気がします」
「うんうん、そうだねぇ......
え、ちょっと待って。話戻るけど、
じゃあなんで私、文字は読めないの?」
それを聞いてケンちゃんは静かに答えた。
「祝福は祝福を与えられた人の"声"や"音"、"感情”そういったものに反応して作用すると書いてありました。
“文字”は、師匠ご自身が学ばなければならない、ということでしょうか」
「いやそこだけ現実的!!
そこも祝福しようよ!!」
その瞬間、犬モンたちがそろって
「わふっ(がんばれ)」
と鳴いた。
「うへぇ~、マジか〜。がんばりますか〜」
とりあえず、町長さんへのリクエストに次は“辞書”もお願いしよう――。
英検4級しか持ってない麻美。頑張れ。




