挙動不審な少年
一歩歩くごとに、ドレスの裾がつま先にかかる。とはいえ淑女が乱暴な振る舞いをしてはならないので、両手で裾を持ち上げて歩きたいという衝動をなんとか堪え、しずしずと少しずつ進む。こうして歩いていると、男装の時の半分も進めないので、次第に苛立ってくる。だがそこをまた不屈の精神で抑えつけ、表向きは清品な淑女を装ってシーナは歩き続けた。
女装慣れしていないシーナを気遣ってか、侍女たちは比較的シンプルなドレスを選んだようだった。フリルも宝石もリボンも付いていない、だがどこか洗練された風を感じる薄水色のドレスは、おそらく一般の貴婦人が着る綺羅綺羅しい、服飾という目的を通り越したドレスよりはずっと軽くかさばらない。とはいえ、通りすがりの人々に礼をする時は、片腕を軽く折る紳士的なものではなく、いちいち裾を持ち上げなければならなかったし、前述の通り歩きにくいのも加えて、シーナの機嫌はどんどん底へ落ちていった。
やっと一階分階段を上がりきる。ドレスを着ていると、たった一段上るのですら気苦労を要し、ちっとも楽ではない。せっかく回復した体力がどんどん減少していくのをシーナは感じつつ、気力を振り絞って再び階段に向かおうとした時、人影が目に映った。
目をやると、見慣れない少年だった。スーツでもなく、使用人服でもなく、ましてやたまに見かける隷属階級のものでもない。身体の線は細く、深緑色のハイソックスにチェックの半ズボンを履いているので膝が覗き、上はストライプのシャツにベストを羽織っている。なんとも簡装だ。年の頃は10代の半ばといったところか。亜麻色の細い髪には癖が無く、さらさらとした手触りが想像できる。まぁまぁ整った、だが幼さが残る顔だ。シーナは少年が、カールトン家に関係する者ではないと一目で分かった。
シーナは切れ長の目を細め、逡巡した挙句自分から声をかけた。
「誰だ?見かけない顔だが」
少年は瞬間、息が詰まるような顔をした。次いでその目が、驚きにか見る間に開かれる。なんと分かりやすい、とシーナは内心嘆息した。不法侵入か。
「あの・・・えっと・・・」
蚊の鳴くような小さな声を喉から搾り出そうとしている。シーナは見限った。シーナに話しかけられても、構えもしない。たとえシーナより弱くても、姿を見た途端ある程度の構えを取るのが、相応に腕のある剣士である。こんな少年一人潰すのは、赤子の手を捻るようなものだ。所詮敵ではない。シーナは侍女のほうを一瞥すると言った。
「おい、衛兵は何をしている。こんな虫けら一つに手を掛けることも出来ないのか。それとも虫けらだから放っているのか――まぁ、どちらでも構わないが。私がやっても良いのだが、あいにく時間が無いのでな。奴らに早めにつまみ出すよう伝えておけ」
「は・・・はぁ」
侍女の曖昧な返事と固い顔は少し気になったが、シーナはそれ以上侍女の顔も少年の顔も見ず、再び前を向いて、慣れないドレスに内心奮闘しつつも颯爽と立ち去った。侍女たちは気遣わしげに少年の顔をちらちらと見た。中には小さく頭を下げる者もあった。それでも最後はシーナに遅れを取らないよう、慌てて立ち去った。一人残らず、全員。
衛兵に“不法侵入”を伝える者は、遂に一人もいなかった。一人取り残された少年は、時が止まったかのようにぽかんと口を開けたまま、シーナの後姿を見送っていた。小さく、だが強くぎゅっと服の袖を掴んだ。震える顎を押さえようと、唇を噛んだ。そうしなければ泣きそうだった。




