戸惑う死の女神
自国エリアルだけならまだしも、敵国トワパドからも一目置かれている戦場を舞う乙女ことシーナですら、さすがに三度の移動を一日で終わらせることは出来なかった。ただでさえ戦いで消耗していた体力を搾り出さねばならないシーナは、一日に一つの移動場所へ向かうだけで精一杯で、結果、緊急要請が掛かった当日から三度太陽が昇り沈んだ後、やっと王都に辿りついた。だが緊急要請を伝えた使者同様、王都に着いた直後のシーナは立つことすら出来ず、丸一日を回復に宛がったため、本当に要請の内容を知ったのは、当日から四日後のことだった。
とはいえ。
「なぜ今日はこのような格好なんだ。いつもは簡単な男装で済ませるというのに」
死の女神は戸惑っていた。今日は、待ちに待った父との久々の対面なのだ。いつものように気に入りのブラウスを羽織り、皺一つないズボンを履いて、手早く準備を済ませたらすぐにでも会いに行こうと思っていた。男装は女性の身繕いよりずっと簡単なので、侍女の手を煩わせることもない。朝も規則正しく起きる。だからシーナにはお付きの侍女というものがなく、常に一人きりで部屋で着替えを済ませていた。それが今日は、一体どういう風の吹き回しだろう。朝目が覚めたその瞬間から、異変は始まっていた。
「お早うございます、シーナお嬢様」
侍女が覗き込むようにしてニッコリと微笑む。面食らいつつも答えるシーナを急かし起こすと、顔を洗わせ、化粧台に座らせ、髪を梳きだす。何と反応したものかと声を上げかねているシーナに優しく微笑みつつ、侍女はシーナの両のこめかみにそって軽い編みこみを作り、上出来だと一人満足そうに頷く。そうこうしているうちにドアがノックされ、続々と他の侍女たちが手に手に綺羅綺羅しい衣装を捧げながら入室し、髪を整えたシーナをモデルに、あっちのドレスが良い、いやこっちだとてんやわんやの大騒ぎ。最終的に多数決で決まったらしく、気づけばシーナは薄水色のドレスに身を包んでいた。
「本日は久々のご対面ということで、淑女らしいお見立てをと、ロナルド様がご所望です」
「なんだそれは。父上は急にどうなさったというんだ」
「それは・・・」
侍女が淑やかに口に手を当てて首をかしげ、微笑んでみせる。シーナは全く彼女の思惑が読み取れず、少し苛立った。
「ロナルド様ご自身から、お聞きになりませんと。私どものような身分が言えることではございません。ですがこれだけは言えますのは、本日のお話は、きっと悪いものではないということでございます」
「わけが分からない」
シーナは力なく首を振った。彼女は、侍女たちのように淑やかで女々しい女性の対応が苦手だった。微笑みの仮面に本音を隠し、表だけを取り繕って世を渡る歩く貴婦人。生身の自分を曝け出すことの許されない、束縛された身分。シーナが剣を振るい、男装で男らしく振舞うのは、両親に強要されたこともあるが、このような女性への偏見も一理あった。人の命を奪う術を身につけ、ほんの少し、その横顔に寂しさを宿らせながら。
「すぐにお分かりになりますわ」
侍女は変わらず微笑みながら、やんわりとシーナを再び化粧台へ導く。椅子に座らせ、簡単に化粧を施すと、シーナは自分でも驚くくらいに女らしくなったのを感じた。侍女たちは一斉に溜息をついた。
「まぁ、なんてお綺麗なんでしょう」




