緊急要請
エリアル軍事基地、“移動の間”。ここは、移動術に優れた使者専用のスペースである。本来、漠然と行きたい場所に行き着くことは出来ても、細かく設定されたポイントに移動することは難しい。よって使者としての移動術師は皆、かなり高度な技術を要される。
本日新たな移動術師が“移動の間”に現れたのは、まもなく日付が次の日に移行しようかという時。平たくいえば深夜だった。本来なら、集団行動というやりにくい状況の中で食事も入浴もやっと済ませた戦士達が、続々と睡眠を取りに入る時間帯である。少しでも気を抜けば敵にやられる、という張り詰めた緊張感の中、少しでも休もうとする兵士達が、真夜中に突如現れた使者を無下にしなかったのは、一重に使者が緊急要請のために来たと分かったからだ。
使者は非常に疲れていた。国内とはいえ、国都から基地までは約三度の移動が必要になる。大抵の者なら一度だけでも体力の半分を行使するその魔術を、連続的に、それもほとんど休息を取らずに身体を酷使させたため、やっと目的地にたどり着いた時には、使者は一人で立つことすら出来なかった。気遣わしげに身体を支えてくれる兵士の耳元に、自分の身体よりも、と使命を優先し、要請担当者の名を口にした。
戦士達はおののいた。体裁を繕って“使者の間”に向かおうとする使者を留め、無理やり“癒しの間”に連行しつつ、手の空いている戦士達は残らずかの兵士の捜索を開始し、声を張り上げて名を呼んだ。自室にいるとは限らない。あの兵は実に自由に動くので、少し目を離している隙にどこか遠くへ行ってしまう。それを咎められるような関係ではなかったし、第一気づけば何事も無かったように隊にいるので誰も口には出さなかったが、かの兵士は、いつか、誰の手にも届かない遠くへ消えてしまいそうだと誰もが思っていた。
だが今日は、どうやら兄の自室にいたらしい。“レオ・カールトン”と書かれた札付きのドアを音も無く開け、その兵は現れた。
「なんだ?騒々しい」
どこか不機嫌そうだった。
「父上が?」
「はい。戦闘から離れ、急遽国都へ戻るようにとのお達しです」
「今は戦時だ。とりわけ今回は力量も五分だから、一人でも欠けては相手に押されかねない。お前、話の内容は聞いていないのか」
「はい。一応伺ったのですが、直接話されたいそうで・・・」
額を押さえ、眉を寄せ、戦場の女神ことシーナ・カールトンは息を吐いた。その姿ですら一種の神々しさを感じ、控えていた他の兵士達が溜息をつく。
重い鎧をまとい、女の手には重かろう立派な剣を握り、戦場で誰よりも華麗に人の命を奪うこの女戦士は、その中身がとても淑女からかけ離れているにも関わらず、男女関係無くその心を捉えることで知られていた。男のように短く切り揃えられた金髪でさえ、揺れる金糸のように眩しかったし、鎧を脱ぎ、軽く夜着を羽織っただけの彼女は、いつもは分からない身体の細い線が露わになり、出るべきところが出ていないにも関わらず、文字通り女神のように美しい。本来男なら、このように素晴らしい女性がいたら放っておかないのだが、彼女の血筋や身分、そして男よりも男らしい性格と並外れた武術を前にしては、誰も口説くことなど出来ないのであった。
「分かった」
一拍考えた後、シーナは躊躇いもなくきっぱりと答えた。使者の顔がにわかに明るくなる。逆に、周りにいた兵士達の顔は、一挙に暗くなった。
「しかし!シーナ様がおられなければ我らはやられてしまいます!」
「今日も私はシーナ様に助けられたも同然で!」
「シーナ様!あと少しだけここにいらしてください!」
蒼白になって退き留める兵士達の名を一人一人呼び、シーナは少しだけ口元を緩めた。滅多に表情を変えず、かつ美麗な面相の持ち主であるシーナは、それだけで百の淑女の破顔と同じものを作り出す天才だった。
「ありがとう。そなた達の気持ち、しかと受け取った。約束しよう。必ず戻る。兄様によろしく伝えてくれ」
そしてあっという間に、移動で消えてしまったのだった。




