最後のメンテナンス
僕の部屋の洋服ダンス研究所で
3号機のメンテナンスが完了した。
つまり、それは。
今日が、彼らの帰って行く日だということだ。
コレーと僕の複合体生活も、今日が最後。
脳内会話を楽しめるのも
これが最後というわけだ。
コレーが訪れてからというもの
僕は毎日、思いを読まれたり
コレーの考えが被ってきたりして
劣等感や抵抗感を感じてばかりだった。
なのに。
もう今日が最後なんだと思うと
言いようもなく寂しい。
他の人には聞かれずに話したいことが
いっぱいある。
あれも、これも。
次々と浮かんでは、消えていく。
これが最後だと思うと
小さなことは消し飛んでしまうのだ。
『ねえ、コレー』
『うん?』
『前に言ってたけど、本当は何を半分にしたの?』
『ああ、それは内緒なんだ。教えられない』
『ずるいな。
もうシャッター下ろさないんじゃなかったの?』
『キミが
少なくなったなと感じるものがあるなら、それだよ』
『もしかして、キミにとっても同じ?
それとも僕だけのこと?』
『どっちでもいいじゃないか。
キミがそう思うなら、そのとおりだよ』
……ずるいなあ。
コレーが何を半分に処置したのかは
本当のところ、僕にもわからない。
『僕の寂しさ』だとしたら
同時にコレーの寂しさなのだ。
でも、この寂しさを半分にするよりも
互いに受け止めることの方が大事だと思う。
『シフへの気持ち』だとしたら。
今はもう
わざわざ減らす必要もなくなったことを
コレーも知ってくれているはずだ。
僕の中で大きく育ったものがあるから
小さくなるのを見送ることも出来たんだ。
自然の成り行きだと思う。
『僕の怠け心を
半分にしてもらえたら助かるんだけどな』
『いや、もう、それも大丈夫だよ』
コレーが笑ったような気がした。
『怠け心が大変なことを引き寄せる
ってことがわかって、もう懲り懲りだろうからね』
……まあね。
『もっとも、キミの怠け心のおかげで
シフとシノンの人工知能体と
シノンのパパを探し当てることが出来たんだから』
そう言われてみれば。
『キミの怠け心に感謝するよ』
……褒められてるんだか、何なんだか。
『じゃあ、来年の台風の回数でも減らしてよ』
『それよりも
オトナたちの催眠を解かなきゃいけないから
キミたちの記憶も消した方が
バランス取れるんだけどな』
コレーは口ではそう言っているけど
そんなツマラナイことは絶対にやらないと思う。
……思うよ。
*
句義博士が言った。
「人工知能体の学習記録の中に
実験事故の経緯が記録されていたよ。
帰ったら、これが証拠物件になる」
ああ、そうか。
あの人工知能体は、研究助手でもあったんだ。
「それから、ここに着いた時の
1号機の行方もわかったんだが……」
博士は、少し言いにくそうに続けた。
「人工知能体の養父役を務めてくれていた
巣空氏の家、『巣空邸』の庭園で
温室に利用されているらしいんだ」
……温室?
あの1号機が?
「いくら記憶を消せると言っても
取り上げてしまうのは無粋だし、気が引ける。
せっかくだから、置き土産にして行こうと思う」
それには、みんな大賛成だった。
いつか公表出来るかもしれない。
僕の作品のモデルは、
『巣空庭園の温室です』
ってね。
博士は、さらに続けた。
「それと、まだ謎があるんだが……」
……まだあるの?
「人工知能体の学習記録のファイルに
『ケーキ作り』と『手芸』の項目が
すごく増えてたんだよ。意欲的に吸収したんだな」
ケーキ作り。
手芸。
……なんだか、身近な話になってきたぞ。
「もうひとつ、気になったことがあるんだが……」
博士は首をかしげた。
「なぜかわからないが
初期設定から入力されていたのが
『シフォンケーキ』と
『シルクシフォンの付け襟』だった」
……えっ。
「デフォルトだから
もちろん実験事故以前の話なんだが
どうしたことか……私にもわからんのだよ」
博士は、僕たちを見渡した。
「誰か、何か心当たりはないかな?」
その時だった。
シフが、思いつめたような表情で口を開いた。
「博士、みんなも聞いてくれる?」
僕たちは、シフを見た。
「この間ね、イユルのお家で
三時のお茶を頂いてた時
……まだ、シノンとの複合体だった時よ」
あの日のことだ。
「ケーキを頂きながら、急になぜか
とっても懐かしくなってね」
……懐かしい?
僕も、そうだった。
「それで、そのあとメンテナンスが済んで
久しぶりに単体の自分に戻って、思い出したの」
シフは、少し遠くを見るような目をした。
「小さい頃に
お友達の家に招かれたことがあったの。
その時に頂いたのが、シフォンケーキだった」
シフォンケーキ。
「そのお友達が、イユルに似てるの」
……僕に?
「コレーに似てるんだと思ってたけど
イユルに会って思い出したの」
僕は、黙って聞いていた。
「その子、男の子だけど手芸が上手だったの。
お母さん譲りでね」
男の子で。
手芸が上手で。
お母さん譲り。
……なんだか。
「ママたちから『セドリック』って呼ばれてた」
セドリック。
「その子が付けてた付け襟が可愛くて
羨ましかったのを憶えてる」
「それは、どこで?」
思わず、僕は尋ねた。
「もちろん、私の次元でのことよ」
……そうだよね。
シフは続けた。
「不思議なのはね、私たちの人工知能体が
その懐かしさを堪能しているのが感じられたの」
人工知能体が?
「『あの子』の方が先に思い出してたわ。
間違いない」
シフは、はっきりと言った。
「横に座ってた霊体の方の私たちにも、
そのフィードバックが返って来たのよ。不思議ね」
……不思議だ。
もちろん、『セドリック』は僕じゃない。
僕に、その記憶があるわけじゃない。
でも、シフの次元のどこかにも、僕がいるんだ。
あの日。
シフとシノンが家へ来た日。
一緒にシフォンケーキを食べた時
ふと懐かしさがよぎった、あの瞬間。
あれは、シフの記憶。
その子の記憶。
それらの影響。
引力。
そんなところだろうか。
『人工知能体のシフが、あの時
デジャブって言ったのは……』
コレーの思いが聞こえた。
『自分が乗ったまま漂流した『1号機』のことを
思い出したんじゃないかな』
……ああ。
『デジャブなんて、いかにも
シフとシノンの人工知能体らしい気がする』
デジャブ。
既視感。
どこかで見たような。
どこかで知っていたような。
この世の、すべての次元の、すべての者たちの
すべてのデジャブを繋ぎ合わせたら。
ジグソーパズルのように
ひとつの広大な絵が出来上がるんじゃないか?
そして僕は、今はもう存在していないはずの
『人工知能体のシフ』のことを想った。
『人工知能体のシフが
なぜ僕たちの近くに漂着していたのか?』
ずっと気になっていたことだ。
飛ばされた『彼女』を、ここへ漂着させた引力。
それは、『本来のシフが知っていた遠い記憶』への
憧れや、懐かしさや、同調だったのかもしれない。
だとしたら。
僕たちと、ひとつも変わりはないじゃないか。
*
誰か、何か、知ってるね?
僕たちが知る日を、待ち望んでる?
それとも、恐れてる?
そんな何かだね。
*
コレーと僕の複合体が
最後のメンテナンスを済ませた。
つまり、元の単体に戻ったということだ。
そして、洋服ダンス研究所は閉鎖した。
「みんな元気でね。またいつか会おう」
コレーが言った。
「そっちから来るのは簡単なんだろうけど
こっちからは行けないから待ってるよ」
僕が言うと、コレーは笑った。
「また寝ながら何かおねだりしてくれたら来るよ。
じゃあ、さよなら」
そう言った瞬間。
3号機は、飛び去った。
この記憶。
消すんなら消してみろって思って
構えてみたけど。
やっぱりキミは
そんな無粋なことはしない奴だった。
大丈夫。
憶えてる。
ありがとう、コレー。
ずっと忘れないよ。
*
さて。
来週始まる
病院でのワークショップの準備をしなくちゃ。
「私も手伝うからね」
ミルが笑った。
その笑顔に触れると、僕は臆することなく
ミルを抱き締めた。
ミルは驚いたのか、一瞬、体を竦めた。
けれど、すぐに僕の背中に腕を回し
そっと目を閉じて。
僕のファーストキスを、受け止めてくれた。
*
と、と、と。
昨日、ここまで書いてたけど。
この話って、来年の自由研究にしても面白いかな。
ま、今まで一度も早めにやってたことないから
高校生活最後の年くらい
早めにやっておかないとね。
どの科目で提出するかって?
うーん。
これがフィクションだったら
現代国語で出すところだけど。
ノンフィクションだからさあ。
僕、理系弱いから、科学で出したいところだな。
SFドタバタコメディーだから
いっそのことラノベで応募するかな?
……そういえば。
今年の台風、やけに多いよね。
困った奴らが急場凌ぎに
アレとかコレとかやらかしちゃって
やりっぱなしってことかな。
まさかコレーが
来年の台風の回数を半分にするのが大変で
今年中にわざわざ
増やしておくんじゃないだろうね……。
*****
《自在密偵による報告》
以上が、密偵たちの
今回の調査報告参考文書として提出される。
密偵たちは精霊本来の姿となって
全宇宙情報局へ戻り
すべての事例を『神』に報告するため、入山した。
今回の調査で功績を挙げた者たちが
『神』の膝下に傅いた。
「ただいま戻りました」
「変わりはないのだな?」
「いまのところ、あの次元はまだ
全次元全体から見た
次元難民のオアシスとしての認識が保たれています」
密偵は続けた。
「あの次元が、宇宙史以来の
『霊体複合体同体様人工知能体繁殖実験次元』
だと知る者は、全宇宙を探しても誰一人おりません」
「ですが、ただ……」
別の密偵が言葉を継いだ。
「自発的解析の得意な『人工知能体』が
複数の次元に跨って
同調しながら育っているので
時間の問題かもしれません」
「そうか」
『神』は言った。
「引き続き調査を続けるように」




