再会
日曜日の午後。
ミルが、ボランティアに行っている病院から
電話してきた。
「ソレイユ、あのね。
今さっき読み聞かせ会が終わったところなんだけど
入院患者さんから話しかけられたの」
ミルの声が、いつもより少し弾んでいる。
「『君の学校からのコンクール作品で
話題になっている
あの「インセクトアート・コレクションⅢ」という
オブジェの作者に会いたい』って言われて……」
えっ。
「すごく知的で、きちんとなさった方だから
私、『もしかして』と思って聞いてみたの」
……もしかして?
「『シノンのお父さんですか?』って」
ええっ!
「そしたらね、『句義です』って
名乗ってくださったの!」
句義!
句義って!
「私、『みんな仲の良い友達なので
病院に連れてきて会わせます』って
約束したんだけど。今からみんなで来れる?」
「わかった! 今からすぐ行くよ。
ミル、お手柄だ!」
僕とコレーは、ひとつの口で返事した。
そして、もちろんシノンもシフも一緒に
病院へ向かった。
*
僕たちは、博士と僕らの事情を
病院に怪しまれてはならないと思った。
そこでミルに頼み
リラクゼーションクラブの
校外活動ボランティアの一環として
『記憶の手がかり誘導に協力する目的』で
面会したいと
ナースステーションに伝えてもらった。
その理由で面会許可を取ってもらい
待合室へ向かった。
すると、ミルがひとりの患者さんと
座って話していた。
その人は、シノンを見るなり立ち上がった。
間違いない。
シノンのパパ。
句義スサノオ博士だった。
シノンが駆け寄る。
「パパ、無事でよかった!」
「シノン、おまえこそ! シフも!」
博士はふたりを抱きしめた。
そして僕の顔を見るなり、
「コレー!」
そう呼んで、僕の手を強く握りしめた。
コレーは、今は僕と複合体になっていることを
博士に伝えた。
僕は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「以前、学校に
電話をくださったんじゃないですか?」
「ナースに頼んで、何度か電話してみたよ。
でも、なかなか学校に取り合ってもらえなくてね」
「すみません」
「いや、いいんだ。
こっちも、どう尋ねていいかわからなかったし」
博士は、待合室のテレビモニターを指差した。
「ほら、あのモニターでね」
「テレビですか?」
「ニュースを見たんだ。
あの展示作品が3号機にそっくりだったので
おそらく君と娘たちが
探しに来たに違いないと思った」
やっぱり。
あの水饅頭を知っている人には、わかるんだ。
「私の機体は大破したから
キミたちのことも心配だった。
変な噂話も立っていたからね。
でも、無事でよかった」
「変な噂って、何ですか?」
博士の表情が、少し曇った。
*
その噂が書き込まれているという
サイトを見るため
僕たちはパソコンのある閲覧室へ場所を移し
密談することにした。
そこで博士は、これまでの経緯を話してくれた。
博士は、シノンとシフの人工知能体を追って
この次元へ滑り込んだ。
だが、あと少しのところで
見失ってしまったという。
しかも、乗っていた機体が故障した。
不時着する直前に脱出したものの
機体は不時着後に全焼。
博士自身も脱出のショックで大怪我を負い
催眠装置やその他の護身機能も
すべて損傷してしまった。
倒れていたところを発見され
病院に搬送されたらしい。
身元不明で怪しまれないために
あえて記憶喪失を装っていたということだった。
なるほど。
記憶がないことにしておけば
自分がどこから来たのか説明しなくて済む。
博士も大変だったんだな。
学校に連絡しても事実が掴めなかったため
博士は閲覧室のパソコンで調べを進めていた。
そのうちに、あるサイトを見つけたらしい。
僕たちは、ひとつのパソコンを囲んで
博士の見つけたサイトを覗き込んだ。
……なんだこれ?
『これは異次元から
犯罪者か難民が乗って来る乗り物だ』
そんな書き込みから始まっている。
小さなオブジェを見ただけの人が
想像で言っているのとはわけが違うだろう。
「こんなことを書いている者自身が
次元の逃亡者だろう」
博士が言った。
「ここの次元の人ではないはずだ」
読み進めると
次元逃亡者の体験談じみた話まで書き込まれている。
便乗して調子に乗って
デタラメを書いている奴らばかりでもなさそうだ。
この中に
コレーたちの次元から来た者がいないとも限らない。
1号機の実験事故に関する事実を
知っている者だって、いるかもしれない。
いろいろな書き込みを読んでいくうちに
明らかに想像で
しかも悪意のある内容が目に留まった。
『あの乗り物に乗っていた人は死んで
乗り物はあのミニチュアを作った者が盗んだ』
……なにこれ?
デタラメにもほどがある。
これって、僕に対する悪意じゃないの?
悪意。
敵意。
そういうものを感じる書き込みだった。
「そうそう。この書き込みを読んで
心配になったんだよ」
博士が言った。
「目撃者かと思った。
会って話を聞かなければと思ったんだ」
そうだったのか。
「でも今日、ミルさんのおかげで
みんなと再会出来た。
心配も解消出来て、本当によかった」
博士は僕を見た。
「イユル君が、これを作ってくれたおかげだ。
感謝するよ」
……僕の水饅頭が。
まさか、こんなところで役に立つなんて。
*
本来なら、こんな悪意ある書き込みは
犯罪にもなり得る。
僕たちは、この件も解決しようと誓い合った。
「3号機のメンテナンスを完了する頃
迎えに来ます」
博士とそう約束して、病院をあとにした。
帰宅してから、僕は声に出して言った。
「あいつが怪しい」
すると、コレーも僕らの口を使って言った。
「そいつのおかげで博士を探し出せた。
一緒に礼を言おうよ」
……礼?
あいつに?
でも、コレーが言うと
なんだか別の意味がありそうだ。
*
実は、すでに独自調査が進んでいた。
『奴』から、水饅頭ブローチについて
執拗な質問を受けたことのある女子グループと
密偵たちによる調査だ。
僕らは『奴』にターゲットを定めた。
いくつもの女子グループが
入れ替わり立ち替わり、尾行を続けてくれた。
そして、ついに。
図書室のパソコンから
例の書き込みをしているところを発見!
しっかり、はっきりと
証拠の動画撮影にも成功した。
密偵とともに奴を追い、不審な行動を突き止め
問い詰めてくれた女子グループによると
嫌がらせの理由はこうだった。
『水饅頭の謎を明かしたくて
女子たちに根掘り葉掘り聞こうとしたのに
相手にされなかったことへの腹いせ』
……なんだよ、それ。
嫌がらせは、他にもあった。
女子たちのブローチがいくつか盗まれ
壊され、捨てられていたのだ。
回収されたブローチを調べると
未確認IDが付いていた。
つまり、僕や所有者以外の
誰かの指紋が付着していたということだ。
しかも、その全部に同じIDが残っていた。
犯人は、書き込みをしたのと同じ『奴』だった。
僕は、今や取調室になっている図書室へ出向いた。
問い詰めてくれた女子たちと交代し
『奴』の隣の椅子に座った。
すっかりしょげ返っている顔を覗き込みながら
僕は話しかけた。
「イジけたことしないで
自分の得意なことでみんなに喜んでもらえよ」
奴は、黙っていた。
「女子たちに尽くすことを約束してくれたら
このことは許す」
僕は続けた。
「だから、君は君なりに
自分流のワークショップをやってくれ。
僕も協力する」
夏目セイジは、泣きじゃくりながら謝ってくれた。
僕たちは
来週から始める新しいワークショップの内容を
一緒に話し合った。
段取りも決めた。
下校する頃には、セイジも笑顔になっていた。
……よかった。
あいつにはあいつの、得意なことがあるんだから。
*
それから。
水饅頭ミニチュアに乗って
ゴーサインを待っていた
最終兵器の密偵たちが放たれた。
密偵たちは
書き込み内容から割り出した
逃亡者たちのところへ出向いた。
数日間で調査を終えた彼らは
驚くべき事実を突き止めた。
シフとシノンの人工知能体を乗せた1号機。
あれは、単なる事故で発進したのではなかった。
研究の邪魔をするために
故意に飛ばした組織が存在していたのだ。
密偵たちは
その組織の存在までも暴くことに成功した。
……なんてことだ。
研究員の不注意じゃなかったのか。
誰かが、わざと。
いったい何のために?
僕らが思っていた以上に
事件の根は深いのかもしれない。
*
それからみんなで
シノンのパパ、句義博士を病院に迎えに行った。
博士は、問題解決の報告をとても喜んでくれた。
シノンもシフも、コレーも。
そして、僕も。
みんなで力を合わせて
ようやくここまで来たんだ。
でも。
こんな事実を、この次元の誰が知っていようか。
この僕たち以外に。
僕らの次元は
次元逃亡者たちのオアシスでもあるという。
同時に
堕落した逃亡者たちの巣窟にもなっていた。
コレーたちの次元のように
高度な文明を持った次元が失ってしまったものが
この次元にはあるからなのだろうか。
他のどの次元にも残されていない
大らかな豊かさと自由が
ここには保たれているからなのだろうか。
本当の理由は、誰にもわからなかった。




