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秘密

 決起集会もワークショップも成功し

まずまずのスタートを切ることが出来た。


 僕は今、人生を変える螺旋階段を

一段ずつ昇っているような気がしている。


 ただ、全身全霊で挑むには

どうしても情報が足りない。


 腑に落ちないことが、まだいくつもある。


 だから、コレーに聞いてみることにした。


『ねえ、コレー。

気になってることがたくさんあるんだけど』


『うん?』


『なんでシフとシノンには双子のふりなんかさせて

周りに催眠術みたいなのをかけたり出来るのに

僕らにはそれが出来なかったの?』


 ずっと引っかかっていたことだ。


『なんでシフとシノンは

複合体形成を使わずに済んでて

僕らはダメなの? 

術を選ぶのに、何か基準があるの?』


『うん。あるよ』


 あるんだ。


『キミとボクが交換条件を出し合ったろ? 

複合体は、契約が成立した時点でしか使えないんだ』


『じゃあ、シフとシノンは? 使えないの?』


『ずっと以前に、別の契約が締結してるから』


『別の契約って?』


 コレーはすぐには答えてくれなかった。


 頭の中で、少し沈黙が続いた。


『……わかった』


 やがて、コレーが言った。


『まだ告げてなかった事実があるんだ。

もうシャッターは下ろさないよ』


 シャッター。


 僕が以前、コレーの脳内に感じた、

あの冷たいシャッターのことだ。


『伝えておく。

作り話や適当な話で誤魔化したりもしないから

全部受け止めてほしい』


 なんだか、いつもと声の調子が違う。


『キミにとっては、ショックなことも含まれてる』


『僕がショックなこと?』


 コレーは、おもむろに続けた。


『シノンのところへ

シフがやって来たのが先なんだ』


『え? それ、どういうこと?』


『シフとシノンは元々、別次元の複合体だ』


『複合体? シフとシノンが?』


『そうだ』


『どっちにしても

こっちのシフと、そっちのシノンの複合体なんだろ?

 元に戻れば

こっちのシフとそっちのシノンじゃないか』


『違う』


 ……違う?


『なに? どうなってんの?』


『だから、つまり、シフは元々

別次元から来てるんだ。

キミんとこでも、ボクんとこでもない』


『なんだって?』


 そんなこと、あり得ないよ。


『僕、ずっと前からシフのこと知ってるし!』


『キミが知ってるシフは

シフとシノンの複合体の人工知能入りだ』


 ……え?


『キミが熱を上げてたのは

シフとシノンの複合体の人工知能体なんだ』


 待って。


 待ってよ。


『ボクと一緒にやって来たシノンが

実は、シノンとシフの霊体が入っている方なんだよ』


『僕の女王様だったシフが……人工知能……』


 頭の中で、その言葉だけが何度も繰り返された。


『人工知能体なのに、素敵な子になってた』


 コレーは続けた。


『キミたちの次元で育ててもらったんだろう。

キミたちのおかげだよ』


 僕たちのおかげ?


『あの子がここにたどり着いたこと自体

何者かに導かれたからだろう』


 何者かに?


『あの子へのキミの気持ちは

ボクとシノンの

影響を受けてただけだと思ってたけど

それだけじゃなかったね』


『どういうことなの?』


『そうだね。広い意味で

多次元の存在同士が影響を受け合ってる

っていうことかな』


 ……難しいよ。


 僕は、受け入れ難い事実を

少しずつ飲み込みながら、やっとの思いで尋ねた。


『いつから? シフは

いつから人工知能体だったの?』


『シフが、別次元から

シノンのところへやって来た時からだ』


 コレーは、順を追って説明し始めた。


『元はと言えば、ボクたちの次元の

無人実験機だったDOCONANI1号機が

実験中にシフの次元へ漂流していったんだ』


『1号機が?』


『そう。シフは、その次元からの親善大使として

改修した1号機に乗って

シノンのところへやって来たんだよ』


 親善大使。


 ……シフが。


『シフとシノンは意気投合して

ボクたちと共同研究を進めようということで

契約を締結した』


 そこから、複合体形成の話につながるらしい。


『シフとシノンは、ふたりで複合体になった。

そして、人工知能体を搭載した片割れを

DOCONANI2号機の研究助手として

研究所に残したんだ』


 ああ。


 僕らの片割れと同じだ。


『ちょうど今のボクたちみたいに

霊体の入った側で出歩いて、仲良く楽しんでた』


『でも、研究助手をしていたはずの人工知能体が

僕の知ってるシフが、どうしてこの次元に来たの?』


『DOCONANI2号機の研究開発は

着々と進んでたんだが……』


 コレーは、少し間を置いた。


『メンテナンス中の1号機の中に

人工知能体がいることに気づかず

他の研究員たちが

誤って1号機を発進させてしまったんだ』


 ……そんな。


『それから? 今も? 

今でもシフは人工知能体なの?』


『いや。この間、キミんちにふたりが来た日

元に戻った』


『あの日?』


『キミとボクのメンテナンスの直後だよ。

キミが気を失ってる間に、シフは本当のシフに

シノンは本当のシノンに戻った』


 あ。


 ああ!


『じゃあ、3号機が戻って来た時

密偵の奴らが降りて来た時の彼女は

本来のシフだったんだね』


『そうだよ』


 あの時。


 オレンジ色のワンピースを着たシフが

僕のそばにいた。


 水色のワンピースを着たシノンが

コレーと抱き合っていた。


 そして、精霊たちを見て、シフが悲鳴を上げた。


 ……そういうことだったのか。


『あと少し遅かったら、ふたりとも

元どおりに戻れなくなってたかもしれない。

シフとシノンも、それを恐れてたんだ』


 コレーの声が、少し重くなった。


『もう二度と複合体形成はしないと言ってる。

シノンが危険だと言ったのは、そのことだよ』


 危険。


 あの時、シノンが僕に言った言葉だ。


『こんなに危険なことに協力してくれて』


 ようやく、少し意味がわかった。


『でもさ、僕がシフのことを

ずっと前からこの次元にいるように

感じていたのは、なぜ?』


『おそらく、人工知能体が

自ら学習して身につけた技術を使ったんだろう。 

察する能力や、影響を与える能力』


 コレーは続けた。


『こんな話をキミたちに伝えていいのかどうか

わからないけど

複合体人工知能体にも個体差があってね』


『個体差?』


『少しだけ霊体がつく事例も報告されてる』


 ……霊体が。


 人工知能体に?


     *


 僕の理解の範囲を、はるかに超えた話だった。


 それなのに。


 シフの事例に、なぜか親近感を覚えた。


 なぜだかわからない。


 コレーが話してくれたのは

自分には手の届かない別次元の人工知能体の

突拍子もない、突然変異じみた事例なのに。


 そして、ますます手の届かなくなる

『シフ』のことなのに。


 僕は、どうしてこんな気持ちになるんだろう。


     *


 それから数日後。


 テレビ局からの取材要請だけでなく

僕の展示作品を見た人たちからの問い合わせが

学校にもたくさん入るようになった。


 そういえば。


 今頃、全国コンクールの展示で

各地を回っている、あの提出作品。


『インセクトアート・コレクションⅢ』


 あれに搭乗している、遊び心たっぷりの二名は

どうしているんだろう。


 退屈しのぎだとは思うけど

あんまり奇抜なポーズ替えを

しないでもらいたいよな。


 都市伝説ハンターの連中が

夜中の展示場に

心霊現象の調査よろしく暗視カメラを据え付けて

ライブ動画をアップしてるらしいじゃないか。


 僕としては

連中が生きていることがバレやしないかと

ヒヤヒヤしていた。


 ところが。


 そんなことよりも

ミニチュアの形そのものに関する問い合わせが

寄せられ始めた。


 連日殺到する問い合わせの中に

こんなことを尋ねてきた人がいたらしい。


『3号機に乗っていた者は無事なのか?』


 ……3号機?


 乗っていた者?


 もちろん学校側には

何のことだかさっぱりわからない。


 答えることも出来ず、対応に困ったらしい。


 相手の連絡先も、何も記録されていなかった。


 残念だ。


 でも、コレーはすぐに気づいた。


『そうだ。もしかすると

シノンのパパ、句義博士かもしれない』


『えっ!』


『シフとシノンの人工知能体を

乗せたまま発進させてしまった1号機を探すために

博士は2号機で追いかけたんだ』


 そうだった。


『人工知能体を連れ戻さなければ

シノンもシフも元の個体に戻れない。

見つけ出すのが少しでも遅くなれば

元どおりの別々の個体に戻れなくなる恐れがある』


 そして。


『もちろん、シフを元の次元に帰してあげることも

出来なくなる』


『時間との戦いだったんだね』


『うん。大事な問題のひとつが

解決できて助かったよ』


 コレーは、少しほっとしたようだった。


 でも、すぐに続けた。


『恐れていることは、まだあるんだ』


 ……まだ?


『異次元間の行き来は

規制されてるところも多くてね。

あらかじめバリアが張ってあって

入れない次元がたくさんある』


『入れない?』


『入れたとしても、処罰される次元も多い』


 処罰。


 そんなことまであるのか。


『規制がなければないで

入りやすくて居心地がいいために

人工知能体が自発的に戻って来なくなって

霊体の方の複合体が別々に戻れなくなった事件も

多発している』


 ……自発的に。


 戻って来なくなる?


『事例の大半は、ここの次元のことなんだが』


 えっ。


 僕らの次元?


『他にも、次元によって

別次元難民の受け入れ体制は様々に違っていてね。

規制が厳しければ厳しいで

別次元難民を投獄したり、処刑したりする

恐ろしい社会構造の次元もある』


『僕んとこの次元では

そんなことは誰も知らないから

多分大丈夫だとは思うけど』


『うん。そうだね』


 コレーは言った。


『イユルたちのこの次元では

まだ次元間の行き来というものがあることさえ

一般的には知らされていないよね』


 一般的には。


 ……その言い方が、ちょっと気になった。


『あくまで、一般的にだけどね』


 やっぱり。


『ここの次元の人たちは寛大で

他所からすれば居心地もすごくいい。

次元が無防備だから、次元難民も紛れ込みやすい』


 無防備。


 僕らは、そんなところで暮らしているのか。


『密偵たちの調査によると

ここでは逃亡者だけでなく

人工知能体までも

無事に終生のんびり暮らしたという事例が

報告されているくらいなんだ』


『いいんだか、悪いんだか』


『投獄や処刑がなければ、天国だよ』


 ……そりゃそうかもしれないけど。


『博士のことが心配だよ』


 コレーの声が沈んだ。


『密偵たちに

全力を挙げて調べてもらってるところだ。

もし博士の漂着先がこの次元なら

きっと無事に違いない』


 うん。


『でも、もし他所の次元だったなら……』


 コレーは少し間を置いた。


『仮に、数え切れない次元の中から

探し当てたとしても

まず助け出せる見込みがない』


『どうして?』


『助けに行った者も

同じ末路をたどることになるからだ』


 ……。


『ボクらは

この次元で博士を探し出すことに賭けてる』


 そして、コレーは言った。


『ここで見つからなければ

ボクたちも元の次元に帰らない覚悟だ』


     *


 僕は、コレーが伝えてくれたことを

全部信じることが出来た。


 脳内のシャッターも、バリアも

取り払ってくれた。


 それは、コレーがそれほどまでに

僕たちの協力を必要としているということなんだ。


 だったら。


 僕がやるべきことは、ただひとつ。


 たった今から気持ちを切り替えて

コレーとシフとシノンのために

みんなで心をひとつにして

一刻も早くシノンのパパを探し出すことだ。


 もし、この次元に来ているのなら。


 僕らが力を合わせ

考えつく限りの方法で探し出せば

見つからないはずはない。


 そう信じたい。


 ただ。


 僕には、もうひとつだけ

コレーに質問したかったことがある。


『人工知能体のシフは

なぜ僕たちの近くに漂着していたのか?』


 という疑問だ。


 でも、その答えが何であろうと

今の僕の決意が変わるわけじゃない。


 それも、わかっている。


 だから、その答えを知るのは

シノンのパパを探し出してからでいい。


 句義博士から、もっとたくさんの話を聞きたい。


 もっとたくさんの事実を知りたい。


 そして。


 自分で『察する』ことを試みてからでも

遅くはないんだ。


     *


 決起集会ワークショップで

シノンから頼まれたとおり

女子たちは水饅頭ミニチュアブローチを

胸やカバンにつけて行動してくれていた。


 ウェブなどのメディアで

拡散されていたこともあって

ブローチが目に留まり

話しかけてくる人が増えてきた。


 その会話の一部始終が

女子たちと精霊たちによって本部へ報告される。


 ただし。


 女子たちに声をかけてくるのは

ブローチのことを口実にしている奴らがほとんどだ。


 連絡先も、ホイホイ喜んで知らせてくる。


 もちろん、女子たちが相手に教える連絡先は

すべてこっちの本部で設定しているアドレスだ。


 送られてくるメールは

僕とコレーが彼女たちに代わってやりとりする。


 ところが、その大半が

ブローチの話題に便乗しただけの

単なるナンパだったりする。


 ……なんとも、がっかりさせられる。


 でも、諦めてはいけないのだ。


 ブローチをつけている彼女たちの姿を

動画配信して、さらに反応を煽ってみたりもする。


 SNSでの反応は様々だ。


『どこで売ってるの?』


『誰にもらったの?』


 そんな質問だけじゃなく、


『これの原型は何?』


 という問い合わせも増えてきた。


 ……原型?


 それって、もしかして。


 このブローチが単なるオブジェではなく

モデルとなった機体が実在することを

知っている証拠かもしれない。


 もちろん、相手がシノンのパパとは限らない。


 逃亡者かもしれない。


 次元難民かもしれない。


 もっと良からぬ輩が

混じっている可能性だってある。


 だからこそ。


 僕たちは引き続き警戒しながら

調査を進めていかなければならないのだった。




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