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決起集会

遅れてやってきた転入生は、句義シノン。


 実は、コレーの彼女だ。


 目撃者の噂どおり、凄い美人。


 それもそのはず。


 コレーの次元のシフなのだから。


 だが、さすがにそんな話をしたところで

誰にも信じてもらえないだろう。


 そこで、シノンは

『巣空シフの双子の姉』ということになっている。


 小さい頃、母方の句義家の祖父母に引き取られ

シフとは別々に暮らしていたのだそうだ。


 もちろん、それは表向きの話。


 シノンは、シフと同じ隣のクラスになった。


 さて。


 シノンがコレーの彼女だってことは。


 シフが僕の彼女になるってこと?


 そういうこと?


 そういうことだよね?


 僕とコレーは別次元の同一人物で

シフとシノンも別次元の同一人物なんだから。


 コレーとシノン。


 そして、僕とシフ。


 なんて素晴らしい組み合わせだろう!


 しかも、僕たちだけが知っている

共通の真実がある。


 周りの誰も知らないことを

僕とシフは知っているのだ。


 そう考えると、よけいにゾクゾクしてくる。


 ちょっとどころじゃない。


 すごい!


 すごすぎる!


 嬉しくて、誇らしいぜ。


 これって喜んでいいんだよね?


 いいんだよね!


 噂のUFOと転入生が

密接な関係にあるなんてことも

誰も知らないんだぜ。


 コレーがうちに来た時には

3号機に他の誰も乗っていなかった。


 でも、実はシノンも一緒に来ていて

学校かシフの家の近くで先に降ろしてから

僕のところへ来たらしい。


 そんなことまでわかってくると

僕の妄想はもう止まらない。


 コレーとシノン。


 僕とシフ。


 ダブルデートなんかしちゃったりして。


 ああ、もう。


 ときめいちゃって、ときめいちゃって。


 パンクしそうだ。


 おかげで、あらゆることに意欲的

積極的になれそうな気がしている。


 ……だが。


 気になることも、いくつかある。


 まず、シフがこの間

ブローチの中から飛び出した精霊たちを見て、


『これって、デジャブ?』


 と言ったこと。


 あれは、シノンと何か関係があるんだろうか。


 ふたつめ。


 コレーが言った、


『本当のシフが』


 という言葉。


 あれは、どういう意味なんだ?


 シノンのことを言ってたのか?


 でも、そんな言い方、おかしくないか。


 僕とコレーの間でだって

どちらか一方を『本当の僕』だなんて言わない。


 どっちも本当の僕だろ?


 違うの?


 三つめ。


 シノンが、シフの双子の姉だと

みんなに認識されていること。


 シフの家族まで、そう信じているらしい。


 それって、魔法か催眠術か、何か

使ってるってことだろ?


 その手があるなら、うちでも使ってほしかったね。


 僕とコレーだって

双子ってことにしてもらえばよかったじゃないか。


 わざわざ半分ずつになって

ひとつの体を共有する必要なんか

なかったんじゃない?


 シフたちは複合体形成も二倍体作戦も使わずに

済んでる。


 なのに、こっちはふたりで一人分。


 肉体は一人分。


 霊体は二人分。


 ややこしいじゃないか。


 それとも、うちの家族に

その手が使えない理由でもあるのかね?


 そりゃ、親戚中、学校中、知り合い中に

催眠術をかけるのは大変かもしれない。


 範囲の設定が難しいだろうし。


 シフの家は、忙しいパパと婆やさんだけだから

簡単なのかな。


 うちは、ややこしい親戚が

多いかもしれないけどさ。


 そんな問題か?


 だいたい、あっちはシフとシノン

ふたりいるんだよ。


 こっちは僕とコレー、ふたりで一体。


 これじゃ、手も足も出ない。


 出せないよ。


 どーにもこーにも……。


 うん。


 あ、いや。


 べつに、まだ、というか

ナニするわけでもないんだけどね。


 コレーにとっても不便なんじゃないかと

僕も気を使ってるんだよ。


 そういえば、複合体は

定期的に元に戻すメンテナンスが必要だって

コレーが言ってたっけ。


 ということは、僕らが

別々の体になるチャンスがあるわけだ。


 ねえ、コレー。


 聞いてるんだろ?


 黙ってないで、なんとか言ってよ。


 どっちにしても

僕自身には何も出来ないんだから

コレーの判断に任せるしかないんだけど。


 せめて、納得のいく説明が欲しいんだよ。


 そして四つめ。


 この間、コレーの『電話』を

横で見聞きしていた時のことだ。


 なんで、あんな芝居をしたんだろう?


 僕に聞かれると困ることでもあったのかな。


 あの時から『薄情なオンナ』という印象が

ついていたコレーの彼女。


 それが、薄情どころか

あっちの次元でコレーの研究を支援していた企業の

CEOの娘だったんだって。


 研究助手も出来て

おまけに第一級の諜報員でもある。


 凄すぎる!


 しかも、シフそっくりのすっごい美人!


 それはともかく。


 ふたりは一緒にこっちの次元へ来たんだろ?


 だったら、あの『電話』の時には

シノンももうこっちに来てたってことじゃないか。


 なんで僕に嘘ついたんだろう。


 ちょっと水臭いよな。


 でも、あの時のコレーは

本当に泣いていたと思うんだけど。


 最初の日に打ち明けてくれた

お涙頂戴的な話が本当なら

コレーとシノンは僕とシフに助けを求めて

アクセスしてきたことになる。


 だけど、どうも違うような気がする。


 第一、コレーは研究の支援者の娘と

付き合ってるんだよ。


 支援どころか

将来まで約束されてるようなもんじゃないか。


 そんなことくらい、僕にだってわかる。


 研究を続けたいだけなら

あっちの次元の方が

よっぽど優秀な人材が揃ってるんじゃない?


 ここじゃなくたって

もっと凄い別次元がありそうなものだ。


 気になることは、まだまだいっぱいある。


 こんなふうに僕が不満を抱えていることも

コレーには全部お見通しなんだろう。


 答えてくれたくても、


『こっち側では解説しにくい』


 なんて言うこともよくある。


 聞かせてもらったところで

僕には理解できないこともあるんだろうな。


 実際、コレーが何か言いかけて

諦めることもある。


 コレーにとっちゃ、頼りないんだろうな。


 僕って。


 そんなこんなで、モヤモヤが止まらない。


     *


 放課後。


 下校しようとしていた僕――と

コレーの複合体――のところへ

シフとシノンがやって来た。


「ソレイユ、双子の姉のシノンよ。よろしくね」


 シフは、周りにも聞こえるように言った。


 そして、周囲を気にしながら

少し声を落として囁いた。


「本当の私よ」


 ……まただ。


 コレーも言ってたけど。


 なんでシフ自身が

シノンのことを『本当の私』だなんて言うんだ?


 今度はシノンが、ぐっと顔を近づけてきた。


 キスしようとしてるのかと思うほど近い。


 ドキッとした。


 でも、寸止めのところでとどまって

小さな声で囁いた。


「コレーもいるのね。よかった。

ありがとう、ソレイユ。

こんなに危険なことに協力してくれて」


 ……え?


 危険?


『何が? 何が危険? 何か危険なの? 

やっぱり危険なの?』


 僕は頭の中で大騒ぎした。


 どうしよう。


 危険なんだ。


 今頃になって狼狽えて、どうする、僕。


 すると、僕の中のコレーが

共有している口を使って、シノンに耳打ちした。


「イユルのところで研究を継続してる。

キミたちのメンテも……」


 そこまで言って、口を噤んだ。


 研究?


 継続してたっけ?


 僕たち、自由研究の提出物と

女子たちのブローチ制作だけで

手いっぱいだったはずだけど。


 それに。


 メンテ?


 シフとシノンの?


 どういうこと?


 僕は疑問を次々と頭の中でコレーに投げかけた。


 だが、返事はなかった。


 急に冷たいシャッターが下りたような感触だけが

伝わってきた。


 その向こうに、大事な何かが隠れている。


 そんな気がする。


 シャッターが下りていると感じること自体が

『察する』ことの始まりなのかもしれない。


 向こうに何があるのかまではわからなくても

何かがあることだけは感じるのだ。


 結局、今度の日曜日の午後

ふたりがうちに来るという約束をした。


 三人で。


 いや、四人で。


 ゆっくり話せるんだ。


 僕はその日を

ダブルデートみたいに楽しみに思った。


     *


 家に帰ると、僕はまず日曜日に備えて

部屋の掃除を始めた。


『イユル、気を使わなくていいよ。

会談のメイン会場はこの部屋じゃないんだから』


 コレーが脳内で話しかけてきた。


『え? じゃあ、どこなの?』


『ここだよ』


 コレーが洋服ダンスを指差した。


 いや、僕の手で指差した。


 そういえば、複合体を作った時以来

着替える時しか中を覗いていない。


 コレーは研究を継続してるって言ってたね。


 それって、誰がやってるの?


 まさか、お休みしてるはずの僕たちの半分?


 あれって、幽霊みたいなもんでしょ?


 いや、幽霊も入ってない、空っぽの体だよね?


 ねえ。


 ねえ、ねえ、ねえ?


 どうなってんの?


 いくら尋ねても、コレーは答えてくれない。


『日曜日までは、お預けだ』


 そう言うばかり。


『ま、でも一応、女王様がおいでになるわけだし』


 コレーは笑いながら、掃除を手伝ってくれた。


 どこから見ても、僕ひとりでやってたんだけどね。


 夕食の時には

パパとママにも日曜日の来客を伝えた。


 ふたりとも、すごく喜んでくれた。


 そして、シフだけじゃなく

シノンのことまで知っていた。


 例の『双子説』も

ずっと前から知っていたみたいに。


 たぶん、これも催眠術か

洗脳みたいなものなんだろう。


 でもさ。


 シフとシノンのことで

うちのパパとママにまで催眠術を使えるんなら

僕たちのことだって

なんとかなりそうなもんじゃない?


 なーんか腹立つよなあ。


     *


 日曜日がやって来た。


 空が少しどんよりしている。


 台風が近づいているからだ。


 ママは朝からシフォンケーキを焼いてくれていた。


 シフとシノンにひっかけて、シフォンケーキ。


 歓迎の意なんだそうだ。


 なかなか洒落てるじゃないか、ママ。


 パパは誰かと電話していた。


 話しぶりが、仕事の時とはちょっと違う気がする。


 時々、僕の方を見る。


 誰からだろう。


 何の話?


 あとで聞いてみなきゃ。


 午後3時ジャスト。


 玄関のチャイムが鳴った。


 迎えに出ると、双子らしく

お揃いのリバティ柄のワンピース姿で

女王様がふたり立っていた。


 僕は、直前まで想像していたんだ。


 ときめきすぎて

ひっくり返りそうになるんじゃないかって。


 だって、シフがうちに遊びに来るなんて

思いもよらなかったことだから。


 ところが。


 意外と落ち着いている。


 なんだ、これ。


 もしかして、脳内を共有しているコレーが

冷静沈着な分だけ

僕のときめきが差し引かれてしまうんだろうか。


 憧れの女王様がそばにいるのに、不思議だ。


 コレーだって、恋人を目の前にしてるんだから

もう少しときめいてもいいんじゃない?


 わかんないけどさ。


 それはそうと。


 瓜二つの女王様ふたりを、見分けられるかって?


 もちろんさ!


 透明感を漂わせている方がシフ。


 浮世離れしている方がシフ。


 水色のワンピースを着て

水饅頭ブローチをつけている方がシフだ。


 オレンジ色がよく似合うシノンは

シフより濃厚で、自発的な雰囲気を醸し出している。


 僕とコレーも個性ははっきり違うけど

彼女たちの『違い』は

何か個性とは少し違う気配がする。


 なんだろうな。


 ふたりはママとパパにも挨拶した。


 まるで前から知り合いだったように

自然に会話している。


 みんなでシフォンケーキを食べ

お茶を飲んでいると

ふと、懐かしさが胸をよぎった。


 初めてじゃないような。


 ずっと前にも、こんなことがあったような。


 込み上げてくるほどではない。


 一瞬だけ、すっと通り過ぎた。


 僕の予感?


 それとも、コレーの記憶?


 この間、シフも言ってたっけ。


 デジャブ。


 僕のこれも、そうなのかな。


 でも、その感覚はすぐに消えてしまった。


 お茶会が済むと

ふたりに僕の部屋へ上がってもらった。


「イユルの研究所へようこそ」


 コレーが、僕と共有している口で言った。


 そして、共有している手で洋服ダンスを開けた。


 シフとシノンを中へ案内する。


 洋服ダンス研究所へ。


     *


 研究所に入ると

コレーはすぐに例の装置を見に行った。


 冬眠カプセルのような

大きな人形ケースのような

『複合体形成装置』だ。


 僕は内心、ちょっと喜んだ。


 メンテナンスを楽しみにしてたんだよー。


 だって、ちゃんと2対2になれるんだもん。


 ところが。


「あれ? まだ帰ってきてない。

3時には帰ってくるように

セットしておいたんだけど」


 コレーが首をかしげた。


 ケースに保管してあるはずの

僕らのサブ複合体がいない。


 それだけじゃない。


 洋服ダンスの扉から研究所に押し込んだはずの

あの大きな水饅頭。


 DOCONANI3号の本体まで、見当たらない。


 ……え?


 どこ行ったの?


 コレーは全然狼狽えていない。


 だから、とりあえず僕も気にしない。


 気にしてないよ。


 でも、大丈夫かな。


 サブ複合体がないってことは

僕たち元に戻れないじゃん。


 シフとシノンも、少しだけ青ざめたように見えた。


 でも、取り乱したりはしない。


 女子って、本当に何があっても動じないよな。


「何回も実験を繰り返してるから

少し押してるのかも。気にしないで」


 コレーがそう言い終わらないうちに。


 ボン!


 研究室の真ん中に、デカい水饅頭が現れた。


 そして、その中から。


 僕らの『片割れ』が降りてきたじゃないか!


 なんと。


 動いてるし!


 僕とコレーの半分ずつは

ずっと眠っているものだと思っていた。


 それが、DOCONANI3号に乗って

どこかへ出かけていたらしい。


 僕には、片割れが動いていることなんて

まったく知覚できていなかった。


 コレーが陰で動かしていたのかな。


 そう思った途端、コレーが僕たちの口を開いた。


「イユル。僕らふたりの意識は両方とも

学校に通ってる方の、こっちの体に入ってる。

それはわかってるよね?」


「うん」


「今帰ってきた方は、人工知能で動かしてるんだ」


 人工知能?


「ボクの次元では、みんな

研究所で『彼』みたいな人工知能に

研究助手をさせてるんだよ。

生命体の複合体に馴染みやすいタイプだから

入っているとヒトっぽく見えるけど

ヒトの魂とはまた違う」


 僕は、目の前のもうひとりの僕を見た。


 向こうも、こっちを見ている。


 なんだか、変な感じだ。


「今日は人工知能の彼を休ませて

僕らを別々の体に戻そうと思ったんだ。

せっかくカノジョたちが来てくれたんだし

『みんな』メンテナンスしなきゃならない。急ごう」


 みんな?


 今、みんなって言った?


 まあ、いいか。


 とにかく、元に戻れるんだ。


「ゴメン、ちょっとハダカになりますので……」


 今度は僕が言った。


 だって、恥ずかしいじゃん。


 シフとシノンは

慌てることもなく向こうを向いてくれた。


 僕らは人工知能の『彼』と一緒に服を脱ぎ

装置に入った。


 複合体が分離する。


 半分ずつだった体が、元に戻っていく。


 そして。


 装置の蓋が開いた。


 僕は、自分だけの体で外へ出た。


 ……と思った途端。


 気を失った。


     *


「大丈夫?」


 誰かが僕の顔を覗き込んでいる。


 ぼんやり目を開けると、僕は床に寝かされていた。


 そばには、オレンジ色のワンピースを着たシフが

腰を下ろしていた。


 あれ。


 シフって、水色じゃなかったっけ。


 いや、そんなことより。


 僕、装置から出た時はハダカだったはずだよな。


 倒れた直後、どうなっていたのかは定かじゃない。


 でも今は、ちゃんと服を着ている。


 よかった。


 ホッとした。


 それにしても、頭が変な感じだ。


 さっきまで共有していたコレーの気持ちの重さがなくなって、一挙に軽くなった。


 まるで脳に隙間ができたみたいに、ユルユルだ。


 そのショックで倒れてしまったらしい。


 コレーの方を見ると

水色のワンピースを着たシノンと抱き合って

キスしていた。


 ああ。


 今まで僕とひとつの体に入っていたから

我慢してくれてたんだな。


 きっと。


 別次元の僕であるコレーと

別次元のシフであるシノン。


 こんな素敵な恋人同士だったってことは

何よりも希望の光だ!


 僕も頑張らねば。


 別々の体になれるのは、今だけだ。


 告白するなら、今しかない。


 僕は起き上がって座り直した。


「あ、あの、シフ。僕、僕ね、前から君のこと……」


 その時。


 シフの視線が、僕の向こう側へ移った。


 目を白黒させたかと思うと。


「キャーーーーーーーーっっっっっっ!」


 叫んだ。


 泡を吹いて卒倒しそうになった。


 僕は慌てて抱きとめた。


 ナニゴトだ!


 振り返ると。


 水饅頭本体の中から

奴らがゾロゾロ降りてきていた。


 可愛い精霊こと、密偵の連中だ。


 バラバラに現れてもキモい『なり』をしてるのに

これだけまとまると恐ろしい迫力だな。


 あれ?


 シフったら、どうなってんの?


 この間、ブローチを渡した時は、全然平気だったのに。


 余裕綽々で『デジャブ?』なんて

言ってなかったっけ。


 まあ、これだけ大挙して現れたら

嫌いじゃなくてもおったまげるか。


 コレーが大慌てで、連中を制した。


「ごめんごめん! 忘れてたよ!」


 そして、僕たちに説明した。


「登校日に学校で

偵察のために散り散りバラバラになっただろ。

あのあと、ちょっとモタついてた奴らが

目撃されちゃって

学校中に殺虫剤をまかれちゃったんだって」


 ええっ。


 それは大変じゃないか。


「まだ作戦も始まってないし

密告内容なんか全然ないのに

ボディを手放して『あっち』へ帰ったりしたら

それこそ

どこかの次元から来たスパイ扱いされるからね」


 コレーは、逃げ惑う精霊たちを見回した。


「彼らも手ぶらでは『あっち』に渡れない。

ちゃんと仕事して手柄を立てる目的じゃないと

死ぬに死ねないんだ。

それで、全員救出してきたんだよ」


 なるほど。


 精霊にも、いろいろ事情があるんだな。


「ほらほら、みんな。向こうの部屋で休憩してて」


 コレーは、研究所の奥に続く別棟へ

連中を誘導した。


 ……って。


 いつのまに、こんなに奥行きが広くなってるんだ?


「精霊たちが密偵の役割を果たすためには

諜報員たちの理解が必要なんだけど……」


 コレーがため息をついた。


「キミんとこの諜報員たちと

彼らとのコンビネーションは、大丈夫なのかな」


 それ。


 僕も最初から心配してたんだけど。


     *


 腰が抜けて立てなくなっていたシフを

みんなで支えて椅子に座らせた。


 今さら言うまでもないけど

洋服ダンス研究所の中には、デスクも椅子も

実験機材らしき道具や器具まで

いろんなものが揃っている。


 どうやら、コレーたちの研究所で

以前使われていたものを再現しているらしい。


 レプリカには違いないのに

ちゃんと中古感まで漂わせている。


 机のキズ。


 壁のシミ。


 心憎い演出だ。


 雰囲気って大事だよな。


 そんなことを考えていた時

シフを椅子に座らせるのを手伝っていたシノンが

ふと視線を落とした。


 ほんの少し、涙ぐんでいるように見えた。


 その視線の先には、椅子の背があった。


 何か、名前が書いてある。


「句義スサノオ?」


 僕が読み上げると、コレーが言った。


「シノンのパパだ」


 シノンは、椅子の背に刻まれた名前を

そっと指でなぞった。


「行方不明なんだ。

ボクの研究をサポートしてくれていた

企業のCEOで、同時に

尊敬すべき研究者でもある」


「いまは行方不明なだけで

この次元にきっといる。私にはわかるの」


 シノンは、気持ちを立て直そうとするように

明るい声で言った。


「こっちの次元に来てるの?」


 僕が尋ねると、コレーが答えた。


「前に少し話したけど

実は1号機が行方不明になる事故があってね。

その事故のことは

まだ詳しく言えないんだけど……」


 コレーは言葉を選びながら続けた。


「シノンのパパは

2号機で1号機を追いかけたまま行方不明になった。

それで、ボクたちは3号機に乗って

探しに出てきたんだ。

多分、この次元にいるはずだと目星をつけてね」


「本当の理由は、それだったんだね」


「うん。実はそうなんだ」


 コレーは頷いた。


「手がかりもなく漠然と来たんだけど

ここの近くまで来たら

この次元のボクであるキミから

ものすごい引力を感知したんだ」


 ……僕から?


「キミ、夢の中にまで

『自由研究のネタがほしい』って願望を

持って出てただろ?」


 あ。


 それか。


「夢って、次元の外にまで出てる

放送みたいなもんなんだよ。

ボクがキミの圏内に近づいてたから

ものすごく引っ張られちゃって」


 夢が放送。


 しかも、別次元まで。


 なんだか恥ずかしい話だな。


「それで、『さてはこの次元のボクだな』って

気づいて、来てみたら、やっぱり間違いなかった」


「他人の空似かもしれないって思わなかったの?」


「キミが寝てる間に

指紋や虹彩もチェックした。

全部ボクと同じなんだよ」


 寝てる間に、そんなことまでしてたのか。


「それで、キミの望みを叶えたら

協力を仰げるっていう、交換条件を考えついたんだ」


 交換条件。


 最初の日に、確かにそう言ってたっけ。


「シノンも一緒に来てたけど

キミのところに来る直前に

シフの居所も感知できたから

シノンを降ろしてきたんだ」


 コレーは、少し申し訳なさそうに笑った。


「説明が遅くなってごめんよ。

徐々に話せる状況になってきたから話してる。

今日まで、ちゃんと協力関係を築いてこられたから

話せるんだ」


 そうだったのか。


 コレーの脳内を共有していた時

ところどころジグソーパズルのピースみたいに

見えていたものがあった。


 でも、いつもどこかに制限がかかっているようにも

感じていた。


 悪意じゃなく、誠意でそうしてくれていた。


 それは、なんとなくわかる。


「それと、最初の日の

シノンとの連絡の会話だけど」


 コレーが続けた。


「下手な芝居を打って、すまなかったよ。

シノンのパパのこともあったから

暗号で話してたんだ」


 あの『電話』か。


「あの時はまだ、いつなんどき

ボクの要求をキミに拒絶されないとも限らなかった。

だから、真実を話すわけにはいかなかったんだ」


「あの通信手段だと

どこで誰に盗聴されるかわからなかったの」


 シノンも言った。


「却って危険だったから、まだ警戒してたのよ。

ごめんなさいね」


「そうだったのか」


 僕は頭を下げた。


「色々不満ばっかり漏らして、僕の方こそごめんね」


 コレーは、ちょっとホッとしたように見えた。


 だが、すぐに何か思い出したらしい。


「そうだ。あれ、早くしないといけない」


「あれ?」


「最初の二倍体作戦の時の。何か半分にするもの

考えついた?」


 ……あ。


 忘れてた。


「『ひずみ』が大きくなって

そろそろ来そうなんだ。ほら」


 コレーは窓の外を指差した。


 大体、外から見えていない

この洋服ダンス研究所に、どうして窓があるのかも

よくわからないんだけど。


 窓の外は、さっきより一層どんよりしていた。


「台風が近づいてるせいじゃないの?」


 僕が首をかしげると、コレーが言った。


「台風って、『ひずみ』だよ。そういうことの」


「えーっ? そうだったの?」


 僕は思わず声を上げた。


「毎年20号以上出来てくるじゃん。

台風が全部、二倍体作戦の後始末なの?」


「二倍体作戦のせいばかりでもないけどね」


 コレーは、窓の外を見ながら言った。


「あちこちでボクたちみたいな困った奴とか

もっと悪い奴とかが

その場しのぎでやらかしちゃったことの

後始末には違いないんだ」


 ……困った奴。


 自覚はあるんだね。


「いいことも悪いこともあるけど

ひずみはひずみだ。それぞれにね」


「じゃあさ」


 僕は思いついた。


「この台風を半分にすることで

後始末にならない?」


 コレーの表情が固まった。


「僕、なんか変なこと言った?」


「ううん。変じゃないよ。思いつきはいいんだけどね」


 コレーは、少し考えてから続けた。


「実を言うと、『どの台風がボクらのせいなのか』

って判断までは出来ないんだよ。

今回のかもしれないし

あとの、もっと大きいのかもしれない」


 そんな。


「台風になっちゃったら

もう台風として成り行きに任せるしかないんだ。

でも、後始末は後始末として

必ずやっておかなくちゃいけない」


 コレーは僕を見た。


「他にキミが思いつかないなら

ボクに考えがあるから任せてくれる?」


「……うん?」


「その場合、何を半分にしたかっていうのは

教えられなくなるけどね」


 やだな。


 なんだか、気になる。


 何を半分にするつもりなんだろう。


 今は複合体じゃない。


 別々の体で、別々の頭だ。


 コレーの脳にすり寄って

推察を試みることも出来ない。


 あとでまた脳がひとつになったら

少しは察することが出来るかな。


 でも。


 主に晩ご飯のためとはいえ

また複合体にならなくちゃいけないのも

気が進まないな。


 そんなこんなで、時間だけは

どんどん過ぎていった。


 今日のところは作戦会議を中断して

台風が来る前にシフとシノンを

家へ帰してあげなくちゃ。


 さっき、告白のチャンスも逃しちゃったし。


 次回は頑張らなくちゃ。


 ……でも、なんだか気が抜けたような。


「さ、イユル。お見送りの時間だから

複合体に変身だよ」


 コレーに言われて、しぶしぶ装置に入った。


 あーあ。


 また、いつ自分だけの体に戻れるやら。


 トホホのホだよ。


     *


 複合体に戻ってから、僕はほとんど喋らなかった。


 喋る元気がなかったんだ。


 複合体に馴染めていないわけじゃない。


 むしろ、前よりも心身ともにすんなり馴染むようになった気がする。


 ただ、シフとシノンの前では

僕は自分が『残念なおこちゃま』だと

思い知らされるばかりだった。


 同じ顔。


 同じ体。


 なのに、コレーとして喋っている時の方が

堂々としてる。


 イケメンに見える。


 知的だし。


 複合体なのに、僕よりコレーの存在の方が

大きく占めているような気がする。


 なんだか、気後れしてしまう。


 かといって

元どおりの自分になった時はどうなのか。


 それもまた、いっぱいいっぱいで

思いどおりに力を出しきれていない。


 どうしようもないよね。


 あー。


 僕って、このままでいいんだろうか。


 コレーが、僕と一緒の口で

今後の計画をシフとシノンに話している。


 でも、僕の脳は文字どおり右から左だった。


 やがて、シフの家から迎えの車が来た。


『僕ら』はエントランスまで見送った。


 シフとシノンのリバティ柄のワンピースが

並んで遠ざかっていく。


 その後ろ姿を見ながら、ふと、不思議に思った。


 ……あれ?


 気のせいかな。


 うちに来た時と帰る時。


 着ている色が、入れ替わっているような気がした。


     *


 ふたりが帰ると、僕らは部屋に戻った。


『もう少し喜んでもらえるかと思ったんだけどな』


 コレーが、僕の脳に問いかけた。


『うん。自分でも、そう思ってたんだけど。

ちょっと、思ってたのと違う感じ』


『そう?』


『なんか調子狂っちゃってさ。 

君たちと同じように

恋人同士になれるのなら最高なんだけど……

でも……』


『でも? でも、どうなの?』


『なんか、なんか、違う気がするんだ』


『そっか。それはそれで仕方ないよ。

無理するようなことでもないし』


『でも、コレーとシノンは恋人同士なのに

こっちの僕らはなんで違うの?』


『そんなこと、別次元の間では

いくらでもあることだよ』


 コレーは、いつものように落ち着いて答えた。


『次元の数だって計り知れないんだからね。

あっちでは恋人同士でも

こっちでは親子だったり

そっちでは兄弟姉妹だったり。

いろんなケースがあるんだよ』


『へえ……』


『敵味方だったり

そもそも出会ってないことだってある。

キミとシフは出会っていて、いい友達なんだし

憎み合ってるわけじゃないんだから

それでいいじゃない』


『うん……』


『それより、明日の月曜。

諜報員たちに召集をかけて

密偵たちとちゃんと顔合わせしとかないとね』


 あ。


 そうだった。


 そっちが本来の仕事だった。


『キミが日頃から尽くしてるから

彼女たちも尽力してくれると思うし』


『うん。わかった』


 僕は頷いた。


『女子たちが奴らを退治しちゃったりしないかが

心配だけど

僕もみんなに理解してもらえるように頑張るよ』


 そう言えば。


 今度は、複合体での会話が

前後左右から被ってこない。


 チューニングが良くなってる?


 メンテナンスの前と比べたら

少しスムーズに話せる気がする。


 慣れかな。


 明日は、水饅頭ブローチの機能と

精霊たちのあり方、密偵としての使命を説明して

ちゃんと理解してもらわなくちゃ。


 女子たちのことだから、きっと協力してくれる。


 ……してくれるよね?


     *


 晩ご飯の時、パパが昼間の電話のことを

話してくれた。


「さっき、テレビ局から連絡があったぞ」


「え?」


「イユルの

『インセクトアート・コレクションⅢ』が

巷で大人気なんだって」


 パパは、なんだか嬉しそうだ。


「あれを作った人に会いたいとか

あれは何かを参考にして作ったのかとか

各方面から問い合わせがあるらしい。

学校にも取材要請してるって」


 ……ええっ。


 テレビ局?


 取材?


 パパは笑いながら言った。


「おまえも有名人になったな」


 有名人。


 僕が?


 ……いやいやいや。


 ちょっと待ってよ。


 あれは、ただの美術作品じゃないんだってば。


 中にいるのは、標本じゃない。


 密偵なんだよ。


 しかも、あいつら。


 毎日ポーズを変えてるんだよ。


 そんなのがテレビに映っちゃったら

どうなるんだ?


 僕は、唐揚げをひとつ箸でつまんだまま

固まってしまった。







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