ミルのリラクゼーションクラブ 第二回
第二回 半分だけお休み
「ソレイユ、ちょっと相談があるの」
ミルが、僕のところへやってきた。
「どうしたの?」
「次のクラブ活動なんだけどね」
「うん」
「みんなで、何もしない時間を作ろうと思うの」
……。
「何もしない?」
「そう!」
「……何をするの?」
「だから、何もしないの!」
……。
……。
僕は、しばらく考えた。
「……それって、活動になるの?」
「なるわよ!」
ミルは、にっこり笑った。
「いつも何かしてなくちゃいけないって
思ってる人、多いでしょう?」
「うん」
「だから、何もしなくていい時間を作るの」
……。
なるほど。
「いいね!」
「でしょう?」
「どのくらい?」
「三十分!」
……。
三十分。
「長いね」
「そう?」
「何もしないで三十分って、結構長くない?」
ミルは、少し考えた。
「じゃあ、十五分にしようかな」
……。
あっさり半分になった。
*
当日。
会場は、地域の交流センターだった。
参加者は十二人。
僕は、今回も記録係。
ミルは、クラブのメンバーと一緒に
椅子を並べていた。
……。
あれ?
会場の隅に居るのは!
「セイジ!」
僕が声をかけると、セイジが振り向いた。
「何だ?」
「今日は参加するの?」
「ああ」
「へえ!」
「ミルに誘われた」
「そうなんだ」
「ワークショップの予定が狂った原因を
少し考え直したくてな」
……。
……。
真面目だなあ。
「それで、リラクゼーション?」
「そうだ」
……。
セイジの手には、小さなノートがあった。
「……何、それ?」
「記録用だ」
……。
……。
セイジ。
今日は、何もしない日なんだけど。
*
「皆さん、こんにちは!」
ミルが、前に立った。
「今日は、何もしない時間を楽しみましょう!」
……。
参加者たちが、少しざわついた。
「何もしなくていいの?」
「はい!」
「本当に?」
「本当です!」
「寝てもいい?」
「もちろん!」
……。
その瞬間。
会場の奥から、椅子の音がした。
……。
トーシローだった。
「それ、最高!」
……。
……。
いたんだ。
「トーシロー、今日は来てたの?」
「うん」
「どうして?」
「何もしなくていいって聞いたから」
……。
……。
さすがだ。
*
「では、始めます」
ミルが言った。
「まずは、楽な姿勢になってください」
……。
みんな、椅子に座り直した。
「目を閉じても、開けたままでも大丈夫です」
……。
「何か考えても、考えなくても構いません」
……。
「眠くなったら、寝てもいいですよ」
……。
その時点で。
トーシローは、もう寝ていた。
……。
早い。
*
五分経過。
……。
静かだった。
窓の外で、鳥が鳴いた。
誰かが、少し姿勢を変えた。
……。
セイジは、目を閉じていた。
……。
いや。
片目だけ開けて、時計を見た。
……。
……。
セイジ。
何もしないんじゃなかったの?
*
十分経過。
……。
セイジが、そっとノートを取り出した。
……。
何か書いている。
僕は、隣から覗いた。
『開始から十分。特記事項なし』
……。
……。
そりゃそうだ。
何もしない時間なんだから。
*
十五分。
「はい、お疲れさまでした!」
ミルが言った。
……。
みんなが、ゆっくり目を開けた。
「どうでしたか?」
年配の女性が、手を挙げた。
「最初は落ち着かなかったけど
途中から気持ちよくなりました」
「よかったです!」
若い男性が言った。
「何もしちゃいけないと思ったら
かえっていろんなことを考えちゃいました」
「それでもいいんですよ」
ミルは笑った。
「無理に考えを止めなくていいんです」
……。
なるほど。
*
「セイジはどうだった?」
ミルが尋ねた。
「……」
セイジは、少し考えた。
「難しかった」
「どうして?」
「何もしてはいけないという条件が
気になってしまった」
「……」
「何もしない状態を維持するには
どうすればいいのか考えていた」
……。
……。
セイジ。
何もしないために、頭をフル回転させてたのか。
「それもいいんじゃない?」
ミルが言った。
「え?」
「考えちゃ駄目ってわけじゃないもの」
……。
セイジは、少し驚いた顔をした。
「……そうなのか」
「そうよ!」
……。
……。
セイジ。
また工程表がひとつ減りそうだね。
*
「トーシローは?」
ミルが呼びかけた。
……。
返事がない。
「トーシロー?」
……。
すう。
すう。
……。
……。
寝てる。
「……」
ミルは、笑った。
「まあ、いいか」
……。
その時。
「皆さまー!」
……。
……。
あ。
あの声。
入口に、おばあちゃんが立っていた。
「こんにちは!」
ミルが挨拶した。
「あら、ミルさん!」
「今日はどうしたんですか?」
「お届け物でございますの」
……。
……。
まただ。
おばあちゃんは、大きな籠を持っていた。
「皆さまに、お茶菓子を作ってまいりました」
……。
……。
僕は、思わず笑いそうになった。
この人。
どこのワークショップにも
お菓子を持ってくるんだなあ。
そこはありがたいけどね。
*
「あらまあ!」
おばあちゃんが、会場を見回した。
「皆さん、お休み中でしたの?」
「はい。今日は何もしない時間を
楽しんでいたんです」
ミルが答えた。
「まあ、素晴らしい!」
おばあちゃんは、手を叩いた。
「何もしないことも、大切ですものねえ」
……。
そう。
そうなんだけど。
「ところで、ミルさん」
「はい?」
「そのお時間、三十分くらいございましたの?」
「最初は三十分の予定だったんですけど
十五分にしたんです」
……。
……。
おばあちゃんの目が、ほんの少し輝いた。
「まあ」
「……?」
「半分に?」
「はい」
「それは、いいですわねえ」
……。
……。
何が?
僕は、首を傾げた。
*
「そうそう」
おばあちゃんが、会場の奥を見た。
「トーシローくんは?」
「寝てます」
僕が答えると、おばあちゃんは
嬉しそうに頷いた。
「まあ、よかった!」
……。
「よかった?」
「ええ。きちんと休んでいらっしゃるなら
安心ですわ」
……。
おばあちゃんは、トーシローのそばへ行った。
そして、そっと声をかけた。
「トーシローくん」
……。
返事はない。
「トーシローくん」
……。
すう。
すう。
……。
おばあちゃんは、少し考えた。
「……」
それから、トーシローの椅子のそばに
小さな包みを置いた。
……。
何だろう。
*
「おばあちゃん」
僕が尋ねた。
「それ、何ですか?」
「あら」
おばあちゃんは、にっこり笑った。
「お弁当でございます」
「お弁当?」
「ええ。トーシローくんの」
……。
「まだお昼じゃないですよ」
「そうですわねえ」
「……」
「でも、起きたらお腹が空くでしょう?」
……。
……。
なるほど。
親切だ。
……。
ものすごく。
*
「ところで、セイジさん」
おばあちゃんが、今度はセイジに声をかけた。
「はい?」
「今日は、いかがでした?」
「……」
セイジは、少し考えた。
「難しかったです」
「まあ」
「何もしないという条件が、僕には少し難しくて」
……。
おばあちゃんは、嬉しそうに頷いた。
「なるほど、なるほど」
……。
「でも、ミルに言われて気づきました」
「何に?」
「何もしないことを
正確にやろうとする必要はないんだと」
……。
……。
おばあちゃんは、しばらく黙っていた。
そして。
「まあ、素晴らしい!」
……。
その目が、少しだけ鋭くなった。
「セイジさんは、ご自分で決めた方法を変えることも、おできになるんですねえ」
「……」
「それは、なかなか難しいことですわ」
……。
セイジは、少し照れたようだった。
「……ありがとうございます」
……。
僕は、何となくおばあちゃんを見た。
……。
この人。
本当に、ただのお節介な人なのかな。
*
「さて!」
おばあちゃんが手を叩いた。
「では、皆さまにお茶をお出ししましょう!」
……。
……。
ミルが笑った。
「ありがとうございます!」
……。
おばあちゃんは、忙しそうに動き始めた。
お茶を淹れる。
お菓子を並べる。
お皿を配る。
……。
……。
何もしない時間が終わった途端
ものすごい活動量だ。
*
しばらくして。
トーシローが、目を覚ました。
「……あれ?」
「おはよう」
僕が声をかけた。
「……終わった?」
「うん」
「……何分?」
「十五分」
……。
トーシローは、時計を見た。
「……」
「どうしたの?」
「……短い」
……。
「そう?」
「うん。全然足りない」
……。
……。
トーシロー。
お前にとって十五分は
寝返り一回分くらいなのか。
*
「トーシローくん!」
おばあちゃんが、嬉しそうに駆け寄った。
「起きました?」
「……はい」
「お弁当、作ってまいりましたのよ」
「……ありがとうございます」
「それから、これも」
……。
おばあちゃんは、小さなメモを差し出した。
「……何ですか?」
「生活の記録表ですわ」
……。
……。
トーシローの顔が、曇った。
「また……?」
「ええ!」
「……」
「今日は、睡眠時間を
きちんと記録してみましょうね」
……。
……。
トーシロー。
逃げられなかったね。
*
帰り道。
「ミル」
僕が呼ぶと、ミルは振り向いた。
「何?」
「今日の活動、よかったね」
「うん!」
「何もしないって、案外難しいんだな」
「そうでしょう?」
「でも、楽しかった」
「よかった!」
……。
ミルは、嬉しそうに笑った。
……。
その時。
後ろから、トーシローが追いついてきた。
「イユル!」
「何?」
「聞いてくれ!」
「どうしたの?」
「おばあちゃんが
睡眠時間を半分にしてみないかって!」
……。
……。
「半分?」
「そう!」
「どうして?」
「七時間でも十分でしょうって!」
……。
……。
僕は、少し考えた。
「まあ、十四時間寝てるなら、七時間でも……」
「駄目だよ!」
「え?」
「研究時間が半分になる!」
……。
……。
そうだった。
トーシローにとって、睡眠は研究だった。
……。
いや、待てよ。
もともとは、別次元の自分に会いたくて
眠っていたんじゃなかったっけ?
それがいつの間にか宇宙艦隊総司令官になり
睡眠研究者になり……。
……。
まあ、いいか。
理由なんかどうでもよくて
とにかく寝られればいい。
それが、トーシローだった。
「それで、どうしたの?」
僕が尋ねると、トーシローは、深刻な顔で言った。
「断った」
「……」
「そしたら、おばあちゃんが」
「うん?」
「じゃあ、まずは十分だけ
短くしてみましょう、って」
……。
……。
「十分?」
「そう!」
「それなら、いいんじゃない?」
「駄目だよ!」
「どうして?」
「それを毎日続けたら
いつかゼロになるかもしれない!」
……。
……。
トーシロー。
十分長くは簡単だけど
十分短くは出来そうにないな。
*
その夜。
巣空邸のダイニングルームでは。
「シフお嬢様」
おばあちゃんが声をかけた。
「なあに?」
「今日は、たいそう勉強になりましたの」
「そう」
「何もしないことについて
皆さんで考えていらして」
「へえ」
「それが、とても興味深くて」
……。
シフは、おばあちゃんを見た。
「何が?」
「時間の使い方でございますよ」
「……」
「人によって、余っている時間も
足りない時間も違いますでしょう?」
「そうね」
「それを、うまく分け合えたら
素晴らしいと思いません?」
……。
……。
シフは、少し考えた。
「時間を、分け合う?」
「ええ」
おばあちゃんは、にっこり笑った。
「半分ずつ、なんて」
……。
……。
シフは、静かにカップを置いた。
「……おばあちゃん」
「はい?」
「それ、本当に時間の話?」
……。
おばあちゃんは、少し驚いた顔をした。
……。
そして。
「まあ、シフお嬢様ったら」
にこにこ笑った。
「難しくお考えになりますのねえ」
……。
……。
シフは、黙った。
……。
この人。
本当に、何をしに来たのだろう。




