セイジのキッチリすぎるワークショップ 第一幕
セイジのキッチリすぎるワークショップ
第一幕 『予定外の予定』
「イユル。相談がある」
セイジが、分厚いファイルを抱えてやってきた。
「どうしたの?」
「ワークショップを開こうと思う」
「へえ!」
「チロリアンテープを使った小物作りだ」
……。
僕は、ちょっと驚いた。
「あのテープで?」
「いや、例のコレクションは使わない。
市販の新しいものを用意する」
「そうなんだ」
「参加者が作業している間に
別のテープの模様も観察したい」
……。
なるほど。
セイジらしい。
「何を作るの?」
「小さな布製のケースだ」
「いいね!」
「作業時間は九十分」
「うん」
「材料の裁断は事前に済ませておく」
「うん」
「工程は全部で十二」
「……十二?」
「各工程の所要時間も計算した」
……。
セイジは、ファイルを開いた。
そこには、細かな表がびっしり並んでいた。
……。
……。
「セイジ」
「何だ?」
「これ、ワークショップの準備?」
「そうだ」
「……工場の生産計画じゃなくて?」
「違う!」
……。
怒られた。
*
会場は、ママの教室を借りることになった。
ママは、セイジの計画書を一通り読んで
にっこり笑った。
「よく準備したわね」
「ありがとうございます」
「でも、少し余裕を持たせた方が
いいかもしれないわ」
「余裕?」
「ええ。初めて針を持つ人もいるでしょう?」
「その点も計算してあります」
「そうなの?」
「個人差を考慮して
各工程に三十秒から二分の余裕を設けました」
……。
……。
ママは、しばらく黙った。
そして、優しく言った。
「もう少し大きな余裕があっても
いいかもしれないわね」
「……」
セイジは、ノートに何かを書いた。
……。
たぶん、余裕時間を計算し直している。
*
当日。
参加者は八人。
ミルも手伝いに来ていた。
僕は、記録係。
セイジは、教室の前に立っている。
机には、材料がきれいに並んでいた。
布。
糸。
針。
定規。
チロリアンテープ。
……。
全部、同じ向き。
同じ間隔。
……。
きれいすぎる。
「それでは、始めます」
セイジが時計を見た。
「現在、十時ちょうどです」
……。
「本日の作業は九十分。
完成予定時刻は十一時三十分です」
……。
参加者たちは、真面目に頷いた。
「まず、工程表をご覧ください」
……。
全員に、紙が配られた。
一枚。
二枚。
三枚。
……。
五枚。
……。
「セイジ」
僕は、小声で尋ねた。
「何?」
「工程表、五枚もあるの?」
「説明図を含めてだ」
「……」
……。
すごいなあ。
*
「では、第一工程です」
セイジが言った。
「布の上下を確認してください」
参加者たちが、布を持ち上げた。
「次に、縫い代をとりますので
端から八ミリの位置に印をつけます」
……。
みんな、定規を当てた。
その時。
「先生!」
小学生の女の子が手を挙げた。
「はい」
「縫い代は、七ミリじゃ駄目ですか?」
……。
セイジが止まった。
「……なぜ七ミリに?」
「その方が、かわいいと思うから」
……。
……。
「かわいい?」
「うん!この布
八ミリだと元のかわいい模様がつぶれちゃうの」
……。
セイジは、少し考えた。
「今回は、八ミリで統一してください」
「私のは六ミリじゃないと」
「私のは九ミリとらないと変」
「ではそれぞれに、まかせます」
……。
セイジが自分で決めた規格を、自分で取り消した。
しかも、開始五分。
……。
第一の危機は、乗り越えたと言えなくもない。
*
「先生!」
今度は、年配の女性が手を挙げた。
「はい」
「糸の色、変えてもいいかしら?」
「……」
「この布には、こっちの色が似合うと思うの」
……。
セイジは、工程表を見た。
「……糸の色は指定していますが」
「そうなの?」
「はい」
「でも、こちらの方が素敵じゃない?」
……。
女性は、赤い糸を持ち上げた。
確かに、かわいい。
ミルが横から言った。
「いいと思う!」
……。
セイジが、ミルを見た。
「ミル」
「何?」
「色を変えると、完成見本と違ってしまう」
「でも、自分の好きな色で作る方が
楽しいでしょう?」
「……」
……。
セイジは、しばらく考えた。
「……糸の色は自由とします」
「やった!」
……。
参加者たちが、嬉しそうに糸を選び始めた。
……。
セイジ。
開始十分で、工程表がふたつ変更されたよ。
*
さらに十五分後。
「先生!」
「はい」
「このテープ、斜めにつけてもいいですか?」
「……」
「ほら、こうするとかわいい!」
……。
「先生!」
「はい」
「余った布で、ポケットをつけてもいい?」
「……」
「先生!」
「……はい」
「私、ボタンもつけたい!」
……。
……。
セイジは、黙って時計を見た。
十時二十五分。
予定では、第四工程を終えているはずだった。
しかし。
まだ、第二工程の途中だった。
……。
「イユル」
セイジが、小声で僕を呼んだ。
「何?」
「予定が狂った」
「うん」
「大幅に」
「……うん」
「どうすればいい?」
……。
セイジが僕に相談するなんて、珍しい。
「みんな、楽しそうだけど」
「それは、わかっている」
「じゃあ、いいんじゃない?」
「……」
「時間が足りなかったら、できるところまでやれば」
「……」
セイジは、もう一度時計を見た。
……。
納得していない顔だった。
*
「皆さまー!」
その時、入口から声がした。
……。
あ。
聞き覚えのある声。
「お邪魔してもよろしいかしら?」
紺色のエプロン。
白いブラウス。
にこにこした顔。
……。
おばあちゃんだった。
「こんにちは!」
ミルが手を振った。
「あら、ミルさん!」
「おばあちゃん、今日はどうしたんですか?」
「ちょっと、お届け物がございまして」
……。
おばあちゃんは、大きな籠を持ち上げた。
「皆さまに、おやつを作ってまいりましたの」
……。
……。
おやつ?
「わあ!」
参加者たちが、嬉しそうに声を上げた。
……。
セイジが、時計を見た。
十時三十二分。
……。
おやつの時間ではない。
*
「おばあちゃん」
セイジが言った。
「はい?」
「今、ワークショップの途中なんです」
「まあ、そうでしたの」
「休憩は十一時の予定です」
「それは失礼いたしました」
……。
おばあちゃんは、素直に頭を下げた。
「では、十一時にお出ししますわね」
「ありがとうございます」
……。
よかった。
セイジの予定が、これ以上狂わずに済んだ。
……。
ところが。
「そうそう!」
おばあちゃんが、急に顔を上げた。
「こちら、何を作っていらっしゃるの?」
「チロリアンテープを使ったケースです」
「まあ!」
おばあちゃんの目が輝いた。
「すてきですこと!」
……。
そのまま、机を覗き込む。
「この配色、いいですねえ」
「ありがとうございます」
「こちらの花模様のもかわいいわ」
「ええ」
「まあ、蝶もいる!」
……。
……。
セイジの顔が、少し変わった。
「……蝶?」
「ええ。ほら、こちらに」
おばあちゃんは、小さなテープを指さした。
……。
普通の市販品だ。
例のコレクションとは、別のもの。
……。
でも。
蝶の模様があった。
*
「それ、ちょっと見せてもらえますか?」
セイジが尋ねた。
「もちろん」
参加者の女性が、作品を渡した。
セイジは、じっと見つめた。
……。
「……」
「先生?」
「……」
セイジは、拡大鏡を取り出した。
……。
あ。
また始まった。
「どうしたの?」
僕が尋ねると、セイジは小声で答えた。
「この蝶、少しおかしい」
「……え?」
「右の翅の模様が、左右対称になっていない」
「普通にあるんじゃない?」
ミルが言った。
「デザインによっては
そういうこともあるでしょう?」
「もちろんだ」
セイジは頷いた。
「やっぱり、違う」
……。
「何と?」
……。
「ほら、こっちが、購入した時の写真だ」
セイジは、スマホを取り出した。
購入前の見本の画像と
作品のチロリアンテープを比べて見せた。
「ほら、ここ、見てくれ」
……。
確かに。
蝶の模様が、少し違う。
「でも、同じ製品でも少しずつ違うことはあるよね」
僕が言うと、セイジは頷いた。
「そうだ。製造時の個体差も考えられる」
……。
セイジ。
冷静だ。
「だから、これだけでは何とも言えない」
……。
その時だった。
「あらまあ!」
おばあちゃんが、嬉しそうに声を上げた。
「ちゃんと見つけられましたのね!」
……。
……。
僕たちは、一斉におばあちゃんを見た。
「……何を?」
セイジが尋ねた。
「蝶の模様でございますよ」
「……」
「こういう細かなところに気づく方は
なかなかいらっしゃいませんもの」
……。
……。
セイジは、じっとおばあちゃんを見た。
「……ご存じだったんですか?」
「何を?」
「模様が違うことです」
……。
おばあちゃんは、少し考えた。
「……」
「……」
「あら」
……。
「私、そんなこと申しました?」
……。
……。
まただ。
*
おばあちゃんは、すぐに笑顔に戻った。
「ほほほ。年を取ると
つい余計なことを申しますわねえ」
……。
僕とミルは顔を見合わせた。
……。
セイジは、拡大鏡を置いた。
「……」
それから、静かに言った。
「続けます」
……。
すごいじゃないか、セイジ。
ちゃんと気持ちを切り替えられた。
*
十一時。
予定どおり、おやつの時間になった。
……。
いや。
予定どおりではない。
作業は、まだ半分も終わっていなかった。
でも、参加者たちは楽しそうだった。
おばあちゃんの作った小さな焼き菓子が
机に並んでいる。
「おいしい!」
「まあ、嬉しい!」
「先生もどうぞ!」
……。
セイジは、少し迷ってから、一つ受け取った。
「ありがとうございます」
……。
一口食べた。
……。
「……おいしい」
……。
おばあちゃんは、にっこり笑った。
「それはよかった!」
*
休憩が終わってから
セイジは参加者たちに言った。
「皆さん」
……。
みんなが顔を上げた。
「予定を変更します」
……。
おお。
「今日は、完成を急がず
できるところまで進めてください」
「いいんですか?」
「はい」
「好きな色にしても?」
「はい」
「ポケットも?」
「はい」
「リボンも?」
「……はい」
……。
セイジは、少しだけ笑った。
「ただし、縫い代や針の扱いなど
安全と強度に関わるところは守ってください」
……。
ママが、後ろで嬉しそうに頷いていた。
「それでいいと思うわ」
……。
セイジは、少し照れたような顔をした。
*
ワークショップが終わったのは、十一時三十分。
……。
予定どおり。
でも、完成した人は三人だけだった。
残りの五人は、途中まで。
それでも、みんな嬉しそうだった。
「次も来たいです!」
「今度は違う色で作りたい!」
「家で続きをやります!」
……。
セイジは、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました」
……。
そして。
「次回は、もっと余裕を持たせます」
……。
ママが笑った。
「そうね」
*
片づけが終わった頃。
「ねえ、セイジ」
ミルが言った。
「何だ?」
「楽しかった?」
……。
セイジは、少し考えた。
「……予定どおりには進まなかった」
「うん」
「でも」
「うん?」
「悪くなかった」
……。
ミルは、にっこり笑った。
「よかった!」
……。
僕も、なんだか嬉しかった。
*
ところが。
その日の夜。
セイジから、またメッセージが届いた。
『イユル』
『何?』
『今日の蝶のテープについて、確認したことがある』
『うん』
『見本写真と違っていた部分を、もう一度調べた』
『どうだった?』
『単なる個体差かもしれない。
だが、ひとつ気になることがある』
『何?』
『同じテープの中で
模様の繰り返し間隔が一か所だけ違う』
……。
繰り返し間隔?
『どういうこと?』
『蝶の模様が等間隔で並んでいるのに
一つだけ、隣との距離が違う』
……。
……。
『それって、製造ミス?』
『その可能性もある』
『じゃあ?』
『ただし、違うのは蝶の位置だけだ。
テープの地の織り目には
ずれや傷みが見当たらない』
……。
……。
僕は、スマホを見つめた。
……。
また、蝶だ。
*
その頃。
巣空邸の温室では。
「シフお嬢様」
おばあちゃんが声をかけた。
「なあに?」
「今日は、とても楽しいところへ
行ってまいりましたの」
「そう」
「皆さん、熱心にお勉強なさっていて」
「何のお勉強?」
「お裁縫でございますよ」
……。
シフは、ゆっくり顔を上げた。
「……お裁縫?」
「ええ」
「どちらで?」
「曾礼くんのお母様の教室でございます」
……。
……。
「セイジもいた?」
「ええ、それはもう!」
おばあちゃんは、嬉しそうに頷いた。
「あの方、たいそう
几帳面でいらっしゃいますのねえ」
「そうね」
「細かな違いにも、すぐお気づきになって」
……。
シフは、静かに尋ねた。
「……何の違い?」
「あら」
おばあちゃんは、少し考えた。
「何でしたかしらねえ」
……。
……。
シフは、目を閉じた。
……。
まただ。
この人。
本当に、何をしに来たのだろう。
*
「ところで、シフお嬢様」
「……なあに?」
「次のワークショップも
見学させていただこうと思っておりますの」
「そう」
「今度は、もっとお手伝いできると
いいのですけれど」
……。
おばあちゃんは、にっこり笑った。
「私、何もしないで見ているのが苦手なんですの」
……。
……。
シフは、そっとため息をついた。
……。
この人。
また何か、やらかしそう。




