トーシローの睡眠作戦・宇宙大戦争篇 第十二幕
第十二幕 宇宙艦隊、家庭訪問を受ける
「イユル」
トーシローが、僕のところへやってきた。
「どうしたの?」
「僕、もう駄目かもしれない」
……。
え?
「何が?」
「睡眠研究」
「……どうして?」
「おばあちゃんが来るんだ」
……。
ああ。
あの、巣空邸の家政婦さん。
「親切な人じゃないか」
「そうなんだけど」
「うん」
「親切すぎるんだよ!」
……。
トーシローは、深刻そうだった。
「昨日も、朝ご飯を食べたかって聞かれた」
「うん」
「宿題は終わったかって」
「うん」
「部屋は片づいてるかって」
「うん」
「枕カバーは替えたかって」
「……うん」
「そのあと、今夜は何時に寝るのかって」
「……」
僕は首を傾げた。
「それ、全部普通のことじゃない?」
「普通じゃない!」
「どうして?」
「全部、答え終わるまで寝かせてくれないんだ!」
……。
……。
なるほど。
トーシローには、大問題だ。
*
「それでね、イユル」
「うん」
「とうとう夢の中にまで来たんだ」
「……誰が?」
「おばあちゃん」
……。
……。
「ええっ?」
「しかも、宇宙船に!」
……。
これは、ちょっと聞いてみたい。
*
その夜。
トーシローは、いつものように
水饅頭号の総司令官席に座っていた。
正面には、広大な宇宙。
無数の星。
艦隊の光。
……。
今日は、重要な作戦会議がある。
敵の動向を確認し
次の行動を決めなければならない。
「総司令官!」
副官が敬礼した。
「全艦隊、配置完了しました!」
「よろしい」
トーシローは、ゆっくり頷いた。
「では、作戦会議を始める」
……。
その時だった。
ピンポーン。
……。
……。
「……何?」
トーシローは、顔を上げた。
ピンポーン。
もう一度、鳴った。
「副官」
「はっ!」
「今の音は?」
「……」
副官は、困った顔をした。
「来客のようです」
……。
来客?
宇宙船に?
「誰?」
「それが……」
副官は、端末を確認した。
「家庭訪問の方だそうです」
……。
……。
「家庭訪問?」
「はい」
「ここ、宇宙船だけど」
「存じております」
「……」
「ですが、総司令官のご家庭について
確認したいとのことで」
……。
……。
何だ、それ。
*
自動扉が開いた。
「ごめんくださいませー!」
……。
……。
そこに立っていたのは。
白いブラウス。
紺色のエプロン。
きれいにまとめた髪。
そして、にこにこした顔の。
「……おばあちゃん!」
「まあ、トーシローくん!」
……。
「どうしてここに?」
「家庭訪問でございますよ」
「……」
「お邪魔いたしますねえ」
おばあちゃんは、ちょこんと頭を下げた。
そして、さっさと宇宙船の中へ入ってきた。
……。
誰も止めない。
いや。
止められない。
「まあ、立派なお船!」
おばあちゃんは、天井を見上げた。
「お掃除のしがいがありますわねえ」
……。
……。
違う。
ここは戦艦だ。
*
「まずは、お部屋を拝見させてくださいね」
おばあちゃんが言った。
「……部屋?」
「ええ。トーシローくんの」
「……僕の部屋?」
「ございますでしょう?」
……。
トーシローは、副官を見た。
副官は、敬礼した。
「もちろんであります!」
……。
……。
あったんだ。
僕の部屋。
トーシローは、ちょっと驚いた。
*
案内されたのは、広い船室だった。
ベッド。
机。
本棚。
……。
そして。
床に散らばった枕。
……。
「まあまあ!」
おばあちゃんが、手を叩いた。
「これは大変!」
「……」
「まずは、お片づけですね」
「……」
おばあちゃんは、腕まくりをした。
「副官さん!」
「はっ!」
「掃除用具をお願いします」
「はっ!」
……。
……。
副官。
お前、誰の部下なんだ。
*
おばあちゃんは、次々と指示を出した。
「枕は、こちらへ!」
「はっ!」
「毛布は畳んで!」
「はっ!」
「机の上の書類は分類して!」
「はっ!」
「洗濯物は洗濯室へ!」
「はっ!」
……。
……。
いつの間にか、宇宙艦隊の乗組員たちが
総動員されていた。
廊下には、枕を運ぶ隊列。
洗濯物を抱えた兵士。
掃除機を持った整備士。
……。
……。
「副官!」
トーシローが叫んだ。
「はい!」
「作戦会議はどうなった!」
「現在、清掃作戦を実施中であります!」
……。
……。
違う!
そうじゃない!
*
その時。
艦内に警報が響いた。
『敵艦接近! 敵艦接近!』
……。
トーシローは、立ち上がった。
「来た!」
ようやく、本来の仕事だ。
「全員、戦闘配置!」
……。
ところが。
「まあまあ」
おばあちゃんが言った。
「その前に、お食事はいかが?」
「……今、戦闘中なんだけど!」
「腹が減っては戦はできぬ、と申しますでしょう?」
「……」
「今日は、お弁当を作ってまいりましたの」
……。
……。
お弁当?
「唐揚げもございますよ」
……。
……。
トーシローは、少し迷った。
「……唐揚げ?」
「ええ。お好きでしょう?」
……。
好きだ。
ものすごく。
……。
でも。
「今は戦闘中なんだ!」
「まあ、そうでしたわねえ」
おばあちゃんは、にっこり笑った。
「それなら、先にそちらを片づけましょうか」
……。
……。
片づける?
敵を?
*
おばあちゃんは、窓の外を見た。
遠くに、敵艦隊の光が見える。
「まあ、たくさん」
……。
そして、副官に尋ねた。
「通信はできますか?」
「はっ。可能であります!」
「では、少しお借りしますね」
……。
……。
トーシローは、目を丸くした。
「おばあちゃん、何するの?」
「ちょっと、お話を」
……。
お話?
敵と?
*
おばあちゃんは、通信装置の前に座った。
画面に、敵の司令官が現れた。
『何者だ!』
「こんにちは」
おばあちゃんは、にこにこしていた。
『……何だと?』
「突然のご連絡、失礼いたします」
『こちらは攻撃準備中だ!』
「ええ、存じております」
……。
存じてるんだ。
「ところで、司令官さま」
『何だ!』
「そちらの補給艦、三隻ほど
遅れていらっしゃいますでしょう?」
……。
敵の司令官が、ぴたりと黙った。
『……なぜ知っている』
「まあ、やっぱり」
……。
……。
トーシローは、思わず身を乗り出した。
「おばあちゃん?」
でも、おばあちゃんは答えなかった。
「それから、後方の修理船も
まだ到着していませんわね」
『……』
「この状態で攻撃を始めると、後で大変ですわよ」
『……』
「皆さま、お食事もまだでしょう?」
……。
……。
敵の司令官は、しばらく黙っていた。
やがて。
『……そうだ』
……。
……。
認めた!
「それはいけませんわ」
おばあちゃんは、優しく言った。
「まず、お食事をなさって」
『……』
「補給を済ませて」
『……』
「壊れたところを直してから
お仕事を始めましょうね」
……。
……。
敵の司令官は、とうとう頷いた。
『……わかった』
……。
……。
えええっ⁉️
*
通信が切れた。
副官が、呆然と立っていた。
「総司令官……」
「……何?」
「敵艦隊が、撤退しました」
……。
……。
「撤退?」
「はい」
「どうして?」
「補給と食事のためであります」
……。
……。
トーシローは、おばあちゃんを見た。
「……すごい」
「まあ、何が?」
「どうして敵の事情を知ってたの?」
……。
おばあちゃんは、にっこり笑った。
「昔、似たようなお仕事をしておりましたもの」
……。
……。
昔?
どんな仕事?
「それにね」
「うん?」
「戦う前に、お腹が空いていないか
確かめるのは大切ですわ」
……。
……。
それは、そうかもしれない。
*
「さて!」
おばあちゃんが手を叩いた。
「これで安心して、お食事ができますね!」
……。
……。
そうだ。
唐揚げ。
「皆さん、手を洗ってくださいませ!」
「はっ!」
……。
……。
宇宙艦隊の乗組員たちが
整列して手を洗い始めた。
……。
副官も。
整備士も。
兵士も。
……。
みんな。
「いただきます!」
……。
……。
トーシローは、唐揚げを頬張った。
おいしい。
ものすごく、おいしい。
……。
これは。
……。
悪くないかもしれない。
*
食事が終わった頃。
おばあちゃんが、にっこり笑った。
「それでは、トーシローくん」
「……何?」
「宿題をしましょうね」
……。
……。
宿題。
……。
ここでも?
「学校のお勉強は、大事ですもの」
「……」
「終わったら、お昼寝してもいいですよ」
……。
……。
トーシローは、しばらく考えた。
そして。
「……わかった」
……。
とうとう、諦めた。
*
翌朝。
「……というわけなんだ」
トーシローは、僕に説明した。
……。
僕は、しばらく黙っていた。
「……それ、本当に夢?」
「夢だよ」
「本当に?」
「うん」
「でも、おばあちゃんが出てきたんだろ?」
「そう」
「敵を撤退させたんだろ?」
「そう」
「……すごいじゃないか」
トーシローは、深刻そうに頷いた。
「うん。でも、問題がある」
「何?」
「夢の中で宿題したのに」
「うん」
「現実の宿題は、終わってなかった」
……。
……。
僕は、思わず笑った。
「あははは!」
「笑い事じゃないよ!」
「ごめんごめん」
「しかもね」
「まだあるの?」
「今朝、おばあちゃんから電話が来た」
「えっ?」
「宿題、終わりましたかって」
……。
……。
僕は、笑うのをやめた。
「……本当に?」
「うん」
「……」
「それでね」
「うん?」
「唐揚げ、おいしかったですかって」
……。
……。
僕は、トーシローを見た。
トーシローも、僕を見た。
……。
……。
あれ?
……。
それ、おばあちゃん、どうして知ってるの?
*
その日の午後。
巣空邸の温室では。
「おばあちゃん」
シフが、静かに声をかけた。
「はい、シフお嬢様」
「昨日の夜は、よく眠れた?」
「ええ、それはもう」
「そう」
「シフお嬢様は?」
「私も」
……。
シフは、少し考えてから尋ねた。
「夢は見た?」
「あら」
おばあちゃんは、にっこり笑った。
「どうだったかしら」
……。
「何か、面白い夢とか」
「そうですわねえ」
おばあちゃんは、掃除道具の籠を持ち直した。
「ずいぶん大勢の方と
お食事をしたような気がいたしますわ」
……。
……。
シフは、黙った。
おばあちゃんは、にこにこしている。
「皆さん、とてもお行儀がよくて」
「……」
「手を洗って、きちんと並んでくださいましたの」
……。
……。
「そう」
シフは、ゆっくり頷いた。
そして、そっと目を細めた。
……。
この人。
本当に、何をしに来たのだろう。




