手芸工作員イユル・寄り道外伝 ミルのリラクゼーションクラブ活動記録
第一回 全身の力を抜いてください
僕は今日、取材班になった。
……。
と言っても、取材班は僕ひとりだけど。
ミルのリラクゼーションクラブが
地域の交流センターで体験会を開くというので
活動の様子を記録することにしたんだ。
「ソレイユ! ちゃんと撮ってね!」
「うん!」
「私ばっかり撮っちゃ駄目よ」
「わかってるよ」
「参加者の皆さんも撮るのよ」
「もちろん」
「でも、撮影していい人だけね」
「うん。ちゃんと確認したよ」
……。
撮影監督は、どうやらミルらしい。
*
会場には、十人ほどの参加者が集まっていた。
大学生。
仕事帰りらしい人。
買い物の途中に立ち寄った年配の女性。
小学生も二人。
クラブのメンバーたちが、椅子を並べたり
音楽を準備したりしていた。
ミルは、その真ん中で元気よく挨拶した。
「今日は、体と心をほぐす体験会です!」
拍手が起きた。
「難しいことは何もしません。
自分が楽な範囲で、一緒にやってみましょう!」
……。
僕はスマホを構えた。
ミル、かっこいいなあ。
*
「では最初に、肩の力を抜きましょう」
ミルが言った。
「皆さん、肩をゆっくり上げてください」
参加者たちが、肩を持ち上げる。
「はい。すとん!」
全員の肩が下がった。
「もう一回!」
すとん。
「いいですね!」
ミルは、にこにこしている。
「次は、目を閉じて深呼吸です」
みんなが目を閉じた。
「無理せず、自分のペースで息を吸って……」
すう。
「ゆっくり吐いて……」
はあ。
……。
とても静かだった。
僕も、なんだか眠くなってきた。
……。
眠い?
そういえば。
今日、トーシローも来ていたんだった。
会場の隅で、参加者の椅子を
運んでくれていたはずだけど。
……。
あれ?
*
トーシローが、寝ていた。
……。
まだ開始から十五分しか経ってないのに。
「トーシロー!」
僕が小声で呼ぶと、トーシローは片目を開けた。
「……何?」
「寝てる?」
「うん」
「……」
「リラックスする会だろ?」
「そうだけど」
「大成功だと思う」
……。
……。
そういう成功もあるのか。
ミルが近づいてきた。
「トーシロー、大丈夫?」
「うん。最高」
「どこか苦しくない?」
「ない」
「じゃあ、楽な姿勢で休んでていいよ」
「ありがとう」
……。
なんて理解のある指導者なんだ。
トーシローは、にっこり笑った。
「ミル、このクラブ、毎日やらない?」
「毎日は無理よ!」
「……残念」
……。
お前は何を期待しているんだ。
*
次は、表情をほぐす時間だった。
「皆さん、まずは口をゆっくり動かしてみましょう」
ミルが、お手本を見せた。
参加者たちも、まねをする。
「それから、笑顔を作ってみましょう!」
みんなが笑った。
……。
ところが。
「先生!」
小学生の男の子が手を挙げた。
「はい?」
「僕、笑おうとすると、変な顔になる!」
……。
その顔を見た瞬間。
隣に座っていた女の子が、吹き出した。
男の子も笑った。
年配の女性まで笑い始めた。
……。
ミルも笑っていた。
「いいのよ! 上手に笑わなくても!」
「ええっ?」
「面白いと思ったら笑えばいいし
笑いたくない時は無理に笑わなくていいの」
「じゃあ、今の顔、もう一回やっていい?」
「もちろん!」
男の子は、また変な顔をした。
みんなが笑った。
……。
僕も笑った。
撮影しているスマホが揺れた。
*
体験会の最後に、ミルが言った。
「今日は、どうでしたか?」
年配の女性が答えた。
「久しぶりに、こんなに笑いました」
「嬉しいです!」
「肩も少し軽くなった気がします」
仕事帰りの男性が言った。
「僕、こういうの初めてだったんですけど
思ったより楽しかったです」
「ありがとうございます!」
小学生の男の子が手を挙げた。
「僕は変な顔が得意になった!」
……。
それは、リラクゼーションの成果なのかな。
ミルは、声を上げて笑った。
「それもいい発見ね!」
……。
僕は、カメラを止めた。
なんだか、いい会だったなあ。
*
片づけが終わってから
僕はミルにインタビューした。
「本日の活動、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした!」
「今日の感想をお願いします」
「皆さんが楽しんでくれて、嬉しかったです!」
「今後の目標は?」
「もっといろんな場所で活動してみたいです!」
「なるほど」
「それから、クラブのメンバーにも
いろんな企画を考えてほしいな」
「いいですね」
「もちろんソレイユにも!」
「僕?」
「うん!」
……。
取材してるつもりが
いつの間にか参加することになりそうだ。
「最後に、何か言い残したことは?」
「あります!」
「どうぞ!」
ミルは、まじめな顔で言った。
「リラックスすることと、何もしないことは
同じじゃないと思うんです」
……。
僕は、少し驚いた。
「どういうこと?」
「体が休まると、また何かやってみようって
思えるでしょう?」
「うん」
「そういうきっかけを作れたらいいなって」
……。
ミル。
やっぱり、すごいな。
僕は、スマホを下ろした。
「ありがとう。いい取材になったよ」
「こちらこそ!」
ミルは、にっこり笑った。
その時だった。
「異議あり!」
会場の隅から声がした。
……。
トーシローだった。
「何?」
僕が尋ねると、トーシローは真剣な顔で言った。
「何もしないことにも、立派な価値があると思う!」
……。
……。
ミルは少し考えた。
「そうね。何もしないで休むことも大切よ」
「だろ!」
「でも、トーシロー」
「何?」
「今日は椅子を片づけてから帰ってね」
……。
……。
トーシローは、ゆっくり立ち上がった。
「……わかった」
僕は、もう一度スマホを構えた。
……。
これは、ぜひ記録しておこう。
宇宙艦隊総司令官、椅子を十脚運搬。
今日いちばんの重労働だったかもしれない。




