↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/36

手芸工作員イユル・寄り道外伝 巣空鳶辰郎の植物との会話ワークショップ 第一回 


第一回 サボテンの言い分


 巣空鳶辰郎さんが、毎週日曜日に

植物との会話ワークショップを開いていると聞いた。


 ……。


 植物との会話?


 植物の育て方教室じゃなくて?


 僕がミルにそう尋ねると、ミルは笑った。


「面白そうじゃない!」


「うん。面白そうだけど」


「行ってみようよ!」


 というわけで、日曜日。


 僕たちは巣空邸を訪ねた。


     *


「ようこそ!」


 巣空さんは、たいそう嬉しそうだった。


「今日は植物との対話を体験していただきます」


「よろしくお願いします!」


 ミルは元気よく頭を下げた。


 僕も続いた。


 参加者は僕たちのほかに、五人。


 年配の女性。


 小学生の男の子。


 園芸が趣味らしいおじさん。


 若い女性が二人。


 テーブルの上には、いろんな鉢植えが並んでいた。


 サボテン。


 ベゴニア。


 観葉植物。


 小さな盆栽。


 何だか、園芸店みたいだ。


「さて、皆さん」


 巣空さんが、静かに言った。


「まずは、植物の声に耳を傾けましょう」


 ……。


 参加者全員、黙った。


 一分。


 二分。


 三分。


 ……。


 僕は、サボテンを見つめた。


 サボテンも、僕を見つめている。


 ……。


 いや、見つめてはいないと思う。


 目がないし。


 五分ほど経った頃だった。


「先生!」


 小学生の男の子が手を挙げた。


「はい」


「何も聞こえません!」


「素晴らしい」


 ……。


 え?


「植物の声を聞こうとして

自分がお喋りするのをやめた。それが第一歩です」


 ……。


 なるほど。


 ちょっと、いい話じゃないか。


「では次に、植物の状態を観察してください」


 巣空さんは小さな鉢を持ち上げた。


「葉の向き、色、張り、土の乾き具合。

言葉がなくても、植物はいろいろなことを

伝えているんですよ」


「へえ!」


 僕は感心した。


「では、皆さんも始めましょう」


     *


「先生!」


 年配の女性が手を挙げた。


「この子、私に何か言ってます」


「ほう。どんなことでしょう」


「お水が欲しいって」


 巣空さんは鉢の土に指を触れた。


「なるほど。確かに乾いていますね」


「まあ!」


「よく気づかれました」


 女性は、嬉しそうだった。


 ……。


 ちゃんと会話になってるじゃないか。


 今度は、園芸好きのおじさんが手を挙げた。


「先生。こっちの植物は

何か怒っているように見えるんですが」


「ほう」


「隣の鉢が気に入らないんじゃないかと」


 ……。


 え?


 巣空さんは、二つの鉢をじっと見た。


「こちらの葉が、隣の鉢の陰になっていますね」


「やっぱり!」


「少し離してみましょうか」


 おじさんは、嬉しそうに鉢を動かした。


 ……。


 植物のご近所トラブル。


 案外、現実的な問題だった。


     *


 そこへ、小学生の男の子が言った。


「先生! 僕のサボテンが眠いって!」


 ……。


「眠い?」


「うん!」


 巣空さんは、サボテンを覗き込んだ。


「そうですか」


「昨日も眠かったって!」


 ……。


 昨日?


「どうしてわかるの?」


 僕が尋ねると、男の子は胸を張った。


「僕も昨日、眠かったから!」


 ……。


 ……。


 トーシローみたいな子が、ここにもいた。


 巣空さんは、にこにこしていた。


「それなら、サボテンと

気が合うのかもしれませんね」


「うん!」


「でも、サボテンは

毎日長時間眠るわけではありませんから

水や光の状態も観察してあげてください」


「はーい!」


 ……。


 先生、上手だなあ。


     *


 次は、ミルの番だった。


 ミルは、小さなベゴニアを見つめていた。


「この子、かわいいですね」


「ええ。花も葉も、よく育っています」


「なんだか、ご機嫌がよさそう」


「そう見えますか?」


「はい!」


「では、どこを見てそう思ったのでしょう」


 ミルは、葉の一枚をそっと覗いた。


「葉っぱが、つやつやしてるからかな」


「いいですね」


「それと……」


 ミルは、少し考えた。


「誰かに見てもらえて、嬉しそう」


 ……。


 巣空さんは、優しく笑った。


「植物を大切にしている人は

よくそんなふうに感じるものですよ」


 ……。


 ミルらしいなあ。


 僕は、そう思った。


     *


「それでは最後に、今日の対話を発表してください」


 巣空さんが言った。


 年配の女性は、水やりの話。


 おじさんは、日当たりの話。


 小学生は、サボテンの睡眠の話。


 ……。


 そうして、僕の番になった。


「曾礼くんは、どうでしたか?」


「ええと……」


 僕は、自分の前にある小さな盆栽を見た。


「何も聞こえませんでした」


 ……。


「でも」


「はい」


「この木、すごく小さいのに

立派な大木みたいに見えます」


「ほう」


「なんだか、自分の大きさを

気にしてない感じがして」


 ……。


 うまく言えない。


「それで?」


「僕も、こんなふうに

好きな形でいられたらいいなって」


 巣空さんは、しばらく黙っていた。


 それから、にっこり笑った。


「いい対話でしたね」


 ……。


 え?


「植物を見て、ご自分のことを考えた。

それも立派な対話ですよ」


 ……。


 そうなのか。


 なんだか、少し嬉しくなった。


     *


 ワークショップが終わると

参加者たちは温室を見学した。


 僕もミルと一緒に、蝶の飛ぶ花の間を歩いた。


「楽しかったね!」


「うん」


「ソレイユ、盆栽と仲良くなった?」


「……どうかな」


「また来たいなあ」


「うん」


 その時だった。


「おや?」


 巣空さんが、小さな鉢の前で足を止めた。


「どうしました?」


 僕が尋ねると、巣空さんは首を傾げた。


「この鉢、こちらへ移した覚えがないんですがねえ」


「……」


 小さな鉢だった。


 つやのある緑の葉が、三枚。


 そのうち一枚に、黄色い蝶がとまっていた。


「誰かが動かしたんでしょうか」


 巣空さんは、鉢を持ち上げた。


「まあ、ここでも育ちますから、構わないんですが」


 ……。


 僕はミルを見た。


 ミルも僕を見た。


 ……。


 なんとなく、さっきのワークショップを

思い出した。


「巣空さん」


「はい?」


「その鉢、何か言ってません?」


 巣空さんは、少し考えてから笑った。


「さあ。それは今から聞いてみましょう」


 ……。


 なるほど。


 植物との会話は、まだ終わっていないらしい。


     *


 帰り道。


「ねえ、ソレイユ」


「何?」


「今日、植物とお喋りできた?」


「うーん」


「どうだった?」


「植物が何か言ったかどうかは、わからないけど」


「うん」


「みんな、植物の前だと

ずいぶんお喋りになるんだね」


 ミルは、声を上げて笑った。


「あははは!」


 ……。


 植物との会話ワークショップ。


 どうやら、いちばんよく喋っていたのは

人間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。