メゾネットターミナル
突如として現れた助っ人は、
願ってもない助け舟を出してくれた。
出してくれたんだが。
その助っ人にまつわる諸問題で
いまや僕の脳細胞は一触即発なのだ。
普通ならパニクってるところだろう。
自由研究のネタを丸ごと貰えるのはありがたい。
けれど、コレーの出現はあまりに唐突すぎる。
判断を誤らないためにも
ここで出来事を整理しておこう。
例年どおり課せられた夏の宿命を、
例年どおり迎え撃とうともしないまま、
例年どおり思う存分ダラけたばっかりに、
例年どおり垂れ込めてくる自業自得の暗雲。
それを一挙に晴らしてくれようと現れた救世主。
それがコレーなのだ。
彼も彼なりの事情で、僕に協力を求めている。
つまり、この運命的な出会いは
僕とコレーの両方に女神が微笑んだ結果なのだ。
と、そこまでは一応、理解できている。
問題は、その先だ。
僕そっくりなコレーは、別次元から来たという。
異次元人だろうと北京原人だろうと
今の僕にとっては天の使い。
地獄に仏。
救世主。
神同然だ。
だけど、ここに居候してもらうとなれば
そう簡単にはいかない。
何しろ、僕と同じ顔なのだ。
「こちら、異次元人のコレーです」
なんて紹介したら、どうなると思う?
誰?
何それ?
ミュータント?
未来人?
地球外生命体?
みんなパニクるに決まってる。
SF好きなパパやオカルト好きなママでさえ
ちゃんと理解してくれるかどうかわからない。
ましてや、知りたがり屋の友達なんかに知られたら
大変だ。
コレーを危険な目に遭わせないためにも
細心の注意を払ってやらなきゃいけない。
落ち着いて研究を続けられるように
いろいろ融通してやるのが僕の役目だろう。
こんなときに頑張らないでどうする。
今こそ人生を変えるのだ。
そうだ。
誓いを立てよう。
一、想定できる限りのトラブルに備える。
二、何が起こっても、なるべく立ち向かう。
三、逃げない方針である。ある程度。
四、自己平均より多少なりとも積極的に頑張る。
五、少し気弱めですが、土壇場では頑張る僕なのだ。
こんな感じでいいかな?
何か足りない?
あ、そうだ。
六、まだ見えないもの、知らないもの
起こるかどうかもわからないことまで怖がらない。
出たとこ勝負で対処するしかないのだ。
うん。
なかなか立派な誓いじゃないか。
コレーがいるから大丈夫。
何しろ彼は、僕よりほんの少し進んだ次元から来た
もうひとりの僕なのだ。
きっと、あらゆる解決法を知っている。
そう思う。
思いたい。
さて、外向きの心配事はひとまず置いておこう。
最も重要なのは、自由研究だ。
逃れることのできない「提出」と「発表」に向けて
準備しなければならない。
コレーの研究は、どう考えても凄すぎる。
ちゃんと見せてもらったところで
僕には理解できないかもしれない。
研究過程のデータを提出する必要もあるだろう。
コレーのファイルから書き出しできるかな?
できなかったら、ノートに丸写し?
いったい何日かかるんだよ。
それに、仮に間に合ったとして
どうやって発表する?
僕が研究したなんて
信じてもらえないに決まってる。
研究を思いついたきっかけだって
説明しなきゃならない。
きっかけ?
「僕は夏休みに
どこかわからぬところへ行ってみることにしました」
とか言うわけ?
待てよ。
そもそも、あの研究は未完成なんだろ?
自由研究って、研究継続中でもよかったんだっけ?
五カ年計画で研究中です、とか言って
はぐらかしちゃおうかな。
神秘のベールに包まれた未完の大作。
なんかカッコいいじゃないか。
無理か。
いくらレベルが高くたって
結果を説明できなきゃどうにもならない。
……あん?
そうだ。
いっそのこと
美術作品として提出すればいいんじゃない?
オブジェだってことで。
完成品提出。
提出のみ。
簡単でいいよな。
提出?
できっか?
DOCONANI3号機本体を?
貸してもらえるかどうか以前に、デカすぎる。
せめて十分の一サイズ。
いや、掌に乗るくらいのミニチュアなら……。
「あっ!」
思い出したぞ。
机の引き出しに、透明粘土があったはずだ。
クラスの女子たちに頼まれて
夏休み中にアクセサリーを作っておく約束だった。
自分はこう見えて、手芸男子なのだ。
おー、あった、あった。
たくさん買っておいてよかった。
さすが僕チャン。
導き出す答えが違うね。
女子たちから受ける
二学期以降の処遇の良し悪しも
これに懸かっている。
そっちも大事な宿題だ。
いっちょやりますか。
好きなことには腰が軽い僕。
好きなことの匂いには敏感な僕。
面倒臭いことにはなかなか腰を上げないんだが
面倒臭いことも楽しいことに変換できちゃう
素晴らしい才能に恵まれているのだ。
「うん! そうだ!
コレーが乗ってきたアレって、透明だし!」
辻褄が合うじゃないの。
透明粘土で
DOCONANI3号のミニチュアを作る。
それを女子たちにプレゼントして
出来のいい一個を自由研究の作品として提出する。
一挙両得。
うん。
それしかないね。
思い立ったらタッタカターの僕。
さっそく机に向かって、透明粘土を捏ね始めた。
「イユ、何やってんの?」
コレーが興味津々で覗き込んだ。
水饅頭みたいなミニチュアが
次々と机の上に並んでいく。
掌サイズだから、本当に水饅頭みたいだ。
十一個目を捏ねていたときだった。
コレーが、乾燥中の十個目をひょいと持ち上げた。
「あ、あ、そ、そ、それは!」
危うく涙目になりかけた。
この際、コレーが僕の名前を
勝手に短縮したことについてはスルーしよう。
大事なのはそっちじゃない。
十個目は、今のところ一番出来がよかったのだ。
隣のクラスの巣空シフに渡そうと思っていた。
ところが、半乾きのところを触られたもんだから
少し形が崩れてしまった。
あーあ。
ボツだ。
まあ、仕方ない。
別にしておかなかった僕が悪い。
まだたくさん作るんだし
作れば作るほど上手くなる。
あとから選別すればいいさ。
あ、そうね。
巣空シフのことなんだけどね。
「巣空詩譜」と書いて
「スカラシフ」と読むんだよ。
ああ、なんて素敵な名前なんだろう!
名前を聞いただけで
容姿端麗、品行方正、成績優秀なのがわかるだろ?
わからない?
僕にはわかるんですよ。
シフは、僕的にナンバーワン女子なのだ。
イユル妄想ランドの女王を務めてくれている。
透明感の漂う美人で
IQも成績もずーっと学年トップ。
お嬢様育ちなせいか、ちょっと浮世離れしている。
スレンダーで、姿勢がよくて
立っているだけで絵になる。
図書室で本を読んでいる横顔なんて
微動だにしない静止画像みたいに美しい。
見とれているだけで
昼休みが終わってしまうくらいなのだ。
僕はその横顔を盗み見るために
図書室へ通い詰めている。
彼女が読んでいるのは
お菓子作りと手芸の本ばかり。
素敵じゃないか!
そんなシフのためなら
水饅頭を何百個作ったって構わない。
彼女のお眼鏡にかなうものができるまでね。
そうさ。
それくらい憧れてる。
ライバルは多いかもしれないけど
僕は常に他とは違う立ち位置にいる。
……つもりなんだけどね。
そういうわけで、少し変形した十個目は
同じクラスの坂織ミルに渡すとするか。
あ、そんな。
ミルがどうでもいい存在だからってわけじゃ
ないんだよ。
むしろ反対。
僕はいつだって、ミルの「赦し」に救われている。
僕的に、素晴らしい女子なのだ。
イユル妄想ランドでは、シフと一、二を争うレベル。
シフが女王なら、ミルは女神だ。
「美流」と書いて「ミル」と読む。
可愛いのはもちろんのこと、明るくて、何をするにも意欲的。
みんなを引っ張っていくパワーに溢れている。
優しさと屈託のなさが魅力のおねえさんキャラで
とても寛大なのだ。
僕の試作品なんかでも
すごく喜んで受け取ってくれる。
それだけじゃない。
次はもっとよくなるような
アドバイスまでしてくれるんだ。
それが嬉しくってさ。
じーんと来ちゃう。
いつも僕はミルを癒してあげたくて
反対に癒されちゃっているのだ。
もしかして、わりと愛されてるかも。
なんて思っちゃってる。
ミルは学校で
リラクゼーションクラブなんてものを作っている。
僕は「イユル」という名前ゆえに
名誉部員にさせられていたりする。
幽霊部員だけどね。
そのクラブでは
病院や施設でのボランティア活動もしている。
入院患者さんへの読み聞かせ会や
音楽会を企画したり。
ミルからは、
「病院で手作りワークショップをやらない?」
なんて誘われてもいる。
目下、考え中。
ミルがいろいろお世話してくれて
一緒にやってくれるんなら
やってみてもいいかなと思っている。
そばにいるだけで癒し癒される関係って
いいと思わない?
僕のこと、すごく認めてくれてるんだよ。
いつも褒めてくれる。
褒め上手。
育て上手なんだな。
きっと、この水饅頭だって喜んでくれるに違いない。
「ソレイユー、こんなの一生懸命作るなんて
カワイー!」
とか言ってさ。
もう、いっそのこと、頭を撫でてくれないかな。
ああ。
僕チャン、なんてシアワセなんだ。
どーだ、参ったか!
よーし、頑張るぞ!
「イユ、何やってんの?」
もう一度コレーに声をかけられて
妄想ランドから帰還した。
気がつけば、机いっぱいに水饅頭が並んでいる。
学年全クラスの女子にプレゼントしておけば
何かいいことがあるかもしれない。
数は力だ。
臨界質量だ。
そんなことを考えていると
コレーが感心したように呟いた。
「イユ、キミって工作が得意なんだね
これ、3号機にそっくりだ」
なんですか。
今頃気づいたんですか?
そうですよ。
君のおかげでいいこと思いついたんだもん。
「キミは今日から工作員イユルだ」
ん?
コレーの言う「工作」って、何だかちょっとニュアンスが違う気がするんだけど……。
ま、いっか。
僕は手芸工作が得意な手芸男子だ。
手芸部員だろうと手芸工作員だろうと
好きに呼んでくれ。
コレーは何か閃いたらしく
手首の装置から別のファイルを空中に映し出した。
「手を貸してほしい」
そう言って、誰かに連絡し始めた。
右の掌を装置に重ねたり離したりしている。
あっちの次元の電話みたいなものかな?
どこへかけてるんだろう?
相手が出たらしく、コレーが喋り始めた。
「アノッサー、ボクダケド。
ダレッテ? ボクダヨ。コ、レ、エ!」
僕と話すときとは、全然違う声じゃないか。
声色からして、相手は女子のようだ。
やっぱり?
やっぱりね。
ところが、コレーはだんだん涙目になってきた。
そして、通話が切れた。
尋ねるのも気の毒なくらい落胆している。
でも、放っておけない。
「コレー、どうしたの?」
「カノジョなんだもの……」
「彼女?」
「電話をかけたのがボクだって
わからないはずないじゃん。
なのに、ボクの連絡先を抹消してるんだ。
履歴が残ると自分まで追放されるかもしれないから、もうかけてこないでって……」
っていうか、次元が違うのに電波が届くのか?
ホントか?
どうも、何だか
クサい芝居を見ているような気もする。
だけど、あんまり疑ぐり深いのもイヤらしい。
ここは目をつぶっておこう。
「好きだったら、追いかけたい
追放されてもいいっていうのがホントだろうに」
とか何とか言って慰めようかと思った。
でも、それじゃ全然慰めになってない。
むしろ火に油を注ぐ。
こういうのを大人は「無粋」って言うんだろうな。
友達同士だと「空気読めない」って言う。
僕はよく言われるから、気をつけなくちゃ。
コレーはしばらく目を押さえていたが
やがてキッパリと言った。
「イユル、頼みの綱はキミしかいない。
一緒に頑張ろう」
あれ?
やっぱり泣いてた?
疑ってすまなかった。
詳しい事情はわからないけど
コレー、君のおかげで僕は
目の前の大仕事を二つも片づけられそうなんだ。
心から感謝するよ。
それから僕たちは
脇目も振らずに水饅頭を作り続けた。
コレーも手伝ってくれた。
百三十一個目を形作っていたとき
階下から声がした。
「イユル、晩御飯だから降りてらっしゃい」
ママだ!
どうする!
とりあえず返事をした。
「いま宿題やってるからー!
キリのいいとこで降りるよー!」
作品作りのキリが悪いわけじゃない。
問題は、コレーだ。
コレーを置いて晩御飯を食べに降りる?
じゃあ、彼はどうする?
そのまま紹介する?
どう言って?
昼寝の最中にコレーが現れてから
まだ数時間しか経っていない。
簡単な自己紹介をしただけで
これからのことは何ひとつ打ち合わせていない。
コレーが洋服ダンスの奥で暮らし続けるなら
家族の了解が必要だ。
僕はまだ未成年だし
食べ盛りの反抗期の息子と
肉体的にも精神的にもよく似た輩が
もう一匹増えるとなれば
パパとママの負担は大きい。
僕はこう見えても、本当は親思いなのだ。
それに、コレーが来た理由も問題だ。
自由研究を放ったらかしにしていた僕の依存心が
彼を引っ張り込んだ。
なんてことを知られたら、
「それはあなたのためにならない」
と、お引き取り願われる可能性もある。
パパもママも
けっこうポリシーがはっきりしてるからな。
納得してもらえない理由なら、いくらでも出てくる。
考え始めたらキリがない。
勝ち目がないとわかったら
無駄な抵抗はやめて投降するしかない。
一旦捕虜となり、生贄になり
奴隷にでもペットにでもしてもらうしかないのだ。
そんな僕の心配をよそに、コレーが言った。
「この裏側に、切り口を入れてくれる?」
「え?」
「搭乗口を作って
精霊を二名ずつ載せられるように」
「精霊?」
「そう」
精霊。
なんてファンタジックな響きだろう。
妖精だろ?
フェアリーだろ?
超かわいいじゃん。
気丈な女子ほど、そういうの好きだから
絶対ウケる。
それに、切り口を入れるというのは
ちょうど僕も考えていたことだった。
「そうなんだよ!
完全に乾く前に切り口を開けるつもりだったんだ。
コレー、君はなんていうか、さすが僕だ!」
いや、僕が君の感覚に近づいているのか?
このニュアンス、どう表現すればいいんだろう。
ふたりのクリエイティブが世界をリード!
次元を超えてコラボ!
まさにこれだなー。
僕とコレーは
出会ってまだ一夜にもならないうちに
不滅のコンビネーションを築きつつある。
ピンチをチャンスに。
没落を黎明に。
無敵のチームだ。
……けど。
コレーにとって
このタッグにはどんな利点があるんだろう?
僕と組んで、本当に得することがある?
きっとあるよね。
あるからこそ、君の方から来てくれたんだものね。
よし。
心配事はあと回しだ。
目標に向かって進むのだ。
コレー、君についていくよ!
さて。
ここで少し
僕の手芸男子としての立ち位置について
話しておこう。
隣のクラスに、もうひとり手芸男子がいる。
夏目セイジ。
僕と人気を二分している。
彼はオーソドックスな編み物や刺繍を
きっちり仕上げるタイプだ。
小さい頃から家庭科全般が得意で
将来は主夫を目指しているらしい。
僕は彼をライバル視しているわけじゃありませんよ。
向こうからいろいろ質問されることはあるけどね。
こっちは遠目に見てる。
ていうか、見てない。
目に入れてない。
手芸という大きな括りでは同じジャンルだけど
世界観が違うんだよ。
彼の作品は、丁寧で、正統派で、完成度も高い。
制服用の手編みベストやセーター
体操服のゼッケン刺繍まで頼む女子がいるくらいだ。
そこは認めてる。
認めてるんだけど、僕はもっと自由にやりたいんだ。
ありとあらゆるものにインスパイアされながら
シナプスのオンオフにまかせて
サプライジングでパースペクティブな
ストーリー性のある斬新なアレンジを生み出す。
つまり、前衛アート手芸の
新境地を切り拓いているのだ。
……という感じに、独自路線を邁進中。
透明粘土を買っておいたのも
女子たちにクリスタルスカル風のブローチでも
作ったらウケるんじゃないかと思っていたからだ。
セイジは透明粘土を扱うようなタイプじゃない。
だから、自由研究で手芸を選んだとしても
作品が被ることはないだろう。
たぶんね。
実は、僕の手芸好きはママの影響だ。
ママは独身の頃から
パッチワークキルトの先生だった。
パパはSF模型やプラモデルが趣味だったんだけど
ママに惚れ込んで、彼女の教室に通い詰めた。
パッチワークを習いながら
ついにママを獲得したのだ。
おかげで家中、ふたりの合作キルトだらけ。
リビングのラグも、ソファー掛けも
壁のタペストリーも、僕のベッドカバーも。
みんな、ふたりの愛の証なんだ。
僕が小さい頃
ママは針を使う仕事を少し控えていた。
その代わり
ビーズ細工や手芸工作の教室を開いていた。
そばで遊んでいた僕も
見よう見まねでいろんなものを作った。
ママ譲りでセンスがいいって
生徒さんやママ友に褒められていたんだよ。
パパだって、休みの日にはフィギュアを作っていた。
だから僕の手芸工作好きには、パパの影響もある。
趣味に男女の区別なんかない。
それがパパとママの考えだから
僕も好きなものを好きなように作ってこられた。
学校の美術の時間には作れないようなもの。
ジャンルに囚われないもの。
そういうのが好きなんだ。
たとえばね。
オーガンジーとか、シルクシフォンとか
透けて見える生地があるでしょ。
シースルーな生地。
ウェディングドレスなんかにも使われる。
ママは一時期、その薄い生地を重ねて
間にボタンやラインストーンを封じ込めた付け襟を
作るのに凝っていた。
フリルのついた貴族風の付け襟。
小公子ファッションってやつだ。
僕が小さい頃、お出かけのたびに着せられていた。
でもね。
ママが僕の付け襟に縫い込んでくれたのは
キラキラの宝石なんかじゃない。
僕の大好きな食玩のオマケだった。
透ける布の向こうに、小さな玩具が並んでいる。
けっこう気に入ってたよ。
写真もどこかにあるはずだ。
探しとくよ。
そう。
アレだよ!
アレとアレが、頭の中で結びついたんだ。
透明粘土で作った
DOCONANI3号のミニチュアに
小さなパーツを封じ込める。
透けて見える生地の付け襟と、透明な飛行物体。
材料も形も違うけど、発想は同じだ。
絶対、女子にウケる。
誰も考えつかないうちに作ってしまおう。
中に入れるパーツも、女子全員分を見繕わなきゃ。
百三十一個。
おっと、提出用もあるから百三十二個だな。
コレーが言った「裏に切り口を開ける」というのは
まさに僕が考えていた方法だった。
この小さなシンクロ。
わかる?
わかってもらえるか?
この「点つなぎ」の妙。
僕は心ならずも感動してしまったのだ。
果報は寝て待て、とはよく言ったもんだ。
加俸だっけ?
家宝だっけ?
あ、果報だ。
わざとだよ。
寝てたらコレーが降ってきたんだもん。
僕って、やっぱり持っているのかも。
……いやいや。
そういう思い上がりは
あとで手痛い仕打ちを連れてくるのが世の常だ。
ただちに改めよう。
無我だよ、無我。
無欲に、無心に進むべきなのだ。
僕はコレーに向き直った。
「わかった。ここに切り口を作るんだね」
腕が鳴る。
鼻歌も出る。
透明な水饅頭を一個ずつ裏返して
搭乗口になる切り込みを入れていく。
半乾きだから、触るたびに僕の指紋がついた。
同じ作業で、同じように掴むから
指紋の位置も大体同じだ。
面白いな。
サインを入れなくても、僕のロットナンバーが刻まれているようなものだ。
有名になったら値打ちが出るかもね。
でも、表面は綺麗な方が可愛いよな。
「あとでヤスリをかけて磨くかな」
独り言のつもりだった。
ところがコレーは、聞き逃さなかった。
「大丈夫。消さなくていい」
「え?」
「その指紋は、ここの『基地』のIDになる。
精霊たちの助けになるんだ」
基地?
「ちなみに、ボクとキミの指紋はまったく同じだよ」
僕は自分の指紋を眺めた。
それから、コレーが手伝ってくれた水饅頭についた
指紋を見た。
同じ。
本当に同じだ。
「そのIDがあるから
ボクはキミのところへすんなり来られたんだ」
え?
だけど、同じ指紋って存在しないはずじゃ……。
いや、別次元だから?
つまり、同一人物ってことか?
僕は指先を見つめた。
何だか、さっきまでただの指紋だったものが
急に大事な暗号に見えてきた。
「それはそうと、『基地』って
一体どういうこと?」
聞かずにはいられなかった。
不思議だらけだ。
透明な水饅頭の中に、それぞれ精霊が二名。
僕はてっきり
可愛い妖精たちが入るんだと思っていた。
シフやミルの胸を飾るブローチ。
女子たちの手から手へ渡っていく
小さな透明の飛行物体。
そんな光景を夢見心地で想像していた。
ところが。
その妄想スクリーンを
メリリッ、ビリリッと破るように、コレーが言った。
「ミニチュアだろうと機能は同じ。
これに乗った者は密偵。
これを身につける者は、いわば諜報員だ」
……は?
僕が作っているのは
自由研究の提出作品であると同時に
学年女子全員を諜報員にしてしまうブローチだった。




