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洋服ダンス研究所

挿絵(By みてみん)


「ねえ、おきてよ! おきてったら。

ほら、持ってきたよ」


誰かに揺り動かされて目を覚ますと

僕の目の前に、僕の顔があった。


「はっ?」


驚いて飛び起きた。


一瞬、幽体離脱でもしちゃったのかと思って

慌てて自分の体を手探りで確認した。


腕もある。脚もある。ちゃんと動く。


別状はない。


じゃあ、目の前にいるこいつは誰だ?


僕の顔をしたそいつが言った。


「キミが望んだものを」


何が起こったんだろう?


ここ、僕の部屋だよな?


だよ。


鏡じゃないよな?


違う動きしてるし。


さては、こいつ……僕の顔をパクったのか?


パクられるほどの顔か?


意外とそうなのか?


まさか、僕とこいつの体が入れ替わったんじゃ?


いやいや、そんなラノベみたいなことが起こる理由が

どこにある?


一体なぜ?


どうして?


なんでこんなやつが僕の部屋にいる?


SF映画に出てくる未来人みたいな

ピッタピタの変な服まで着てるし。


どこから入ってきたんだ?


ここで何やってんだ?


宇宙人か?


僕は海老反ったまま後ろ手に這いずって

部屋の隅へ逃げた。


鏡を見なきゃ。


しまった。こっちからじゃ見えない。


またもや這いずって、鏡の方へ移動しようとした。


すると、そいつが近寄ってきた。


手首に仕込まれた装置を、僕の顔へ向ける。


攻撃か?


思わず両手で顔を覆った。


「鏡なら、ハイ、どーぞ」


指の間からちらっと覗くと

目の前に自分の顔が映っていた。


恐る恐る手を外し、まじまじと見た。


確かに僕の顔だ。


体が入れ替わったわけじゃない。


だからといって、安心してる場合じゃない。


なんで僕と同じ顔なんだ?


いつの間に?


どこから来た?


目的は何だ?


お金か?


命か?


どうする?


大声を上げる?


「ボクは別次元のキミだよ」


「べ、ベツジゲン? ボ、ボク?」


「キミの望みのものを持ってきたんだよ」


「僕が望んだって? 何を?」


「キミ、さっき思ってただろ? 

夏休みの自由研究のネタが全然浮かばないって。

何をやればいいんだろう

何かいいアイデアないかなーってさ」


言われて、思い出した。


自由研究。


そうだった。


やってないんだ。


いや、自由研究どころか

そもそも夏休みの宿題ってやつを

ほとんどやってない。


あれ、あるでしょ。


夏休みになると、どっさり出される課題。


古来からある、あれですよ。


決められた課題がぞろぞろっと出るでしょ。


わりと簡単なんだけどね。


簡単すぎてへっちゃら〜

って思っちゃうんだよね。


んなもんだから、騙されちゃってさ。


簡単なのは後からやればいいじゃん、って。


ところが、放ったらかしにしておくと

あれって腐ってくるんだよ。


腐らない?


あ、そう?


遊び疲れた頃になって、ふと気がつくわけ。


あれ?


なんで?


こんなにたくさんあったっけ?


みたいにさ。


ならない?


あ、そう。


僕はなるんですよ。


毎年ね。


恒例だな。


歴史がある。


第十回くらいね。


それで、やってもやっても減らない宿題の山を

ようやく片づけたと思った頃に、出てくるんだ。


あれが。


自由研究ってやつが。


大体さ、自由研究なんて、自由なんだろ?


自由さ。


自由なんだよ。


ところが、その自由ってのは

やるかやらないかの選択の自由じゃないわけ。


科目が自由。


テーマが自由。


つまり、何をやってもいいけど

必ず何かやれってことなの。


それって自由と呼べるか?


自由を名乗るんじゃねえ。


自由ってもんは戦って勝ち取るもんだぜ。


僕チャン、戦うのキライなんだもん。


勝ち負けもキライなんだよ。


そんな話だっけ?


で、今年はどうしたかって?


だからさあ、当然

まったく手をつけてないんですよ。


夏休みも終わりが近づいてきた今日この頃

皆さまいかがお過ごしですかあ

みたいな今になって、何のアイデアも浮かばない。


さすがに、じわじわっと焦り始めていた。


なのに、遊びすぎやら夏バテやらで

しんどくて、ダルくて、眠たくて。


もうゴロゴロするしかなくて。


そんなわけで、自堕落極まりなく

昼寝してた。


そこへ、こいつが来たというわけだ。


「キミが望んだまま寝ちゃってただろ? 

近くを通りがかったボクが

キミの夢にアクセスしてみたら

ちょうどいい具合にヒットしちゃったんだ」


近くを通りがかった?


夢にアクセス?


何の話だ?


「ボクもキミに協力してほしいことがあるんだ。

だから、こっちから来てみた。

いい交換条件だと思うんだけどな」


「交換条件?」


「キミんとこより

ボクんとこの次元の方がほんの少し進んでるから

キミにとって損はないと思うよ。

ピッタリな自由研究課題をチョイスして

持ってきたんだ。見るかい?」


見るかと言われて、見ないと言ったら

どうなるんだろう?


今後の彼の出方に何か影響があるんだろうか?


そう考えているうちに

『別次元の僕』と名乗る人物は

手首の装置から空中に光のファイルを開いた。


いくつもの項目が浮かび上がり

目の前にずらりと並ぶ。


見るって返事してないんだけど。


もう広げてる。


これって、新種の押し売りか?


居直り強盗じゃないよな?


僕の頭を置いてきぼりにして

彼はどんどん話し続ける。


そういえば、さっきから日本語で話してるけど

別次元にも日本があるってこと?


彼は日本人で、僕は別次元でも

日本人ってことなのか?


「ねえ、見て。これとこれとこれが

ボクがあっちで編み出してた研究」


そんなこと言われても

見たってわかんないんだけど。


「イチ押しはこれ。

まだまだ研究の余地があるから、これを……」


そこまで言いかけて、彼の表情がコロッと変わった。


「実はね、本当はとても深刻な問題が起きていて

ボクはもう、ボクんとこの次元では

この研究を発表できなくなってしまったんだ」


さっきまでの勢いが少し落ちた。


「ボクの研究に目をつけて

横取りしようとする企業や

悪用しようと企む組織が

毎日のように研究所へ押しかけてくる。

まともに研究が続けられなくなってね」


「へえ……」


「他の研究員たちにも危険が及ぶからって

研究所も追い出された。

ボクはもう、国を

いや、次元を追放されたも同然なんだ」


彼は僕を見た。


「ここへ来た本当の理由は、そっちなんだ。

お願いだ。ここに匿ってくれないか?」


今度は泣き落とし?


どーせ芝居なんでしょ?


これって、オレオレか?


詐欺か?


だいたい、同じ顔の相手に

匿ってくれと言われたって

どうすりゃいいんだよ。


ところが彼は、返事も待たずに

部屋の中をキョロキョロ見回した。


そして洋服ダンスを指差した。


「ここがいい。この中に隠れさせて」


勝手に決めてる。


どーすんの?


そんな狭いところに息を潜めて

どれくらい隠れてられるっていうんだろう?


あー、もう扉開けて中を覗き込んでるし。


勝手に開けるなよ。


ほんとにもう、さっきから話が

どんどんすっ飛ばされていく。


なんでだか

こいつのペースに巻き込まれてしまう。


いかん。


テンポ早すぎる。


「ちょ、ちょっと待ってよ。

僕がふたりいたりしたら

パパとママが戸惑うよ。

っていうか、びっくりして卒倒しちゃうよ」


オロオロしている僕を尻目に、彼は嬉々としている。


「決めた! 

ボクの研究をキミが引き継いでくれたまえ。

そっちのボクがね。

ボクも引き続きサポートするから」


いや、決めるなよ。


「きっと、ここの次元の方が安全だ。

ここの次元のひとたちの方が寛大で

ボクの研究を温かく受け入れてくれると思うんだ」


そうなのか?


僕にはわかんないけど。


「キミとボクのふたりで研究を続けようじゃない!」


そう言って、洋服ダンスの扉を開けたまま

僕の服を物色し始めた。


だから、勝手に触るなって。


「で、で、で、だ。それって、どんな研究なの?」


ついつい聞いてしまうじゃないか。


よせばいいのに。


彼はくるっと振り返った。


僕そっくりな顔が、ニンマリと笑った。


「DOCONANI3号の開発だ」


「は? なにそれ?」


「どこかわからぬところへいって

なにかわからぬものをとってくるマシーンの

3号機だ」


話がよく見えないんですが?


どこの何かもわからないのに

3号機と言われてもねえ。


質問の仕方を間違えたかな?


どんな研究なのか聞かないことには

自由研究に使えるかどうかわかんないじゃん。


それに、3号機ということは

1号機や2号機もあったってことだよな?


そう尋ねようとしたところへ、彼が言った。


「1号機も2号機も

どこかわからぬところへ行ったまま

帰ってこないんだ」


それって単に失敗ってことじゃないの?


欠陥品ってことだよね?


彼って、大丈夫な奴?


異次元の僕だっていうから

悪い奴じゃなさそうだけど。


いや、同じ顔だから悪い奴じゃないっていう理屈も

よく考えたら変だよな。


何かもっと大変なことをやらかして

追われてるんじゃないよね?


ヘタに関わると

大変なことになりそうな気がしないでもない。


うーん。


自由研究のネタ欲しさと引き換えに

トンデモナイものを呼び込んじまったみたいだなあ。


ただ、寝てただけなのに。


金縛りにも遭ってないし

UFOアブダクションにも遭ってないぞ。


この状況、どう捉えるべきか?


警戒心も、イヤな予感も、ゼロじゃない。


だけど、彼が僕にそっくりだってところが

なんか捨てておけないっていうか。


早い話が、すでに興味津々なんだ。


それに、このまま自由研究の題材が何にも浮かばず

夏休みを終えてしまうより

もしかしたら面白いことになるんじゃないか

なんて思ったりもする。


ってことで、僕はもう少し

この『異次元の僕』の話を聞いてみる気になった。


「僕にも研究できるの? 手伝えるんだろうか?」


なんて、もうその気になっちゃってるけど。


異次元の僕は嬉しそうに答えた。


「キミならできるさ。なぜってボクだから」


そんな頼りない自分に?


紙飛行機さえうまく飛ばしたことのない自分に?


そんな研究ができるのかどうかわからないけど

『異次元の僕』が言うんだったら

信じてやってみようかって気になってくる。


「それで、君、そっちの僕、いや、君

あの、なんて呼べばいいかわかんないんだけど……

名前は? それに、どうやってここへ来たの?」


異次元の僕は、声高らかに答えた。


「ボクの名前は、比喩コレーだ」


そう言うと、窓の外を指差した。


「アレに乗ってきた」


え、あ、ごめん。


つい笑ってしまったのは、僕の名前と似てるから。


ひっくり返すと、うん、似てる。


異次元の僕だから名前まで似てるってことね。


やっぱり次元が違っても

そこらへんシンクロしてんだ。


え?


僕の名前?


あ、僕の名前はね。


っていうか、今気がついたけどさ。


この、ほとんど僕みたいな彼は

さっきから僕の名前を聞きもしないんだけど

わかってて来たんだよね?


じゃないと、どうやって僕んとこに来られるんです?


わかってるなら「似てますね」とか

先に言いそうなもんだけどな。


そんなことを考えていると

彼が憮然とした顔をしているのに気がついた。


「えーっと、どうかした?」


「コレがアレに乗ってきたのがおかしいか」


アレってどれよ?


指差す方を見たけど、何も見えやしないぞ。


「だから、コレがアレに乗ってきたのがおかしいか」


ダジャレでしたか。


突然ダジャレ言うんだ。


そんな奴に見えなかったんですけどね。


僕、今それどころじゃなくて

そんなダジャレに気がつく余裕なんて

なかったんだけど。


それって普通、自分で言う?


言われてみないとわかんなくない?


気にしすぎじゃない?


わざと?


あ、でも何か言ってやんないとダメかな。


まだムクれてる。


やっぱり、よく言われるのかね。


言われるんだ。


ええっと、なんだっけ?


どれに乗ってきたって?


アレってどれ?


どこ?


見えないんだけど。


「あああああ、アレ? アレか!」


見えた。


うっすらだけど、何か浮かんでる。


僕は窓の方へ駆け寄った。


「あ、いや、そんな、ソレがおかしいんじゃないよ。

あ、ソレって、あの、笑ったのはね

僕の、あ、とにかくアレとか

ソレとかコレとかじゃなくて

アレが、あの窓の外の機体のアレが

いや、別におかしかないさ

理由あってのことだろ?

 あんな変なカタチしてるなんて

あ、いや、変じゃないよ、変わってるけど

面白いけど。だってすごいじゃん

浮かんでるなんて

コレって、アレって、ソレって……UFOなの?」


自分でも何を言ってるんだかわからなくなってきた。


窓の外を見上げ、それから下を見下ろした。


おっと。


下の階のテラスで猫が見上げてる。


僕のうちはマンションの5階と6階。


つまりメゾネットで、僕の部屋は6階の南向きだ。


その窓の外に、そいつは浮かんでいた。


窓を開けて、じかに見ようとした。


うっすらと透明な、クラゲか水饅頭のような物体。


ぼよーんと、微かにアウトラインだけが見えている。


ホログラムみたいに宙に浮かんでるんだけど

どうやら本物らしい。


「ボクんとこでは未確認じゃないから

UFOとは言わない」


そりゃそうだ。


「アレって完全に透明にすることはできないの? 

消せないんだったら

とにかく誰かに見られないうちに

早く何とかしてよ」


猫が見上げているので

つられて飼い主のばーちゃんまで見上げ始めた。


ばーちゃんならまだいいんだけど

視力のいい悪ガキどもに見つかったらヤバいじゃん。


「わかった、わかったよ」


そう言うとコレーは

その物体を僕の部屋の中へ誘導した。


「新しい研究所に入れさせてもらうよ」


と、ソレを洋服ダンスのところまで引っ張ってきて

押し込もうとしている。


そんなデカいの、入るわけないじゃん。


……って、入っちゃったよ。


どうなってんの?


よくそんな狭いところへ押し込めたもんだね、君。


え?


そこに自分が隠れるつもりじゃなかったの?


「ソレ入れたら、もう何にも入らないだろうに」


僕は洋服ダンスの中を覗き込んだ。


あれっ?


ハンガーに掛けた服の向こうに

いつの間にか――


『バシッ』と。


めっちゃすんごい研究所施設が

出来てしまってるじゃないか!


どうやったんだよ!


魔法使いか?


洋服ダンスの奥が

どこまで続いているのかわからない。


さっきまで、そこには

僕の服が掛かっていただけなのに。


「いま入れたのがDOCONANI3号だよ。

ここで研究開発を続けられる」


「え、え、え、そ、それが? 

ちょっと待ってよ。研究開発中の機体なんかで

よくこっちに来られたね。大丈夫なの? 

未完成なんだろ?」


もしかして、ソレって、君が僕に

『自由研究にしたら』ってすすめてるソレ?


ソレか?


「大丈夫だよ。ボクんとこの次元では

子供の頃から飛行物体を作って遊ぶのが

当たり前だから。

こう見えても研究実績があるんだ」


子供の頃から飛行物体?


こっちじゃ紙飛行機だって

うまく飛ばない奴がいるんですけど。


僕とか。


「DOCONANIはね

先駆者が研究した1号機を受け継いで

ボクの先輩が研究した2号機

それを受け継いでボクが研究してるのが

3号機なんだ」


「ふうん」


「どれも、行き先のIDさえわかっていれば

次元を超えて

『どこかわからぬところ』へ辿り着ける。

片道なら、何とか行けるんだけどね」


「片道?」


「1号機も2号機も、実験事故で

どこかわからないところへ行ったまま

戻ってこなくて。それで……」


コレーは少し言葉に詰まった。


さっきまであんなに喋ってたのに。


「……色々あって」


何だよ、その『色々』って。


気になるじゃないか。


けれどコレーは、それ以上説明せずに続けた。


「だから3号機にはボクが自ら乗り込んでみた。

ちょっとカッコイイだろ? 捨て身ってとこがさ」


「捨て身って……」


「表向きは無人機ってことになってるけど

有人飛行も可能だと立証した。

前の二機より開発も進んでるし、帰れるはずさ」


帰れる『はず』って。


そこ、もっと確かめてから来た方がよくなかった?


「キミんとこなら

まったくの『どこかわからぬところ』でもないから

来られたわけだし。

ここで研究を続けさせてもらえたら助かるよ」


へー。


そうなんだ。


それで、続きを手伝えってことなのか。


難しそうだけど、ま、いっか。


ほとんどやってもらってるようなもんだ。


それにしても

洋服ダンスの中に研究所が出来ちゃうなんて。


自由研究の題材としては、申し分ない。


いや、申し分ないどころじゃない。


研究する前に、研究所が完成しちゃってる。


これって、どうなの?


「ところでキミ、名前なんていうんだっけ?」


出し抜けにコレーが尋ねた。


ほーら。


やっぱり知らなかったじゃん。


今頃聞くなんてどうかしてない?


ヒジョーシキじゃない?


名前もわかってなくて、よく会いに来られたもんだ。


言ってやるぜ。


教えてやるぜ。


驚くな。


笑うな。


「僕か。僕の名は曾礼イユル。

イユルは癒すって書く。ソレイユって呼ばれてる」


コレーが笑ったので、ムッとした。

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