『フリルの中の諜報員』
トーシローが、十三時間寝た。
「どうだった?」
僕が尋ねると、トーシローは胸を張った。
「とうとう、夢の中でもうひとりの僕に会えた」
「ええっ! すごいじゃないか!」
「うん」
「何を話した?」
「それがさ」
トーシローは、少し困った顔をした。
「僕が寝てたんだよ」
「……うん?」
「もうひとりの僕も寝てた」
「……」
「だから、どっちが先に起きるか待ってた」
「で?」
「待ってるうちに、朝になった」
……。
「それ、普通に寝てただけじゃない?」
「いや、ふたりで寝てたんだから、進歩だろ?」
そう言われれば、そうかもしれない。
「それで、今日は?」
「十四時間を目指す」
「学校は?」
「ちゃんと来てるだろ」
「宿題は?」
「……」
トーシローは窓の外を見た。
今日もいい天気だった。
*
「ソレイユ、ちょっと聞いて!」
ミルが、僕の机に両手をついた。
「何?」
「この間のシフの話、ずっと気になってるの」
「シフ?」
「うん。セドリックの付け襟!」
「ああ!」
僕は思わず声を上げた。
「あれね!」
「ねえ、作ってみたい!」
「いいよ」
「ほんと?」
「うん。でも、僕が教えるより
ママに頼んだ方がいいな」
「お母さん?」
「そう。あれ、僕が小さい頃に
ママが作ってくれたんだよ」
「ええっ! セドリックだけの話じゃなかったの?」
「うん。お出かけの時なんかにね」
「わあ!ソレイユも着けてなんて!」
ミルの目が、みるみる輝いた。
「写真ないの?」
「あると思うけど」
「見たい!」
「……うん。探しとくよ」
僕は思い出している。
お気に入りのフリルのついた貴族風の付け襟を。
ふわふわで、透けていて。
中には、小さな食玩のおまけを入れてもらった。
僕のお気に入りだった。
「でね、それをね」
ミルは首の周りで両手を動かした。
「みんなで作れたら、すごくかわいいと思うの!」
「そうだね」
「学校でワークショップしない?」
「いいけど」
「決まり!みんなに声かけるわね」
「え……全員?」
「一応、全員に声かけるけど、希望者だけよ」
全員来そうな気もする。
「じゃあ、先にママに聞いてみるよ」
「やったー!」
ミルは両手を上げた。
その勢いで
胸につけていた透明なブローチが揺れた。
中で、何かが小さく動いたように見えた。
……。
……君たちも参加する気?
*
「覚えてるわよ」
ママは、あっさり言った。
「シルクシフォンの付け襟でしょう?」
「そう、それ!」
「よく着けてたわねえ、イユル」
「うん。あれのワークショップを
学校でやりたいんだ」
「あら、楽しそう」
「だから、ママ、講師になってくれない?」
「いいわよ」
即答だった。
ママは縫いかけのキルトを脇に置くと
棚から古い箱を取り出した。
「たしかここに、まだあったと思うの」
箱には、型紙や布の見本が
ぎっしり詰まっていた。
「あった、あった」
ママが薄い袋を一枚取り出した。
最初に、袋の中から出てきたのは
折り畳んだ薄い紙
「あ、型紙?」
「そう。でも裁断用じゃなくて
ギャザーを寄せた時の広がり方の目安にするの」
ママは紙を広げて、付け襟の形にして見せた」
「外側がふわっと広がるでしょう?」
「うん、そうだね」
「中に入れたい飾りによって
仕切りの幅を変えればいいのよ」
そう言いながら、ママは薄い袋の中から
もうひとつのものを取り出して
先に取り出した型紙の上に丸く広げた。
ふんわりとした白いシルクシフォンの
フリルをたっぷりとった付け襟。
何ヶ所か仕切ってあって
中に入れた小さなボタンやビーズが
透けて見える。
これはママの教室で
ママが準備していたサンプルだ。
「うわあ」
僕は懐かしくなった。
「これ、とってあったんだ!」
「あなたのは、もっと賑やかだったわね」
「食玩だらけだったからね」
「そうそう。あの小さな怪獣たち」
ママが笑った。
「怪獣じゃないよ。宇宙生物」
「あら、そうだった?」
「全然違うよ」
「そうなのねえ」
ママは、もう一度笑った。
……。
あの頃、何十回となく
この会話をしたかもしれないのに
もう、ママったら、興味のないことには
いつもこうなんだよな。
でも、何回話してもいいや。
「イユルの怪獣たち、トゲトゲしてたから
いつも生地の端から突き破ってたわね」
「だから怪獣じゃないんだってば」
生地の『わ』の部分は
『巻きロックをかけて補強したら?』と
ママが提案してくれた。
ロックミシンは学校にもあるし!
*
ワークショップの準備は
思っていたより大変だった。
参加する女子たちには
それぞれ好きな飾りを自分で持ってきてもらう。
ボタン。
ピンの取れたブローチ
ジェムストーンのカケラ
片方だけになったイヤリング。
ペットボトルの小さなオマケ
それらを、透ける布の中に閉じ込める。
世界にひとつの付け襟だ。
ミルは、参加希望者の名簿を作っていたようだが
かなり来そうだと聞いている。
基本の生地素材は
多めに用意した方が良さそうだ。
ママは、シルクシフォンの裁断と
下準備を引き受けてくれた。
僕は、ママが用意する見本の制作を手伝った。
女子のグループが着くテーブルごとに
各1枚は必要だ。
セイジは、頼んでもいないのに
寸法表を作ってきた。
「イユル、これ見ろ」
「何?」
「飾りの大きさ別に、仕切りの幅を三種類考えた」
「ほお、すごいね」
「それから、リボンの長さ」
「うん」
「首回りに合わせて
調節できるようにした方がいい」
「うんうん」
「それから、仕切りの縫い目隠し用に
チロリアンテープも」
「うん」
「お前、聞いてる?」
「聞いてるよ」
「だったら、この見本の縫い目は何だ!」
……。
そこまで見なくてもいいじゃないか。
「セイジ、それ、サンプルだから」
「だからこそ、きちんと作るんだろ!」
……。
セイジらしいや
*
事件が起きたのは、ワークショップの前日だった。
家庭科室に置いてあった
大きな飾りボタンの缶がなくなったのだ。
学校に寄贈された
色とりどりのボタンが入った缶。
希望者が自由に選べるように
先生が用意してくれていた。
それが、忽然と消えた。
「誰か、借りて帰ったのかな」
僕が言うと、ミルは首を傾げた。
「みんなに聞いたけど、誰も知らないって」
「じゃあ、先生が片づけたんじゃない?」
「先生も探してるの」
「ふうん」
ミルは、少し困った顔をしていた。
「あれはみんなで大事に使おうねって
思ってたのになあ」
「明日は自分で持って来るから
それはあてにしてないよね?」
「それはそうなんだけど、あの缶には
特別かわいいのがいっぱい入ってたみたいよ」
……。
特別かわいい。
それは、困るじゃないか。
「探してみようか」
「うん!」
僕たちは家庭科室へ向かった。
*
棚の中。
引き出し。
作業台の下。
布を入れた箱。
ミルと僕は、ひととおり探した。
でも、缶は見つからなかった。
「ないねえ」
「ないね」
困り果てたミルが
胸元のブローチを指でつついた。
「ねえ、誰か知らない?」
……。
誰に聞いてるんだろう。
いや、わかるけど。
すると、次の瞬間
ブローチの中で、何かが動いた。
小さな影。
「ソレイユ」
「うん?」
「ちょっと、こっち見て」
ミルはブローチをそっと持ち上げた。
透明な水饅頭の裏側にある搭乗口を
下から見上げていると
小さな影は、そこからするりと出てきた。
……。
「あ!お仕事かも」
影は棚の方へ飛んでいった。
ミルはため息をついた。
「行っちゃったね」
「もしかして……ボタンの缶
探しに行ってくれたのかな」
「そうかも」
僕たちは顔を見合わせた。
……。
探し物も精霊の仕事なのかな?
だったら見つけて欲しいな。
大事なボタンの缶が、見つかりますように。
*
翌日。
家庭科室は、午後から賑やかだった。
どうやら、また、女子全員参加のようだ。
嬉しいじゃないか!
講師としてきてくれたママも
ニコニコしている。
「こんにちは!」
「ソレイユのママ、こんにちは!」
「お招きありがとう!楽しんでね」
「ありがとうございます。
よろしくお願いします」
四方八方から声がかかる。
「ソレイユ、これ見て!」
「私のも!」
「こっちの色と迷ったんだけど!」
テーブルの上には
小さな飾りがいっぱい並んでいる。
ママが持ってきた見本を見て
女子たちは大騒ぎだった。
「かわいい!」
「今日、これ、本当に作れるんですか?」
「わぁ!可愛いのが間に入ってる!
どうなってるんだろう」
「外に出てこないの?」
ひとりひとりが勝手に質問するので
ものすごく賑やかだ。
ママは、にこにこ笑っていた。
「今日は、皆さんの好きなものを
入れて作りましょうね」
「はーい!」
返事だけは、見事に揃った。
僕はママの横で、材料を配る係になった。
セイジは、事前の準備を手伝ってくれていたので
すごく助かった。
ありがとうよ、セイジ。
女子限定のワークショップだから
参加者ではなく、セイジも講師助手だ。
ママに頼まれた型紙の確認と材料の仕分けも
セイジがきっちりやってくれた。
「イユル、ハサミは?」
「そこ」
「針山は?」
「そこ」
「糸切りバサミは?」
「……そこ」
「そこ以外、なんか言えよ」
「そこにあるんだから、そこでいいだろ!」
女子たちが笑った。
ママも笑った。
この和気あいあいとした感じ
これだから女子っていいよな。
こんな時は笑わなきゃ!
*
まず、細長く裁ったシルクシフォンを
二つ折りにする。
折り山が、襟の外側になる。
ママが見本を手に取った。
「ほら、こちら側を少しずつ縫い縮めるでしょう?」
内側にギャザーを寄せると
布が、波のように重なって
外側はふんわり広がる。
「わあ!」
歓声が上がる。
「ピエロの襟みたい!」
「お姫様みたい!」
「エリザベス女王みたい!」
「クラゲみたい!」
……。
クラゲ。
僕は、その表現も気に入った。
確かに、ふわふわで透明で
クラゲみたいだよね。
ママは、飾りの入れ方を説明した。
「まず、どこに何を入れるといいか
並べてバランスをみましょうね」
ボタンを置く。
マスコットを置く。
それぞれが持ち寄ったチャームを置いてみる。
好きな配置に合わせて、内側に仕切りを作る。
左右対称でもいいし
前ばかりじゃなく、後ろに入れたっていいし。
飾りを入れたら、必要なところを縫い留める。
出し入れ、入れ替えしたいひとは
縦に少し切り込みを入れておく。
縦の切り込みなら
ギャザーのボリュームが重なって
中の物がはみ出すことはない。
切り込みを開けたなら、ほつれ止めを塗っておく。
最後に、襟ぐりのリボンを縫いつける。
これで完成!
透けるフリルがぐるりと広がる
可憐でゴージャス。
小さい子なら、男の子にだって似合う。
僕の小さい頃みたいにね。
女子達はもう、夢中で作ってる。
首にピッタリ巻くとチョーカーみたいで可愛いし
ゆるく結ぶとトップスの飾り襟になる。
何人かの女子が頭に巻いて
「メイドみたい!」って楽しんでる。
同じ作り方なのに
飾りの種類や位置で、まるで違う表情になる。
僕は、みんなの作品を眺めて歩いた。
みんなの作品を見ているだけで
嬉しくなって来る。
僕がそばに来ると、みんな目を輝かせて
口々に意見を求めて来る。
「ソレイユ、どう?」
「すごくいい!」
「こっちは?」
「いいねえ!」
「ねえソレイユ、これは?」
「……あ」
「変?」
「いや、かわいい!面白いよ」
その子の付け襟には
三匹の小さな猫が入っていた。
全部、違う表情をしてる。
「この猫たち、会談してるみたいだね」
「そうなの!」
女の子が嬉しそうに笑った。
「猫会談!」
……。
僕は、もう一度目を凝らした。
なんだか一匹だけ、居眠りしている?
「……トーシローか?」
みんなクスクス笑ってた。
僕が回るのと反対方向に
セイジも回ってる。
持ってきたチロリアンテープを見せながら。
「仕切りの縫い目隠しに
チロリアンテープ使うといいよ?」
「中身が目立たなくなるから要らないかなあ」
「チロリアンテープ使わない?」
「パキッとし過ぎるから合わないみたい」
「僕のコレクションなんだけど、使っていいよ」
「ありがとう、また今度見せてね」
セイジが涙目になりそうなのを察したママが
「あらステキなコレクションね!」と呼び止めて
しばらく話していた。
ありがとうママ。
*
ミルは、淡い青色のシルクシフォンを選んだ。
中には、小さな白いボタンと、銀色の星のチャーム
それから、透明なビーズをいくつか。
「どう?」
ミルは仮縫いしたのを首に巻いて見せた。
「わ!似合う!」
「ほんと?」
「うん。すごく」
ミルは、鏡の前でくるりと回った。
かわいいなあ、ミル。
動きにつれて、フリルがふわっと揺れた。
透ける布の中で
ボタンがチラッと光ってキレイだ。
「ねえ、ソレイユ」
「何?」
「こういうところも
少し切り込み入れておいてもいいよね?」
ミルが、フリルの内側を指さした。
「飾りを入れてないのに?」
「うん。ここね
あとで出し入れできるように
しておきたいの」
「いいんじゃない?
ほつれ止めさえ塗っておけば」
「うん。そうする」
ミルはそう言って、もう一度腰掛けた。
僕は、少し考えて
水饅頭の裏側に入れた、あの小さな切り口。
あれを思い出した。
……。
「そうか」
ミルがその空の仕切りに
何を入れるつもりかは知らないけど
あの子たちにちょうどいいような気もする。
*
その後まもなく
付け襟の仕上げにかかっていた子たちの間で
小さな騒ぎが起きていた。
「ねえ!」
一人の女の子が声を上げた。
「何?」
「どうしたの?」
「私のブローチ見て!なにかあったのかも!」
女子たちが集まってきた。
その子が透明な水饅頭を持ち上げて
みんなに見せると
中で小さな影が行ったり来たりしている。
「どうしたのかな」
「何かあったんじゃない?」
「……」
それを聞いたミルが
そっと自分のブローチも持ち上げてみた。
影は、裏側の搭乗口から飛び出した。
そして、家庭科室の奥へ向かった。
「あっ!」
「あっちに行った!」
僕たちは、顔を見合わせて後を追った。
……。
もしかして、昨日の『あの子』だろうか。
影は、布をしまってある棚の前を
行ったり来たりしている。
「そこ?」
ミルが尋ねた。
返事はなかった。
ただ、影がひとつ、棚の隙間へ消えた。
しばらくすると。
カラン。
小さな音がした。
「……?」
セイジが棚の下を覗いた。
「何だ?」
大きな筒が何本か立てかけてある。
文化祭で使った背景幕を巻いたものだった。
セイジが、そのうちの一本を持ち上げた。
「これ、妙に重いな」
「布だからじゃない?」
「いや、端の方に何か入ってる」
筒を少し傾けた。
ころん。
丸い缶が転がり出てきた。
「ああっ‼️」
ミルが叫んだ。
「ボタンの缶!」
先生も飛んできた。
「あらまあ‼️」
どうやら、背景幕を片づける時に
そばに置いてあった缶を
一緒に巻き込んでしまったらしい。
「まあ、私ったら!」
先生は、何度もお礼を言った。
「よく見つけてくれたわねえ」
……。
僕は、ミルを見た。
ミルも僕を見た。
女子たちは、胸元のブローチを見た。
……。
誰が見つけたことにすればいいんだろう?
誰でもいいよね。
*
見つかった缶の中から
女子たちは好きなボタンを
もらうことにした。
完成しかけていた付け襟に
さっそく、切り込みを入れている子。
「これ、入れたい!」
「私も!」
「先生、もうひとつ入れていいですか?」
ママは、笑いながら答えていた。
「いいわよ。でも、あまりたくさん入れると
重くなるので、無理しないようにね」
「はーい!」
僕は、ミルの付け襟を預かった。
シルクシフォンは薄いので
縁を補強しておかないと、すぐに傷んでしまう。
僕の『宇宙生物』みたいに
生地を突き破ってくるからね。
ただ単に何か力布を貼り付けるよりも
ぐるっと一周、巻きロックをかけた方が
フリルも際立って立体感が出る。
ロックミシンは家庭科室に何台も置いてあるのに
授業ではほとんど使わないから
みんなの知らないワザを教えてあげたいね。
ママがミルのフリルに
巻きロックをかけてあげるのを見ていると
僕も自分でかけたくてウズウズしてくる。
「これでいかが?」
ママがミルに渡した。
「ありがとうございます!」
ミルは、さっそく首に巻いた。
ふわり。
フリルが広がる。
巻きロックをかける前も可愛かったが
周囲を縁かがりが取り巻くと
また違った良さがあるのだ。
みんな、それを見て口々に言っている。
「わあ!巻きロックかけるとステキね」
「そんなの出来るなんて知らなかったね」
仕上げた子たちはママのロックミシンに並んで
あっという間に行列が出来てしまったので
僕の出番が回ってきた。
僕は慎重に
念入りにロックミシンの目盛りを合わせて
夢中で巻きロックをかけ続けると
いつのまにかママの半分くらいの人数は
こなせてた。
その時だった。
ミルの胸元の水饅頭から
小さな影が飛び出した。
まっすぐ、ミルの付け襟へ向かう。
そして。
するり。
フリルの内側へ入ってしまった。
「……」
「……」
僕とミルは、顔を見合わせた。
襟の中で、透明なビーズが小さく揺れた。
そしてふたりで笑ってしまった。
「どうやら、待ち構えてたらしいね」
「気に入ったのかな」
「……どうだろう」
しばらくすると、他の子の水饅頭からも
小さな影が飛び出した。
今度は、薄桃色の付け襟へ。
また一つ。
次は、白い付け襟へ。
……。
……。
どうやら、女子と精霊たちの両方に
大人気らしい。
*
「ねえ、ソレイユ」
ミルが笑いをこらえながら言った。
「私たち、この子たちにコントロールされてない?」
「うん、そうかも」
「一緒にお出かけ出来るファッションが
もうひとつ増えちゃった!」
「うん」
「いつでもサクっと簡単に、一緒に出かけられる」
「……そうだね」
僕は、襟の中の小さな影を見た。
コレーは、透明な水饅頭を基地だと言った。
僕たちが作ったブローチを身につける女子は
諜報員になるとも言った。
あの言葉を思い出した。
……。
この付け襟の中にも自由に出入り出来ることで
活動の機会も増えるし
水饅頭ブローチの数倍のキャパもある。
……。
いや。
ちょっと待て。
それって
また諜報員が増えることにならないよね?
水饅頭に居た奴らが付け襟に異動したら
空席に新入りが入って来るんじゃないの?
「ソレイユ!」
ミルが、僕の顔を覗き込んだ。
「何考えてるの?」
「……いや」
「何?」
「なんか、すごいことになりそうだなって」
ミルは、にっこり笑った。
「ソレイユが考えるすごいことって
いつも面白いから、楽しみ!」
……。
ミルがそう思ってくれるなら
そうかもしれない。
でも、ちょっと怖い気もするんだよね。
*
ワークショップが終わってからも
女子たちはなかなか帰ろうとしなかった。
みんな、鏡の前で付け襟を見せ合っている。
みんな本当に楽しかったのだろう。
僕のママの周囲を、みんなで取り巻いて
また口々に好きなこと言ってる。
「お教室に通いたいです!」
「キルトも教えてください」
やれやれ、僕のワークショップより
大人気かもしれないぞ。
ママは嬉しそうだ。
ミルが、僕のところへ戻ってきた。
「ねえ、ソレイユ」
「何?」
「またやろうね」
「うん」
「今度は、もっと違うものも作りたいな」
「例えば?」
「うーん」
ミルは、少し考えた。
「透明感のあるものだったらなんでも!」
それだと、また誰さんたちの居場所になりそうだ。
まるで、僕の考えを読んだかのように
ミルが呟いた。
「この子たち、私たちと一緒にいるのが
好きなのかもね」
そうかもしれない。
何しろ、あの精霊たちときたら
僕たちの想像を超えることばかりだ。
でも、頼りになる
頼もしい仲間になっている気がする。
そして
ママが昔、僕に作ってくれた付け襟。
シフが呟いた不思議なシンクロニシティ。
ミルがそれを聞いて、気になって
作りたいと言い出したこと。
元々、ママの作ってくれたあの付け襟がなかったら
透明な水饅頭の中に何かを入れようなんて
僕は思いつかなかったかもしれない。
そして今度は。
その水饅頭から飛び出した精霊たちが
また付け襟の中へ戻っていく。
……。
……何だか、不思議だ。
ぐるぐる回って
元のところへ戻ってきたみたい。
*
その日の帰り道。
トーシローからチャットが届いた。
『報告』
……。
『どうだった?』
『昨日の夢の続きが見られた』
『おお!』
『もうひとりの僕が起きた』
『やったじゃん!』
『僕を見て言った』
『何て?』
『お前、いつまで寝てるんだ?』
……。
……。
『それで、何て答えた?』
すぐに返事が来た。
『お前が起きるのを待ってたんだよ、って言った』
『そしたら?』
『また寝た』
……。
……。
「あはははは‼️」
そばで覗き込んでたミルが
先に声を上げて笑った。
その瞬間
フリルの中で、透明なビーズが一斉に揺れた。




