↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスキル、やばスギル。【レイナ・クロフォードの来歴譚】~合流まで~  作者: 明日乃風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/5

第4話 よろしいですね



 呼び出された部屋には、三冊の帳面が開かれていた。


 一冊には屋敷の予定。もう一冊には客人の名と注意事項。残る一冊には、その日までに用意する品が書き出されている。


 家政を預かる女性は、エステルが入ると最後の帳面を手前へ引いた。


「近く、晩餐会を開きます」


「かしこまりました」


 エステルは筆記具を用意した。


「お招きするのは、以前からクロフォード家とお付き合いのある御家です。レイナ様との婚約について、正式にお話しする席となります」


 筆先が紙へ触れる前に止まった。


「婚約、でございますか」


「まだ決定ではありません」


 女性は落ち着いた声で続けた。


「だからこそ、双方が同席する場を設けるのです。先方の御家にも、御本人にも、これまで問題になるような評判はありません。レイナ様を高く評価してくださっていると伺っています」


「はい」


「当日は、あなたにも控えてもらいます。長いお席になりますから、衣装や御体調に無理がないか、近くで見ていてください」


 エステルは筆を動かした。


 衣装。髪飾り。宝飾品。靴。支度を始める時刻。晩餐会前に休息を取れる時間。


 一つずつ書き留めれば、いつもの仕事と大きくは変わらない。


「本日、レイナ様にもお話があります。あなたは後ろへ控え、衣装と支度について尋ねられた場合だけ答えなさい」


「承知いたしました」


 晩餐会の日付は、まだ空欄だった。


     ◇


「近日中に、先方をお招きすることになりました」


 エステルはレイナの髪を梳きながら告げた。


 これから出るのは晩餐会ではない。家の者から説明を受ける席である。用意した衣装も華美なものではなく、家の正式な話へ加わるのにふさわしい落ち着いた色を選んだ。


「本日は、そのお席についてのお話がございます」


 鏡の中で、レイナがエステルを見る。


「婚約のお話ですね」


「はい」


 エステルは櫛を置き、髪をまとめた。


 レイナはそれ以上尋ねなかった。


 嫌なのか。


 楽しみなのか。


 相手について何を知っているのか。


 いくつも言葉が浮かんだが、どれも口にするには近すぎた。


 少し前まで、好きな本さえ尋ねられなかった。


「仕上がりました」


「ありがとう、エステル」


 レイナは鏡の前から立ち上がった。


     ◇


 応接室には、クロフォード家の当主と家令、記録を取る者がいた。


 レイナの席は当主の向かいに用意されている。


 エステルはその後ろ、声をかけられればすぐ前へ出られる位置へ控えた。


「座りなさい、レイナ」


「はい」


 レイナが椅子へ座る。


 当主は手元の書類を開いた。


「先方との婚約について、話を進めることになった」


 落ち着いた声だった。


「先方とは以前から良好な関係にある。家格にも、評判にも問題はない。御本人も必要な教育を受け、今後家を担う者として不足はないと聞いている」


 レイナは黙って聞いている。


「先方も、お前の教養とこれまでの振る舞いを高く評価している。婚約がまとまれば、両家の関係はより安定するだろう」


「承知しております」


 記録役の筆が紙を走る。


 当主は次の書類へ手を移した。


「婚約後は、先方の催す席にも出ることになる。客人を迎え、必要に応じて両家の間を取り持つ役目も増える」


 家令が、予定される行事について補足する。


 レイナなら問題なく務められる。


 これまでの教育を生かせる。


 先方にも安心して迎えてもらえる。


 どの言葉も、レイナの能力を認めるものだった。


 エステルも否定できなかった。


 レイナは、求められた場で過不足なく振る舞える。突然の来客にも、難しい話題にも対応できる。相手を損なわず、自分の家の立場も守れる。


「まずは、先方を晩餐会へ招く」


 家令が二つの日付を示す。


 当主と家令は屋敷側の予定を確かめ、先方から届いた書面と照らし合わせた。


「こちらの日がよいでしょう」


「異存はない」


 一つの日付へ印がつけられる。


 記録役が新しい紙へ書き写した。


 レイナは、そのやり取りを見ていた。


「当日は夕刻から席を設ける。食事の前に、先方と話す時間も取るつもりだ」


 当主が書類を重ね、初めてレイナへ正面から目を向けた。


「このように進めます。よろしいですね」


 部屋が静かになった。


 記録役の筆も止まっている。


 レイナはすぐには答えなかった。


 ほんの短い間だった。


 何を考えたのか、後ろにいるエステルからは表情もよく見えない。


「お話は理解いたしました」


 レイナが答えた。


「では、晩餐会は予定どおりに」


 当主は家令を見る。


 止まっていた筆が再び動いた。


 誰も、今の返答を聞き直さなかった。


「レイナの支度には、どれほど必要だ」


 突然尋ねられ、エステルは顔を上げた。


「衣装と髪を整える時間に加え、その前に御休息を取っていただければと存じます。夕刻より少し早く、お支度を始めさせてくださいませ」


「分かった。前後の予定を空けるように」


「かしこまりました」


 エステルは頭を下げた。


 靴は長く座っていても負担の少ないものを選ぶ。髪は重い飾りを避ける。食事の前に水分を取り、少し休めるようにする。


 レイナが晩餐会へ出るために必要なことなら、いくらでも思いついた。


 使用する部屋と入場の時刻が確認される。


 席順や料理については、家令が別の紙へまとめた。


 話し合いは滞りなく終わった。


     ◇


 応接室を出ると、廊下には二人の足音だけが響いた。


 エステルは半歩後ろを歩いた。


 聞くなら、今なのかもしれない。


 けれど、望んでいないと答えられたら。


 その言葉を聞いた自分は、何をするのだろう。


「お嬢様」


 レイナが少しだけ振り返る。


「お部屋へ戻りましたら、当日までのご予定を整えます」


「お願いします」


 レイナは前へ向き直った。


     ◇


 予定表には、すでに先々の日程まで書き込まれていた。


 晩餐会の日には、午後の講義と夕刻の稽古が入っている。


 エステルは講義へ細い線を引き、空いている別の日へ移した。稽古も翌週へ回す。


 二つの予定が消えた欄に、晩餐会と書く。


 その下には、支度を始める時刻。


 その前には、休息のための時間。


 レイナは机のそばに立ち、書き換えられる予定を見ていた。


 エステルの筆が止まった。


「当日は、夕刻よりお支度を始めます」


 レイナは予定表へ目を落としたまま答えた。


「分かりました」


 エステルは筆を動かした。


 最後の文字を書き終える。


 乾く前のインクが、元からあった予定の上で黒く光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。