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18話

 勒叉ロクシャの苛烈な猛攻によって、晴開せいかい蓮花れんかが戦闘不能と化してしまった。


 彼らにとどめを刺そうと、敵は得物の火焰戟かえんげきを振りかぶろうとした。


 その時のことだった。


 みるみるうちに空に黒々とした暗雲が立ち込め、陽が遮られたのだった。


「な……何だ、あれは……一体……!?」


 敵が驚くのも無理がない。その墨のように染まった漆黒の空に、紫黒に輝く一筋の線が細くうねっている。


 それは、まるで――――


「……黒い……龍!?」

「……ほんとだ……!」


 晴開と蓮花は、共に身体を起こすことも出来る状態ではない状態だったが、やっと顔をあげるとそれを目の当たりにした。


 それはやがて、煌めく光の筋が太くなり、こちらへ近づいてくる。


 敵味方とも、その黒い龍の荘厳な姿に圧倒していると、不意にそれが頭部をもたげ、その口を大きく開いて轟音を響かせ大きく咆哮したのだった。


 秋兌国しゅうたいこく――――ましてやこの龍鳳界りゅうほうかいの果て遠くまで届くほどの大きさだった。


  次の瞬間、黒い龍の大きく開いた口から瀧のように大量の水が吐き出された。


 やがてそれは、燃え盛る炎の海に呑まれた閏商じゅんしょうの城市から霧散するように、それが一気に消されていった。


「何なんだ……何が起きたんだ……!?」

「火が消えていったわ……!!」

「よくも!!この俺の邪魔をしやがって!!」


 思わぬ横やりを入れられて憤る勒叉は、龍が現れたときから行動を起こせずにいたことに気づいた。


 彼はそうした状態でありながら、目の前ので起きている現実を受け入れることが出来ず思考が混乱してしまう。


 閏商の街を火の海から救った黒い龍の姿が近づいて、やがてその全貌が明らかとなった。

 全長が約10丈(24m)もある黒龍で、紫色の鬣を生やし、身体は目映く黒光りした鱗で覆われている。


 闇の中をうねっていた黒龍は、次第に高度を下げて勒叉と面と向かうようにして、それと晴開との間に割り込むように降りていく。


  すると、黒龍の四本指の足が地に着くその寸前で、敵に向かって瀑布のような大量の水を吐き出した。


「ギャアアアアァァァァ!!この最強(・・)である勒叉に向かって……ふざけたマネを……!!」

「やった!!」


 勒叉は黒龍が放った激流を喰らうと息絶えた。それを討伐した黒龍に喜悦する晴開は、誰かがその背に乗っているのを目にした。


 その者の手には――――何と、自分が所持しているものと同じ杖を持っていたのであった。


「一体誰が……あっ、お前は!?」


 晴開が黒龍の背に乗っている人物が誰なのか、そしてそれが龍召士なのかが同時に解った。そのため彼は、一気に目が醒めたように驚嘆した。


 晴開がその人物に声をかけたことで、彼は晴開らがいる後方を振り向いて、その声に応える。


「俺だよ!!河俊敬かしゅんけいだよ!!輪晴開(リンセイカイ)、お前何でここにいるんだよ!?」

河俊敬(カシュンケイ)!?お前こそ、何でここにいるんだ?幻世(げんせ)から転移したっていうのか!?」


 晴開は既視感のある”カシュンケイ”と名乗った男が、この龍鳳界にいることに呆気にとられた。一方相手も、彼と同様に眼を見開いた。


「それに俊敬(シュンケイ)、お前そんな名前だったか!?」

晴開(セイカイ)こそ、なぜ俺のことをそう呼ぶんだよ?」

「晴開、この人のこと知ってるの!?」


 晴開と蓮花は、俊敬に先ほどの戦闘で未だに立ち上がることの出来ないため、上体だけ起こして話していた。


「俺は、この龍鳳界に一ヵ月前に転移したんだ。その時からこの世界では"河俊敬かしゅんけい"って呼ばれてたんだ。それより、さっきも言ったがお前こそ"輪晴開(リンセイカイ)”って名前になっているじゃないか?」

「俺も10日前に転移したときも、ここでは勝手に変換されてそう呼ばれていたのだが……」


 黒龍から降りた俊敬は、晴開と自分とで呼び名が変わっていることに疑問をぶつけあった。

 しかし、そんな二人をよそに蓮花が俊敬のことを不審に思い、晴開に声をかける。


「ちょっと二人とも!!どう呼び合おうがどうでもいいから、この人誰なの?」

「ああ、コイツは俺が幻世で同じ学校に通う同級生だが……」

「改めて紹介する。俺は河俊敬(かしゅんけい)。一ヵ月前に”黒龍の龍召士(りゅうしょうし)”として龍鳳界(りゅうほうかい)冬坎国(とうかんこく)に転移したんだ」


 俊敬が自分のこの世界での立場を暴露したことに、晴開らは心臓がひっくり返るほど驚いた。

 それでも疑問が晴れない晴開は、更に俊敬に問いただす。


「俊敬!!お前、やっぱりそうなのか!?その杖はどうしたんだよ!?」

「ああ、それは龍鳳界に転移する前に、仙空界(せんくうかい)玉帝(ぎょくてい)から”黒龍の龍召士”として、この覚龍杖(かくりゅうじょう)を渡されたんだ。あと晴開、お前の方こそ何でここにいて、その杖を持ってるんだよ?」


 今度は俊敬から聞き返された晴開だったが、先程彼が指摘した相手が持っている黒曜石で出来た覚龍珠かくりゅうじゅが先に付いた覚龍杖と、自分が持っているそれとを見比べる。


「えっ!?何だって!!俺も、玉帝(そいつ)から”白龍の龍召士”だって言われて覚龍杖を渡されて秋兌国(ここ)に……」

「そうだったのか!!俺は、十日前に冬坎国(こっち)の主上の兄、泉孝然(せんこうぜん)が弑されたことで、主上の命で秋兌国に行くように言われていたんだ。まさかお前がここにいるとはな!!」


 晴開と俊敬、両者ともに自分が話す内容に驚愕し合う。


 蓮花も同じで、俊敬が”黒龍の龍召士”であることと、冬坎国王の命でここに来たことに吃驚が絶えなかった。


「どういうこと!?俊敬って“黒龍の龍召士”なの?どうして、黒龍を召喚出来るの!?」

「俺は、この世界に転移した後、冬坎国の主上、泉莱鄒(せんりすう)の命で黒龍祠(こくりゅうし)に行ってその封印を解いて、黒龍を召喚出来るようになったんだ」

「そうなのか!?お前が言ってたが、十日前の俺が龍鳳界に転移した時、冬坎国の王兄が亡き者にされたから秋兌国に来たんだよな?お前その時どこにいたんだよ?」


 孝然が弑されたことで、俊敬が閏商に向かっていたとは聞いたが、晴開はその時点での彼の居場所が気になり問いかける。


「冬坎国の王都の順羽(じゅんう)にいたんだ。その日に主上に伝令があって、俺に秋兌国へ向かわせたんだ。ここに来るさっきまで、孝然が殺害された秋兌国と冬坎国との国境にいたんだ」

「じゃあ最初から、黒龍に乗ってその現場に行けばいいじゃないのか?」

「馬鹿言え!それだと、騒ぎを起こしてしまうから。そこに着いた後、閏商(ここ)がヤバいことになっているという話を通行人から聞いて、黒龍に乗ってまで急いできたんだ」

「そうだったのか!!冬坎国(そっち)も大変だっただろう?」


 閏商での勒叉の襲撃を耳にして黒龍に乗ってここに来たという俊敬の事情を知った晴開は、驚きと奇妙さを含んだ表情となってしまう。


 更に彼は、俊敬が元いた冬坎国の様子を尋ねる。すると俊敬は深刻な面持ちでそれに応える。


「そりゃあ、順羽の王宮、黒智宮(こくちきゅう)内は大変な騒ぎだったぞ。異父兄妹とはいえ、血の繋がった兄だったから主上も相当哀しんでいたぞ」

「やっぱり、孝然様が殺されたからには、莱鄒様もそうなるわよね……」

「俺がその現場に着いた時でも、屍体もそのままにされていて、言葉に出来ないほどだった。その犯人は既に討伐されたと聞いていたが……」

「その犯人は、さっきあなたが倒した奴と一緒同じく夜叉五大将(やしゃごたいしょう)のうちの一人で、私たち四姉妹の上から二番目の(きょう)姉ちゃんが倒したんだよ!!」

「マジかよ!?お前の姉ちゃんが!?」


 目の前にいる蓮花もそうだが、その姉である杏琳(きょうりん)が孝然を殺害した犯人を倒したので、彼女ら姉妹が戦闘要員になるのだと解り俊敬が仰天した。


 それでも唖然となった彼はすぐ気を取り直し、晴開らに畏まって伝える。


「晴開。早く俺を秋兌国(このくに)の主上の鉱曾淑(こうそうしゅく)に合わせてくれ」

「そうだな。俺らは夜叉五大将と繋がっているという、主上の夫の討伐を決めたところだ。加勢するように進言しよう」

「分かった。お前がそれを曾淑に面識があるなら、是非お願いしたい」

「任せとけ!!俺と蓮花とその四姉妹からも頼んでおいてあげるからな」


 晴開と俊敬の両者が意気投合し、彼らは焼け焦がれた閏商の城市の惨状を見て、残りの夜叉五大将の討伐への決意が込められた。

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