19話
閏商の城市を火の海に遭わせた夜叉五大将の一人、勒叉を突如として現れた黒龍が討伐した。
その背中に乗っていたのが、晴開の幻世で通う高校の同級生、河俊敬だった。
彼は一ヶ月前に幻世から冬坎国転移し、そこからこの秋兌国へ来た”黒龍の龍召士”だということだ。
俊敬は晴開に自分を秋兌国王の曾淑に謁見させるように頼んだ。
それを二つ返事で受け止めた晴開は、すぐ后土四姉妹の長女梅涼を通じて曾淑にその旨を伝えてもらった。
大火という非常事態が起きた後にも関わらず、彼女から”是”との返答を得た。
「何とか主上から了承してもらえたわ。あの時、私は大変だったのよ!何とか太白鉱を敵の火の手から必死に防いだんだから!!でも、あなた達も無事でよかった」
「私は勒叉の攻撃で閏商の城壁の外に落されて、晴開と蓮花の足を引っ張ってしまった――――私って、いつもみんなに迷惑を駆けているみたいで不甲斐ないわ」
「杏姉ちゃん、そんなことないよ!私なんか、本当はあいつを倒すことが出来たのに……」
「でも俊敬が来てくれたから、俺たちも閏商も敵の魔の手から逃れられたじゃないか」
流気源を必死に守った梅涼も勒叉に太刀打ちできなかった杏琳と蓮花、そして晴開はそれを倒してくれた俊敬のことに感謝しているようだった。
彼女ら姉妹の住む屋敷は勒叉が起こした火災によって黒く焦がれていたが、何とか建物としての原型をとどめており、内装にまで被害は及んで無かった。
そこで姉妹三人のうち、梅涼と蓮花は晴開とはまた違った凛々しい顔立ちに惚れてしまった。
俊敬にも彼女らが執拗に迫ってくるので、晴開は必死になって防いだ。それに対する俊敬も俊敬で、その様子に呆れていた。
後日、晴開らは俊敬を連れて白義宮の外廷の正殿の魄受殿へ向かった。
すると、白義宮内まで火の手が及んでいたのか、いくつもの建物が黒く焦がれていた。
それでも魄受殿は何とか持ちこたえたものの、丹塗りの柱の黒々と焦がれており、それが著しかった。葺かれた白銀の甍も黒く煤けていた。
魄受殿の中に入ると、そこまでは火の手は及んでなかったが、居並んだ百官の長だけでなく、国王である曾淑も疲弊しきっていた。
そのため曾淑は、そのあまりいくつもの簪で留められているはずの白銀の長髪を乱した曾淑を見た晴開らは、その辛苦の様子に心を痛める。
晴開らが以前と同じように拝跪しようとしたら、王がいる階の下には、蓉彩がいるのが目に入る。
彼女は母と同じく髪を乱して疲れが出ているようだったが、その貌には晴開の姿を見るや否や、満面の笑みを浮かべていた。
一方蓉彩の横で、晴開に蔑んだ目を向けているのは、この国の奉常の研憂仁だった。
蓉彩は晴開に釘付けになっていて、今にも彼に跳び付くと思いきや、憂仁が蓉彩に道術か何かをかけているのか、ピタッと動きを固められているようだ。
晴開はそれを見て苦笑しつつ、姉妹三人と俊敬が拝跪したので、自分だけ遅ればせながらそれに続く。
「もうよい……面を上げよ……うぬが冬坎国から来たという”黒龍の龍召士”の河俊敬と申すか……」
「然様でございます。冬坎国王、泉莱鄒の命を受け、この河俊敬が秋兌国に馳せ参じました」
王に名を呼ばれた俊敬は、跪拝した状態で拱手して応える。辺りの官吏達にどよめきが起きた。
彼はそれに動揺せず、玉座の前で立っている曾淑だけを真っすぐ見据えていた。曾淑はその気前を感じて息を飲むと、口火を切った。
「そうか。うぬはこの国で莱鄒の兄、泉孝然が夜叉五大将の一人に亡き者にされたから来たというのだな?」
「はい、主上はそれを知った途端、激しく泣き崩れつつもすぐ俺に秋兌国に向かうよう指示を受けました」
「その後の莱鄒の様子はどうであったか?」
「主上は、その後哀しみのあまり寝所から出て政務を執り行うことも出来る状態ではありません」
曾淑なりに兄を失った姪の様子を気にしていたようだ。彼女のこと聞かれた俊敬は事実ありのままのことを述べたつもりだった。
彼は顔を俯かせると、それには憐憫の情が表れていた。
そのような状態にある俊敬を窺いつつも、曾淑は話を進める。
「その夜叉五大将のうち孝然を弑した博叉は岩杏琳が、この閏商を大火に見舞わした勒叉はうぬが仕留めた。それで間違いはないな、二人とも」
「「はッ!!」」
今度は俊敬だけではなく、同じ夜叉五大将を討伐した杏琳にも曾淑は尋ねた。二人はそれに呼応しないわけにはいかなかった。
彼らの威勢のいいその意気込みを賞賛した曾淑は、更に切り出す。
「うぬらには、誠に感謝しておる。それで、奴らと繋がっていると思しき我が夫、炎蔣于を討たねばならぬ。時を経てずして、晴開と后土四姉妹らにそやつの討伐へと向かうつもりだ。俊敬、うぬも付いてきてはくれぬか?」
「――――はッ!御意でございますッ!!」
躊躇うことなく俊敬は、威勢のよい返答をした。彼も己が遣える冬坎国王の兄を夜叉五大将を討つことに迷いは無かった。
俊敬のその意気込みを感じた晴開は、自分のそれとが共鳴した。
「ではこちらとて準備が出来次第、蔣于の塒である藭荊山に俊敬も晴開らとともに向かうことになる。それでよいな?」
「「応ッ!!」」
魄受殿にいる者は、曾淑の上げた激励に勢いよく呼応した。すると、居並ぶ百官の長の中から一人のガタイのいい偉丈夫が晴開らの前に現れた。
「よぉ晴開、俺のことを覚えているだろうな!?大将軍の斬嘉榮だ」
「うぉあッ!?何だお前――って、そう言えば今回の行軍の総大将はお前だったな!!」
「お前が、”黒龍の龍召士”の河俊敬だな。よろしく頼むぞ!!」
嘉榮の張りのある声をかけられた俊敬は、急に自分が呼ばれ身体をビクつかせてしまった。
それを見ても気にしていない嘉榮は、彼に対して興味を持ったのか話を続ける。
「俊敬は、あの夜叉五大将の一人の勒叉を一撃で葬ったんだろ?すげぇな!」
「いや、あれは俺じゃなくて、黒龍が……」
「はっはっは!!お前さえいりゃぁ蔣于夜叉五大将なんて、雑魚以外の何物でもねぇからな!!」
「は……はい……」
自分の手柄ではないと応えたはずの俊敬は、嘉榮のお世辞とも言わんばかりの誉め言葉に呆れるばかりだった。




