第18章 運命の、あの人と。
それから、アクアンは事ある毎に椅子に座ってレプリカに意識を飛ばしていた。
その度に、見たことのない景色がアクアンの目の前に広がり、感嘆の声を上げている。
「今日はどのあたりに居るのかしら?」
アクアンに声をかけるシィル。その声はちゃんとアクアンに届いていて、アクアンがシィルの方を見て答える。
「今は、大きな湖のほとりで食材を取ってるわね。」
「あら、湖ね。アクアンもお手伝いできるんじゃないの?」
「お願いされたら、手伝うわよ。でも、彼はすっかり忘れてるみたいね。」
どうやら、レプリカはテグラの道具袋の木箱の中のようだ。
しばらくは変わりが無いだろうと、アクアンは本体に意識を戻す。
「さて、それじゃあ今度はリィーリの相手をしましょうかね。」
顔がにやけているアクアンに、シィルはフフフと笑う。
「リィーリもいいけど、今はお兄ちゃんが居ないんだから、そっちの相手もお願いできる?」
ギルの残していった剣を見ながら、少し寂しそうな表情を見せるミロン。
「ミロン、一緒にリィーリのお世話をしましょうか。」
ミロンが首を横に振る。それを見たアクアンは少し苦笑いを見せる。
「剣の練習の方がいいのね。」
小さく頷くミロンに、アクアンが近づいて頭をやさしく撫でる。
「私は、剣は使えないけど、それでもいいの?」
「うん。」
「それじゃあ、見守っててあげる。ギルに練習の仕方は聞いてるでしょ?」
無言で頷いたミロンは、笑顔で庭に飛び出す。アクアンは窓の側に椅子を置いて、飛び出したミロンの背中を見守る。
「ごめんなさいね。あの子、リィーリに少し嫉妬してるのよ。」
リィーリのベッドを転がして、アクアンの側に寄せる。シィルは本格的に2人のお世話をさせるようだ。
「シィル、少し自分のことをやってきたら。」
「ありがとう、少しお願いするわね。」
そう言って、シィルは居住エリアに戻っていった。
しばらくリィーリの寝顔とミロンの剣の練習を交互に見守る。
ミロンはギルの言いつけ通りかかしを攻撃し、魔力を存分に放っていく。
最初のころに比べて、随分と動きもしっかりしており、かかし相手にこけることもなさそうだ。
「リィーリ、頼もしいお兄ちゃんになりそうね。」
リィーリを抱きかかえて、2人で一緒に窓の外を見る。
「にー。」
不意を突いた声に、アクアンはハッとリィーリを見つめる。
「しゃべった・・・?」
「ねー。」
手をアクアンに向けて掴もうとするリィーリ。そのたどたどしい動きに、アクアンはほっこりとする。
「はーい。おねえちゃんですよ。」
小さな手をやさしく握り返すアクアン。
「いつの間に喋れるようになったのかしら。」
少し考えるが、そんな事よりもやはり自分の事を呼んでくれたことの方が嬉しかった。
「リィーリ、よく言えましたね~。」
握った手を小さく振り、リィーリを褒める。リィーリはそれが楽しいようで、キャッキャと笑っていた。
そんな時、窓からコンコンと音がして、アクアンはハッと窓の外を見る。そこには、汗びっしょりになったミロンが立っていた。
アクアンが急いで窓を開けて、ミロンに応える。
「アクアンお姉ちゃん、お水ちょうだい!」
「わかったわ、中に入って、お気に入りのコップを持ってきて。」
「うん!」
剣を鞘に納めて、家に帰ってきたミロン。ドタバタと居住エリアに駆け戻り、愛用のコップを持ってくる。
「アクアンお姉ちゃん!」
コップを差し出したミロンに、タオルを差し出す。
タオルでかいた汗を拭きとりるミロン。その間に、アクアンはコップに手をかざし、なみなみと水を注ぎ込む。
「はい、ゆっくり飲むのよ。」
コップに注がれた水をおいしそうに飲むミロン。ぷはぁと息を吐いて、空になったコップをアクアンにもう一度差し出す。
「おかわり!」
「はいはい。」
アクアンが再びコップに水を満たす。
「アクアンお姉ちゃん、僕にもリィーリ抱かせて。」
「いいわよ、気を付けてね。」
「にー。」
アクアンがリィーリをゆっくりとミロンに手渡す。リィーリはミロンに向けて両手をバタバタとさせて笑顔を見せる。
「暴れるなよー。」
きゃははと笑いながら、ミロンの顔をぺちぺちと叩くリィーリ。
その衝撃ごとにミロンがまばたきをするが、ミロンは笑顔を崩さない。
「ミロン、リィーリって、私が寝ている間に喋るようになったの?」
「うん、少し前からだよ。アクアンお姉ちゃんも呼んでくれた?」
「えぇ、呼んでくれたわ。かわいいわよね。」
ミロンが両手で抱えているリィーリの前で、にっこりと笑顔を見せるアクアン。
「さて、そろそろシィルが戻ってくるかしら。リィーリをこっちに。」
アクアンの伸ばした手に、リィーリを預けるミロン。やはり重かったのか、少し両腕をぷらぷらと揺らす。
当のリィーリは、少し疲れたのか目をとろんとさせて静かになっている。
「少し、おやすみなさい。」
ベッドにリィーリを寝かせて、その寝顔を見つめるアクアン。
「ところでミロン、剣の練習は終わったの?」
「うん!魔力が無くなったよ!」
剣をアクアンの目の前に差し出す。アクアンがその剣に触れて確認する。
「うん、確かに使い切ったようね。それじゃあ、これを片付けておいで。」
「わかった!」
ミロンが駆け足で剣を片付けに倉庫に向かう。
それと入れ替わりに、シィルが店舗に戻ってきた。
「アクアン、2人の面倒ありがとうね。」
シィルがアクアンとリィーリに近寄り、お礼を述べて、ベッドを覗き込む。
「そうだ。リィーリね、私を呼んでくれたのよ。」
アクアンがにやにやと表情を緩めながら、シィルに報告する。
「あら、良かったわね。」
シィルもその報告には笑顔を見せる。
「私も、マーマって呼んでくれたのよ。」
「なら、クラウィスはパパかしら?」
そう言ったアクアンに、シィルは首を横に振る。
「クラウィスはねタータって呼ばれてるわ。」
「タータ?それは本当にクラウィスを呼んでるの?」
「ええ、リィーリがクラウィスの顔を見て呼ぶのよ。あの人は首をかしげてたけど、とりあえず納得はしてたわ。」
フフフと笑うシィルを見るアクアンだが、1つ疑問に思う。
「ねえ、ギルもリィーリに呼ばれたの?」
「ええ、呼ばれてたわ。るーだったわ。」
「るー・・・クラウィスよりは納得できる呼び名ね。」
アクアンもシィルと一緒に笑いあう。
「さて、シィル、私はしばらくテグラの方に行くわ。大丈夫よね?」
「そう言うと思ったわ。しっかり見てきてね。」
保管庫に戻るアクアンを笑顔で見送るシィル。
「リィーリ、今日も色々あったわね。」
気持ちよさそうに寝息をたてるリィーリを眺めつつ、シィルは店番を続けていた。
数日後の昼下がり、保管庫に置かれているアクアンズロッドを手に取るアクアン。そして、近くの椅子に座り心を落ち着かせ、目を閉じる。
次の瞬間、周囲の音が明らかに変わる。それは、アクアンの意識がレプリカに移ったことを意味する。
ゆっくりと目を開けたアクアンの前に広がるのは、少しさびれた町だった。
「ここは・・・随分と元気のない町ね。」
ログハウスが立ち並ぶ情景に、わずかな人の流れ。そして一様に活気が見られない。
その中を、目的地に向けて一直線に進むテグラの姿が隣にあった。
「ここが、兄さんが最後に立ち寄った街になる。」
テグラのつぶやきを聞いて、アクアンはテグラの側に立ち、その話をゆっくり聞く体勢に入る。
「ここは、水霊が宿る地として有名で、名産品はそれにちなんだものが多い。」
その説明通り、周囲の店の古ぼけた看板に水霊様と書かれている。
「その多くは、人形やら置物が多いのだが、中には本物がある。」
一軒の店の前で足を止めるテグラ。その店の看板には、質屋と書かれていた。
ゆっくりと質屋の扉を引き開け、中に入るテグラ。
質屋の中は、アクアンが思っていた物とは全く違っていた。
「ここで並んでる商品は、大体がこの街に住む人達の不要な物だ。」
テグラの言う通り、衣類が一番多く並んでおり、店の一角に日常の作業を行うための道具が、そして、カウンターにはしっかりとしたケースの中に宝石等の貴金属が並んでいた。
アクアンが周囲を見渡すが、武具の類は一切見られない。
「ここには、思い出の品と一緒に情報も集まる。冒険者ギルドには無いこの町独自の情報だ。」
色々な本が並んでいる小さな棚の前で足を止める。
そして、その中にあるしっかりとした装丁の本を取り出す。
アクアンにも見れるように本を開くテグラ。
そこに書かれていた文章を目で追うアクアン。
「この本は・・・。」
そのページの文章を読み終わった時、アクアンはこの本が何なのか理解する。
「これは、兄さんが事故にあった時を記した本。この街の一大事件だったそうだからな。」
そして、一気に飛ばして、その本の最後の章を開く。そこには、犠牲者の名前が列挙されていた。
その中に、見たくなかった文字列があった。
アクアンはそれから目を背けずに、じっと見つめる。
「これで、兄さんがここで命を落としたと知ったんだ。」
本をぱたんと閉じるテグラ。その時、本のタイトルがアクアンの目に飛び込んできた。
その本には、水の鉱山史と書かれていた。
「彼は、歴史になったのね。でも、なぜ質屋にこんなものがあるのかしら。」
アクアンが少し考えをまとめる。この町の歴史なんてピンポイントな本、欲しがる人なんてそういるとは思えない。
そんな疑問を感じ取ったのか、テグラがその答えをアクアンに伝える。
「どうやら、この町は何度も何度も鉱山事故が起きていて、その度に、この本は作成されて様々な場所で売られるそうだ。」
テグラの言葉通りなら、この質屋にもこの本は卸されて、この棚に置かれたという事だろう。
その本を手にし、質屋のカウンターに持っていく。
「いらっしゃい。」
「この本を貰えるか?」
カウンターに本を置き、値段を尋ねるテグラ。
「あぁ、銀貨12枚だよ。」
言われるがまま、テグラは銀貨をカウンターに置く。
「毎度あり。」
多くは語らない店主に、テグラが1つ問いかける。
「この本に書かれている最後の事故の犠牲者の献花はどこで出来るんですか?」
「献花台なら、鉱山に行けばすぐわかるよ。」
「そうか、ありがとう。」
片手をあげながらお礼を述べるテグラ。そして、店を出ようとするテグラを横目に、ふとカウンターのガラスケースの中にある貴重品に目を向けるアクアン。
「これって・・・。」
アクアンは思わず声を上げるが、その声はホスピタルの保管庫に居なければ聞こえないほどの声だった。
その声を上げた原因をまじまじと見つめるアクアン。それは、水の宝玉の原石だった。
金額が隣に書いており、そこには金貨18枚と書かれていた。
「確か、宝石は金貨80枚だったわよね・・・。原石だとずいぶんと安いのね。」
少しの間見つめていたアクアンの耳に、店の扉が閉じる音が聞こえる。それに気付いたアクアンは慌ててテグラの後を追いかける。
店の外では、テグラが近くにある花屋の店頭で花を物色していた。
何事もなかったように、アクアンはテグラの側に立ち、テグラの選ぶ花を見つめていた。
「これを束にして頼むよ。」
小さな白い花と、それよりも大きい青い花を合わせて店員に注文する。
その注文通りに花束を作り、テグラに手渡す。その代金として、銀貨2枚を手渡す。
「ありがとう。ところで、この先の鉱山に行きたいんだが、今日は乗合馬車は出てるか?」
「ええ、大体1時間に1本出てますね。」
店員の指さす方向に、一騎の馬車が待っており、その中には鉱山関係者と思われる人が数名乗っていた。
「あれか。ありがとう。」
礼を言って、テグラは馬車に乗り込む。アクアンもその後に続いて馬車に乗り込む。
テグラが空いてる席に座り、出発までの時間を潰す。アクアンもその隣に座る。
そこで、改めて周囲を見渡す。さっきは鉱山関係者だと思っていたが、よく見ると年配の女性も乗っており、手荷物にはテグラと同じように花を持っていた。
テグラもその人に気付いたようで、自分の行く方向は間違っていないと確信を持つ。
少し目があった女性とテグラが少し頭を下げる。
「あらあら、珍しい。あなたもお参りですか?」
「ええ。兄が居ると聞いたので。」
「そうなのね。きっと喜ぶわ。」
口に手を当てて、ほほほと笑う。
「それにしても、珍しいわね。見たところ戦士さんだけど、最近の戦士さんは魔法も使うのね。」
腰に備えたレプリカを指さした女性は、興味深そうにテグラに問いかける。
「これは、兄へのお土産です。色々ありましたから。」
「それはそれは。」
その後、2人は世間話を続け、いつの間にか馬車が出発の時間になったようで、表がせわしなくなってきた。
「それでは、水霊の鉱山へ出発します。」
御者が幌の中に居るテグラ達に声をかけ、馬車が出発する。
ガタガタと馬車に揺られること数十分、馬車がゆっくりと止まり、目的地に着いた事を乗客に気付かせた。
「さて、おふたりさん。行きましょうか。」
女性がテグラに声をかける。その時、テグラは驚いた表情を見せる。
それよりも驚いていたのは、アクアンだった。
「私が見えていたのね。」
そう呟いたアクアンは、女性をよく観察する。
「あの耳・・・ミクやボルクさんと同じ。エルフだったのね。」
謎が解けたアクアンと、不思議そうに女性を見つめるボルク。その様子はまさに対照的だった。
それ以降、テグラは黙って女性と同じ方向に歩みを進めていった。
しばらく道なりに歩いていると、分かれ道と一枚の立て札がテグラの目に入る。
「こっちですよ。」
女性がテグラの方を振り向き、笑顔を見せながら道を指し示す。
その先には、しっかりとしたレンガの建物があった。
「あれは、詰所かしら?」
アクアンがボソッと呟く。その声が聞こえたのか、女性がアクアンに微笑みかけて答える。
「祈念館ですよ。」
その答えに、アクアンはハッとしていたが、姿が見えるのだから、声も聞こえるだろうと納得する。
そして、祈念館をまじまじと見つめる。
「この町を発展させるための犠牲となった方達の安息の場所、そして私達にとってはその過去を忘れないようにと作った場所。」
女性と共にテグラ達は建物に近づくと、入り口前に居る守衛に声を掛けられる。
「こんにちは、今日はおふたりですか。」
「ふふっ、そうね。」
守衛の挨拶に女性が笑顔で答える。
「さて、行きましょうか。」
黙って頷いたテグラは、女性の案内で祈念館に入る。
祈念館の中に入った2人のまず目に飛び込んできたのは、この町の歴史や道具の展示だった。
テグラとアクアンは、興味深そうに展示物を見ていく。その隣に、女性がいつの間にか立っており、テグラに一つ一つ説明していた。
説明によると、元々は宿場町だった。だが、ある日町にやってきた山師が、特徴のある素材がここの山に眠っているを指摘した。
それが、水霊の鉱石だ。
水霊の鉱石の存在は、町を発展させるのに十分な役割を果たした。
それから、数年をかけてこの町が一気に大きくなった。
だが、その陰で鉱山事故も多発、そのため、ここは稼げるが命の危険と隣り合わせという事で話題の町になった。
「志半ばで倒れた人たち、1人1人がこの町の礎なんです。」
「それを慰めるための、祈念館という事か。」
テグラの言葉に、女性が小さく頷く。
「この奥に、献花台と名簿が置いてあります。」
「あなたは、いつも来てるんですか?」
「ええ、ここが出来てから、定期的に来てますよ。」
献花台に向かう女性が、ゆっくりとした声でテグラに伝える。
「そうなんですか。想い入れがあるのですね。」
「ええ、私の主人が見つけた夢の結末を見届けないとですから。」
「夢の結末・・・。」
テグラが噛みしめるようにゆっくりと呟く。そして、歴史とその言葉を結び付けてみると、1つの仮説が浮かび上がった。
「あなたのご主人が、山師だったのですか。」
テグラの仮説が正しいと、女性が頷く。
「主人はもう居ませんが、主人の撒いた種がどう育ったかを、いつか主人に伝える時が来ますからね。」
なるほど、とアクアンが無言でうなづく。
そして、献花台に着いた2人は、そっと花を載せる。
「これも供えたいのですが、いいですか?」
「ええ、こういう物は一定期間の後に保管庫に置かれますが、問題はありませんよ。」
よく見ると、花に混じって菓子折りや人形なども置かれている。
「それでは。」
テグラがそっと腰に携えていたレプリカを献花台に置く。
「魔道士の方が、ここにいるのですね。」
「ええ。この杖の本物を修理するために。」
「そうですか。お兄さんも、喜んでますよ。」
「そうですね。」
そう言いながら、テグラは胸に右手を当てて目を閉じる。
数秒の短い間、ここで命を落とした全ての者に祈りを捧げ、その後ミルダに話しかける。
「兄さん、会いたかった人を連れてきたよ。」
その言葉に、偽りはなかった。
テグラも、ここにくる前の女性の言葉で、アクアンがここにいることを察していたからだ。
「ここは、随分と遠いね。」
そう言って、少し微笑むテグラ。
「それじゃあ、また来れたら来るよ。」
テグラの祈りと挨拶が終わったのを確認して、女性が話しかける。
「お兄さんは、幸せですね。」
「そうですかね。」
「ええ。そうですとも。」
女性の目には、魔道士の服を着たミルダと、ミルダに抱きついて涙を流すアクアンの姿が見えていた。
「では、後はお願いします。」
「わかりましたよ。」
女性が笑顔でテグラを送り出す。その後ろ姿を、アクアンとミルダはじっと見つめていた。
アクアンとミルダが念願の再開を果たしていた時、ホスピタルではアクアンズロッドの前でギルが不思議そうに首をかしげていた。
「ミロンが泣きついてきたから急いで戻ってきたが・・・あいつ、居ないな。」
アクアンズロッドから、アクアンの気配が一切感じられない。
「ここに居ないって事だよな・・・。」
少し考えをまとめるギル。その答えはすぐに出た。
「俺と同じことをやってるって事か。」
その結論に達したギルは、これをいかにミロンに説明するかに頭を悩ませる。
「問題は、いつ帰ってくるかだよな。」
寝ている場合なら、その場に居る分説明は簡単だが、居ないとなると・・・。
「泣きじゃくるかもなぁ。」
ギルは少しため息をつく。
「あいつの泣き声は、苦手なんだよな。」
ミロンの泣き声は、なぜかギルの精神力を削る。あやし終わったら、ギルの魔力はなぜか空になっているほどだ。
「まずは、シィルに話しておくか。」
少し重い足取りでギルはシィルの居る店舗へと向かった。
扉を開けると、リィーリを抱きかかえたシィルの姿が見えた。
それを見て、周囲を改めて見渡したが、ミロンの姿はなかった。
「丁度いいタイミングだな。シィル、少し良いか?」
「あら、ギル。何かしら?」
聞きなれた声をかけられたシィルが、後ろを振り向いてギルを見つめる。
「アクアンの事だ。」
「アクアンがどうかしたの?」
首をかしげるシィルに、ギルは言葉を続けた。
「あぁ、ミロンにせがまれてアクアンの様子を見に行ったんだが、どうやらここには居ないようだ。」
「居ないって・・・アクアンズロッドはここにあるのに?」
シィルは保管庫を指さしてギルに問いかける。
「俺が、レプリカを通じて他の地点の様子を見ることが出来るだろ。」
「そうね、そのおかげで色々助かったけど。」
「あれの応用で、レプリカに自身を移り住まわせることも出来るようになったんだよ。まぁ、別荘といったところだな。」
「じゃあ、今はレプリカの方に宿ってるって事?」
「そうなるな。いずれ戻っては来ると思うが、それがいつになるかは判らないな。」
ギルが腕をかしげて困った顔を見せる。
「これを、ミロンになんて説明するかが問題でな・・・。」
「あぁ・・・そうよね。」
ここに居ないという事は、間違いなくテグラの持つレプリカの方に行って、帰ってこない理由があるという事だろう。
その理由というのも、2人には容易に想像が出来た。
「積もる話もあるだろうしな。シィル、説明頼めるか?」
「そうね・・・私から話をしておくわ。」
シィルも仕方ないという表情をギルに返す。
「まぁ、帰ってきたとしても、しばらくはのろけ話だろうな。」
大きくため息をつくギル。それを見てシィルはフフフと笑う。
「まーまー。」
「はいはい。おねえちゃんには困ったものですねー。」
リィーリの小さな手を握って、上下させるシィル。
「5年以上待ったんですもの。気のすむまで、私達は待ちましょう。」
シィルが、リィーリをあやしながらギルに話す。
「ギル、リィーリを少し見ててもらっていいかしら?」
「ああ、判った。」
リィーリをゆっくりとシィルから受け取るギル。
「少し大きくなったか。俺が抱きかかえられるのももう少しで終わりかもな。」
体格的にはミロンより少し大きいぐらいのギルは、少し残念そうにつぶやく。
「るーるー?」
リィーリが指をしゃぶりながらギルを不思議そうに見つめる。
「まあ、お前が大きくなったら、俺はお前に色々といじられそうだしな。」
リィーリの頭を撫でながら、ギルは珍しく微笑む。
「その時は、お手柔らかに頼むぞ。」
そう言いながら、ギルはリィーリをベビーベッドに寝かせた。
そして、ギルはしばらくの間手足をはたはたと動かすリィーリの相手をしながら、暇をつぶしていった。
アクアンがホスピタルから姿を消して、一か月が経った。
アクアンズロッドにアクアンが戻った気配もなく、アクアンズロッド内部は随分と寂れてしまった感がある。
「あいつが帰ってこないと、俺の本体をレンタルに出せないんだよな。」
つまらなそうにつぶやくギル。あれからずっとリィーリとミロンの世話をしている状況だ。
「戻ってきたら、今度は俺の番だな。」
そう言いつつ、ギルがアクアンズロッドの側に置いているレプリカを握りしめる。
「目覚めてると、やっぱり体を動かしたくなるからな。」
握りしめたレプリカを少し構えて、魔力の充填状態を確かめる。
「これだけ魔力が込められていれば大丈夫だろう。後は・・・。」
保管庫の片隅に置いてあるミロン用の木刀を手にして、練習用の魔力を込める。
この訓練を始めて中々の時間が過ぎている。そろそろ次の段階に進むべきかとギルは考えていた。
「まあ、リィーリを守れる程度だから、これ以上は本人に聞くか。」
ギルは木刀を手に店舗に向かう。扉を開いた音で、その場にいたシィルとミロンがこちらに振り向いた。
「ギルおにいちゃん!」
ミロンがギルに向かって駆け寄ってくる。
「さて、今日も準備したぞ。」
ギルから木刀を受け取ったミロンは、嬉しそうに木刀を振る。
「外でやれと何度も言ってるだろう。」
「はーい。」
ミロンが木刀を手に庭に出る。そして、いつものようにデコイを相手に木刀を振り回す。
もうすっかりデコイに攻撃を当てられるようになり、楽しそうに木刀を振り回す。
「今が一番楽しい時期だが・・・。」
「そうね、自分で好きなことが出来るようになった時が一番楽しいわね。」
「さて、そろそろリィーリも守れる程度の力は付いたと思うんだが、まだやるか?」
「私としては、ミロンの意思を尊重させるけど。」
庭で楽しそうなミロンを見ながら、少し考える。
「私はね、怪我はしてほしくないだけだから。今度は身を守る方法を教えてあげてほしいわね。」
「そうか。考えておくよ。」
ギルがミロンの様子を見ながらシィルに答えた。
「・・・ん?」
ギルは店舗の扉を見つめる。
「ギル?」
シィルが不思議そうにギルの見つめる方向を見つめる。
それからすぐに扉がガチャリと開き、見覚えのある顔が現れる。
「こんにちは。」
「あら、テグラさん。いらっしゃいませ。」
テグラが挨拶をしながら店に入ってくる。
「テグラさん、お参りご苦労様です。」
テグラに渡していたレプリカが消えている。それを見たシィルがテグラに労いの言葉をかける。
「いえいえ、こちらこそ貴重なものを譲っていただいてありがとうございます。ところで・・・。」
テグラが周囲を見渡してそわそわしている。
「アクアンさんは居ますか?」
テグラの質問に、シィルとギルは少し苦笑いを浮かべる。
「あいつなら、今頃レプリカの方で何かやってるみたいだな。」
「あぁ・・・やっぱりそうでしたか。」
テグラはあの町で合った事を伝える。ギルとシィルは想像通りといった表情を見せた。
「今頃、兄も喜んでいるでしょう。アクアンさんも、随分と嬉しそうだったようです。」
「あら、テグラさんは外でも精霊の姿が見えるの?」
「いえ、見える人と知り合いになりまして。様子を聞いていたんです。」
「そうなのね。」
「となると・・・まだ帰ってこないだろうな。」
大きくため息をついて愚痴をこぼす。
そんな時、保管庫の扉が不意に開いた。
「あらあら、私がどうしたの?」
「アクアン!」
「ただいま、久しぶりに楽しませてもらったわ。ありがとう。」
すっきりとした表情で三人に話しかけるアクアン。そして、テグラに近づいてその手を握る。
「本当にありがとう。おかげで、ミルダにもう一度会う事が出来た。お話も出来た。本当にありがとう。」
握った手をさらに強く握り、目からこぼれた涙が、その手を濡らす。
「大事なお話も出来た。もう私は大丈夫。」
手を放して、シィルとギルを見つめる。
「よかったわね、アクアン。」
シィルの言葉に、アクアンがこくりと頷く。
「さて、テグラさん。」
シィルがテグラに椅子に座るように促す。それに従ってテグラはテーブルに着く。
それに応えるように、アクアンは保管庫へ戻りコップに飲み物を入れて戻ってきた。
「アクアンに何か用事があったのではなかったの?」
「あ、ああ。」
シィルの言葉に、慌てた声を上げるテグラ。
「アクアンズロッドを、ぜひ買わせてほしい。」
その場にいた全員、その言葉を予想していた。そして、アクアンの答えも想像できていた。
「シィル、私の気持ちで話せばいいのよね?」
シィルがこくりと頷く。それを見たアクアンがテグラに頭を下げる。
「ごめんなさい。私は貴方の希望に添えません。」
テグラもその答えは想像通りで、どことなくすっきりした表情を見せていた。
「ふぅ。これで吹っ切れました。」
テグラがハハハと笑い飛ばす。
「お前も、アクアンに惚れてたのか。」
「そうですね。武器の性能として惚れていたというところです。」
テグラは性能と言っているが、そもそもテグラは魔法を苦手としている。潜在的には土属性適正があるようだが、恐らく今までそれを頼りにしては来なかっただろう。
「テグラ、お前は魔法は使えないだろう?」
ギルがその疑問を口にするが、テグラがふっと笑顔を見せる。
「確かに、俺は魔法は大の苦手で、頼りにはしていません。そんな俺でも、攻撃に組み込めるぐらいのレベルまで引き上げてくれましたから。」
その答えに、ギルはアクアンを見る。アクアンはこくこくと頷く。
「何かしたのか?」
「私の全力の付与よ、どの属性でもきっちり水属性の魔法が発動するわ。」
「相当高性能だな。そりゃ、テグラも欲しがるな。」
ギルの評定に、アクアンはふふんと胸を張る。
「でも、お断りする理由も、告げておかないといけませんよね。特に、テグラさんには知っていてもらいたいから。」
アクアンはテグラをやさしい表情で見据える。
「それは一体・・・?」
「ミルダと約束したのよ。いずれ、帰ってくるって。」
「え?もう亡くなったんじゃないの?」
驚いた声でシィルがアクアンに尋ねる。
「本人は、地縛霊になってたのよ。やっぱり、私に会いたかったって。」
「それじゃあ、未練もなくなったのでは?」
「ええ、だから、私と一緒に死神を呼んだの。そしてね・・・。」
アクアンがにこりと微笑む。
「その時に、お願いしたのよ。いつの日か、ミルダが私に会いに来れるようにって。」
「死神は、了承したの?」
シィルの言葉に、アクアンが頷く。
「何時になるかはわからないけど、人に近しい種族に転生した時に、記憶と力を持たせるって。」
「人に近しい・・・って、なかなか難しい条件よね。人に近いだけで、人とは違う事があるって事でしょ?」
「そう言う事になるわね。モンスターでも人に近しい者もいるでしょ。ほら、ザムアさんとかも。」
「なるほど。」
シィルも納得の表情を見せる。
「そう言う訳で、ミルダが帰ってくるまでここでお世話になるから、そのつもりでね。シィル。」
シィルにウィンクして見せるアクアン。それを見たシィルの表情はパッと明るくなる。
「精霊が常駐する武具店って、すごい売りになるわね!」
アクアンの手を握るシィルに、不敵な笑顔を見せるアクアン。
「あら、そんな事を言っていいのかしら?これはあなた達にとっての試練でもあるのよ。」
不思議な事を言い出すアクアンに、一同が首をかしげる。
「どういう事?」
「ミルダが転生して、私に会いに来るのは確実なのだけれど、時期が全く読めないのよ。」
「という事は・・・。」
シィルの表情がすこし引きつる。
「何世代目で来るかしらね。末永くよろしくお願いするわよ、シィル。」
シィルは、にやにやと笑うアクアンを見つめて大きく深呼吸をする。
「ここにずっといてくれるって事よね?」
今度はシィルがにやにやとした表情をアクアンに返す。
「アクアン、こちらこそよろしくね。でも、ここに居る以上、しっかりと手伝ってもらうわよ。」
「ええ、任せといて。」
そうして、握手を交わす2人を見ながら、ギルは大きくため息をつく。
「テグラ、なんか嫌な予感しかしないんだが。」
「まあ、2人が盛り上がってますし、流れに任せましょう。」
「人が出来てるな。」
「それなりに冒険者やってますからね。」
「とりあえず、俺からも礼を言っておくよ。」
ギルがテグラに頭を下げる。
「お礼を言うのは、こっちの方ですよ。兄の未来に幸せが約束されてるのが判ったのは大きい収穫です。」
ギルとテグラがそんな話をして居る事に気付いたアクアンが、再びテグラに近づく。
「テグラさん、本体は渡せませんが、レプリカなら私の完全な付与を付けます。いいわよね、シィル。」
「ええ、貴方の意思を尊重するわ。」
「それじゃあテグラさん、これからも末永くよろしくね。」
アクアンがテグラと握手を交わす。そして、しばらく会話を楽しんだ後、テグラはホスピタルを後にする。
外はすっかり日が傾いており、閉店時間が近づいていた。
「さて、クラウィスにも話しておかないとね。」
「そうね、あの人も私と同じ顔すると思うけど、大丈夫だと思うわよ。呼んでくるわ。」
シィルが工房へクラウィスを呼びに行く。店舗に残されたギルはアクアンに問いかける。
「なあ、アクアン。約束してくれたって、相手は死神だろ?信用できるのか?」
「信じる事が希望になるのよ。」
「希望ねぇ・・・人間っぽいな。」
「あなたも、随分人間っぽくなったわよ。もう、死ぬ気はないでしょ?」
「そうだな・・・。少なくとも、爺さんは看取ってやるか。」
ギルがクククと笑いながら答える。
「まぁ、まだまだくたばりそうにないから、俺もしばらくはここに世話になることになるな。」
エルフのボルクは、まだまだ長い寿命を持つ。ここに居る人間すべての寿命よりまだ長く生きるだろう。
「さて、私達も閉店準備をするわよ。」
「ああ、判ってるよ。」
そう言いながら、2人は閉店作業をてきぱきとこなしていた。




